カーテンの隙間から差し込む光でゆっくり目を開く。
隣を見ると珍しくまだ寝ている彼女の愛らしさに
クスリと笑ってしまった。
本当はもっと寝かせてあげたい所だけれど
眠っている彼女の頬に
挨拶のキスをしながら声をかける。
「レイシオ、まだ眠いかもだけどそろそろ起きた方が良いんじゃ無いのかな?」
「ん......んぅ......」
うん、これは覚醒するのに結構時間かかるな。
折角なのでレイシオが起きるまでの間にコーヒーでも入れておこう。
そうだこの前買ったやつを開けてみようかな。
まだ意識が半分夢の世界にいる彼女を起こさないように
ゆっくりとベッドから離れ、僕は鼻歌を歌いながらキッチンへと向かった。
満たされている。本当にそう思っているんだ。
でもさ 人間って貪欲なんだ。1度満たされたらもっと欲しくなる。
僕は我儘になってしまったんだ。
だからなのだろう。あの時のレイシオを見て言わずにはいられなかった。
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ため息をつく。何回目だろう?
でもため息程度で留めている自分は正直偉いと思う。
本当は大声出しながら暴れ回りたい......やらないけれど。
そもそも数週間前のことを未だに引き摺っているなんてらしくない。
恋は病気って聞いたことあるけれど
この僕がこうなってしまうって事はあながち嘘じゃないんだろう。
事の発端は数週間前......そう、鼻歌を歌いながらキッチンに向かって
寝起きのレイシオの為にコーヒーを入れたあの日だ。
カフェインだけでは胃に良くないだろうと
冷蔵庫に入っていたカットフルーツも一緒に添えて
僕はご機嫌にレイシオの居る寝室に戻った。
扉を開けて近くのテーブルに持ってきたコーヒーとフルーツを置き
ふとレイシオの方に目を向けた。別にそれは良い。問題はそこからだ。
体は起こしているがまだ眠たいのか少し伏せ目がちな瞳
少しだけ寝癖があるがそれでも美しさを損なわない髪
カーテンの隙間から差し込む光で、元から白いのに
さらに白く見え光り輝いているように見える肌
極めつけは目が合った僕に心底愛おしそうな声色で
ほんのり色付いている綺麗な唇で僕の本名を紡ぐのだ。
無理だった。この女神のような彼女を一生僕だけのものにしたい。
そう強く願ってしまった時には、もう取り返しのつかない言葉を言っていた。
『レイシオ 結婚しよう』
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ガンッ!と机に頭を打ちつける。恥ずかしい。
考え無しの発言にも程がある。それ以上に自分にあんな醜い
ドロドロとした執着にも似た感情があるなんて知らなかった。
小さい子が特定の布団じゃないと眠れないとかあるけれど
そんな可愛げのある生ぬるいものでは無い。
正直のことを言うとあの後のことはあまり覚えていない。
ただ1つ言えることは、僕はレイシオの返事から逃げた。
いや、逃げたと言うより返事をされる前に遮ったと言った方が正しいだろう。
その上 あの日以降適当な理由をつけてはレイシオと会わないようにしている。
きっと会ってしまったら何も言えなくて黙り込んでしまうし
何となく察したレイシオが何事も無かったかのように接してくれるだろうし
何より僕はきっと彼女のその優しさにつけ込んでしまうだろう。
これ以上、恥の上塗りする訳にはいかない。
今は冷静になるべきだ。目の前にある仕事だって今の状況だと
まともに出来ず逆に周りに迷惑をかけるだろう。
少々心苦しいが適当な理由をつけて僕は帰路についた。
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家に帰りベッドに横になりながら考える。
今は何時だろう? あの後 家に帰ってからシャワー浴びて
ベッドに倒れ込んだから かなり時間が経っている気がするけれど......。
ふと、スンと音を立ててベッドの匂いを嗅ぐ。
つい数週間前はこのベッドでレイシオと一緒に寝ていたのに
もうレイシオの匂いは残っていない。
ダメだと分かっていても、本能的に彼女を求め淡い希望を抱き
ベッドの匂いを嗅いだことがトリガーになってしまったのか
レイシオに会いたい欲求が強まってしまった。
会って、彼女の柔らかな身体を抱きしめ
上目遣いをしながらキスのおねだりなんてしちゃって
彼女の少し困ったような......でも、愛おしいものを見る
あの美しい瞳を独り占めしたいと思ってしまう。
そうやってまた独りよがりな欲を押し付けてしまう。
だから会えない。まだ会えない。会っては駄目なんだ。
そんなことを考えていると急に部屋の扉が開いた音がした。
流石に驚いた僕は身体を起こし音がした方へと目を向ける。
そこに居たのは......
「レイシオ……?どうして?」
レイシオは少し怒っているのか僕と目が合うと
ムッとした表情になりながらこちらへと近づいてきた。
そしてそのままベッドにいる僕に近付き口を開いた。
「理由は分かっているだろうに、どうしてだなんてよく言えたものだ」
確かにそうだ。僕自身が避けていたのにどうしてだなんて。
なんて答えたら良いんだろう。そんなことを考えていると
レイシオに抱きしめられた。突然のことに思考が追いつかない僕に
レイシオは更なる追い討ちをかけてきた。
彼女が抱き締める力をさらに強め まるで泣きそうな声で呟く。
「君と会えないのは寂しい」
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不味い。まずいまずいまずいまずい。
幾ら何でもこれは不味い!僕は今理性と本能が闘っている。
理性がこのままじゃ不味い!冷静になるんだ!と叫び
本能がもう諦めろよ?我慢は毒だぞ?と囁いてくる。
そもそもなんでレイシオがここに居るのかすらわかっていない。
ただ一つ言えることは今レイシオを抱きしめ返したらいけないということだけだ。
抱きしめ返したらきっと、いや、絶対に歯止めが効かなくなる。
本当は抱きしめたい気持ちと、それだけは駄目だと
葛藤する僕を見てレイシオは小さく笑い、彼女は僕の額に優しくキスを落とした。
「君の考えは知っている。だからこそ私は何も言わなかった。
君の口からしっかり聞くために。辛抱強く待った。本当に待った。
だが、流石の私でも我慢の限界だ」
レイシオはそう言い僕の顔を両手で包み込み
真っ直ぐと僕の目を見つめながら言った。
「私と同じ時間を刻んでくれないか?カカワーシャ」
あぁ……彼女は本当にズルい。あの日の僕は行動は誰から見ても意気地無しだ。
それなのにレイシオはこんなに嬉しい言葉を投げかける。
これほど幸せな事は他にあるのだろうか?そして僕は彼女に何を返せるだろう?
何をしてあげられるだろう?考えても答えは出ない。
ならもう素直に自分の気持ちを伝えるだけだ。
「僕は君と出会ってから、出会う前よりずっとずっと我儘になったし
臆病にもなった。君に嫌われたくなくてつい格好つけていたけれど」
「君は格好良いと言うより可愛いの方が適切だと思うが」
「う、うーん?それは喜ぶべきなのかよく分からないけれど…...と、兎に角!!
きっと僕は今まで以上に情けない所を見せてしまうだろうし
どれだけ気を付けていても 何かの拍子でもしかしたら君の事を
失望させてしまう様な事をしてしまう事だって起きてしまうかもしれない」
「そういう時に手を差し伸べ 導くのがパートナーなのでは?」
「それに式場にあるドレスを全部着て僕に見せて欲しいし
君の美しい姿を色んな人に見せびらかしたいし......」
「私と君の二着のドレスで十分だろう……」
そこは断るんだ......。まぁ確かに全部着るのは現実的では無いよね。
そんな事をしたらプランナーさんにも沢山迷惑を掛けてしまう。
仕方がない。ドレスは二着で我慢しよう。
いや そうじゃない。結局これでは話をずるずると引き伸ばして
本題を伝えていないじゃないか。怖がるな。もう僕に失うものなんて無いのだから。
だって目の前の彼女......レイシオは僕を受け入れる為にここまで来てくれたのだ。
深く深呼吸をして口を開く。
「レイシオ、僕と_________」
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ピコンと通知音聞こえ、端末を見る。
見知った名前に珍しく写真が添えられたメッセージ
そこには純白のドレスを身に纏い幸せそうに見つめ合う2人の女性の姿が。
別に自分のことでは無いが幸せそうな友人の姿は見ているこっちも幸せな気持ちになれる。
こういったのに難しい言葉は必要ない。そう思い返事を打つ。
【結婚おめでとう!】