きらきらな傷「白の丘、異常無し」
「だね」
気持ちいい天気だ、と浮奇は言って、草花が生い茂る地面の上に寝転がった。夜明けの色をしたひとみに昼の空が写って、あおくきらめく。
「……一応巡回中だぞ」
「えへ。わかってるよ」
あんまりにも緊張感に欠けた言動を形式だけで咎めれば、浮奇は笑って、傍らに放った剣の鞘をとんとんと指先で叩いてみせる。
「なにかあれば、俺はいつでも戦えるよ」
そう言われればもう、俺の言うことはなにもない。その言葉に嘘がないことなんて、彼と組んでから三百年とすこしの間でいやと言うほど理解させられたので。浮奇は強い。
「ふうふうちゃんも休憩しようよ?」
そうやって見上げてくる顔に俺は弱い。自覚はある。けど自覚があるのと耐性がつくのは全く別の話だ。
朝礼でのアイクの報告を記憶から引っ張り出す。本日の月人出現確率は十三・七パーセント。場所毎にみれば一番確率が高いのは虚の岬で、今日あの辺りの警戒にあたっているのは確か、ヴォックスとミスタ。油断と慢心が一番良くない、というのを差し引いても、まあ、どうとでもなる盤面と言っていい。
草原に腰を下ろす。腕を引かれて、そのまま草の上に倒れ込んでから、衣服越しの浮奇の手が手袋をつけていないことに気がついて、ぎょっとする。
「おまっ……おまえ! 危ないだろ!」
俺の硬度は七。浮奇の硬度は四。万が一素肌で触れ合えってしまえば、割れるのは浮奇の方だ。
「ふうふうちゃんだったら俺のこと砕いてもいいよ?」
「勘弁してくれ。そろそろシュウの前で頭を上げられなくなる」
一回や二回どころの前科ではない。シュウなら何回目だって完璧に閉じてはくれるだろうが、戦闘以外での損傷でそう何度も手を煩わせるのは忍びない。アルバーンやユーゴほど若ければまだ可愛げもあるというものだが、既に四人もの弟を迎えた身に「若気の至り」という言葉は不相応な気がする(もっとも、ヴォックスに言わせれば「俺からしてみればお前だって生まれたてみたいなもの」なのだけれど)。
そもそも、確率が低いとはいえいつ月人がやってくるともしれないのだ。大事な時に粉々の相方を庇いながら単独で戦うなんて状況はできれば避けたい。浮奇を割って良いことなんてひとつもありはしないのだ。なにより、
「それに、おまえは俺のことを砕いてくれないだろ」
生い茂った草の向こうで、浮奇がかすかに目を瞠る。
俺よりも硬度の低い浮奇に、俺は砕けない。剣で貫きでもしてくれるのなら話は別だけれど。でも求めているのはそうじゃない。穏やかな触れ合いの中で俺に傷をつける方法を、浮奇は持っていない。ずるいじゃないか、そんなの。
「だから、俺はおまえを砕いてやらない。残念だったな、浮奇?」
せいぜい事故にでも期待しててくれ、と付け足して、身体を起こす。いい加減巡回に戻らなくてはいけない。脱ぎ捨てられた手袋を拾って、浮奇の胸の上に放ってやる。浮奇は草の上に転がったままで、ただし先ほどまでと違うのは、両手で顔を覆っていることだった。
「……あのね、ふうふうちゃん」
「なんだ?」
「……俺、粉々になっちゃいそう!」