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    kinopino3

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    kinopino3

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    大分前に言ってた露仗ネタ。
    少しずつ書いてってます。終わらん…どうして

    24/12/22追記
    無事完成しました。

    悲しいかな。
    この世の中、どれだけ不得手で不必要なものだと心の底から思っていても、いたとしても!
    人は誰しも多少なりと他人と関わらなければ、この現代社会では生きていけないのだ。
    そう、だからか。
    他人から様々な感情を寄せられることだって、間々あるだろう。
    例えそれが自分の望んでいない…恋愛感情というもので、それが絶ッ対に関わりたくないと思っている相手からであっても、だ。


    あー…気持ち悪い


    ただ、それだけだった。
    季節は秋めいた、夕焼けの公園。
    頬を撫でる風は少し冷たくなって来た。
    目の前には同じ町に住んでいる…ある時は敵対、またある時は共闘した…東方仗助という、時代錯誤も甚だしい特徴的な髪型と格好をしている不良少年。
    そんな彼に今さっき、そう所謂愛の告白というものをされた岸辺露伴が抱いた感想は、ただこれひとつだけだった。

    気持ち悪い

    これがその時の正直な感想。
    元来思った事、言いたい事は絶対に言う性格なので、露伴はこの感想を仗助本人へはっきりと伝えた。

    『ぼくは以前から君の事が嫌いだ。
     君がぼくにした行為の数々を思い出せば、一体何をどうしてどうやって好ましく思えようか?
     もしほんの僅かでも思えると思うのなら、ぼくはそんな君の思考が全く持って理解が出来ないね』

    理解出来ない者を理解しようと思う程お人好しではないし、寧ろ時間と労力の無駄だとすら思う。
    そんな事で自分の大切な精神をすり減らしたくないし、そんな自分を他人に理解してもらおうだなんて思ってもいない。
    だから無理な相手とこうして顔を向き合わせる位なら、好ましい相手にガツガツ詰め寄って大切な時間を育みたいものだ。
    それなのに何をとち狂っているのか、この田舎不良男子高校生は再度口を開いた。

    『おれは岸辺露伴が好きです。
     あなたに…ッ、恋をしています。
     おれとお付き合いして下さい!』

    ………溜息しかでない。
    このクソッたれ。今度は一体何を企んでいるのやら。
    仕事上、観察と情報収集を必要とする為、そのスキルにはかなり自信がある。
    だが今日の東方仗助の表情と声色、その仕草からは、悔しい事に彼の意図が正確に読めない。
    唯一分かる事と言えば、夕焼けに照らされこちらに微笑む仗助の姿は何故か絵になるなと思った。
    まだ大人へと成長し切っていない故の甘さはあるが、その整った顔立ちと恵まれた身体は、さぞかし同年代の少女達の憧れになっている事だろう。
    心からご両親に感謝しろよと言いたくなる、極上に容姿の整った奴。
    それが己の内に芽生えた感情に頬を染め、真っ直ぐ見つめて来る蒼い瞳のあまりの美しさに露伴は息をのむ。
    美しいものはどんなに嫌っていても、美しい。
    衝動的にスケッチブックとペンを持つ手に力が入るが、それを理性で抑え、目の前の仗助の微笑みへ睨みを返す。

    (面倒くせぇなあ…)

    仗助のこの告白自体、質の悪い悪戯なのでは?
    そう思い辺りを見渡すも、ここはすでに子供達の帰ったそれはもう静かな公園で、他人の気配はない。
    仗助とよくつるんでいる、アホの億泰もいないようだ。
    こいつ、本当に一人で……?
    少なからず仗助は露伴が自分に対して友好的でない事は分かっているし、仗助本人もこれまで露伴は康一の友人…または近所で顔見知りの有名人位の距離感だったはず。
    それなのに何がどうして…この愛の告白に至るまで、一体全体どんな心境の変化があったのだろうか。
    そういった疑問が少なからず残るものの、経験上内容が内容なので、拗らせる前に早く終わらせなければいけないという思考が勝る。
    正直他人の好いた惚れたなどというものに露伴は興味ないし、時間の無駄だし、勝手にすればいいのだ。
    それが自分に降りかかるなど、本当に面倒くさい。
    そも成人である自分が、現役高校生である子供(同性)相手に恋愛感情なんて生まれる訳ないだろう。
    まともな大人がする事じゃあないし、したとしてもこれまた勝手にやっててくれというもの。
    ぼくの職業を一体何だと思っているんだ!
    結論、これ以上仗助の相手をする事が心底煩わしいと思い、夕日を背にしっかりと向かい合い、はっきりとした口調であの蒼い目を見て口を開いた。

    『東方仗助、ぼくは君の事が嫌いだ。
     このぼくが君の事を好きになる事はぜーーーーーーったいに!ないッッ!!』



    ◇ ◇ ◇



    とち狂った愛の告白をして来た東方仗助を、盛大にフッてやったのが先週の出来事。

    相手はまだ子供なのに、我ながら手酷くフったものだと思う。
    その後カッハッハと笑いながら去ったのは、正直どうかとも思うし。
    だがこれまで仗助から受けた鬱憤が、自覚している以上に相当たまっていたのだろう。
    再び正直にいえば…爽快だった。それもかなり。
    本当に露伴にとっては迷惑でしかない人物なのだから、間違った対応はしていないのだ。
    だが嫌いな、しかも同性の美少年から告白されるという…ある意味貴重な体験が出来た事だけは、感謝してもいいかもしれない。
    大迷惑だが。

    この時の露伴は思っていた。
    これでこの件は終わり、再びクソッたれ仗助と極力関わらない平穏な日常が戻って来ると。





    「こんにちは、露伴先生」
    「……あぁ、こんにちは」

    何故だ。
    ………フッて以降町で仗助と出会っても、彼はまるで何事もなかったように露伴に接触し、挨拶をして来る。
    以前挨拶ぐらいしろよなと言った事を、あの軽そうな?頭で覚えているらしい。
    もちろんこちらも大人として、された挨拶は返すという礼儀は持っている。
    挨拶を軽く済ませれば、以降仗助の相手はしない。視界に入れたくもない。
    面倒だな、あぁもう面倒だ!
    クソッたれ仗助なんかより奴の隣にいる、もうどうしてこんな奴と一緒にいるんだいぼくの親友・康一君
    今日も君に会えて本当に嬉しいよと、沸き上がる喜びを隠さず挨拶しているその横で、こちらに微笑む仗助の姿がやけに目に入った。

    (……何だ?)

    そういえばその微笑み、先週フッた時もしていた事を思い出した。
    目の前で繰り広げられる露伴と康一のやり取りを、さもいつもの光景だと言わんばかりに笑う億泰。
    そして仗助は康一へ、自分達は先にマゴへ行っているから話が終わったら来いよと声をかけて来る。

    (ぼくが康一君と話しているんだ。邪魔をするんじゃあない!)

    そう思うと同時に、露伴の頭の中に新たな疑問が浮かんだ。
    人は誰しも好意を寄せた相手にフラれたら、多少なりとも傷付き落ち込んだりするものではないだろうか?
    それを思い出さない為に少し距離を置こうとか、会ったら気まずいなとかそういう事は思わないのだろうか?
    いや…思うはずもないか、何せこのクソッたれ仗助。
    どこまでも卑しく面の皮が厚いのだから。
    こちらの考えている事といつも逆の事をする腹の立つガキ。
    今日の東方仗助は告白前と変わらず、これまで通りに見える。
    しかしその去り際、こちらを微笑みながら会釈する姿がひと際目に焼き付いて、…何こっち見てんだよクソッたれと、ムカついた…そんな午後だった。



    ◇ ◇ ◇



    「なぁ君。どうしてフラれた相手に会って、へらへら笑っていられるんだい?」
    「…はい?」

    これは逃れられない己の性分なのだ。
    一度でも気になった事はどうしても、何をしてでも知りたい。
    この時、東方仗助の告白から2週間は経っていた。
    いくら嫌いな相手でもその性分に抗えなくなった露伴は、己の内に生まれた疑問を、後日丁度良く道端でばったり会った仗助に問いかけた。
    またいきなり何を言って来てんだこいつは…という呆気、そこから戸惑いといった感情が含まれている視線を隠しもせず向けてくる仗助に、露伴はさっさと答えろよと再度問い詰める。
    形の良い口が開かれ、そこからもれた深いため息が露伴の耳に届く。

    「えっと…はぁ。…いや、別に?
     そりゃあ、あんたにフラれて…当時は結構凹みもしましたけど…。
     でも一回フラれた位で、このおれがあんたを諦めると思ったんスか?
     んなヤワな惚れ方してないんで。残念でしたッ!」
    「………」

    …つまり仗助はまだこの露伴に恋をしていると?愛していると??
    それはやめろ。気持ち悪い。
    想定外の答えに露伴は眉を顰め、唇をへの字に曲げて言葉を無くす。

    「って何スか~もぉ、顔こわっ!
     今のは聞かれたから答えただけで、おれ別に何も悪くねーっスよねぇ⁉
     …暫くは大人しくしてようって思ってただけでよぉ…。
     あっ!何?露伴ってばそんなにおれの事、気になっちゃってます?」
    「なる訳ないだろ。変わらず君の事は嫌いだよ」
    「あはは〜じゃあ何でまだここに居るんスか。
     こんな質問までしてよぉ…。
     …露伴ってば自分がフった相手の事とか気にするんですね、意外。やっさし〜~~」
    「………」

    不快不快不快。とにかく不快。
    何故東方仗助と数分話すだけで、ここまでイライラさせられるのか。
    前回同様フラれたのににっこり微笑む仗助に、腹の底からムカムカとよろしくない感情が沸き上がって来る。
    いっそのこと東方仗助のぼくに対するその感情をヘブンズ・ドアーで消してやろうかとすら思う程、不快だった。
    だが…そんな事はしない。
    仗助のその感情は、彼にとっては真実。
    それがいかにぼくにとって不快極まりないものでも、ぼくの生死に関わることではない以上手を加えてはいけない…。
    自分のスタンド能力は、使うべき時にだけ使うものだともう理解出来ている。
    思春期の好いた惚れたなんてものは一種の風邪みたいなもので、いつか冷めて、気が付いたら次に行くだろう。
    無事に答えも得た事だし。
    ………もう放っておこう。





    だがこの日以降、仗助の行動が変わった。変わってしまった。
    それもとてもやっかいな方向に。
    出会えばあのムカつく笑顔なのは変わらずだが、ただそれに「こんにちは露伴先生、今日も大好きっス〜」っと愛の告白をしてくる。

    何なんだこいつ。

    朝ならおはよう。昼ならこんにちは。夕方ならこんばんは。
    それだけでいいだろう⁈
    なのにあいさつの後に、必ず露伴を好きだと告げて来る仗助。
    露伴の中に気持ち悪い以外の感情が芽生えるまで、そう時間はかからなかった。
    人は苦難の中で、そこから逃れる為に否応なく対応し進化出来てしまうものなのだ。

    何故挨拶と共に告白を?
    どちらがメインなんだ?
    これではあまりに自分の存在を軽く見てはいないか?
    いや、実際見ていやがるんだこのガキは。
    身の周りに置くなら良いモノがいい。粗悪なモノはお断りだ。
    様々な思いを巡らせつつ、最終的にやはり仗助に腹が立つ。
    その愛の告白付き挨拶をされる度、露伴も「あぁ、こんにちは。ぼくは君が嫌いだよ」と…手酷くあしらっていた。
    そしてそれにまた微笑む仗助。

    そんなやり取りが何度となく繰り返されて幾日後。
    もう半ばふたりだけの挨拶になっていた頃、多少ながら他愛無い会話もするようになった事は、露伴にとって誤算だった。
    ある時はオーソン前にたむろっていたいつもの3人に肉まんを奢ったり、またある時はマゴで仕事中、やって来た彼らと席を共にしたり…。
    今日学校であった事(主に康一君に関して)や、スケッチ中何を描いているのか…これから何を描きに行くのか。
    漫画を描くのに使っている道具、最近のファッションについて等々。

    …こうして仗助と話すようになって、新しく分かった事が幾つかある。
    自覚があるなしに、仗助は知的好奇心がとても強いのだ。
    だから一度関心を持ったものにはとことんのめり込むし、自らが楽しむ為に常に思考を巡らせ、言葉を通して他者との交流を図っている。
    生来の才能だろうか。
    その思考回路と会話のテクニックには、ほんの少しだけ知性を感じさせる。
    それだけならどこまでもうるさい奴だと一掃出来るのに、その反面人の話をよく聞ける奴でもあるのが厄介だ。
    自分の言いたい事を話したい者からすれば、とても都合のい…好ましい人種。
    露伴は漫画を描く為に、これまで様々な知識と経験を求め手にして来た。
    それを会話の流れで仗助に話した時の話だ。
    とても興味深くこちらの話を聞いて、そこから生まれた疑問や更に知らない事を教えて欲しいと求めて来る姿に多少なりと心を許してしまう。
    その後露伴が喋りたくないとなったなら仗助が自分から話し、再び露伴が話す事をすれば仗助は黙って耳を傾けて来る。
    そこに……あの微笑みを浮かべて。

    だから絶対に…そのせいなのだ。
    悪癖なのは分かっているのについ魔が差して、どうして仗助が露伴の事を好きになったのか聞いてしてしまったのは。
    仗助からの答えは簡潔で、ハイウェイ・スター戦で助けてくれた時、グッと来たからだとか。
    いや…さっぱり分からない。
    しかし誰かを好きになる事に、そう深く難しい理由などいらないのかもしれないと、最近の仗助を見ていて思うようになった。
    東方仗助は嘘つきだ。
    それなのに今その蒼い瞳に宿るものは紛れもなく彼の真実を…語っていると…そう思う。
    この少年は本当に…この岸辺露伴に対し、心から情愛の念を抱いているのだと、そう…思わされる。
    まさかこのクソッたれのガキから学ぶ事があるとは…と、その話を聞きながら露伴は鼻で笑った。



    その日の夜、露伴は夢を見た。

    ここは見覚えのある部屋だ。
    自宅3階…リビング兼寝室という露伴にとって本当の意味でのプライベートな空間。
    ソファに座り、テレビを観ている人物の前に、露伴は膝をついていた。
    そっと手を伸ばし、指から掌へ広がる相手の温かい感触。
    焦らすようにゆっくりと、自分のものより太い相手の指に自分の指を絡ませた。
    視線を上げれば時代錯誤の改造学ランに包まれた、見るからに恵まれた身体。
    それに似合わず驚く程くびれた腰を通り、開かれた胸元の…衣服の黄色に視線が釘付けられる。
    今すぐそれらの服を全部取っ払って、美しい身体を直に拝んでその肌に触れてみたい衝動がふつふつを沸き上がる。
    なんてもどかしい。
    一方指はそんな思考など素知らぬ動きで、絡めていた指先から離れ、手首に腕…首を通り相手の頬に触れる。
    自分は立ち上がりつつ手に力を込め、目の前の人物の顔を上に向けさせた。
    人物を見下ろすと、また違った心地良さが広がる。
    普段立った時、相手の方が自分より身長が高いので、この光景に新鮮さがあるのだろう。
    前髪を上げた特徴的な髪型だから、異国の血が通いそれはそれは整った相手の顔がよく見える。
    その蒼い瞳はこれから起こるであろう事に対し、不安と期待を半々に混ぜ揺れているのが実にいじらしいとすら思う。
    だから絶対に逸らすんじゃあない。
    少しだけ開かれた下唇を親指の腹で撫でてやれば、小さく名前を呼んで来る相手に笑ってしまう。
    あと少し、ほんの少しで触れるであろう自分達の唇。
    それの一体、何を戸惑う必要があるというのだろうか。
    だって東方仗助、君





       「ぼくの事が好きなんだろう?」






    驚愕と嫌悪と…罪悪感を抱えて目が覚める朝ほど、酷いものはないだろう。
    まさか自分がそっち方面の趣向を持っていたとは、とても信じられるものではなかった。
    だが間違いなく…イケると、頭と身体が理解してしまった。
    知らない事はとことん知りたいのに、これだけは知りたくなかったと言わざるを得ない。
    嗚呼…今日だけは絶対に仗助に会いたくないと心の底から思いながら、露伴は下腹部に覚えた違和感を苦々しく感じ、ベッドから起き上がった。





    その願いが日頃の行い故、天に通じたのか。
    露伴が仗助との…な夢を見た日以降、町内でぱったりと仗助を見なくなった。
    とはいってもまだ一週間未満なのだが、何故か仗助には毎日会っていた…そんな気がして露伴は一度首を傾げる。
    杜王町は確かに田舎の町ではあるが、人口密度的にも会おうと思えば会える、会わない時は会わない…そんな広さのある町。
    露伴と仗助の生活エリア的にもそう被る事もなく、逆に今まで会えていた事がおかしかったのだと答えが出た。
    それと同時にこれまで頻繁に仗助と会えていたのは…彼が自分に会いに来ていたからなのだと理解出来た。
    それが会わなくなったという事は、ついに仗助の奴が露伴へ告白する事を諦めたかと鼻で笑ってから、ふいに止めたその理由が気になってもやもやしてしまう。
    ……理由?いや、そんなもの分かり切っているだろう。

    人は誰しも好意を寄せた相手にフラれたら、多少なりとも傷付き落ち込んだりするものではないだろうか?
    それを思い出さない為に少し距離を置こうとか、会ったら気まずいなとかそういう事は思わないのだろうか?

    このように、分かり切った答えだ。
    以前露伴自身がそう考え、フッた仗助に問い詰めたのだから。
    ………だが、仗助は言ったのだ。

    『でも一回フラれた位で、このおれがあんたを諦めると思ったんスか?
     んなヤワな惚れ方してないんで。残念でしたッ!』

    そう…言ったのだ。なのに、何故?
    知りたい。そう、ただ知りたい。
    こちらの機嫌お構いなしにあぁまで言っていた仗助は今、何を思って行動しているのか…。
    今、あの蒼い瞳で何を見ているのか…ただ純粋に、仗助の事を知りたいと露伴は思ってしまったのだった。



    ◇ ◇ ◇



    気が付けば、秋も終わりに近付いている。
    ふと目線を上げれば街路樹の葉が落ち尽くしたものもあるし、吹く風は頬を突き刺していく。
    本格的に東北の冬を迎える準備をしなければいけないと思わされる。
    東京に住んでいた頃、ここまで季節の変わり目を意識出来ていただろうか。
    東北に越して来た今、これから迎える偉大なる自然の厳しさに興奮しないと言ったら嘘だ。
    静かで自然豊かなこの杜王町での日常は、本当に心地良いと露伴に思わせてくれる。

    今日も今日とてネタ探しの散策、資料として写真を撮り歩いていた露伴は、ふと足を延ばした杜王駅前で康一と億泰に会った。
    まだ帰宅ラッシュを迎えていない改札は静かで、すぐ近くのベンチに並んで座っていた二人に露伴が気付かない訳がなかったのだ。
    二人の通学に駅は関係ない。
    だからどうしてここに居るのか尋ねる。
    もし既に駅での用事が終わって帰るだけなら、ちょっとだけ、すぐそこのマゴでお茶でも一緒にどうかな康一君。
    今日は気分が良いから、億泰も何か奢ってやるぞ。

    「こんばんは、露伴先生。
     すいません、まだ終わってないんです。
     実は今日仗助君が、東京から帰って来るので待ってるんですよ」
    「……?…仗助が東京?何故だい?」

    …本当に疑問しか抱かせない奴だなと思う。
    思わず加えて尋ねても、二人とも詳しい事情は未だ聞けていないらしい。
    ただ承太郎さんから連絡を受け、SW財団に…との事。

    (あぁ…承太郎さん、ね…)

    空条承太郎…仗助の年上の甥にあたる人物。
    仗助も随分彼に懐いていたように見えた。
    実際の所、かなり頼りになる人物だという事は、傍から見ても分かってしまう。
    別にふたりが共に居た所を多く見た訳ではない。
    ただあのふたりが並び立つと、強く印象に残るのだ。
    そう…あのハイウェイ・スターとの戦いに勝利した仗助が、承太郎の運転で自分を迎えに来た時とか……。
    思えばあの時の仗助はひどく負傷していた。
    自分の事は治せないくせに、いつも…そうらしい。
    それなのになんの治療もせず露伴の元に来て、治療をした。
    誰がそんな事を頼んだ。
    それ以前に露伴は自分の「逃げろ」の忠告を無視した仗助に対し怒っていたので、その後承太郎にこの仗助をさっさと病院へ連れて行くよう進言していた。
    そんな露伴の言動に対し何か言いたげだった仗助も、最後は承太郎に逆らわず車に乗って去っていった。

    (……ぼくの言う事は一切聞かなかったくせに)

    思い出したら、また無性に腹が立った。




    「あっれ~?何だよお前ら、迎えに来てくれたのか」

    ふと視線を下にずらした後耳に届いたのは、変わらず気に障る…久しいあの声。
    仗助は駅の改札から出て来ると、友人二人に笑顔で手を振りながら挨拶し、露伴の姿を見て「どもっス」と言いながら会釈した。
    普段見慣れたあの改造学ランではなく、シンプルながら彼に良く似合った私服を纏った仗助は、一言でいえばやはり目を引く。
    ここまで来ると一種の芸術……と、ここに来て先日見てしまったあの夢を思い出してしまい、露伴は一瞬にして血の気が引いた。
    目の前で繰り広げられる高校生達の騒が…賑やかな再会劇を終始無言のまま見ていると、その視線を感じた仗助が露伴へと視線を向ける。
    その表情はどこか幼げで、首を傾げつつ何でここにあんたが居んの?といった風。
    まぁそう思うのも無理はない。
    その純粋な疑問を浮かべた顔をした後、仗助はいつものように微笑んで挨拶をして来た。

    「こんばんは、露伴。お久しぶりですね」
    「……こんばんは。そうだっけ」

    ……仗助の挨拶に『好き』という、いつもの告白は続かなかった。
    それがひどく引っ掛かって、あぁ康一君と億泰の前だからなと自分に言い聞かせていることに、露伴は驚いていた。
    その後仗助は友人二人と…露伴にも東京土産の菓子を渡し、承太郎との話や今回の件、初めて一人で行った東京の話をして解散。
    康一君は塾へ、億泰は仗助の家の近所なのでこのまま二人で帰るのだろう。
    晩秋の夕暮れは短い…。杜王駅はすでに帰宅ラッシュだ。

    (どうして最後まで残って聞いていたんだ、ぼくは…)

    答えは出てこない。

    「露伴」

    露伴が自宅に帰ろうと隣のベンチから立ち上がると、仗助から声を掛けられ黙って振り返る。
    どうやら聞かれたくない話なのか、億泰とは少し距離を置いている。

    「何だよ」
    「…っと。あのよぉ…もの凄く大事な話があるんで、明日露伴の家に行っていいっスか?」
    「……何で。嫌だよ、ここで言いな」
    「だっから!本っ当に!!だ~~~いじなッ話なんで!
     ふたりっきりで落ち着いてお話したいんスよ!ね?なぁ?お願いしますッッ!!」
    「………」

    両手を合わせて首を傾げ、上目遣いで『お願い』と頼んで来る仗助を露伴は半目状態で睨みつける。
    なんだそのくっっそムカつく仕草。
    それが許されるのはとても可愛らしいか、または最高に美人の女性だけだぜ。
    露伴自身の好みかどうかは置いておいても、それがごく一般的な意見ではないだろうか。
    しかし久しぶりに見た仗助は以前と変わらず、露伴に対し微笑んでいたから安心してしまったのかもしれない。
    なんだ、こいつ何も変わっていないじゃあないかと。
    だからそれ以上は断らなかった。

    「…まぁ、いいよ。16時以降なら」

    まさか自分も貰えるとは思っていなかった仗助からの東京土産の菓子を、軽く顔の横に掲げ、こいつの礼に茶くらい…そんな軽い気持ちだった。
    これで用件も済んだことだし、露伴は仗助にじゃあなと声を掛け、背を向け帰路についた。
    自身が背を向けた瞬間、仗助がどんな顔をしていたかなんて想像すらしなかった。
    今はふたりきりなのに、それでも仗助から『好き』と言われなかった事は気になった。
    気にはなったけれど…それを頭の隅に追いやり、もうこれ以上考えないようにしたのである。

    東方仗助は岸辺露伴に微笑んでいる。

    それだけは何も変わっていない。
    ……人は何かに追いつめられると、自分に都合のいい面しか見なくなるものだ。



    ◇ ◇ ◇



    その日一日、よく晴れた心地良い天気だった。
    翌日、約束通りにやって来た仗助は変わらず微笑んでいた。
    露伴は玄関の扉を開き、互いに軽く挨拶を済ませた後、一階の洋室に案内する。
    そして昼間、マゴで買っておいた人気のショートケーキとそれにあった果物ジュースを出してやると、仗助は驚いたのかまんまると目を見開き、たどたどしく感謝の言葉を口にした。
    …こいつは、ぼくを一体何だと思っているのだろう。
    客として招くと言った以上、しっかり準備し持て成すのは当然だろう。
    ……仗助はよくイチゴ牛乳という、その風貌に全く似合わない、クソ甘ったるい飲み物を口にしているのを見た事があるので、問題ないだろうと思ったのだが…。
    もしかして、あまり気に入らなかっただろうか…。

    「露伴先生の家来るの、久しぶりっス」
    「当たり前だろ。誰が好んでクソッたれを招くかよ」
    「ですよね~」

    とても穏やかな心地だった。
    たった数日、仗助と会わなかっただけで生まれたあのもやもやとした感情が噓のように晴れ、今彼が着ているいつもの改造学ランがよく似合っているとすら思えてしまう。
    そしてそのデカい図体でフォークを使い、少しずつショートケーキを食べる姿はもう面白さまで感じてしまい、たまらず口角が上がる。


    だから油断してしまった。



    「それで、大事な話ってなんだい?」

    テーブルを挟んで、向かい合って座っていた。
    最初しばらくは他愛もない会話をした後、自分用に持って来たコーヒーを飲み干したから、そろそろ…と露伴から話題を振ったのだ。
    ふたりきりで、落ち着いて話したい大事な話とは?
    どうせ何時ものように自分に告白してくるのだ、この仗助は。
    1週間近くご無沙汰だったから、わざわざ家に来てまで伝えたいとは恐れ入る。
    こちらもこの数日分のもやもやの腹いせに、これまた手酷くフッてやろうじゃあないか。
    さぁ早く言えよとばかりに露伴はフッと笑いながら目を閉じ、仗助の言葉を待つ。

    「お願いがあります。
     おれの…露伴への恋心、ヘブンズ・ドアーで消して下さい」


    ……は?


    1ミリも思ってもみなかった仗助からの言葉に、思わず間抜けな声が飛び出しそうになるのを堪えた。
    …動揺なんてしていない。出してはいけない。
    ましてや仗助に、少したりとも感ずかせてはいけない。絶対に。
    そう判断すると同時に、なお浮かび上がろうとした動揺を顔の皮の下に隠した。
    無言を保ったまま、黙って仗助の方を見上げる。
    その先にある仗助の顔からは、ずっと向けられていた微笑みが消え失せて、ただ真剣に真っ直ぐ見つめてくる蒼い瞳に思わず息がつまる。
    このクソッたれは今、なんと言った?
    恋心を…消せ??

    『でも一回フラれた位で、このおれがあんたを諦めると思ったんスか?
     んなヤワな惚れ方してないんで。』

    などとほざいたガキは、一体どこに行ったのだろう?
    やはりそうだった。
    仗助はどこまでも露伴を軽く見ていやがると、腹の底から巨大な怒りが湧いてくるのを感じる。
    簡単に消せる程度の想いなら!
    最初から言葉にするな!!声に出すな!!
    伝えてくるんじゃあない!!!
    …それが無理だったのなら、あの時…そう一度断られたあの時に、さっさと諦めておけばよかっただろう!!

    おかしいと思ったのだ。
    一世一代の告白ですよ的な空気醸して、それなのにフッた翌日から何事もなかったようにしていやがった。
    こいつの言葉は何一つ信用ならない。嘘つき。
    東方仗助は嘘つきだ。
    それに付き合ったぼくの時間をどうしてくれると腹が立つも、ここまで巻き込まれ乱された以上…理由だけは聞いておきたい。
    聞く権利は十分にあるだろう。
    知りたい。そう、ただただ知りたい。
    仗助が今、何を思って行動しているのか…ただ知りたいと思う自分が確かに居るのに、今はもう何も知りたくないと反論する声が頭の中に響く。
    いいや、そんな事は許されない。絶対に許されない。
    岸辺露伴には知る権利がある。
    仗助自身がその感情を消せというのなら…その感情を向けられた自分は、その理由を絶対に知らなければならない。
    彼の真実を、こちらに消せと頼むのだから尚更だ。
    その理由を知らずにやるのと、知ってからやるのとでは、労力への対価の価値に差があり過ぎるのだから。

    「……何故だ?」
    「…えっ…何故って」

    あぁ…えっと…一体何処から話せばいいのかと言葉を詰まらせ、目を細めた仗助はやがて自身の唇をその手で覆った。

    初めて露伴に告白した時は、本当に怖かった。
    自分の想いがあの露伴に受け入れられる訳ないと分かってはいたし、でも胸にしまっておくにはもう溜まり過ぎて。
    露伴からの答えは案の定…。
    その時投げつけられた数々の言葉は……そう、とても…とても痛く悲しかったけれど、それでも今は自分のこの想いを伝えられた事に意味がある!
    価値があるんスよ!と己を奮起させた。
    一回フラれた位で諦めるなんて、そんなヤワな惚れ方はしていない。
    これから少しずつ…何かが変わってくれたら。
    これは仗助の心からの想いで、希望で……祈りだった。

    露伴は嘘つきな仗助を嫌いだと言ったから、まずは自分の心に正直になる事にした。
    フラれたから気まずいと避けては、ここで露伴との関係が本当に終わってしまう。
    今は少し落ち着いて時間を空けてから…と思っていたら、何と露伴から声を掛けて来たではないか。
    天にも昇る心地とはこういうことだろう。
    だが……別にへらへらはしてないのに…露伴は最近の仗助が気に入らないらしい。
    大人しくしているのが気に入らないのなら、これからは露伴に会う度、心から好きだと伝える事に決めた。
    それは自然と声に出た。寧ろまだまだ沢山あるから、出し足りない位だ。
    胸の中で溜まりに溜まったこの言葉が口から飛び出し、彼に当たって弾け飛ぶのが面白くて…また一周回って気持ち良い。
    もっと伝えたい。何度だって言いたい。
    露伴、あなたが好きだと。
    ……何か最近、露伴も気にかけてくれてる気がするし?
    それがどんなに…どれだけ嬉しかったことか、いつかこの人に分かってもらえるだろうか…。

    そんな愛の告白が半ばふたりの挨拶になった頃、仗助はふと考えてしまった。
    今までは自分の想いを伝える事しか考えていなかった。
    だから露伴と隙あらば会話をし、彼の言葉に耳を傾けて、その幸せをただひたすら噛みしめていた。
    けれど、そんな夢のような幸せはそう長く続かない。
    改めて仗助のしたこれまでの行為は、露伴側からすればただただ迷惑以外の何物でもないのでは…?とふと…思ってしまったのだ。
    あぁ何を今更と、頭の中で冷静な声がする。
    分かっていたのに、恋するが故に無視していた現実が今追いついた。
    これまでの言動が一気に恥ずかしくなって、申し訳なくなって、でもこれ以外に仗助の真実はないのも事実。
    止めてしまえば仗助はまた、露伴の嫌いな噓つきに戻ってしまう…。

    仗助がこの先も愛の告白をすれば、それを露伴は鼻で笑いながらも何かしら返事をしてくれるだろう。
    そして彼が自分にかまってくれる事が嬉しくて、また笑ってしまう自分。
    ああ見えて露伴は根がとても優しい人だから、真剣な相手を無下には決してしないのだ。
    彼なりに考えて、彼の出した答えをもってきちんと対応してくれる。
    それが歯に衣着せぬ物言いだから、正直言って彼に恋愛感情を持つ仗助の心にはグサグサ刺さっている。
    最初は平気だった。
    恋は盲目。恋は無敵だと、よく聞いた言葉。
    でもこの先…明日は?明後日は??

    だから、それも最初から分かっていたことだろう?

    仗助の愛の告白に対し、露伴から本当に欲しいものが返って来る事は…ない。
    露伴は仗助の望む関係を望んではくれない。…絶対に。
    その結論に至り、ただ絶望してしまう。
    これまでの行動が好きな人を困らせていると、自覚すればもう駄目で…。
    告白をしてフラれる度こみ上げていた微笑みは、気が付いたらただの張り付いた笑い仮面に変わっていた。
    告白をした口の中に残るのは、もう乾いた砂を嚙み砕いたような感覚だけ。
    何故好きな人に告白しフラれ、好きな人を困らせているともう分かったのにまだ笑っていられるのだろうか…。
    出て行くだけではいずれ、器は空になるという事は何故わからなかったのか。


    そんな時だ。
    承太郎から連絡が来て、仗助は初めて一人杜王町を出た。
    大都会東京。
    露伴が育った街。
    空を覆う多くの高層ビルたちに、独特のにおいの空気。
    世話しなく無数の人々が情報が往来し、とてもじゃないが落ち着かない。
    こういう都会が好きな人にはたまらないだろうが、はやり仗助はあの静かで自然豊かな杜王町が良いと思う。
    出来る事ならこのまま、故郷の町に骨をうずめたい。
    SW財団での用件を終わらせ、母と友人達…露伴への土産も買った。
    後は寄り道せず、まっすぐ杜王町に帰るだけ。
    駅で新幹線を待っていると、やはり色んな人達がいる。
    会社員に家族ずれ、友人との旅行だろうか…その中でひと際仗助の目を引いたのは一組のカップルだった。
    この所ずっと露伴への恋に、頭と心を使っていたせいだろうか。
    目の前のカップルがとても…とても眩しく映る。
    分かってはいる。
    傍目から見て幸せそうでも、実際の所当人達にしかわからない悩みだってあるだろう。
    分かってはいるのに、それでも今の仗助にはそれすら眩しい。
    だって彼らは、今ああして互いの隣に立っているのだから。
    彼らは一体どのようにして出会ったのだろう。
    互いをどれほど想い合って…今、そんなに仲良さげに、その手を繋いでいるのだろうか…。
    思わず、ふぅ…っと吐いた息が白くなった。
    もうすぐ冬が来る。


    露伴に好きになってもらえないのなら、もういい。

    (それは違う)

    この想いを伝える事に意味なんてもうない。

    (そんなは事ない)

    露伴に好きになってもらえないなら…

    (まだ決めつけんな馬鹿)

    この気持ちに価値なんて



    …ないんだよなぁ


    つんと目頭が熱くなって、今度は乾いた笑いが口から飛び出す。
    露伴に恋焦がれるだけでは、もう嫌だと声に出した筈なのに。
    露伴の心を手に入れる為ならと、彼の嫌いな嘘つきの自分を変える事から始めた。
    自分では頑張って変えてきた…けれど今、その現実は?
    かつて露伴に恋し、焦がれ、この人と…そう夢にみたものになっただろうか?
    冷静を取り戻した今なら分かる。
    露伴と夢に見た関係とは、随分かけ離れてしまった。
    どうして自分が変わりさえすれば、岸辺露伴に好きなってもらえるなどと思っていたのだろう。
    え?思い上がり激しくないっスか??
    おかしい…こんな筈ではなかった…筈。おかしいなあ。
    何か…何かが変わってくれればなんて、思わなければ良かったのに。
    結局仗助は自身が欲しい未来だけを妄想し我慢出来ず、ここまで暴走してしまった岸辺露伴の言う通りのクソガキなのだ。
    そうさせたのは自身の情動。
    それに気づいた今、愛の告白をする意味も価値なんてものも、もう信じられなくなっていた。

    『東方仗助、ぼくは君の事が嫌いだ。
     このぼくが君の事を好きになる事はぜーーーーーーったいに!ないッッ!!』

    胸が痛い。
    今になって遅れて来た悲しい感情が溢れ、胸が苦しくて息をする事が難しい。
    気が付けば視界はぐちゃぐちゃに歪んで見え、仗助は静かに目を閉じた。
    失恋がこんなにも苦しいものだとは思わなかった。

    あぁそうだ。
    露伴に、謝らなくては……。
    こんな事もう、終わりにしなければ。



    随分と遠回りをしてしまったけれど…。
    露伴にはとても迷惑をかけてしまって、本当に申し訳なかったですと謝罪の言葉を口にする。
    露伴のスタンド能力でこの恋心を消せば間違いなし、これまで溜まっただろう鬱憤を一気に晴らして下さいよと、そう続けて仗助は露伴に向かって頭を下げた。

    「お願いします」
    「………」

    その言葉を受けて露伴は暫く黙り、目の前に広がる仗助の独特な髪型の頂点をただただ見つめていた。
    今すぐそこを鷲掴んで、その下にあるであろうクソ不細工な顔を拝み、あらん限りの罵倒を出し尽くしてやろうかと静かに考えていた。
    …人が黙って聞いていれば、本当にどこまでも自分勝手なクソガキだと思う。

    いいだろう、そこまで言うなら望み通り消してやる。
    正直今更気が付いたのかと思った。
    確かに最初から腹が立つことばかりだったし?
    迷惑ばかりで?
    かと思えば何故かもやもやさせられて?
    この数週間、本当に散々な日々だったのだから。
    まぁ本人もこのように随分としおらしく反省し、こちらのストレス発散方法を提示して来ていることだし?
    ここは東方仗助にとっての『いい大人』として、きちんと対応してやろうじゃあないか。

    ……頭が痛い。

    「分かった。……それじゃあ君の望み通り
    『東方仗助は岸辺露伴への恋心を忘れる』と書いてやるよ」
    「ありがとうございます」
    「…だがこの後また君がぼくに恋をして来たら、流石にたまったものじゃあないからさ。
    『岸辺露伴に二度と恋を出来ない』と追加で書かせてもらう」
    「いいっスよ」
    「…そうかよ」
    「ははっ……もう露伴さ、何でそれわざわざ言っちゃうんスか~言わずにただ書けばいいのによぉ」
    「……」

    露伴はいつの間にか胸の前で組んでいた腕に、力を込める。
    そうだ。これは全く持って仗助の言う通りだ。
    ただ黙って彼にそう書き込めば、二度とこんな面倒ごとは起こらないのだ。
    この岸辺露伴には、それを出来る能力があるのだから。
    真実を…なかった事にする事が出来る能力が。


    ……誰の真実だ?


    「おれがそれだけは止めて欲しいって頼んだら、書かないでくれるんでしょ?
     本当に露伴ってそういうとこ優しいっスよね」
    「勝手に妄想してろよ」
    「……ははっ。妄想は…うん。もう…いいっスかね」

    仗助は視線を下を向けて、こめかみ付近を指で掻いた。

    「…それにさ、おれ。んな事言いながらも、露伴は絶対そうは書かないと思います」
    「…書いたらどうする」
    「したら…おれはそういう人を好きなったんだなって思います。
     んで…おれがそんな露伴に恋をした事、露伴だけが知ってて…覚えててくれるんだって思うと申し訳ないっスけど…嬉しい」
    「…はっ、冗談だろ。誰が覚えてなんかやるもんか、キレイさっぱりさっさと忘れてやるから安心しなよ」
    「…はい」

    その言葉を聞いた仗助の表情は、初めて彼をフった時と同じように…どこか安心したと言わんばかりに微笑んでいた。
    本当にムカつくよなぁ…その顔。
    何最初から答えは知ってましたみたいに笑いやがって…と露伴は睨みつける。
    それでも再び見たその微笑みは、是が非でも描きたいと思ってしまう魅力を持ち、思わず指先に力が入るものの相殺させる為に拳を強く作った。

    こちらだって、最初から分かっていたんだ。
    ただその時はそれがとても気持ち悪くて、ひどく面倒だと思って…遠くへ思いっきり蹴飛ばしたのだ。
    なぁ仗助…君は俯いたその先で下唇を噛んだんだろう。
    うっすらと赤くなっているのが見て分かる。
    ぼくの忘れてやるという言葉を聞いて、本当に一瞬だけ見せた表情を見逃すことはもうない。
    あぁ…仗助、君は今、ぼくの言葉に傷付いたんだな。
    君は本当にぼくの事が好きなんだなって……今、ようやく分かったよ。

    一番最初に告白してきた時も、同じだったのだろう。
    あの時君はぼくの言葉に傷付きながらも、それでもぼくを好きでいた。
    そして今もぼくを好きと言いながら、その上でぼくを好きなその気持ちを消して欲しいと…それをぼくに頼むのか。

    (ぼくの目を奪い、描きたいと思わせたその微笑みを見せる度、君はぼくとの未来を諦めて行ったんだな…)

    本当にどこまで面倒で悪趣味で恐ろしいクソガキなんだ。
    ムカつく…。
    そうだよ。
    この世の中、何もかもが望んだ通りになる訳じゃあないんだぞ。
    …そんな事、ぼく自身が嫌という程分かっているのに。

    「…報酬は貰うからな」
    「え?あ…報、酬……?」

    それは仗助にとって、予想外の要求だったのだろう。
    慌てる仗助の傍に、露伴は無言のまま歩み寄り見下ろす。
    椅子に座る仗助と、その横に立っている露伴。
    幾日か前に見た、あの夢の再現なのだろうか…正夢なんて信じてなどいないけれど。
    そのまま黙って見下ろせば、髪型よろしく本当によく見える…整った仗助の顔。
    見上げて来るその蒼い瞳から、露伴はもう視線を逸らす事なんてしない。
    逆に、あぁそうだ…よく見ておけよと思う。
    ゆっくりとした動作で仗助の頬に手を伸ばす途中、その動きに気が付いた仗助が考えていたであろう回答を口にする。

    「あの…報酬ってのは昨日の土産でなんとか…」
    「…はぁ。……もう君、黙れよ」

    今のこの状況、何も分かっていないのだろう。それも当然か。
    これから自身が、目の前の大人の男に一体何をされようとしているのか。
    そもそも既に勘違いしているんだ。
    露伴から制止の言葉を受けてなお、開こうとした仗助の口を露伴は己の口で塞ぐ。
    見た目通りの柔らかな感触を静かに味わい、ゆっくりと離した。
    夢では味わえなかったリアルな感触に、あぁもう一度と……露伴は強く望んでいた。
    だがそれを止めさせたのは、驚きに見開かれたあの蒼い瞳。
    それと目が合った次の瞬間、仗助の顔は本へと変わる。
    意識を失い倒れ込んだ仗助を支えながら、1ページ…また1ページと捲っていくと、そこには沢山の事が書かれていた。
    本当に、本当に沢山の事が……先程、仗助自身が話していた事と全く同じ事が書かれているのには笑ってしまう。
    笑いが止まらない。
    仗助は嘘をついてはいなかったのだ。
    あの告白も、挨拶も、他愛無く話したあの日々も…全部が全部、本当の事だった。
    一体この数週間の出来事はなんだったのだろう。
    初めて恋をした美しい少年が、何かを変える為必死に奔走した青春物語にしては、あまりに面白くない展開だ。

    「…………」

    あぁ、まただ。
    頭が痛い。
    吐き気がする。
    どうしてこのぼくが!!!


    ≪東方仗助は岸辺露伴への恋心を忘れる≫


    腹の奥底から今にも飛び出しそうになる衝動を抑え、仗助の一番新しいページへ…優しく丁寧にその文字達を書き込んでいく。
    この世界で露伴以外の他の誰も見る事の出来ない、露伴にしか書けない仗助への文章。
    それはまるで恋文だなと思った。














    ◇ ◇ ◇



    「それ一本、頂きます」

    冬が訪れた冷たい空気の中、午後の日差しが心地良い。
    今露伴が立っているのは、町の花屋である。
    季節関係なく、こうして様々な種類の植物が並んでいるのは、進化した栽培技術の賜物なのだろう。
    また今度調べてみよう。
    露伴はそんな色とりどり、綺麗に咲いた花達が並んでいるその中から、赤いバラを指さす。
    店員はにっこりと笑いながら、丁寧に素早くラッピングしてくれた。
    そう赤がいい。燃える、情熱の赤。
    これから自身が始める事を思えば少し面白みに欠けるが、王道なのは悪くない。
    だってこれから本当に面白い事が待っている。
    誰もが想像すら出来なかっただろう展開。
    どうしてこのぼくが?
    さぁ?
    もう考えるのは止めた。



    場所は変わり、少しだけ時間も経った学生達お待ちかねの放課後タイム。
    部活に入っていない学生達が各々帰路につく中、東方仗助は楽しみにしていたマゴの新作ケーキを康一と億泰と共に待っていた。
    制服を纏った男子高校生が三人。
    うち二人は、パッと見ただけで不良と察する事が出来る風貌だ。
    だが美味しい食べ物の前に、そんな事は一切関係ない。
    以前甘党の億泰に頼まれ、恥ずかしながらも共に食べたケーキセット。
    誕生日やクリスマスなど、特別な日にしか食べて来なかったそれを、まさか放課後友人達と気軽に求め通う日が来るとは夢にも思わなかった。

    駅前の、見晴らしが良いマゴのテラス席。
    以前ここで康一と由花子が話しているのを億泰と覗き見したり、ジョセフや承太郎と話す為に座って……改めてこの場所には思い出が多いと仗助は思う。
    それらは何時までたっても忘れたくないし、大切にしていきたいそんな場所だと思う。
    それなのに。
    三人で席に座り、注文を終えてから気付いたのだが…。
    他の客に紛れて見えにくいものの自分達から奥の席、先客としてあのイカれ漫画家・岸辺露伴が座っており、優雅にコーヒーを飲んでいたのだ。
    めずらしい。いや、そうでもないのか。
    康一から露伴がマゴをよくネタ探しの休憩や気分転換その他色々、打ち合わせなどに使っている事を聞いたことがある。
    今日もそれかもしれない。
    そういえば以前、この場所で億泰の恋愛相談で三人盛り上がってしまい、居合わせた露伴に怒鳴られたっけ。
    確かに他の客がいる店内、大声で騒ぐのは迷惑行為以外のなにものでもないのだから、控えなければならない。
    怒った露伴に絡まれるなんて、気分によろしくない。
    そうだ、岸辺露伴なんて関係ない。
    今日はただただ美味しいケーキを楽しみにして来たのだ。
    マナー良く、頼んだケーキセットを友人達と食し、最高の気分で家に帰る。
    何も問題はないな。うん。
    何故か露伴の座るテーブルに、一本の赤いバラが置かれている点を除けば………えっ、何アレこわい。

    「露伴先生、誰かと待ち合わせかな?」
    「花ってよぉ……まさか!なおん(女)かッ⁈」

    女相手に花を贈る…つまり告白、と?ほほぅ…。
    康一と億泰も、同じように露伴の来店に気付いていたようで、邪魔しないよう会話は自然と小声になる。
    露伴と深く親交のある康一ですら、一本の花を持ち座っている彼に声を掛けるのを躊躇っている。
    露伴も露伴で、康一がここに居るのに寄って来ないという事は、そういう事なのかもしれない。
    逆に自分達が来る前、誰かが露伴にあのバラを贈ったという可能性もあるのでは…?と思いついたが、仗助は言葉にしなかった。
    何故、岸辺露伴の事をそこまで考えなくちゃあいけないのか。
    漫画を知らない仗助からすれば露伴は有名らしい漫画家で、イカれた変人でスタンド使いのあまり関わりたくない近所のお兄さんって所。
    そんな露伴が、どこの誰とロマンス展開をおっ始めてくれようと仗助に一切関係はない。
    田舎町に住む有名人ゴシップのひとつとして昇華され、耳に届けばある一定ラインの情報通ではないだろうか?というレベルの話。
    正直言って、どうでもいい。
    人の恋路に、下手に口を突っ込むものではない。
    特にからかう気にもなれず、早く新作ケーキが来てくれないだろうかと思った。


    その後、律儀に挨拶しに向かった康一に残されてしまった。
    億泰と今日学校であった事を振り返っている中で、やはり自分達も挨拶しに行った方が良いのか考えてしまう。
    だが注文した手前、全員で席を空ける訳にもいかないし、仗助は着席する前に露伴と目が合って会釈したので大丈夫だろう。
    以前挨拶ぐらいしろよなと言われて以降、きっちり挨拶はして来たのだ。

    ケーキが運ばれて来た頃に康一が戻って来て、それに何故か露伴まで連れそって来た。
    まさか一緒に座る気じゃあないよな…?勘弁してくれ。
    気を使い過ぎて、楽しみにしていたケーキの味が分からなくなるじゃあないか。
    仗助にとって露伴との会話は、確実に地雷が埋まっていると分かった上でタップダンスを踊らされる気分なのだ。
    無言のままチラッと目線を露伴に向けると、予想外に目と目が合ってしまう。
    一瞬の事で動揺してしまったが、表には出ていない。
    でも気まずく感じている事などは、あの露伴にはきっとお見通しなのだろう。
    やけに自分を見て来る…。いやまだおれ何もしてねーだろ。
    露伴の力強い視線に、以前チンチロリンを仕掛けた時の事を思い出してしまい、いや~な予感がした。
    仗助は自身のこういう直感はよく当たると自覚している。

    「おい、仗助」
    「…はい?」
    「好きだ。ぼくと付き合おう」

    聞こえた露伴の声と共に、目の前に差し出される一本の赤いバラ。
    わぁ~綺麗だなぁと心から思う。
    バラには何の罪もないの。
    ただただ、自分の事を真っ直ぐ見つめ、告白してきた露伴の真の目的がわからない。
    何故嫌な予感程、当たるのだろうか。
    許されるのなら今すぐここで頭を抱え叫びたかったし、出来ることなら全力でこの場から走り去りたかった。
    おいおいおい今ここに、客が何人居ると思ってるんだよ!
    平和な日の夕方、成人男性が制服着た男子高校生に花差し出して愛の告白って、通報案件じゃあねぇの?
    本当にこわい。

    仗助は視線を露伴から、目の前の花に戻した。
    本当に綺麗な赤いバラだ。
    露伴が買ったんだろうか。花屋で?この赤いバラを???
    花にはあまり詳しくないが、バラは愛とかそういった印象がある。
    仗助の頭の中には…露伴、あんたこの前おれの事大嫌いと言って、散々吠えて来たじゃあないか。
    何時だって挨拶するのは自分からで、その返事だってそっけない癖に。
    それで何でおれを好きって?
    意味が分からない。
    漫画のネタか何かの為だろうかと周りを見渡しても何もないし、フルネームを呼ばれた時点で間違いなく自分が標的だ。
    驚きと恐怖を覚えながらも、今ここではっきりさせなければならない事を頑張って声に出すと決めた。

    「すんません…無理っス…」
    「知ってるよ」

    やはりおかしい?!
    たった今大嫌いな奴にフラれたというのに、何故微笑むのか…。
    うっわ、あんたそんな風に笑えるんですね。
    そんな今日の露伴からは得体の知れない狂気を感じ、焦る。
    こわいこわいこわい。
    背筋から寒気が走る。
    あまりの事で一瞬忘れていたが、共に来た康一はぽかんと驚きに口を開いたまま立ち尽くし。
    億泰はずっと喉が乾いたと言っていたので、届いたジュースを速攻で飲み、最後ズズズッと音を立て飲み干した。

    「新作ケーキか、いいね。
     それじゃあこの勘定はぼくが払おう。どうぞごゆっくり。
     じゃあな仗助、また明日」

    うわあああああまた笑いやがったああああああ⁈
    露伴からの奢り発言には、素直に純粋にやったぁ!と思った。
    さらっと伝票を持って行く後ろ姿に思わず手を合わせ拝みそうになるも、自分の目の前のテーブルに残された一本の赤いバラという恐怖。
    …岸辺露伴。ついに頭のネジが飛んだか。



    その後会う度「好きだ」と言って来る露伴、断り続ける仗助。
    もういい加減にしてくれよぉ…と思うと同時に、これまでに一度たりともなかった露伴との平和で穏やかな会話や時間が、仗助の意識を変えるのにそう時間はかからなかった。
    勿論これまで通り些細な事で口論になる日もあったが、露伴に持っていた苦手意識自体はいつの間にか確実になくなっていた。
    知らなかった露伴の事を知る度、寧ろちょっと興味がわいてきてしまう。
    その独特なファッションはどこから?
    前は東京に住んでたって聞いたんですけど。
    漫画家って休みの日ってあるの?
    今日は康一…え?おれの話を聞きたい??…なんて。

    最近はもう露伴に会う度、ちょっとどきどきしてしまう。
    男同士とかそういうことを考えてもみたが、嫌悪感はなかった。
    露伴にはハイウェイ・スターとの戦いの時、助けてもらった事をきっかけに、出来る事なら仲良くなりたいなと思っていたから。
    でもこういう仲良く…でも、まぁなあ。
    自分はこんなにも安い奴だったのか…。
    やはりあの赤いバラが卑怯だと思う。
    会う度に好きだと、断っても好きだと言って赤いバラを渡してくる露伴が、仗助の持っていた彼のイメージとあまりに合わなくて戸惑ってしまう。
    でも一本の花を握りしめるその姿は、あまりに可愛くて面白くて純粋なコドモに見えてしまい、もうほだされてしまったのだろう。
    貰ったバラは母親に見つからないよう自室に飾っている。
    静まった自室でそれを眺めた後、ベッドに頭まで一気に入り込み、目を閉じその日の露伴との会話を思い出しては顔が歪む。
    そうじゃあないと説明出来ない…。
    明日、また露伴に会える事を期待している理由が…。



    そんなある日の夕方、露伴がいつになく真剣な面持ちで仗助を公園に呼び出して来た。
    何の話だろう。
    今日また彼に好きと言われたら…まずはおトモダチから…。
    そして一緒に食事したり、お出かけしましょーよと伝えてもいいだろうか。
    返事を考えている中、ふと露伴の手元が気になった。
    ……あれ…今日はバラ、持ってない?
    目の前の露伴がしゃがみ、自身の足元にあった小石をゆっくりとした動作で拾う。
    その手付きはどこか慈しみを感じた。

    「なぁ仗助。君、路傍の石についてどう思う?」
    「…え??」

    路傍の、石…。
    その辺の道…に、転がっているただの石の事だろう。
    しゃがんだ露伴の表情は見えない。
    話を止める気はないようで、仗助は黙って彼の話を聞く事にした。
    この数週間、ずっとそうだったのだから。

    「ぼくにとって何の価値もなかった石が、ある日声を発したんだ」

    とても不愉快で愉快で、興味深くどうでもいい言葉を。
    だから思いっきりその石を蹴飛ばした。
    子供の時しなかったか?
    学校から家に帰るまでの道中、道の石を蹴っては歩き、蹴っては歩き…。
    思いの外遠くに飛んで行った石が面白くて、腹から声を出して笑ったし、気持ちが良かった。
    スカッとした。
    だがそれは最初だけ。本当に最初だけだ。
    ただの石が会う度同じ言葉を、声を発する。
    だからその度その石を蹴飛ばすのだが……もう面白くはなかった。

    ある日を境に、その石は道に転がってはいなったんだ。
    それはそうだろう。全部ぼくが蹴飛ばしたのだから。
    でも習慣とは恐ろしいもので、何か物足りない。
    仕方がないから蹴飛ばす為に石を探しに出かけても、もうどこにも転がってはいない。
    やっとの思いで石を見つけた時、もう蹴飛ばす気にはなれなくて、拾って家に持って帰ることにした。
    でも石はもう声を発してはくれなかった。

    気付いていたんだ。
    ぼくが蹴り飛ばす度、段々声が小さくなっていた事。
    このぼくにあんな言葉で声をかける石なんて、二度とお目にかかれない面白さだったのに。
    聞きたいと思った時にはもう遅い。
    露伴は持っていた小石を地面に置き、静かに立ち上がり…仗助を見た。
    その視線に仗助は思わず息をのむ。

    「ぼくが悪かったよ…本当にすまなかった、仗助」

    ヘブンズ・ドアーを発現させると、目を大きく見開いた仗助の顔、あとでスケッチに残しておこう。
    いや、これからは仗助の色んな表情を残していくんだ。

    「ぼくのスタンド能力、分かっているだろう。
     あの日、君に頼まれて『東方仗助は岸辺露伴への恋心を忘れる』
     そう書いた後にね、もう一つ書いたんだよ」
    「………ッ」
    「『ただしもう一度岸辺露伴に恋をした時、岸辺露伴の謝罪の言葉で思い出す』って、ね」

    露伴の言葉に、仗助が大きく息を吸い込む音がした。
    ここ数週間の露伴からの告白と、やり取りの記憶。
    それが楽しみになっていた感情。
    先程まで今日も告白されたら、なんて答えようと考えていた?
    それなのに今脳裏に走るのは、仗助自身が露伴へ告白し続け、何度も断られていた記憶。
    割れた氷の間から静かに、やがて勢い良く湧き混じり合っていく露伴への情愛。
    なんだこれ。
    知っているのに知らない。
    知らないのに知っている、この想いは。
    感情が抑えられない。
    仗助の身体が激しく後ろに下がるのを見て、逃がさない為露伴はその腕を瞬時に掴む。
    今ここで掴めなければ、もう二度と手に入らないものだと理解しているから。
    仗助から向けられるあまりに鋭い視線に、再び彼のスタンドで殴られる覚悟すらしたが、そうはならなかった。
    …普段温厚な者ほど怒らせると恐ろしいとは、よく言ったものだ。

    「何で…」

    仗助の疑問は、思ったよりすぐ声になった。
    露伴が能力で書いた通り、仗助は今、これまでの全てを思い出していた。
    あの日…どんな気持ちで、どれほどの覚悟で頼んだと思っているのか。
    地面に膝をつき、何故どうして嫌だ困るやめろこのヘンタイと泣きながら怒る器用な仗助を、にんまり笑いながらなだめる露伴。
    仗助の目から流れる大粒の涙があまりに見事なので、舐めたらどんな味がするのだろうとすら考えていた。

    「……露伴…怒って、ないんスか…?」

    あんなに迷惑かけたのに。

    「だったら今こうしてここに居ないし、君に花を贈っていない」

    露伴は、最近の行動を思い出して欲しいと伝える。
    あれが本心だと。
    顔を上げた仗助はぐずったまま、まだ不安げにしている。

    「おいおいおいおいおい。もう諦めろよ、仗助。
     君はこういう奴を…ぼくを二度も好きなったんだぜ」

    とんだものずきだ。
    目線を合わせる為、露伴もその場にしゃがみ込む。
    そして出来るだけ優しく、ゆっくりと伝えたい事を話した。

    「愛してる、仗助。
     ぼくはこれから先、君を手放す気はないから。
     付き合ってくれるな」

    答えは「はい」しか受け付けないけど。
    なんてワガママな人だろう。
    でもその言葉に、もはや反論の言葉は仗助から出ない。
    今回のようにこの先何度だって、仗助は露伴に恋をするのだろう。
    見ていて飽きない、放っておけないこのイカれた優しい人に。
    夕暮れの空を仰ぎ、諦めにも似た心地で、それでも少しでも反抗の意志をしめす為、仗助は特徴のある自身の唇をとがらせ露伴を睨む。
    照れ隠しと笑いたければ笑うといい。
    仗助のその姿が本当に面白過ぎて、露伴は負けじと自分の唇で触れてみる。
    そっと触れるものを一回、そして以前は出来なかったもう一度を…。
    ほんの少しの時間で、ゆでだこが出来た。
    やがてキスの刺激に耐えかねた仗助は、露伴の服の袖を握る。

    「…露伴」
    「……なんだい」
    「ずっと、言えなかったんスけど…」

    互いに視線が混じり合う。
    あの蒼がこんなにも近くにある事に、露伴は高揚していた。
    同時に今ここで仗助の話をしっかり聞いていないと、後で何を言われるかわからないなと笑いすらこみ上げる。

    「花…嬉しかったです。ありがとうございました」

    今日は持ってないみたいですけど。

    「……君が望むなら、これから先、何百本だってやるよ」

    うん、と短く返事をした仗助は、目を閉じ唇を軽く突きだす。
    晴れて恋人になった美しい少年の、あまりの成長の早さに苦笑しながらも、露伴は誘われるままキスをした。







    ◇ ◇ ◇



    触れられる瞬間、身構えてしまう。

    「うおおおおッ⁈」
    「………は?何、その反応」
    「あっ…いやそ、の…」

    杜王町は昨夜から雪模様。
    ついにやって来た真冬の季節。
    折角の休日ではあるがこの痛むような寒さの中、外遊びに出る程仗助はもう子供ではない。
    初めて出来た恋人の温かい家の中、出来る事なら無限に触れ合っていたいお年頃。

    岸辺邸の勝手口から見える庭は、積もった雪で一面真っ白になっていた。
    ちいさい雪だるま位なら、あとで作ってもいいかもしれない。
    そして表札の下に置いていってやろう。
    これがキッチンで昼食の片付け作業をしていた仗助の考えだった。
    しかし背後にやって来た人物の行動によって、先程の叫びを上げることとなる。

    「なぁ。なぁなぁなぁなぁなぁ。
     あのさぁ君…最近おかしくない?
     ほんの少し触れただけだろ?それとも何か?
     …そんなにぼくに触れられるのが嫌なの?」

    岸辺露伴。
    紆余曲折の後、無事お付き合いをする事になった仗助の愛しい愛しい年上の恋人。
    漫画家として自宅で仕事をしている彼は、仗助の学校終わりの放課後と日曜日をふたりの時間に当ててくれている。
    恋人なのだから、身体的スキンシップはあって当然だろう。
    仗助としてもそれは嬉しいしとても求めているし…でも方向性が違うというか、何故か露伴は仗助の腰や尻を執拗に撫でて来るのだ。
    それがちょっと…困っている。

    「そんな事ねぇって!ただ…」
    「…ただ?」
    「露伴がおれに触ろうとすると、あっ…キス、すんのかなぁって」

    初めて露伴と仗助がキスをしたのは、関係決裂宣言の場だった。
    ……確かに自身の好意は伝えていたけれど、露伴からは嫌われていると思っていた当時。
    定期的に思い出しては、あまりに自身の行動の恥ずかしさに雄たけびを上げ頭を抱えるのに、そろそろ慣れてしまった。
    そして二回目は、露伴から愛してると言ってもらった後。
    本当に幸せで、夢のような心地だった。
    でも夢ではない事を露伴が何度も何度もキスをしてくれて、教えてくれる。
    ……仗助の腰や尻を執拗に撫でながら。
    仗助だってもう高校生だ。
    恋人同士がする事が、キスだけじゃあない事は知識で知っている。
    なのでそれ以来、露伴とキスをする瞬間無意識に身構えるようになってしまったのだ。

    「嫌なの?」
    「やじゃあねーよ!!…ただ、急にされたらビックリするだろ?
     おっ、おれにだって…心の準備ってもんがよぉ」

    仗助が露伴に惚れたのは彼の行動からだったが、実はよく見なくても露伴は所謂美形のかなり整った顔をしている。
    男として憧れのある承太郎のような、渋さや格好良い男性という訳ではないが。
    露伴は細身ながら実は鍛えているので筋肉はしっかりついているし、手足も長く、声も良い。
    彼の持っている知識を語ってくれた時は、思わず聞き惚れていた事すら何度もある。
    露伴の内面に惚れた分、顔も体も声も全部が全部、年頃の仗助には眩しくて愛おしくてたまらないのだ。
    それらが自分に好意を持って迫ってくるのだから、当然心臓がいくつあっても足りない。

    「ふーん…仗助、君…結構自意識過剰なんだな」
    「はぁッ⁈」

    なんてひどい言い方なのだろう。
    確かに恋人になって以降、季節は冬だが!
    仗助には花満開の春だと舞い上がっている日々だが!
    恋人のスキンシップが激し過ぎて困ってます!なんて、そんなそんな…惚気を吐いた覚えは一切ない。

    「あのさぁ。ぼくだって野獣じゃあないんだぜ?
     いつもいつも君を襲おうだなんて考えてないよ」
    「この嘘つき野郎ッ!
     前にもおれが食器洗ってたら、後ろから声掛けるふりしてキスして来たじゃあねーかよ!」
    「んー?あれ位普通に触れ合う範囲だろ。ぼく達は恋人なんだから」

    そう言われると仗助には反論の余地がなくなる事を分かっている露伴は、案の定黙った少年をくすっと笑う。
    仗助を廊下側に繋がるドアの前に連れて行き、背を預けさせ前から包むよう抱き寄せる。
    悔しいが、自分よりもよい体格。
    これを枕に抱き締めて眠るのは、さぞ心地良いのだろうなと思う。

    「とはいえ、君とぼくの認識の差は改めるべきだなぁ。
     ちなみに以前キッチンでキスした理由は、洗いものをする君の後ろ姿にぐっと来たからだ」
    「……わっかんねーよ」

    まぁ確かに、自分ではわからないだろう。
    後ろから見た自身の姿なぞ想像する事は難しく、かといって映像や写真で見る機会なんてそうそうある訳じゃあない。
    それに露伴の抱える仗助へのこの衝動は、露伴だから生まれるのだと知っている。
    体格の良い上に恐ろしく括れた腰のラインに沿って、エプロン紐が通りリボンで結ばれている。
    これを解きたい衝動と、そのままにして衣服だけを…なんて。
    なるほどこういう趣向もあるのかと、露伴自身は最近理解したのだ。

    「まぁでも…ぼくが君の事をしっかりそういう対象として見ているんだって、理解してくれたのは助かるよ。
     さらに日頃から意識してくれるようになったって事は、正直いって喜ばしい事だな。
     ぼくに触られるの、嫌ではないんだろ?」
     
    改めて交際するぞと宣言した時、加えて露伴は仗助にぼくが君を抱くからと宣言した。
    仗助もその言葉の意味をしっかりと理解し、問題なく決定出来た事は喜ばしい限りだった。

    「……おう…嫌じゃあねーっスよ…寧ろ…すげぇ嬉しぃ…っス。
     ただ…本当に心臓に悪くって…」

    頬を染め、耳まで赤くしながら苦々しく話す仗助は見ていて飽きない。
    頬に唇を添えながら、軽い口づけを何度も何度も繰り返す。
    そして瞼と耳へゆっくり走り、腕に力を込めて話した。

    「そうかい。それじゃあ、君にひとついい事を教えてやる」

    それは一体何だろうと、仗助が目を開き見つめて来る。

    「安心しなよ。まだ、君を取って食ったりしない。
     まだ、ね」

    以前まともな大人は~と考えていたのに、結局こうなってしまったのには露伴も苦笑してしまう。
    仗助はまだ高校生。卒業するまでは絶対に一線は越えないと決めている。
    勿論手放す気はさらさらないが、もう少し余裕を持って二人の距離を計り、互いの愛を育んでいきたいと思う。
    もう二度と、自身の行動で仗助を追い詰めない為にも。
    だからこうして仗助が少しでも不安に感じていると思ったら、それを解消する場を設けるようにしている。

    「……露伴」
    「ん?」
    「じゃあさ…手は、繋げるっスか?」

    手?自分達の手を?
    抱き締めていた身体を起こし、露伴は仗助の表情を窺うと、またこれでもかと頬を赤らめているではないか。
    そういえばこいつ、自称・純愛タイプとか言っていたっけ。
    冗談かとばかり思っていたのに、これは…。
    そのあまりにも初心な仗助の反応に、先程まで少々大人なスキンシップをしていた自分は鬼畜なのではないかと錯覚してしまう。

    「……いいよ。これでいいかい?」

    仗助の右手を掴んで持ち上げ、合わせた掌から指先まで絡ませて繋いだ。
    所謂恋人繋ぎって奴だ。
    目の前で握られた互いの手を見て、チコッと違うけど…と言いつつも、仗助が内から溢れ出す喜びを隠しきれていないのはすぐに分かった。

    そうやって笑っていればいい。

    岸辺露伴はその価値を認めたものは、大切にする。


    路傍のダイヤモンドは今、露伴の家の中で大切に飾られている。





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