嫌いじゃないが好きでもない(ボーラ×ドクター♂×ボーラ)「ボーラさん製造日おめでとうございます! 付き合ってください!」
「……」
ひょんなことから知り合った若きアンドロイド技師からこうやって告白を受けるのは何度目だろうか。もはや両手両足の指ではとうに足りないだろう。ボーラはまたかと渋い顔をしながら溜息をつき、あっちへいけと手の甲を振った。
「お前……何度断ったと思ってる?」
「今日で記念すべき一一三回目です!」
「数えるな。あと何度言われてもごめんだ。いい加減、面倒だから二度と口にするな」
「そ、そんなぁ」
冷たくあしらうのも二度と言うなと言うのも今回が初めてじゃない。それでも目の前の人間の男は決して「はい」とは言わずにボーラの心を得ようと、駆け引きとも言えない言葉を繰り返していた。
(ガキくさい男だ……)
探偵として数々の修羅場をくぐり抜けてきたボーラは仕事のために甘い言葉で女性を誘惑したこともある。そのやり取りと比べると目の前の男とのやり取りはおままごとだ。否、もはやただの茶番である。
「でも好きなんですよぉ!!」
「いい加減にしろ。俺はアンドロイドでお前は人間だ。狂気の沙汰だ」
「オレはもはや、ボーラさんへの恋に狂う男で間違いありません」
「……」
そういう意味じゃない。ボーラはこのふざけた男をどうしたものかと頭脳の電子回路をバチバチに痛ませていた。多分相手がアンドロイドであれば容赦なくポカリと一発くらい殴っている気がする。そうしたら、いくらこのぽやぽや男だって怖がってボーラに近づかなくなるだろう。
(……いや、そんなことはないか)
ボーラに殴られても、このぽやぽやはボーラにハートを飛ばしながら追い縋ってくるだろう。ロージーに怒鳴られ、キオに苦笑いを浮かべられてもなお、好きだと必死に訴えてくるような男だ。
ボーラは最初こそ自分を懐柔する気なのかと疑ったが、それにしては様子も恋人にしてほしいという手段もおかしかった。
会うたびに好きだと言われ、時には薔薇やアクセサリー、アンドロイドにとってはただの嗜好品でしかない食べ物まで贈ってくる。自分への求愛に純粋な好意しかないのだと気付いて、ボーラは驚愕した。しかし嫌悪はなかった。それがとてつもなく恐ろしく感じられ、つい冷たい言葉ばかりを投げかけてしまう。
「オレはロージーと喧嘩するほどボーラさんが好きなんです!!」
「お前ら、まさかまだやってるのか?」
「ロージーとの『ボーラさんのことどれくらい知ってるか勝負』は俺も知らないボーラさんが知れるんで断れないんですよね……」
「阿呆どもめ……」
「といいつつボーラさんがロージーやキオを大事にしてるの知ってるんですよ!! そんな男気溢れる好きです!! 付き合ってください!!」
「断る」
一一四回目の告白に敗れて、男は大人と呼ばれる年齢にも関わらずしょんぼりし、目に涙を浮かべていた。今までどんなに罵っても断っても、涙は流さず食らいついていただけに、ボーラも一瞬動揺して目を瞠る。
「うっ……どうしても? どうしてもだめですか?」
「……俺は人間じゃねえ」
「はい」
「……違法アンドロイドだ」
「出自はそうですけど、責任を取るのはボーラさんじゃなくて違法行為をした人達ですよね?」
「表向きはな。……ドクター、アンドロイドと人間の結婚は誰にも認められない。なぜか? それは俺達が結局の所、対等なんかじゃねぇからだ」
この世界はアンドロイドに人権はあると謳いながらも、人間と対等であるとは決して認められていない。アンドロイドの生まれた理由が、あくまでも労働力であり、人間の道具だからだ。決して目の前の男と自分は対等にはなりえない。それをボーラは嫌というほど理解している。まともな恋人になどなれるはずがない。
そして何より、この優しくトラブルに巻き込まれてばかりの男が、謂れのない中傷をうけて傷つくのを見たくなかった。
「俺は人間が嫌いだが、お前を認めている。……お前は真っ当な道をいけ」
ボーラは目の前の男の目を真っ直ぐ見ながら諭すような声で喋りかける。
悲しげに歪む瞳にボーラのkokoroが軋んだように感じるのは、目の前の彼に少なからず好意を持っているからだわかっていた。彼の持つ純粋な好意が自分のkokoroを成長させていることにも薄々気づいている。
「……ボーラさん……それってオレ達が人間同士だったり、アンドロイド同士だったら結婚してくれたってコト!?」
「おい、なぜそうなった?」
「え、だってそういう話じゃなかったですか!?」
全然違うだろう……と思いつつ、先程の会話履歴を確認するとそうとれなくもない気がしてくる。
(俺の電子回路が狂っていやがる……)
ボーラは自分の頭が熱でショートしているところを無理矢理急速冷却されているような、とんでもなく居心地の悪い状態になった。
「ボーラさんは人間が嫌いだけど、俺のことは嫌いじゃない、つまり好きってことでは!?」
歓喜をにじませた大声がボーラの集音マイクをつんざく。ここで嫌いだと言えば良いだけなのに、kokoroがそれを拒否しようとする。言えてせいぜい「好きといった覚えはない」という思春期の子供のような言葉だろう。
「はぁ……」
「好きです!! 結婚できなくてもいいから付き合ってください!!」
一一五回目の告白をどう断ってやろう。とも思うのに、全てが面倒になってきた。ボーラはワシッと顔を真っ赤にする男の頭を掴んだ。残念ながらロボット三原則により人間には危害を加えることはできない。
「……人の製造日ぐらい静かにしていろ」
「うっ……はい、ごめんなさ、んぐうううう!?」
だから一先ず、殴る代わりにうるさい口だけは塞いでおくことにした。