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    アウトレイジネタバレ

    影双つきり 鉄塔の上につま先を立て、眼下を見下ろす。高い屋根低い屋根が並び、広い道路から葉脈のように伸びた路地。その間を怒号と共に幾人かの男たちが駆けずり回る。
     「撒いたか?」
     背中から声が投げ掛けられる。よくよく知った話ぶりだが、未だに慣れない。
     「まだ暫くはあの調子だろ」
     「だよな」
     溜め息をついたのは同時。双影という、実体ある分身を作り出す忍法によって、天下の賞金首は今"二人"いた。
     追手の目を盗み、分身。そして、撹乱のために二手に分かれて散々町を引っ掻き回してやった。狙い通り、奴らはあっちでラッドを、いやオレはこっちだと言い争うわ混乱するわ。全く思惑通りに事が進み、俺は小休止とばかりにこの街の一番高いところまでやってきた。
     分身の術とは本来、高速機動の残像で"分身がいるように見せる"忍術だ。つまりどれだけ高速で動いても見せかけられる距離には限りがある。本当に体を二つに分けているわけではないからだ。しかし、流派をはぐれて会得したこの双影という術は、実際に体を二つに分けるものだった。実体ある分身であれば、二手に分かれてどれだけ離れて動いても問題はない。無論、出せるのは「気」の続く限りであり、さらに一発でも殴られれば本体も分身もダメージを共有してしまう欠点はあったが。とはいえ適当な追手を撒く程度なら、並行して高速機動をする必要がない分易いものではあったのだが。
     数年の--片手で数え切れる程度だが--逃亡生活で、すっかり鞍馬神流としての術は鈍った。代わりに、是が非でも逃げ延びるという点で、術は進化を遂げた。その結実がコイツであり、分身の術という技であった。
     「そんで? どーするよ。埒があかねえだろ、アレじゃあ」
     背中の分け身が問う。その通りだ、と煙草の灰を落として肯定した。今でも奴らは血眼で路地を駆け回ってるし、人よりかなり鋭敏な耳には賞金首の名を呼ぶ声が届く。それこそ、耳障りなほど幾つも。この調子だと、確実な成果を上げるまで俺は満足に地面に足をつけて歩けもしない。そう、確実な成果を、だ。
     「おい」
     「あ?」
     「お前ちっと囮になって来いよ」
     「ハァ? やなこった」
     ……だろうな。同じことを言われたら、俺も嫌だと言う。鞍馬の頃ならばやったろう。忍務だからだ。だがもう、これは俺自身が逃げ延びるための逃亡劇なのだ。分身と言うだけあって、背中の分け身の思考回路は俺と同じ。わかりきっちゃあいた。
     「テメー、俺の分身だろうが」
     溜め息と共に、煙草の先端を握り潰す。ちり、とした焼ける感覚。分身が「っつ」と苦々しげな声を上げて己の指を見た気配がした。
     「腹いせにテメェの指焼くバカがいるか」
     「俺にバカっつーとテメーもバカだろ、このバカ」
     不毛な口論がはじまったな、とどこか冷静な部分で考える。同じことを考えたのか、分身も何か言いたげに口から空気を漏らしたが、結局は口を噤んだ。
     「ったよ……どうせ俺は『俺』だ。『お前』のやりてぇようにしかできねえよ」
     「じゃあ、最初から素直にしてろ」
     「どうでもいい応酬に飢えてそうだったからな」
     「……くだんねェ」
     「お前、寂しがり屋になっちまったな。……どうせ最初からひとりきりのクセに」
     そんなわけあるか、と否定はできなかった。寂しくて泣くほどの可愛げは残っていない。最初からなかったとも言える。なんせ天涯孤独、どこで産まれたかも誰が親かもわからない。それでも、誰かに必要とされることも、流派の仲間がいたことも、悪い心地はしなかったのだ。
     でも、もうすべて失くした。アイツに奪われた、と言えばそうかも知れなくて、己の手が届かなくて失くしたと言えばそれも正しい。少なくとも、居心地の良い距離にいたクレイという仲間だけは、奪われたのではなくて失ったのだ。
     「……。るっせーよ」
     行って来い、そう口にする代わりに握り潰した煙草を眼下に落とす。
     風向き、角度、落下速度からして、数十メートル離れたところから走って来る追手の一人にこの吸い殻が降りかかる。そうしたら、今度は背中の分身が囮になって俺は愛車のところまで逃げ仰せる算段だ。
     「分身なら失くさねェもんな。また会おうぜ、『俺』」
     降ってきた吸い殻に男がばっと顔を上げた。同時に、分身は俺の背中を押して、俺は鉄塔を踏み込んで互いに跳躍する。
     出来のいい耳は、分身の持つ方の剣が破砕の音を立てたのを聞き取った。この分で暴れてくれりゃ、逃げるのに十分だろう。

     ややあって、ようやっと愛車に辿り着いた。同時に腹部に鋭く、刃が刺さるような痛みが走る。顔を顰め、じわりと冷や汗が滲んで顎に伝う感覚に息をついた。実際の傷はない。分身のダメージが共有されただけであり、つまりはアレは囮としてしっかり仕事を果たしたらしかった。今頃、仕留めたと思った賞金首が霧消して大騒ぎ、と言ったところだろう。
     鍵を回す。誰も座らせることのない助手席に、煙草の箱を放り投げてアクセルを踏んだ。
     確かに、少し前まではあの分身の言う通り、誰かに助けられることに慣れすぎていたのかもしれない。
     だが、誰の手がなくても俺はこうして生きて、逃げて、アイツを追える。寂しくて結構、誰かに囮役をやらせるくらいなら、ひとりきりで俺はよかった。
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