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    saruzoou

    @saruzoou

    さるぞうと申します。
    🐉7春趙をゆるゆると。

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    saruzoou

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    「そばにいること」の続きです。しばらく続きそうです。
    クリア後設定、ネタバレありですのでご注意ください。
    ようやく春趙を名乗れる…。

    そばにいること2完全に道選びを間違ったな、と春日は苦虫を噛み潰したような顔をしてため息をついた。
    久々に仲間たちが集まり、サバイバーの二階でいなり寿司パーティーをした後。荒川親子の仏前にと、趙が差し出したのは春日が作った分のいなり寿司だった。
    皆でわいわいと騒いでいたあの中で、きちんと春日が作った分を選り分けてくれていたその気遣いと、他の仲間たちが腫れ物に触るように避けていた、おやっさんと若に対して、気負いなく差し出された言葉。
    それが嬉しくて、思わず一緒に来て欲しいと行ってしまったが。
    仏壇のある浜子の店の二階に行くため、最短距離で選んだ朝焼け通りは同じような小料理屋を装った店が並ぶ。開店前の夕暮れ時には、店の前に手持ち無沙汰な女の子たちがいて、この界隈ではすっかり顔馴染みになった春日に声を掛けてくるが、今日は皆、隣を歩く趙に興味津々だった。
    カタギの女性からすれば奇抜な格好をしたヤバそうな兄ちゃんだが、武闘派マフィアで知られる横浜流氓の元総帥というだけあって、夜の世界に恐ろしく馴染むし、人目を魅く。
    十指を彩る指輪や薄い色のサングラス。派手な装いに隠されている趙の魅力的な部分を夜の世界の女の子たちはしっかりと見抜いており、あからさまに春日に対してとは態度や声音が違った。
    趙の方もまんざらではないのか、手を振ったり、声を掛けられればフラフラと寄っては話こんだりで、ちっとも進まない。
    面白くないのは、どちらに対してなのだろう。
    女の子に熱い視線を向けられる趙か、それともその子たちに応える趙か。
    「ほらもう、行くぞ趙」
    業を煮やした春日が、女の子と話す趙の手を引いて、強引に歩き出す。
    手首を掴むのではなく、しっかりと握られた手にちょっとだけ視線を向けて、趙はへらりと笑い、女の子に手を振って大人しく春日の後ろをついて行った。


    「よう、趙じゃないか」
    手を繋いだまま店に辿り着くと、今度は店先にいた浜子が趙に声を掛けてきた。
    「浜子さんじゃーん。お疲れぇ」
    趙も親しげに返事をして、春日だけが驚く。いつの間に面識があって、ここまで親しい会話をするようになったのだろう。
    「また麻雀するよ。今度は負けないからね」
    「アハハ、俺も手加減しないよ〜」
    会話を続ける二人を無視するように、春日は趙の手を引いて二階へと向かう。
    趙はそんな春日を不思議そうに伺うが、春日本人にもこの不機嫌の理由がよくわからない。
    ようやく四畳半の部屋にたどり着いて、小さく息をつく。そこでずっと手を繋いだままだったことに気づいて、春日はパッと手を離した。
    「わりぃ…」
    「んん?あー、俺そういえば、ここ来たの初めてだなあ。お邪魔しまーす」
    小さく謝った春日に大したリアクションを返さないまま、趙は狭い室内を珍しそうに見回して行儀よく靴を脱いだ。
    趙のその何も気にしていないという態度に安心して、春日も室内に入る。こもった空気を逃すために窓を開け、続いて仏壇の前に座ると、趙はその少し後ろに腰を下ろした。
    紙袋からいなり寿司を取り出して仏前に供え、神妙に手を合わせる。
    浜子さんと、仲間たちの好意でここに小さな仏壇を置かせてもらった。
    必然と仲間たちの足が遠のいてしまったのは申し訳なく思っていたが、春日としては、あの事件のあと、二人と向き合える時間を、一人でいられる場所を得ることができたのは気持ちの整理をする上でもとてもありがたかった。
    時折ひとりで訪れては花や酒を備えることはあったが、こうして食べ物を、しかも自分が作った物を供えるのは初めてのことだ。
    そう言えば、誰かとここの来るのはお別れ会の前にナンバと来て以来ということにも気づく。
    そっと後ろを振り返れば、目を閉じて手を合わせる趙の姿。
    おやっさんはともかく、若には思うことも多いだろうに、それでもこうして手を合わせてくれている姿に鼻の奥がツンとしてしまう。
    視線に気づき、趙がゆっくりと目を開ける。振り返って見つめていたのがバレてしまって動揺するが、趙はふっと笑って膝を崩した。
    「まさか、君の手作りのおいなりさんお供えされるなんて思ってなかっただろうねえ」
    「…だな」
    春日も膝を崩し、趙の横に並ぶ。しばらくぼんやり仏壇を眺めていた趙が、クスリと笑っていなり寿司を指差した。
    「おいなりさん、こっちが最初に作ったやつだね。ご飯がパンパンで、揚げが薄くなってる」
    「しょうがねえだろ。初めて作ったんだから」
    「うん、でもほら、反対側のは最後の方に作ったやつでしょ?形すごくキレイで、お店で売ってるやつみたいだよ」
    「そうかあ?」
    店のものなどと言われて、悪い気はしないと、春日は口元を緩める。
    「すごいね、春日くんの伸びしろ」
    「伸びしろ…?」
    その言葉を聞いた時、春日は荒川真斗との最期の会話を思い出した。
    『どん底からやり直す』それは、どん底まで行けば、あとは上しかねえと、最後の最後であの人に届いた言葉だ。
    伸びしろとは、こんな自分にもまだ成長する余地があるということ、出来ることがあるということ。
    生きていれば。
    いなり寿司を上手に作れたくらいで、何の役にも立たないだろう。
    それでも、昨日まで出来なかったことが、ひとつ出来るようなって。
    あの事件以来、頭の中に幾重にもあった薄膜の一枚が、さっと消えたような気がした。
    「伸びしろか…」
    「うん?」
    首を傾げてこちらを見つめる趙に、春日は目を細める。
    「いや、いつか話す」
    「ええ?」
    不満げな声を上げる趙の肩をぽんと叩き「ありがとうな」と春日が言うと「いや意味わかんないんだけど」と趙が即座に返す。
    それを笑って誤魔化し、ゴロリとその場に転がる。
    趙は仕方ないなという風にため息をついて、同じように横に転がった。
    夕闇が迫り薄暗くなった室内で、お互いの顔も見ずに取り留めのない話をする。
    会話が途切れるのを恐れるように、仲間の話や街の近況など、自分の感情に触れることのない話をした。
    相槌が間遠になって、春日がふと横を見ると横になった趙のサングラスの隙間から見える目が閉じられていて、うとうとしていることがわかった。
    中国マフィアの総帥という裏社会の頂点ににいた男が、こんなに気を許してくれている。
    三次団体の下っ端だった自分と横浜の異人三の一角を担う横浜流氓の総帥だった趙では、同じ裏社会の人間とは言え、本来ならまったく住む世界が違うし、こんなことにならなければ会うどころか、顔を知ることも無い存在だった。
    そんなことを考えていて、ふと春日は気づく。
    そういえば趙は、なぜあの事件が一応の収束を見せた後も一緒にいてくれるのだろうかと。
    都知事の死によって色々なことが明るみに出た今なら、趙が流氓に戻ることも、なんなら慶錦飯店に戻ることも誰も異論はないだろう。
    なんで、一緒にいてくれるんだ?
    こんなに俺を甘やかすようにして。

    気になりだすとじっとしていられない性分の春日は、上半身を起こして趙を覗き込む。
    「なあ、趙、起きてるか…?」
    なかば覆いかぶさるように問い掛ければ、趙はサングラスの奥の目をふわりと開く。
    なあに?と促すような、いつも見せてくれる甘やかす表情。
    自分は、ずっと趙に甘えていたんだと、甘やかされていたんだと今更ながらに気づく。
    まだぼんやりとした趙が、腕を伸ばして春日の髪に触れる。
    柔らかい感触を楽しむように何度か梳いて小さく笑う趙に、気づけば唇を重ねていた。
    咄嗟にそんな行動に出た自分にも驚いたが、趙が何の抵抗もしないことにも驚く。
    どこまで許されるんだろうという思いもあって、何度も唇を啄ばみながら、汗に湿った髪を梳き、こめかみをなぞり刈り上げを触って、耳の形を辿った指でピアスを緩く引く。
    ともすれば性的にも感じる触れ方すら趙は許してされるがままで、春日は自分の行動と、受け入れる趙に混乱する。
    これ以上触れるのも考えるのもよくないと思いながら、重なった体を通して伝わってくるあたたかさが離れがたい。春日は大きくため息をついて、趙の肩口に額を寄せ、拗ねた子供のように擦り付けた。
    動きを止めた春日にようやく趙も戸惑いを覚えたのか、その背中をあやすようにぽんぽんと叩く。
    体の重なった部分から伝わる心音は穏やかなままで、それが安心するような、悔しいような。
    自分が一体何をしたいのか。
    こんなことをしてしまって、趙とこのまま仲間の関係でいられるのか。
    趙と、なにか、新しい関係が始まることを望んでいるのか。
    そんなことをぐるぐると考えていると、趙がふと呟く。
    「…始まっちゃったね」
    心の内を読まれたかのようなその言葉に、春日は思わず身を起こす。
    それは。
    そういうことで。
    「…いいんだよな?」
    自分でもずるい聞き方をしている自覚はある。
    現に趙は、春日の言葉の意味を計りかねて小首を傾げている。
    サングラス越しにしか見えない瞳が今どんな色をしているのか。
    素のままの趙の瞳を、見たい。
    今ならサングラスを外してしまっても、趙は受け入れてくれるのではないか。
    「…ねえ春日くん、さっき…」
    趙が何か言い掛けた時、ドスドスと階段を登る足音が聞こえてきた。
    「おーい、一番、趙!起きてるかい?」
    ノックもなしにドアを開けそうなその勢いに、春日は慌てて身を起こす。
    「起きてるぜ、浜子さん」
    そう答えた声はいつもの自分で、春日はそのことに安心する。
    趙が物問いたげな視線を向けているのはわかっていたが、春日はそちらを向くことが出来なかった。





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