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    付き合ってない蔵種とモブ夢おじさん
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    招かれざる客 俺はしがないサラリーマン。そしてゲイだ。女にはモテたためしがないが、それで男に逃げたって訳じゃない。その証拠に、男にだってモテてはいない。
     そんな俺の楽しみは、週末にゲイバーで静かに呑むことだ。馴染みの店で、マスターや常連客に軽く挨拶をしてから、あとは隅の方でゆっくりと呑むんだ。
     正直何杯も飲む金は無いし、仕事で疲れているからベラベラと喋る気にもなれない。ただこの場所に居るだけで気分転換になるし、癒やされるんだ。ゲイバーという女の居ない、自分の存在を許されている場所に居るだけで。
    「邪魔するでー」
     突然店のドアが開いて、デカい声が店内に響いた。正確に言えば、それはデカい声じゃない。デカく感じる声だ。
    「邪魔するんやったら帰ってー」
     マスターもそれに応じて、いつもより気持ち大きい声で返答をする。
    「マスター、いけず言わんといて。白石くんおいで、一緒に呑もうや」
    「ちょお、ボケ殺さんといて。俺が帰ろうとするとこやん」
     その客─白石くんは、笑いながら常連の輪の中に入っていった。
     白石くんは1年ぐらい前から、この店に通うようになった。まだ若いし、最初はネットでこの店を調べて来たみたいで、おっかなびっくりって感じだったけど。すぐに皆に気に入られて、店の人気者になった。
     正直、白石くんはそんなにゲイ受けをする見た目をしていない。顔はその辺の芸能人なんて目じゃないくらいイケメンで、女子供には好かれるだろうけど。ゲイにはもっと、ぽっちゃり系とかマッチョ系が好まれる。
     白石くんはスポーツをやっているそうで(テニスだったかな、これまた女ウケしそうだ)、細マッチョではあるんだけど、俺はもっと厚みのある身体が好みだし。この店の客達だって、白石くんが好みど真ん中って人は少ないと思う。
     だけどまぁ、俺の好みの洋画俳優みたいな人なんてこの店には居ないし。この店の中で誰か選べって言われたら、みんな白石くんを選ぶと思う。みんな白石くん白石くんってちやほやしているし。だから俺も白石って呼び捨てにするのが悪い気がして、白石くんって(心の中で)呼んでいる。
    「ほんでな、それ何やったと思う? それがなぁ、ほんまにびっくりしたんやけど、でっかいセミやったわ」
     白石くんの話を、皆がうんうんと聞いている。白石くんの話は長い上に、オチが微妙でつまらない。だから聴きたくなんてないのに、やけに声が響いて聞こえてしまう。仕方がないからこれはもう、声を聴いているのだと納得することにしている。白石くんは顔だけじゃなくて、声もいい。
     俺はデカいセミって何だよって思いながら、2杯目の酒を注文した。いつもだったらもう帰る時間だけれど、白石くんの声をもう少し聞いていたい。
     すると店のドアの向こうで、何やらバタバタする音が聞こえた。あー、やだやだ。こういう時は、大抵ドアが開く前から分かるもんだ。
    「ええやんええやん、社会勉強やん」
    「えー、俺ホモちゃうし」
     数人の若い男達が笑いながらドアを開けた。大学生か、新社会人くらいか。彼らは店内の全員が自分達を見ていることに気付くと、気まずそうに愛想笑いをした。
    「あのー、俺達ホモちゃうんですけど、ホモやなくても入れます?」
    「……どうぞ」
     マスターに招かれ、男達はおずおずと店内に入った。この店は女性客はお断りだが、男性客に対する制限は無い。本当はノンケも禁止にしてほしいけれど、売り上げを考えると仕方のないことなのかもしれない。
     まぁどうせ、1杯飲んですぐに帰るだろう。常連客もそう考えたのか、男達の為にカウンターを空けた。促されて男達が座ると、いつものカウンターが少し狭く見える。スポーツでもやっているのだろうか、体格のいい男達だ。
     中でも一番背の高い男は銀髪に浅黒い肌で、厚みのある身体をしている。年下の騒がしい男でなければ、結構好みだ。するとその男が、白石くんを見て言った。
    「あれ、ノスケ?」
    「種ヶ島先輩……?」
     どうやら二人は知り合いのようだ。
    「え、ノスケってこういう店来るん?」
    「……や、俺も親戚のおじさんに連れて来られたんですわ」
     そう言って白石くんは、隣りに居た常連客の顔を見た。突然親戚に仕立て上げられた常連客は、「どうも、親戚です」って、ギャグみたいな自己紹介をした。俺は思わず吹き出しそうになったけど、ぐっと堪えた。思わぬゲイバレが死活問題だってことは、この場の誰もが(この若い男達の集団以外は)よく知っている。俺達は素知らぬ顔で、けれどしっかりと聞き耳を立てながら一口酒を飲んだ。
    「詳しい人がおるんやったら安心やわ。お勧めとかあります?」
    「兄ちゃんどういうお酒が好き? 度数強いのいける?」
    「どうしようかな。ノスケは何飲んだん?」
    「あ、俺も今来たところで」
    「絶対嘘やろー、酒臭いで」
    「あ、……1杯だけ」
     嘘だ。既に4杯飲んでいる。しかも常連客の奢りで。顔だってあんなに赤く─あれ、白石くんって、もっと酒に強かったと思うけど。今日は強めのカクテルでも飲んだんだろうか。
     それから種ヶ島達は、いくつかのカクテルを注文していた。白石くんは「こんなん初めて見た」とか言ってて、ゲイを隠しているのか、ぶりっ子しているのかよく分からなかった。いや、多分ぶりっ子だ。薄暗い店内でも、色白の白石くんがはにかんで笑うのがよく見える。種ヶ島先輩とやらの近況を、うんうん言いながら聞いている。おい、デカいセミの話はどうした。
     その後白石くんと種ヶ島は、特に内容の無い話をだらだらとしていて、聞き耳を立てる必要なんて全く無かったんだけど。俺も他の客も、結局二人が退店するまで長居してしまって。酒も5杯も飲んでしまった。まるで若い子みたいに悪酔いしてしまったし、完全に予算オーバーで、当面は禁酒生活だ。
     そうして1ヶ月後。俺は久し振りにそのゲイバーに向かった。今日はどんな客が居たって1杯で帰る、そう決めている。決めていたのに、間の悪いことに店先でばったりと白石くんに出会ってしまった。
    「あれ、こんばんは」
    「あ、白石くん……」
    「あー……、こないだはありがとうございます。話合わせてくれて」
    「や、俺は別に何も……」
    「あの人テニスの先輩で、昔お世話になった人なんですわ」
    「あ、へぇ……。そうなんだ」
     白石くんは店のドアを開けると、カウンターに向かった。
    「マスター、○○さんにダイキリを」
    「え?」
    「こないだのお礼と、今後の口止め料ですわ」
    「……俺の名前、知ってるんだ」
    「当たり前ですやん。○○さんかて俺の名前、知っとるでしょ?」
    「そう、だけど」
     マスターが慣れた手付きで、カクテルをシェイクする。
    「ダイキリ、好きなんですよね?」
    「あ、うん」
    「○○さんがピンチの時があったら、今度は俺が助けますから」
     そう言って白石くんは、笑いながら常連客の輪の中に入っていった。残されたのは、俺と1杯のダイキリ。
     俺はこの店でいつもダイキリを頼むけれど、特にこの味が好きな訳じゃない。度数が高いから、何となく頼んでいるだけだ。俺は震える指で、ダイキリを一口飲んだ。それはいつもと全く同じ味で、その事実が俺を、ひどくやるせない気持ちにさせた。
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