無題1 右上 「三墨。こっち見て」
「なんだ」
「えい」
そう言って彼女、同居人の游は、自らの頬に人差し指を向けて、何やらにこにこと微笑んで静止している。そうして数秒した後、すんと真顔に戻る。
「どう?」
「……何が?」
決して無碍な対応をしたわけではなく、率直に、意図が、行動と問いかけの両方がという意味で、よく分からないのでその感想を素直に口にしたところ、露骨にがっかりした顔を向けられる。理由がよく分からないが、非常に釈然としない。
「かわいいポーズ、一週間くらい練習してたのに」
「今の行動にそんな意味が……」
というか一週間もそんなことしていたのか、俺はそんな姿一度も目にしていなかったが、陰ながら何かしらの努力をしていたのだろう。
そうではなくて。
「お前の行動とその意図に文句をつけるつもりはないが……その、もう少しだな、順序立てて意思疎通してもらえると非常に助かる」
「なるほど」
そこで納得してくれるんならもう少し助走をつけてから「かわいいポーズ」とやらをしてくれてもよかったのにと思う。が、しかし、果たして俺に見せたところで俺はその「かわいいポーズ」に正当な評価をできるのだろうか。
自分で言うのも何だが、そういった感覚についてはかなり鈍い自信がある。
「俺じゃないやつに見てもらったほうがいいと思うんだが!」
「ちょっとうるさい」
「悪い」
すげなく咎められる。
「このように、機械の体だと言葉の言い方や表情に愛想やかわいげがあんまりない」
「ん? うん……そうか?」
「あんまりない」
「お……おお……はい」
説明してくれる気になったのはいいんだが、説明するにしてもやっぱり妙に急発進なんだよなお前の話、と言いかけたのを飲み込む。こういうタイミングで余計なことを言うと大体話が別の方向に行って帰ってこなくなる。俺は学んでいる。
「愛想やかわいげがない人間は親しみやすくない、つまり機械の体はデフォルトではあんまり親しみやすくない」
「前半俺の目を見て言ったあたりに何かしらの含意を感じるな」
別にいいが。その類のものは10代前半で置いてきたのだ。大体人と必要以上に親睦を深めたくはないから、俺にはさして必要のないものだ。
「ということで機械が親しみやすくなるためにかわいいを追求しようかと」
「説明ありがとう。理由は理解できた」
論理と行動の妥当性はともかく。
つまりこいつはこいつなりに、人からの印象が悪くならないように努力しているということだろう。そしてその努力の理由が、自分の体が機械だからというなら、その責任は、こいつの全身を機械にした俺にこそある。
「とはいえ、だ。愛想云々の問題なら、ほとんど問題ないと思うがな」
「そう?」
「確かにお前の体は機械ではあるし、黙っていれば取っ付きづらくはあるかもしれないが……お前が人に悪い印象を与えることはそうないだろう。あまり気にするな」
事実としては、全身が機械であるのは、この世界では異様だ。
過去や内面が人であるかどうかは問わず、そもそも体が機械でなどなくとも、何かが異様であるというのは、それだけで人の輪から外れる原因になる。人が向ける目は、どうであろうと、好奇か、奇異か、嫌悪か、そういうものがほとんどになってしまう、それは事実だ、変えることが非常に困難な事実だ。
その事実があるにもかかわらず、外見のことを気にするなと言うのは、無責任ではあるだろう。結局俺が何と言おうとどう考えようと、こいつが、游という一人の人間の心情は俺とは全く別のものだし、俺たち以外の誰かのものも同様だ。俺が気休めのような言葉を言ったところで、それも変わるわけではない。
しかし、自分の力では変えようのないものに、自分の意思とは無関係に起きたことに苛まれてはほしくないしというのも、真実だ。
とは言っても、本当はもう少し良い言い方があるのだろうが。
「仮に、機械だからという理由で……ただそれだけでお前が人から嫌われるようなら、それはお前のせいではあるまいよ」
それは周囲の環境の問題であり、そして、何より人間の体を留めたままにしてやれなかった俺のせいだろう。だから、お前が気に病むべきことではないのだ。
「……わかった。じゃあ次は愛想とか関係ない、全力のかわいいポーズを準備してくるから、覚悟しておいてほしい」
「それはそれで次があるんだな」