in the same way バラエティ番組―特にトークが主体となるものでは必ずと言っていいほど挙がるトピックが一つあった。それは、高峯翠と守沢千秋の関係について。
高峯翠と俺が付き合っている、ということはES内はおろか、世間でも知らないほうが珍しいほどの周知ぶりだ。同性愛という、時代が時代であれば禁忌とすら言われた愛の形が、今の世では当たり前として受け入れられている。
今まで多くの男女が言葉にしてきた「生涯を共にするパートナー」として、自分と高峯の関係を公にし、それを受け入れられるという喜びは、自分が言葉にできる以上の幸せが伴っていた。
今日だって、収録が終われば高峯に会える。高峯も俺も、次の日には仕事が控えているから、星奏館の高峯の部屋でだけれど。
司会者に切り出されて、高峯と二人で決めた範疇で、プライバシーを侵害しないように彼のエピソードを語る。話しながら、久しくあっていない恋人のイメージが脳裏に焼き付き始めてしまって、愛おしさ相まって女々しいかもしれないな、とにやけてしまった。それを見逃さなかった隣に座るお笑い芸人が、ただののろけかい! なににやけてるの! とすかさず意気揚々に突っ込む。
そうすると、司会がまた話を広げる。
「守沢君、ちがうこと考えてる? もしかして夜のこと? どっちがどっちなの?」
ちくり、と心臓が収縮して、途端に胃がわなわなと震えだす。
周囲をちら、と見渡すと、下卑た笑い声と期待のまなざし。助け舟を出してくれる人は居らず、みんなおれの「正答」を待ち望む。
カメラに映された俺は、うまく笑えていたのだろうか。
*
いくら同性愛が普通のことという認識ができたからといって、いくら俺たちの関係が公になったからといって、すべての人間の意識がアップデートできるわけではない。そういった愛の形を受け入れられない人や、「ネタ」として扱いたくて、こちらの気持ちを汲み取れないという人は沢山いる。
わかってはいたけれど、何度経験したって胃が収縮するし、喉の奥がぎゅっと絞られる感覚も薄まらないし慣れない。しかも、悪意による発言ならともかく、人によっては善意にすらなってしまいそうなものに関しては、対処のしようもなかった。
そういった「ままならないこと」の中でも一番の懸念は、高峯翠に同じようなことが起きているのではないか、ということ。
幸いにも高峯はモデルの仕事のほうが多いために、バラエティ出演の機会は俺よりも極端に少ない。俺たちの関係に関して、矢面に立ってあることないことを言われるのは俺だけでよかった。ラブソングの歌詞のようで恥ずかしいが、高峯と共にいられるというただそれだけで、どんなことにも耐えられる。
*
収録がおわり、飛ぶようなはやさで星奏館へと急いだ。烏の行水でシャワーを浴び、荷物を片付けるのもそこそこに高峯の部屋へと駆けつける。
そして今。高峯の青いベッドに二人で腰掛けながら、他愛のない話をする。互いの仕事の進捗だったり、次のユニット練習の内容だったり、今週の特撮のストーリーだったり。
会えたのがうれしくて、つい畳みかけるように話すと、高峯は呆れながらもずっと話を聞いてくれる。それが嬉しくて、さらに話は加速していく。
その会話は高峯のルームメイトである、天満くん、青葉と七種……さんへと伝播していき、あの俳優さんの演技がよかった、とかあそこのユニットが何か面白いことをしている……とか、二人の会話を超えて話が盛り上がり、部屋の温度が少し上がる。
天満くんはドラマの役作りが好評で、起用が増えてきているということを、少し前に廊下ですれ違いざまに嬉しそうな声で教えてくれたし、ほかの二人はアイドルという本業に加えてプロダクションでの業務だってある。忙しくて不在にしていることも多いだろうに、今日全員が揃っているというのは稀なことだ。高峯がルームメイトたちとどのような友好を築いているのかを見れたのは新鮮だったし、2年間、同じユニットで苦難を乗り越えてきた先輩としても成長を見られて誇らしい気持ちになった。
5人の会話が盛り上がって空気が緩んでいくなかで、ふと七種さんが何かを思い出したような顔をして、居なおして話を切り出した。
「時に守沢氏、最近の貴方のバラエティ番組での発言ですが」
「ふぃ⁉」
俺に話しかけているのに、高峯が驚く。思わぬ声に驚きつつも、七種さんは続けた。
「ええと、なんといえば良いのでしょうか。守沢氏は、あれで、いいんですか」
具体的なことは何も言われていないのに、一言で確信を突かれて表情が固まってしまった。
虚を突かれてしまった俺を見てまずい、と思ったのか、「えぇ、えぇ! いや、私には、どうも守沢氏が無理をなさっているのではないかと思いまして! ああいった人間が直ぐに陥落するネタなど、こちらには十分ありますから! 何時でもご相談くださいませ!」と、不穏なキーワードを交えながら、早口で言い切った。
そしてそのセリフに覚えがあるのか、緩んでいた高峯の顔にも緊張が走ったようだ。ちら、と俺の顔を見ると、高峯の整えられた眉尻が下がった。
「ねえ、先輩、やっぱり精神的にも疲れてるんじゃあ……目の下も、クマができて……」
「やめろっ」
そっと頬まで伸ばしてきた高峯の手を咄嗟に払いのけてしまう。心配してくれて嬉しいはずの、高峯の厚意も一緒に。でも、さっきの撮影で向けられた視線がずっとこびりついていて、受け入れてしまったら、またどこからか笑いが飛んでくるのではないか、悪いイメージが頭から離れなかった。
そして高峯を拒絶した俺の手が、ベッドのサイドボード上にあるうさぎのぬいぐるみに当たる。勢いはないものの、そのぬいぐるみはぽろりとサイドボードから転がっていった。
しまった、ここにあるぬいぐるみ達は、高峯の実家から選出された珠玉のものたち。一度、ぬいぐるみをぎゅうぎゅうに抱きしめて潰してしまった時は、機嫌を直してもらうのに相当心を砕いたんだった。厚意を裏切っておいて、この仕打ちは高峯にあまりにも申し訳ない。
そう思いながら咄嗟に落下地点めがけて手を伸ばした。ごん、という鈍い音とともに柔らかい感触が手にあたる。ああ危なかった。
ほっとした途端、手の感触以外の感覚が鮮明になっていく。陰になって黒くなっている茶色い床、右手から肩にかけての痛み、周りの心配そうな声、手にあるゆがんでしまったぬいぐるみ。
*
「うーん、一週間もすれば楽になるでしょうが……しばらくは安静にしてください」
「ああ、すまない。ありがとう七種さん」
ベッドと壁の隙間に右手から落ちてしまった俺を見て、4人は顔を青くした。そのまま俺はあれよあれよと身体を部屋のソファへと運ばれ、上の服を脱がされ、七種さんが肩の動きを見てくれた。そういう応急処置には慣れているらしい。俺もヒーローとして、こういうのを覚えたほうがいいかもしれない……というか、俺よりもずっと年上に見えるなあ、七種さん。
そんなことを考えて、目の前の現実から目をそらす。―顔を真っ赤にして目に涙を浮かべる高峯と、高峯の前の机に鎮座するゆがんでしまったうさぎのぬいぐるみ……だったもの。
キャッチできたと思ったぬいぐるみは、落ちた際に力んで握ってしまったせいで、見る影もなくゆがんでしまった。それはフェルトでできたもので、もともとのフォルムから見てもこの世で売っていないものというのはなんとなく想像がついた。
どうしよう。高峯のやさしさを拒絶して、大事なものを壊して。目も顔も赤くさせている高峯は、直視できないほどにあまりにも痛々しくて、そんな顔をさせてしまった自分がどうしようもなく憎かった。
先ほどまであんなに盛り上がっていた高峯の部屋は、いまはしん、と静まり返り、それが余計に高峯にかける言葉を失わせた。
肩のテーピングが終わり、軽くぐるぐると動かしていると、高峯と目が合う。申し訳なくて目をそらすと、それを咎めるように、守沢先輩、と声を掛けられる。言葉に反応して見返すと、高峯のたれ気味の目じりがきゅっとあがって、思わず体をこわばらせた。
「500万」
「はい?」
「それ、500万なんで……弁償してください」
「翠君、おちつきましょう?」
「そうなんだぜ? 翠ちゃん?」
それからはなんど謝っても取り合ってもらえず、ぽろぽろと涙を落としながら話す翠。すかさず青葉が背中をさすり、天満くんが頭を撫でながらなだめてフォローしてくれるのが有難かった。本当にいいルームメイトに囲まれているのだな。
しかし、周りの気遣いが余計に気に食わなかったようで、高峯は幼児のように苛立ちの声を強めて捲し立て始める。
「それ、転校生さん……いや、『プロデューサー』さんが作ってくれて……お金払うっていったけど、端切れだから、いいよ、って。でも申し訳ないから、っていったら、じゃあ飲み物、奢って、って。そのカフェラテが500円。でも、俺にとっては、1万倍の価値があるものだから。だから、500万円。弁償してください。それまで、顔も見たくないです」
「たかみね」
「はやく! でてって!」
癇癪を起こした幼児のように声を荒げる翠に圧倒されて、服を着て立ち上がる。皆にすまない、と一言かけると、同じく立ち上がった翠に迫られながら、犬に追いかけられる羊の如く部屋を追い出された。ぴしゃり、とドアを閉じられると、他の寮生の声が廊下に響く。
ルームメイトもいるし、しばらくしたら高峯は落ち着くだろうけど、問題は俺のほうだ。
高峯のあの怒りっぷり。おそらく本当に500万円を要求しているのであろう。
でも、いくらアイドルやその他の仕事で日々をいそがしくしていても、大金は大金だしそのようなお金を持っているわけがない。そして、そのことは同じくらい忙しい高峯だってわかっているだろう。
じゃあ高峯が求めているものって?
ぐるぐると脳内で思考しながら、あきらめて自室へと戻った。
*
一週間経っても、高峯の求めるものが何かは皆目見当もつかない。ユニット練習もなくて流星隊の皆にも会えないので、SNSで「お前にとって、500万円の価値があるものってなんだ?」と片っ端から知り合いに声をかける。今度、バラエティでそういったトピックがあるんだ、というちょっとした嘘も混ぜて。
得られた答えは、俺の想像したものばかり。500万と言われたけれど、いうなれば「どんなにお金を積まれたって渡さないもの」のことだ。高峯は、お金を積まれたって渡せない、高峯にとって大事なものを俺に求めている。
仕方がないので、一つだけ、イチかバチかで賭けてみた。天城先輩みたいなセリフだ、と思いながら、手に持った紙袋の中身を確認し、星奏館の自室から出た。
高峯になんて言おうか頭の中でシミュレーションを重ねると、驚くほど早く高峯の部屋の前に着いた。すう、と深呼吸をして、気合を入れる。
しかし、こんこん、とドアをノックして、「高峯?」と声をかけるも、静寂のみが返答する。どうやら部屋には誰もいないようだった。
高峯に会えないのがもどかしい反面、どこか安心している自分がいて、自分のずるさが嫌になった。奏汰と共にヒーローになってから、ヒーローらしからぬ振る舞いは避けてきたはずだが、どうも高峯のことになると本音ばかりが建前に先行して気持ちをかき乱していく。
数分待ってみても誰かが戻ってくる気配もなく、このままでは変な感じにみられてしまっても仕方ないので踵を返した。とぼとぼと廊下を歩くと、あの日と重なってさらにみじめな気持ちが重なっていった。
ふと窓から差し込む西日が気になって、足を止める。窓の外のピンクと青がまじった夢のような色合いの空が綺麗だな、とぼうっと眺めていると、千秋くん、とよく知った声が後ろからかけられた。慌てて心に喝をいれ、声を張り上げる。
「ん? おお、青葉か! ……この前はすまなかったな」
「いいえ、気にしないでください。肩は大丈夫ですか?」
「ああ、七種さんが処置してくれたおかげかな、もうすっかり良くなったんだ。……あの、高峯は、大丈夫か?」
「ええ、次の日にはいつものように話しかけてくれましたよ」
「そうか、俺はすっかり臍を曲げられてしまってな」
事実だが、いざ言葉にするとことの重大さがこころに重くのしかかる。心配させまい、と笑い飛ばしてみると、青葉は手に持っている紙袋の中身をちょっと見てから、困ったように眉尻を下げて微笑み返す。
「千秋くんも大変ですけど……翠くんも、大変かもしれませんね」
「へっ?」
「千秋くん、夏目くん仕込みの魔法とおまじないをかけてあげましょうか」
「おまじない? 仲直りのか?」
「うーん? まあ、そんな感じです」
青葉の人差し指が心臓の上をとんとん、と押される。そのまま俺のほうに顔を寄せて耳元で「ちゃんと、素直になりましょうね」と、こっそり囁かれる。
そしてすぐに顔をパッと離して顔を横に向け「あ、翠くん」とつぶやいた。名前にどきりとして、青葉の目線の先を見ると、3メートルほど先に並ぶ天満くんと目を真ん丸にさせた高峯。さっきまであんなに待っていた高峯が急に出てきたので、本当に魔法のようだった。
天満くんが「ちあちゃん先輩だ!」と叫んで俺のほうに飛びついたので抱きとめ、子供にやるように勢いにまかせてくるりと一回転する。すると、青葉はバケツリレーさながらの所作で天満くんを受け止める……というより、剥ぎ取った。
「千秋くんは、翠くんと話があるみたいだから、天満くんは俺と一緒にシナモンに行きましょうか」
「シナモン! 椎名せんぱいの料理食べに行くんだぜ! じゃあ、ちあちゃん先輩と翠ちゃん、バイバイ!」
そういうなり青葉の手を引っ張って、二人は風のように去っていった。
廊下に取り残された俺と高峯。たくさんいうことがあるはずなのに、それらが頭の中に一杯一杯になって、一番最初に出てくる言葉が見つからない。
高峯の顔と窓の外を交互に見ながら言葉を探していると、高峯はしびれを切らしたのか、天満くんが青葉にしたのと同じように俺の手首をつかんで、俺の部屋から遠ざかるように無言で俺を引っ張っていった。
*
たどり着いた先は、ついさっき尋ねた部屋であり、先週まさに事件が起こった現場、高峯の部屋であった。先週とは打って変わって、部屋には俺ら以外に誰もいないため、部屋がやけに広く思える。
高峯は俺の手を放し、どかどかと歩いて何も言わずにソファに腰掛ける。その無言は、俺に二人の今後の選択を求めているようだった。
もちろん、ここまできてしまったからには、帰るという選択肢はない。ちょっとしたきっかけで高峯と話せなくなるなんて、関係が壊れてしまうなんて、絶対に避けたいことだった。だって、俺は、ずっと高峯のことが好きだから。
部屋の中央にあるソファまで歩いて、高峯の隣に腰掛ける。そのまま沈黙が続くかとも思っていたが、高峯は俺が思っている以上に普通の声色で話し始めた。
「肩、大丈夫なんですか」
「ああ、すっかり良くなった」
「ならよかったです、あんた、後先考えないから」
突き放すような高峯の声に胸がチクリと痛む。
正論に対して返答の言葉もなかったので、もう、これを渡すしかない。手に持っていた紙袋を高峯の顔前にぶら下げた。
「……高峯、ごめん……これ」
「なんですかこれ……ぬい、ぐるみ?」
受け取った紙袋の中から出てきたのは、先週俺が壊したうさぎのぬいぐるみ……とは程遠い形のぬいぐるみ。本当は『プロデューサー』に頼むのが一番だとは思ったのだが、彼女も忙しい中で俺たちの私情に巻き込むわけにはいかないし、他人の力に頼り切るのはなんか違う気がした。
だから、仕事が早めに終わる日を狙って、鬼龍に付き合ってもらいながら手芸屋に駆け込んで、手芸用のもろもろの道具を見繕ってもらったのだ。それだけでなく、型紙の作り方、縫い方を調べながら、わからないところはSNSで鬼龍や斎宮に助言をもらって作り上げたのがこの不格好な人形だった。
恋人のためだったら柄にもないことが出来てしまうのだと思うと、気恥ずかしくて見ることが出来なかったぬいぐるみを改めて見返す。うさぎのようなぬいぐるみは形もパーツもゆがんでしまっていて、今すぐ高峯の手から奪い取って直したい衝動が起きる。しかし、すでにそのぬいぐるみはじっと高峯と見つめあっていた。
「意外と……かわいい、なんか、顔のゆがみが癖になる」
「本当か⁉」
「はい……これ、守沢先輩が作ったんですか?」
「……ああ、柄にもないが。すまん、高峯の大事な、俺の持っているもの。全然見つからなくて、だからせめて時間と気持ちはかけようって」
「んん、これはかわいいけれど、確かに俺の求めていたものとは違います」
心がぱりぱりと凍り付いていく。じゃあ、本当にもう分からない。もしかして、世間からの高峯翠に対する元の視線が欲しい? 俺が恋人だから、どこかで高峯が嫌な思いをしてて、だから、元の先輩後輩という関係を求めているのか? 俺は高峯のことが好きって改めて思ったから隣に座ったのに、仲直りは一生できないのだろうか。
そんなはずないのに、高峯の心配を、優しさを拒絶したのは俺なのに、一番悪い方向にばかり考えがいって、高峯ばかりをわるものにする俺は一体何者なんだろうか。
めちゃくちゃになってしまった心が決壊するように、涙がぽろぽろとあふれ出していく。
ずるずる、と鼻をすする音を聞いてこちらを覗き込んだ高峯は、ゆっくりと口を開いた。いまから自分にとって死刑宣告にも近い言葉が紡がれるのだ、と思うと、高峯の顔がぼんやりと歪んだ。
「……ちあきさん、俺の欲しいもの、教えてあげましょうか」
「ん、なんでもするから、やだ、高峯、やだ」
「落ち着いて、ね、俺、千秋さんのキスが欲しい」
返事もせずに高峯に抱き着いて唇を重ねる。ちゅ、ちゅ、とついばむようなキスを交わしてから、たまらずわあわあと泣いて高峯の肩口に顔をうずめる。一週間、顔を合わせるどころが連絡も取れず、寂しさばかりが募っていった冷たい心がゆっくりととけていく。
高峯は俺が落ち着くまで何も言わずに、背中を一定のリズムで優しくたたいていた。俺の息がそのリズムに合うようになっていくと、ちあきさん、と頭上から声をかけられる。
「辛いことあった?」
「……テレビで、付き合ってることを、笑われるのが、いや」
「うん」
「俺も高峯も、ふつうで、何も人とは違わないのに」
「うん」
「だからそれで高峯も笑われるのが……一番嫌」
「……うん」
その後もゆっくりと言葉を紡いでいく。収録で辛かったこと、それで高峯を拒絶してしまったこと、大事なものを壊してしまったこと。
高峯は俺がぐすぐすと情けない声で話す間ずっと、笑わないし、口も挟まない。ただ俺の言葉をその通りに受け取ってくれる高峯の優しさがとても好きだ。そして、それを包み込んでくれる高峯の強さも。
さすが、慈愛のグリーンだな、とつぶやくと、うるさいなぁ、と苦笑される。その柔らかい声色が体のこわばりも、心をも解していく。背中をたたく高峯の手が、撫でる動作へと変化していった。
「ね、千秋さん、お金とか価値を引き合いに出したのは俺ですけど……、価値があるとかないとか関係なくて、俺はあんたがいちばん大事で、全てが欲しいんです」
「……」
「だから、俺たちのことを一人で抱え込まないで。自分だけ無理すればいいって思わないで。あんたが俺を大事にしてくれてるのと同じように……俺があんたを大事にしているのと同じように……自分を大事にしてください」
「……うん、ごめん、みどり」
顔を上げて目を見つめながら謝る。 安心からか、自分の心の引っ掛かりをさらけ出せたからか、また涙がぽろぽろと溢れてくる。すると、ふにゃり、といつもの笑顔を見せながら、頭を優しくなでてくれた。その顔がずうっと見たかったのだと実感する。
高峯の笑顔がこの世で一番まぶしくて、愛おしい。ステージで見せるファンに向けた真剣に楽しむ笑顔、ハロウィン合宿の時に見せた意地悪な笑顔、今の笑顔に重なる、ブライダルキャンペーンの時にみせた解きほぐされた笑顔。いや、高峯だったら、泣いていても、怒っていても、どんな顔でも愛している。
高峯も同じように思っていてくれているのだろうか、いや、きっとそうだろう。
「悪いとおもってるなら、あと500万円分、キスしてください」
そう笑いかける高峯の笑顔が物語っていた。