嫉妬?の話 「古傷を抉るようならすまないが」
「なんの話だ」
「付き合っていた女性でもいたのか?」
「……は?」
目の前の男は、投げかけた質問が余程想定外だったのか、訝しげな視線を投げて寄越す。そこまで驚くことか、とこちらまで首を傾げたくなるが、そういえばその質問に至った前提を述べていなかった。
「いや。一人暮らしにしては食器が整っていると思って。碌に自炊もしないくせにと」
「お前……、別に。捨てていないだけだ」
混ぜ込んだ皮肉への、抗議の言葉を言いかけて飲み込んだらしい。その後に返ってきたのは端的な答えだった。
とはいえ、端的過ぎた上に主語も欠いている返事からはその真意を推察するより他ない。こういった物言いはおそらくバツが悪い時のものなので、敢えてそうとは指摘せずにカマを掛ける。
元より人の家の事情などをつつく趣味はないのだが、相手が相手だからどこか意地になっているところは否めない。知ることは少なく、知る時間も、俺にはほとんど残されていなかったから。
「同棲なんて考えてたりしていたのかな。それはそれは……」
「……お前が使っていたんだよ」
「……俺が?」
「昔の話だ」
この話は終わりだ、とでも言わんばかりにただそうとだけ言葉が返って来る。
使う食器が常備されるほど、恒常的に入り浸っていたのか。そんな答えに至って胸の底がむず痒くなる。自分が誰かの生活に寄りかかって生きていたなど、想像もつかない。それ以上に。
食器棚を見遣る。几帳面に並ぶ二人分の食器たち。きっと、本当に必要なものだけを近くに置くであろう男の家にある、かつての己の痕跡。
「……。やっぱり、妬けるな」
「何の話をしてるんだ、お前」
今更妬いても羨んでも、詮無いことだ。ばかばかしく、それでいてやはり自分は誰に対しても嫉妬深い男だったのだと再認してしまった。
兄にも妬き、自分にも妬き。何度死んでもそう人は簡単には変われないらしかった。他の名前で呼んでも、薔薇の香りは変わらない。なんてことを、こんなところで感じなくてもよかったのに。
「いや? まぁ……聞こえた通りかな」
自嘲と苦笑混じりに答えれば、一層不可思議そうな表情が疑問を訴える。そうして少しの間、今の俺の態度で思考を占有できているのは悪くない気もした。