分かたれた道(キャプション必読)『我々はギルモア将軍の指揮の下、ピリカに新たな秩序を築く…!───』
テレビの画面から力強く聞こえる声に、その場にいた誰もが唖然とする。
昼下がり、新聞社のビルの中で記者仲間と共に情報交換をしていた時だった。突然、ニュースを流していたテレビが不自然に暗転したと思ったら、次の瞬間軍服を着た男を映し出したのだ。その男はピシアに所属する高官を名乗った。
「ピシア?諜報機関がなぜこんなことを…」
ピシアは記者を名乗るものなら知らぬものはいない、取材対象の一つだ。しかしその実態は杳として知れない。
数年前、ピシアに対し取材を強行しようとした記者の安否が知れなくなったというのは有名な都市伝説だ。真偽の程は定かではないが、そのような噂が蔓延るくらいには、ピシアは謎めいた組織だった。
「それに、ギルモア将軍だと?こんな真似をして大統領が黙っていると思うのか!」
テレビに映る男が口にした人物の名前に、隣の仲間が怒りを露わにする。
無理もない、ギルモアは己の地位のために他の政治家を陥れ、自分の意見に反対する企業や市民を一方的に粛清する暴君だ。以前は軍備の増強を水面下で画策しているとの情報もあったが、現大統領の目指す政策はその思想とは真逆のものだった。そのお陰もあってか、今ではギルモアの悪評も鳴りを潜めていたと思っていたのに……
──ズウゥン……!!!
「っ!何だ!?」
突然大きな揺れと地響きが起こった。窓の外を見ると、夥しい数の装甲車と無人機が道路を、空を埋めつくしている。
『政権を取り戻し、このピリカを更に強大な星へと発展させるのだ!!』
テレビから聞こえてくる声に、耳を疑った。政権を取り戻す?それはすなわち──
「クーデター…!?」
「まさか、官邸に向かっているのか!?」
戦闘機が向かう方向にはパピ大統領の官邸がある。それを見た瞬間、反射的に走り出していた。
「くそっ!!」
「待て!どこに行く!」
仲間の慌てた声が聞こえる。
軍人でもない自分に何かできると思っていたわけではない。だが指をくわえて見ていることもできなかった。
ビルの外に出ると、目の前の道路を装甲車が横切っている。その物々しさに圧倒されその場に立ち尽くしていると、一般市民の動揺に紛れて低い声が聞こえた。声のする方を見ると、軍服を着た二人の男が立っている。
物陰に隠れつつ近づくと、会話の内容が聞き取れた。
「長官殿!」
「これはどういうことだ、出動の予定は明日のはずだが」
「はっ、情報の漏洩があり、大臣に計画の一部を知られたようで…」
「計画の全容を知らせるのは必要最低限の人員に留めるように進言したつもりだったが…まあいい、予定が早まっただけのことだ、指揮は今誰が?」
「副官殿が」
「わかった、急ぐぞ」
「はっ!」
(こいつら、クーデター側の人間か!)
十中八九、ピシアの軍人だろう。しかも男の一人は「長官」と呼ばれていた。クーデター側の中でも高位の軍人であると考えるのが妥当だ。
(せめて顔だけでも…)
身を乗り出し、隠れていた壁から顔を出そうとしたその時──
「動くな!」
「っ!」
背後から鋭い声が飛んできて、ビクリと体が強ばった。
「手を頭の後ろに組んで膝をつけ」
振り向くとそこには銃を持った兵隊が立っている。
壁の向こうの二人にも気づかれているだろう。
(逃げるのは無理か)
ゆっくりと手を頭の後ろに回し、その場に跪いた。
「何事だ」
「はっ!怪しい動きをしている男を発見しました」
おそらく長官と呼ばれた男が、銃を持った兵隊に話しかけ、壁の向こうから姿を現した。
紺色の軍服を着たその男の顔は、正確に言うと見えなかった。軍帽と目元を覆う濃いサングラスのせいで、表情もまともに読み取れない。しかしその正体は自分がよく知る男だった。
「ドラコルル…!?」
「お前は……」
大学の同窓生であるその男は、同じ講義室で学んでいた時とはまるで違う雰囲気をまとっていた。軍人になってこの星を守ると語っていた力強い目はサングラスによって隠されている。
「長官、知り合いですか?」
「………」
ドラコルルは部下の質問には答えず、サングラスの奥からこちらを見つめている。その目深にかぶられた軍帽には、先程テレビに映っていた男の背後の壁に飾られていたものと同じ、ピシアの紋章が施されていた。
「ドラコルル、どういうことなんだ、いつからピシアの長官に」
「一般市民には屋内待機命令が出されている、従わない場合身の安全は保証できない」
「どうしてこんなことを!今ならまだ止められるだろう!!すぐに軍を…」
軍人が発する機械的な口調に苛立ちを隠せず、声を荒らげたその時
──ドオォン!!!
「なっ…」
戦闘機が向かった先から爆発音が聞こえた。
「長官!官邸への攻撃が始まります!」
「ああ」
「こいつはどうします?」
「構うな、抵抗もできない市民を殺せばいらぬ反感を買う」
「しかし…」
「ギルモア将軍の意に沿わないことをしろと?」
(ギルモア…!!)
ピシアの長官とは、つまりギルモア将軍に仕える軍人の一人ということだ。よりにもよってこの男があのような愚君に、なぜ?
「なぜギルモアなんかに!ドラコルル!!」
怒り、失望、困惑、混ざり合った感情を抑えられず、銃を向けられていることも忘れドラコルルの胸ぐらに掴みかかった。
「貴様!長官から離れろ!」
「よせ!」
銃を構える部下を手で制したドラコルルは、締め上げられていることなど気にもせず冷ややかな声で告げる。
「同窓のよしみだ、将軍への暴言は聞かなかったことにしてやる。手を離せ」
「…っ!!」
「それともここで捕まり、お前の仕事仲間共々、反逆罪で処刑されたいか?」
「なんだと…?」
反逆罪、処刑、恐ろしい言葉をさらりと口にされ、思わず軍服を掴む手から力が抜ける。その手を振り払い、ドラコルルは襟元を正した。
「反軍事的な記事は、ギルモア将軍にとっては最も癪に障るものの一つだからな。お前も目をつけられている記者の一人だ」
ここにきてようやく理解した。ギルモアが大人しく今までの状況に甘んじてなどいなかったことを。
水面下で粛々とこの日のために力をつけていたのだ。そのためにドラコルルがその頭脳を遺憾なく発揮させたことは最早疑いようがない。
大学にいた頃からリアリストだった彼は、なんの根拠もなく平和や理想を語る者を嫌った。星にとって軍は必要不可欠な存在であり、力あってこその平和だと、強い真意の元、語られたのを覚えている。
パピ大統領はその年齢から周りの大人に揶揄されることも多かったが、幼さをもってしても余りある才能と純粋さで国民の心を掴み、大統領にまで登りつめたのだ。あの人は決して理想論だけで平和を実現しようとしているのではない。
そんな相手を武力でねじ伏せるなんて絶対に間違っている。例えそれが叶ったとしても、人望のないギルモアに誰がついて行くというのだ。英明なドラコルルがそのことに気づいていない筈がない。
「長官!間もなく戦艦が到着します!」
「ああ、お前たちは市民を誘導しろ。誰にも我々の邪魔をさせるな」
「はっ!」
部下に指示を出すドラコルルに迷いは見られない。ピシアの長官としてクーデターを先導する意思は揺るぎないものだ。だが──
「お前も本当はわかっているだろう、ギルモアが間違っていることなんて」
「………」
ドラコルルの顔を正面から見据え、口を開く。その表情は伺えないが、笑い飛ばされることもなかった。
「俺たちは必ず、ギルモアからこの星を取り戻す」
「ああ…お互い尽力しようじゃないか」
──この星を守るために。
最後の言葉は戦艦のエンジン音にかき消された。クジラ型の戦艦がドラコルルの背後に着陸する。
「長官ー!探しましたよ!」
「ご苦労だった、副官」
艦のハッチが開き、中から大柄の男が飛び出してきた。ドラコルルは掛けられた声に応え、艦に乗り込んで行く。
その背中に彼の信念が垣間見えたような気がした。
語り合ったお互いの理想は、相容れないところまで来てしまったけれど、あの男の本心が別のところにあるのなら、それを知りたい。
今自分にできるのは情報を集めることだ。記事を書く時と同じように頭の中に地図を広げ、仲間のいるビルへ戻った。
この戦争が思わぬ結末を迎えるのはこの一月後のこと──