「お師匠」
月の瞳が私を見る。
「お師匠はどこから来たんですか?」
生き物が寝静まった頃、膝の上に広げた地図を見て、ふと尋ねる。ランタンの灯が揺れている。
「この中にありますか?」
この森が位置する箇所、らしい印を指でなぞる。お師匠が隣に腰掛けて答えてくれた。羊皮紙を眺める横顔を盗み見ていた。
「いや、この地図にはないね。…僕の生まれはもっと北にある」
「とおい、ですか」
「遠いね。名前もない土地だよ。…生まれ故郷ではあるけど、過ごした年月は旅をしている年月の方がずっと長い」
ゆらり、ゆらり。揺れ動く影が一瞬あのひとを覆う。
「…いつか、連れてってくれますか」
「知りたい、です。お師匠が過ごしたところ。お師匠が歩いたところ」
あの人が瞬きをする。目線が合う。そっと微笑むその瞳に、心がきゅっとする。
「…そうだね。いつか」
「君が大人になった頃に」
─目が覚める。
むかしの、出来事を夢に見た。
帝国を発つ日。今日私たちは”列車”という乗り物で北へ向かうらしい。夢を見たのも、きっとそのせい。
ブルライト地方を出る。ずっと遠い所へ行く。なんだか今も夢の中にいるような、そんな感じがする。余りにも距離があって、想像がつかない。お師匠はそれだけの距離を、自分の足で渡ってきたのだろうか。
…あんまりにも寒かったらどうしよう。そんなことをぼんやり思いながら、身を起こした。