朝食今日はなんだか眠りが浅かった。
いつもより早く起きてしまったヒュースは、何かをするでもなくリビングに向かっていった。ソファーの上で誰かがくつろいでいる。玉狛ではいつも誰かがリビングでくつろいでいて、本部の堅苦しく整然とした雰囲気と全く違い、支部という感じがなかった。捕虜、という立場になってしまったが、拷問されることも無理に情報を聞き出されることもなく、修たちと遠征を目指し人の死なないランク戦をする。毎日、浅くぬかるんだ居心地の良い夢の中にいるような気がしている。そんな気持ちを追いやろうと、軽く頭を振った。
「お?ヒュース、早いじゃん。おはよう」
リビングには、寝癖であちらこちらに髪を遊ばせた男がいた。迅だ。
だらしない姿勢で端末を抱えている。眠いのかいつもより緩い空気を醸し出していて、それが妙に腹立たしい。A級のログを見ていたのか、手元には走り書きのあるメモ用紙が置いてあった。一体いつ寝てるんだか、起きてるんだかわからないと思っていたが、寝る時にはきちんと寝ているらしい。
「……フン」
「朝起きたらおはようでしょ〜?アフトは一体どういう教育してんだか」
「俺の国の悪口を言うな」
「はいはい、お腹空いてる?簡単でいいなら俺がやるけど」
「……」
食事の準備をするのは不慣れだ(小南には「ヒュースは台所立ち入り禁止!」と3回言われた)。簡単な調理は自分で出来るようになってきたが、デンシレンジ?では卵を温めてはいけないらしい。かと言って迅には頼みたくない。しかし、何もしなくても腹は減る。ヒュースは黙って考え始めた。ヒュースが眉間に小さな皺を寄せ、む、と顎に手を当てたのを見て迅は、小南が言ってたのはこれか!と思った。「ヒュースに『お願い』させなきゃダメよ!」、小南はそう言ってダイニングテーブルをドンッと叩いて言っていたっけ。
頬を掻き、ヒュースを茶化す。
「あー!俺がやるから手伝って。いい?」
「?なんだそれは。……勝手にしろ」
ヒュースはめんどくさい。強情でそんなところがかわいい。絶対、本人に言ったりはしないけど。
こうして迅とヒュースは朝ごはんを作ることになったのだった。
「目玉焼きでいい?」
「目玉焼き……」
「卵焼いたやつ。英語はフライドエッグって言うらしい」
一応ヒュースはカナダ人だしね、迅の軽口にヒュースはフンと鼻を鳴らした。
「揚げるのか?」
「いや、揚げないよ……でも俺は両面焼く方が好きだな。蒸し焼きとか色々あるけど、楽だし」
「作ってもらう立場だからな、なんでもいい」
夕食当番の時は「なんでもいい」は無責任で嫌な言葉だと思っていたけど、好きな子が言うなら別だろう。なんとなく頼られてていいなと思う、全く違う言葉の様に感じる。俺って結構、ヒュースのこと好きなんだな、とふとした瞬間に実感するのがこそばゆくて、じっと見つめてくるヒュースから目を逸らした。
フライパンに油を引き、卵を割り入れる。ぱちぱちと油の泡がはじけ、香ばしい匂いが漂った。白身に熱が通るのが遅いので箸で少し解く。黄身は崩さないほうが半熟になって美味い。なんて、誰かの受け売りを反芻しながら、迅は手を動かした。
「ヒュースは目玉焼き、何かけたい?俺は塩」
「良くわからん……塩でいい」
「待って!まだ色々あるから!ソースとかケチャップとか醤油とか。陽太郎はケチャップで小南はソース、レイジさんは醤油、京介んちはマヨネーズなんだって。ヒュースも試してみな
よ」
「いいだろう、なら2つ焼け」
「卵はコレステロールが高くなるので1日1つなの!陽太郎もそうやって駄々こねてたな」
…つづく