第一回【ゲッコウクラゲのダンス】あいつはどんな顔をしていたっけ。
ゲッコウクラゲのダンス。どうしてこんな風習ができたかは興味ない。いつもだったら寝静まるこの町で人が海に集まるイベントだ。まだ暑さが残るこの季節の海は、正直長居はしたくはない。行く予定はなかったけれど、サクラが俺と見たいというものだから来てしまった。…甘い自覚はある。
でもまあ、昼間のイベントよりは、好意的ではある。
あの夜。クラゲが海から漂ってきては人工的な明かりを反射させた。その先にはあいつがいて、青い光に照らされていたのを覚えている。
男にこんな感情を抱くのは初めてだった。いつも晴れた空のような瞳は深い海のようなそれに変わり、しかし子供のように輝いていた。陳腐だけど宝石のようだと、波のように漠然と思った。
でも、あの時の顔は、俺の見たことのないあいつだった。
暗いから、だけじゃない。きらきらしているはずなのにひどく他人事で、夏なのに寒気を感じた。いつもの温かいまなざしは消えてしまっていたから。
何を考えていたんだろうか。思えば、あいつはクラゲなんて見ていなかった気がする。海の底を見つめ、何かを考えていた。
「わあ…やっぱりきれいだね」
「え?…あー、そうだね」
「どうかしたの?」
「…去年のことを思い出してた。」
「去年かぁ…懐かしいね。俺たちまだそんなに親しくなかったし」
「はは。…実はさ、あの日クラゲがお前のそばに来たときをみていたんだ。」
「え!そうだったんだ…」
サクラは少し恥ずかしそうに頬をかく。あの時からは想像がつかない。今では愛おしさまで感じている。
彼のあの表情は何を物語っていたのものかはわからないし、別に知りたいとは思わなかった。ただ、わがままを言えば。…その先に俺がいたらいい。
横に立つ彼の手をゆっくり握れば嬉しそうに笑われた。
「青い光に照らされて、とても綺麗だった。」
「…君がそんなこと言うの、珍しい」
「照れてる?」
「まあね」
光をのせた船が、ゆっくり沖へと向かうのが見えた。
子供たちが、大人たちが、静かにその先へと視線をやる。悪態をついていたもの、楽しみにしていたもの、皆が穏やかに見ている。昔はどうでもいいイベントだったのに、いつのまにか特別なものになりつつある。
しばらく見ていれば、優しく、しかし力強く握られる。ゆっくり見上げれば彼の瞳が水面を反射させていた。…いや、それだけではなかったのかもしれない。
何も言わないサクラに寄り添えば、同じようにしてくれた。今は別に急がなくてもいい。俺たちのペースで、俺たちの関係をはぐくめばいい。なにも、すべてを話す必要はないのだ。
俺も、あいつも。
「セバスチャンの瞳がグリーンに光ってたよ」
「そうかい?」
「うん、とってもきれいだった。ヒスイみたいだったなぁ」
感性は、もう似てきているらしい。