暗中問答 ――また、俺は何もわからない。
十年前のことも、今も。他ならぬ自分の身の周りで起こっていることだというのに、そのすべてが天智舖を置き去りにして動いているかのようだった。
何故黒田は襲われたのか。何故透也は何も言わないのか。何故自分が被疑者なのか。黒昏さんや青木さんが俺を連れ出したのは。なぜ、どうして、どうして。
考えても湧くのは疑問ばかりで、答えはひとつも見えてこない。
(透也さん……)
無機質な目だった。天智舖を見るそれも、倒れた黒田を見るそれも。これまでの彼の姿なんて欠片も想像もできないような、冷たい眼差しだった。
(父さん)
広がる赤と、逃げなさい、と重ねられた手の感触が消えない。彼はこうなることを予期していたのだろうか。拘置所に入れられたときには殺人未遂だと聞かされた。いま、容体はどうなっているのだろう。俺のことなんてどうでもいいから、どうか、どうか。
気を抜くと視界が滲み出しそうになる。強くなりたくて剣の腕を磨いた。前に進みたくて刑事になった。それが蓋を開けてみればどうだ、児鳥天智舖はこんなにも弱くてちっぽけだ。
目尻に浮かんだ水滴は、バイクが生み出す風で後方へと吹き飛ばされていく。前方には巧みにバイクを操る黒昏と、その背に掴まる旭の姿がある。
――ここまできたら、もう後には戻れない。
拘置所から出る際に、黒昏に言われた言葉が脳裏に響く。たとえ真偽がどうあれ、拘留中の逃亡などこの先を考えれば我が身を不利にするばかりだ。
それでも、父は逃げろと言った。
厳しいけれど、それと同じくらい……いや、それ以上に優しい人だから。そう言うのなら、きっとそれは天智舖のためなのだろう。あの人はかなりお前のこと考えてるよ、と――透也だって、そう言っていた。
そうだ。それならば天智舖は現状に甘んじてはならない。たとえあの幸せな日々には戻れずとも、事の真相を突き止め、この状況を打破せねばならない。
天智舖のために動いてくれている彼らのために。誰より、敬愛する父のために。
吐き出した息はまだ熱い。前を見据え、ぐ、とハンドルを握りなおす。後方に座る丹々祈の、天智舖の腹に回された固い腕が、なんだかひどくあたたかかった。