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    kk14ac

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    零を遡る-0

    ##零を遡る
    ##SS
    ##レイ・シャーウッド

    静かな昼下がりだった。空は晴れ、草木は枝を伸ばし、風に葉を揺らしていた。そこに、動物の気配はない。陽光の差し込むこの森には、今日、殺気が充満していた。生き物たちは皆、息を潜め、姿を隠していた。
    一人、息を切らした女が、そんな森の中を頼りない足取りでさ迷っている。乱れた金の長髪が、一歩踏み出すごとに大きく揺れる。衣服は所々が焦げ、破れ、憐れなものになっていた。血の気の薄い皮膚を晒し赤い目を震わせるその女の腕には、一人の少年が抱えられていた。少年もまた、土埃にまみれた衣服を纏い、体には傷を負っていた。足を引き摺りながら、点々と赤を草の上に印す女の歩みに合わせ、少年の手足もまた揺れる。色の白い、まだ顔にあどけなさを残す少年の瞼は閉じられ、その胸には深々と矢が突き刺さっていた。
    足をもつれさせた女が、地面へと倒れ込む。重力に従い草の上に転がった少年に、這うように近寄る。傷だらけの生白い手でその頬を愛おしそうに撫でた。赤と土とが、真白な肌に僅かな色彩をもたらす。乱れた呼吸を飲み込み、それから口を開いて、女は音を紡ぎ始めた。か細く絞り出されるその声は、震える鈴の音のようだった。

    ──ザス・セヴティ・ユ・ヤム。

    詠唱。反応したマナが、二人の間に揺らめく。女の指輪が金の輝きを灯す。
    一音たりとも零さないように。祈りを込めるように。小さな唇が、縋るように奇跡を起こす呪文を唱える。ちりちりと、木漏れ日が肌を焼くのにも構わずに。

    ──ラーファト・ソウル・バイデン──。

    女は愚かな祈りを捧ぐ。「祈り」というのは、適切ではない。女が仕え、頭を垂れ、求めるモノは、決して救いをもたらさないからだ。そも、女が口にするそれは、神や主を礼賛するものではない。故に、その姿はヒトにとって見れば奇妙で、バルバロスにとって見れば、愚かしく、滑稽なものに映っただろう。
    しかし、己の為ではなく、主の為ではなく、目の前の一人の為に捧げられるその音は、紛うことなき祈りであった。
    祈る女の後方から、ヒトの声と足音が響く。味方を鼓舞し高める音であり、女にとっては一歩ずつ迫る死の行軍であった。距離はそう遠くない。詠唱を始めたときからずっと、近づいている。
    女は振り返ることはしなかった。ただ膝を折り、瞼を降ろして、目の前に横たわる骸に向かい奇跡の成就を願っていた。

    ──レッスレークティオ。

    最後の一音が放たれた。言の葉が結ばれ、詠唱が完成する。マナが巡る。自然のカタチを歪める奇跡。魂を世界の理から外す、忌避されるべき魔法。それは確かに発動した。
    奇跡の成就を確信し、女は僅かに表情を緩める。続けて詠唱を行おうと口を開いたその刹那、女を、一閃の雷光が捕らえる。女は悲鳴をあげ、幾ばくかの命を取り戻した少年の上に倒れ込んだ。震えながら、顔を上げる。閃光は、前方からだった。
    この森に満ちる殺気を切り裂くような、美しい男がそこにはいた。白い肌に白髪を揺らめかせるその姿に儚さはなく、生者を恨むかのような禍々しさを赤い瞳に光らせていた。そして、その男の纏う絶対的な冷たさが、根本的にヒトとは違う生命であることを示していた。
    女が目を見開く。何かを言おうとした口からはごぷりと血液が溢れた。少年の衣に新しい模様が生まれる。
    そして、背後で足音が止まる。三人の冒険者─剣士、弓使い、魔法使い─を筆頭に、討伐隊が草木を掻き分け姿を表したのだった。
    剣士は声を荒らげる。
    「手間掛けさせやがって…あ?また増えてんのかよ……。何匹いやがんだ」
    弓使いは表情を曇らせる。
    「仲間を庇う、死体を抱えて逃げる…妙だとは思ったが……なんだこれは」
    魔法使いは顔を青くした。
    「………なぜ、こんなところに…上位種にしたって、まさか…!」
    ヒトの視線が男へと注がれる。討伐隊に下されたクエストは一つ、廃村に住み着いたノスフェラトゥの駆除である。賢者によって、討伐対象はレッサーヴァンパイアとその眷属だと断定された。だが今、彼らの目の前に居るのはその更に上位のノスフェラトゥ──ムルシエラゴラティーゴだ。騒然とする討伐隊を前にして、男は不愉快そうに眉を顰める。
    冒険者たちに、敵わない、と確信させるには、僅かに表情を歪めるだけで充分だった。その蛮族の弱点を暴くより前に、逃亡しようとするより前に、男がその腕を伸ばし口を開く。

    ──ヴェス・ゼガ・ル・バン。ディック・イステドア・ショルト・タドミール──ステラカデンテ。

    マナの強いうねり。空によぎる影にヒトはどよめく。それを見上げれば、巨大な岩が上空から迫っていた。巨岩─隕石は、その圧倒的な質量をもって、ヒトに襲い来る。大地をも押し潰し、衝撃を放ち、命を滅する。
    反撃は許されない。身を守ることすら叶わない。詠唱を結び終われば、森の様子は一変した。木々はなぎ倒され、草には鮮血が模様を描き、肉が散らばり、叫びが響き渡り、死の気配が場に満ちる。この場で生を持つものはただ三つ。今しがた隕石を降らせた男、雷光に捕らわれた女、目を覚まさない少年。
    男が眼下の女を見やる。
    「愚かだ。己が物にもせず、ただ手元に置くだけとは」
    男から発せられる言葉の一つ一つが、女に、重く冷たくのしかかる。女の震えは酷くなる一方であり、掠れた呼吸音が女から発せられる唯一の音だった。
    「もうよい。元より戯れではあったが──こうもつまらん結果とは。お前はツァイデスに反し、我に反した。不要である」
    男は二人を一瞥し、言葉を続ける。
    「クレア。我が直に手を下すこと、名誉と思え。その死に様が、お前の咲かせる美と心得よ」

    ──ヴェス・オルダ・ル・バン。シャイア・スルセア・ヒーティス──ヴォルハスタ。

    淡々と詠唱が結ばれる。マナが収束し、光の槍となる。空中から雷の如く発せられた一筋の光が、女を貫いた。最期に女が浮かべた顔に、男はまた、不快そうに一瞬、顔を歪めた。
    それから残された少年へ目を向け、一歩、二歩と近寄ると、手を伸ばし少年の胸に当てた。微かな呼吸を繰り返す体に、言の葉と共にマナを向ける。口を閉じた男は、背を向け、姿を消した。あとにはただ荒廃した空間と、そこに横たわる少年だけが残された。

    ───

    (いたい、いたい、痛い。)
    (頭が痛い。脚が痛い。胸が痛い。全部が痛い。)

    自分がどうなっているのかが分からなくなる。何が起こったのかも分からないでいる。

    (どうして、なにが、一体──。ぼくは、僕は──しんだ、のか?)

    胸を貫く痛みにその意識を裂かれながら、どこかへ自分の体が運ばれていくような感覚を少年は覚えた。意識が遠のきかけたその時、金髪の、愛しい面影が脳裏をよぎる。

    (そうだ、あの人は、クレア、は──?)

    "未練"に思い至った瞬間、心臓を何者かに掴まれるような錯覚に少年は襲われる。息の出来ない苦しみ、途方もない痛み──魂を掴み現世へと引き戻す奇跡が、少年が輪廻の輪へと加わることを許さない。
    全身を引き裂かんばかりの苦痛に少年が音にならない絶叫をあげ、意識を手放しかけたとき、声が脳裏に響いた。
    知らない男の声だった。温度の篭らない、それでいて無視することを決して許さない刃物のような声。少年に言い聞かせるように、刻み込むように、その声は語る。


    ──お前は死に、そして蘇る。

    お前は、ヒトの理から外れた。
    さりとて、こちら側にもなれぬ。

    お前は、何者にもなれない。
    相容れぬ種族同士の、そのどちらにも属することは許されぬ。

    クレアは、失敗であった。お前にもアレにも、価値はなく、ただ不快な異物だ。

    アレが遺した土産を抱え、失せよ。
    ただ一度だけ、お前を見逃す。

    ──

    そして、少年は目を覚ます。混濁する意識のなか、土煙が舞い、鉄の匂いが充満するその中心地で、目を開いた。飛び起きた少年は、自分の胸に手を当てる。肩で息をしながら、先程まで痛みの中心地だったその場所を確かめた。服には確かに穴が空き、シャツは血液を吸って変色していた。だが体に穴はおろか、へこみすらなかった。傷の代わりにそこへ鎮座していたのは、捻れた円環を描いた黒々とした痣──第二の剣に連なる大神、ツァイデスのシンボルである。それを認め開かれた目に、自身に乗りかかる人物が映った。少年のよく見知った顔が、そこにはあった。白く美しかった肌、長い金髪、満足そうに微笑む、そのかんばせ。ゆるりと弧を描く、濁ったその瞳と、目が合う。少年の、黒の瞳が大きく見開かれ、その中の金が揺れる。薄い唇が戦慄く。

    「クレア……?クレア!!クレア!あぁ…!あああ!!」

    少年の号哭が、森だった場所にこだまする。両腕に愛しい人を掻き抱いて、溢れる涙をそのままに、ただ、少年は絶望していた。
    時をA.D.178年、レイ・シャーウッドが喪失を覚えた年である。
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