赤い糸「運命の赤い糸って知ってる?」
後ろに並んだ少女たちの噂話に興味を引かれて、フィリップはぼんやりと耳を傾けた。
昼食を買いに出た帰り、書類の山に阻まれて事務室から出る事が叶わなかった彼が喜ぶだろうかと立ち寄った、テント前のポップコーンの店でのことだった。
どれだけ食べても食べ飽きないそれは団員たちからの人気も高い。キャラメルの甘い匂いが鼻を操り、同時に風に乗った話し声がフィリップの耳に届いた。
紙袋に流し込まれたポップコーンを受け取り、軽い挨拶を交わしながら事務室へと向かう。
面白い話を聞いた。
彼に話せばまたひとつ新たなアイデアが生まれるかもしれないと思いながら、上機嫌で見慣れた扉を開いた。
「フィリップ!」
まさにフィリップが今思い浮かべていた男は、事務室の扉が開かれる音を聞くと顔を輝かせて振り向いた。
昼食を買いに出かける前から積まれていた書類は何一つ片付いていない。
怒られそうな気配に気付いたのか、バーナムは視線を彷わせてから眉を下げて笑った。弁明するように両手を身体の前で見せてひらひらと振る。
彼の両腕には、その自由を奪うように赤いリボンが絡みついていた。
「これのせいで」
「それは?」
「ほら、この前ライオンが二頭来ただろう。彼らの衣装にどうかと提案されたもののうちのひとつなんだが……どうも動きにくい気がしてね。弄ってみたらこの通り」
「それって結局あなたのせいじゃないか」
「仕事のうちだろう?」
「うーん……そうとも言える……のか……?」
「言えるさ! おかげで素晴らしい衣装ができそうだ。ところで、そこに鋏が無かったか? 実は指が痺れてきてしまって」
「それを先に言ってよ!」
叫んだフィリップが慌てて鉄を掴むと、バーナムはおかしそうに笑って両腕を差し出した。
リボンの端、赤と青の装飾がゆらゆらと揺れている。
どこを切るべきだろうかと左手ですくうと、解れた糸はフィリップとバーナムを繋ぐように指先に絡みついた。
『小指で結ばれた赤い糸は、運命の相手と繋がっているんだって」少女の声が脳内で楽しげに囁く。
ぴたりと動きを止めたフィリップに、バーナムが不思議そうに首を傾げた。
「フィリップ?」
「あ…………いや、何でもない」
まさかそんな、と小さく笑って、小指の間を繋ぐそれに刃を滑り込ませる。
ぱちん、とあっけなく、いとは切れた。
ひどく穏やかな、ある日のことだった。