「アイク、アイク」
ヴォックスの切ない声が静寂を破る。麗らかな春の陽気が差し込む午後には到底相応しくないその声に、答える者はいなかった。部屋にはヴォックスの深い呼吸音と、なにかを綴る万年筆の音だけが静かに響いている。
返答のないそれに痺れを切らしたのか、ヴォックスがもう一度声を上げた。
「アイク……」
「…はぁ、“Shush”、ヴォックス。僕がいいって言うまで反省する約束だったでしょ?」
「う…そう、だが…しかし……」
口を噤み俯いたヴォックスは「それにしても長すぎる」という言葉を必死に飲み込んだ。
ヴォックスとアイクはDomとSubとして、パートナー関係にある。
ヴォックス元来Domである。その圧倒的なDom性でどれだけの女性を鳴かせて、あるいは泣かせてきたか、ヴォックス自身にも分からない。しかしこの時代で、大切な仲間の一人であり恋い慕うアイクが同じくDomであると知り、ヴォックスはあっさりとそのDom性を手放すことにしたのだった。紆余曲折あってアイクと番になることができた今、それは英断だったと自負している。
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