痛バ■痛バ■
(瀬名くんのテーマスカウトストより)
紅郞の部屋は元々4人部屋だが、実際は真緒とふたりだけの事が多い。
しかし今週は久しぶりに4人全員が揃っている。日本での仕事の為に泉と宗が同時期に帰国したのだ。更に今日は何故かそこに藍良も加わり、今夜はいつもの倍以上の人口密度だった。
「それで、そのバッグは皆どこで買うわけ?」
「通販とかが多いみたいですよォ。色もアイドルのイメージカラーに合わせたりして」
「ふむ、これは何のための飾りかね?」
「それはロゼットっていってェ、真ん中にバッジをつけてですねェ」
「ふむ、ロゼットとは元々薔薇という意味だね」
「そうなんですかァ!?俺、知らなかったです」
(…なんか盛り上がってんな)
(はは…白鳥詳しすぎる…)
紅郞と真緒は三人の邪魔をしないよう、顔を寄せてヒソヒソと話す。
今夜は藍良による、日本のアイドルオタク文化の勉強会なのである。紅郞たちふたりも自分たちのスペースから、三人の勉強会を見守っていた。
「これとか凄いですよねェ、バッジが90個位必要なんですけど」
藍良のタブレットの画面にはバッジに合わせて飾り付けがされた豪華なバッグが映っている。
「同じバッジをこんなにどうやって集めるのだね?」
「友達同士で交換するんですよォ」
「ふぅん、ファンの子同士が仲良くなるきっかけにもなってるんだ」
勉強会の講義に、関係ないはずの紅郎と真緒も感心して顔を見合わせた。
(へぇ、そうなのか)
(でもファンの子が俺達をきっかけに仲良くなるのって、なんだか嬉しいですよね)
□□□
数日後、リズリンの合同ライブ。
紅月の持ち時間は30分程だったが、定番の人気曲から新曲まで、久しぶりのかけ声に会場は熱気が上がり、公演は大盛況で幕を閉じた。
全てのパフォーマンスが終わり、各ユニットそれぞれの楽屋に戻る。
「暑ぃな…」
日頃は常に涼しげな三人だが、流石に汗だくだ。それぞれタオルと飲み物を取って一息つく。
コンコン、と扉がノックされた。
「お疲れ様ッス!」
ガチャリと扉が開いて、顔を覗かせたのは南雲鉄虎だ。彼は紅月の、特に紅郞の熱心なファンなのだ。都合が合う公演にはこうして顔を見せてくれる。
「おう、来たか」
紅郎も当たり前のように、ちょっと笑いながら出迎えた。
「大将!最高だったッス!」
「ありがとよ」
「最初の映像をバックに影で出てくる所、興奮したッス!」
興奮冷めやらぬ鉄虎は、楽しそうにオープニングから順に全部の曲の感想を語り出す。
「神崎先輩の殺陣、凄い迫力だったッス!」
「蓮巳先輩のソロでちょっと泣きそうになっちゃったッス~」
熱い感想は止まらず、敬人と颯馬のソロ曲の感想までまとめて紅郞に語り続けている。声が大きすぎてパーテーションの向こうで身支度をしているふたりにも聞こえているだろう。
「あと、あと…!」
次から次へと出てくる。紅郎もそれを笑顔で聞いた。
(…お)
一生懸命に話す鉄虎のおでこに汗が光って、トレードマークの短い前髪が張り付いていた。紅郞は話を聞きながら、鉄虎の首にかかったタオルで拭ってやる。これも紅月の今日のライブグッズだ。
(……?)
ふと、鉄虎の胸に斜めにつけられたボディバッグに気付く。
「鉄」
「?」
小振りなバッグに、丸い缶バッジがつけられていた。バッグに缶バッジ。先日の勉強会を思い出す。
(これ、例の痛バってやつか?)
紅郎は不思議そうに鉄虎の胸元に視線を落とした。ライブやイベント中、いつもファンの女の子たちはバッグを邪魔にならない所にしまっている。紅郞が本物の痛バッグを見るのは初めてだった。
鉄虎のボディバッグに、ちょこんと紅郞のバッジが。ひとつ、ふたつ。
バッジは全部でふたつだ。しかも同じ柄。今日のツアーグッズ。
(これか!)
ここに藍良がいたら、ちょっと疑問を呈していたかもしれない。
(初めて見たぜ)
紅郞はじーんとしていた。ちょっと照れるような、なんとも言えない気持ちだ。
「…俺だな」
ふふ、と笑った。
「もちろんッス!」
鉄虎の元気一杯な明るい声が答えた。
ライブ後の紅月楽屋。幸せで楽しい時間だった。
end
(瀬名くんストより。ファン仲間と繋がれない立場の鉄虎だったら痛バッグはこんな感じかな、と想像して書きました。みんなの口調などに間違いがありましたら申し訳ありません)