蒼空死体問答真夏の木陰は冷房のきいた部屋と同じくらい気分がいい。温度差はかなりあるはずなのに、不思議だ。
日課になったランニングを終えて、川沿いの広場にある大きな木の下で息を整えていると、同じく汗を拭っていた雨彦が隣にやってきた。
「涼しいな」
「涼しいですねー」
湯だった頭を蝉の絶唱が貫いていく。
揺らめく木漏れ日と深緑の葉。曲がりくねった幹。怖いくらいに、青い空。
「…桜ですね、この樹」
「ああ、春も忙しかったろうに…夏まで世話になっちまってるな」
「…」
会話が途切れる。息は大分整ってきた。
「……『桜の樹の下には』」
「?」
「…この真夏の桜の下にも、死体は埋まっているのかなー」
ざわざわざわ。
誰の声も聞こえない。ただ秘密を暴かれそうになった桜の葉が擦れる音と、それを全く意に介さぬ蝉たちが喚きつづけている。
「…掘り返せば、わかるな」
雨彦の方を見ると、なんだか楽しそうな顔をしていた。
悪戯をした子供のような。
「あったらどうしますかー?」
「そりゃあ一大事だ。…お前さんはどうする?」
「そうだなー…」
「…僕と雨彦さんなら、二人だけの秘密にできるんじゃないかなーって、思うよ」
「…情熱的なお誘いだな」
「ふふ、秘密にしてくれますかー?」
暑さと涼しさがないまぜになった、生温い声で、隣の悪い大人を唆した。
狐は目を細めて、嗤う。
「…お前さんとなら、できるさ」
「試しに掘り返してみるかい?」
「スコップとかシャベルとかあれば考えましたけどねー。生憎僕らはランニングに来ていたわけでー」
立ち上がる。汗もだいぶ引いた。
「そうさな。これはこのままが一番綺麗だ」
そう言って雨彦も木陰から出ようとする。
少しだけ名残惜しくて、引き留めた。
「雨彦さん」
「ん?」
「秘密だよ」
「……ああ、勿論」
ぎらつく太陽から隠れて交わされた言葉は、まるでよくないことのようで、とてもとても気分がよかった。