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    saruzoou

    @saruzoou

    さるぞうと申します。
    🐉7春趙をゆるゆると。

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    saruzoou

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    さっちゃん、浜子さんとことお夜食なに作ってくれたのかな〜と考えていたら浮かんだお話です。毎度のことですが、付き合っていない春趙が絡みます。

    さっちゃんのお夜食久々に仲間が揃った金曜日の夜。
    サバイバーは相変わらずの貸切状態で、仲間たちは近況を報告しあい、談笑し、カラオケを歌って、日付が変わる頃にはお約束のように出来上がっていった。
    マスターが付き合いきれんと言い出し、いろはと共に店を出るのと同じタイミングで、ハン・ジュンギとえりも帰宅し、春日とナンバ、足立と趙と、そして紗栄子は二階のアジトへと移動する。
    こうした集まりで、しかも金曜の夜に紗栄子がいることはここ最近では珍しいことだった。
    キャバクラのママを務める紗栄子にとって当然金曜の夜は稼ぎ時であるし、店の女の子に任せていると言ってもオーナーだった野々宮の亡き今、やらなくてはならないことは山積みだ。
    「さっちゃん、今日は大丈夫なのか?」
    「なにが?」
    だから春日が、つい心配になって聞いてしまったのは仕方のないことだったと思う。
    「店だよ、花金だろ?行かなくて大丈夫なのか?」
    「大丈夫よぉ。店の子たちしっかりしてるし、大阪行ってた時だって何とかなったんだから。それともなあに?私がいると困ることでもあるの?」
    酔っ払い特有の据わった目をした紗栄子にじとりと見つめられて、春日は慌てて両手を振って否定した。
    「んなことねえよ!さっちゃんがいてくれる方が嬉しいぜ」
    衒いなく春日が口にした言葉は、紛れもない本心だろう。
    優しいその言葉に紗栄子は満足そうに笑った。
    部屋に入ると各自好きなように畳の上に座り込んで手酌でビールや缶チューハイを飲み始める。
    小さな座卓を部屋の真ん中に置いたり、ストックしてある乾物のツマミを出したり、そうした細かい気遣いが出来るのは紗栄子と趙で、今も二人は腰を落ち着けることなく動いている。
    足立とナンバは当たり前のように目の前に置かれたピーナツに手を伸ばし、春日は紗栄子と趙に「ありがとうな」と笑う。
    それを見て紗栄子が小さくため息をつく。
    「…足立さんとナンちゃんがモテないのもわかるわ」
    「ああ?なんだよ突然」
    「じゃあ誰がモテるかって言うと、趙じゃなくてイッちゃんなんだよね」
    「え?なんで俺が出てくるんだ?」
    キョトンとする春日に、趙が苦笑する。
    「あ〜、わかる気がするなあ。俺は逆に気が付きすぎてダメなんでしょ」
    「せいか〜い」
    ビシッと趙を指差して、紗栄子は一升瓶を引き寄せた。その様子に、春日と趙がこっそりと目を合わせて苦笑する。
    しばらく雑談をしながら酒を飲み続けていると、珍しく趙が真っ先に潰れた。
    子供のように背中を丸めて横になるのを見た春日が、面白がって座布団を渡すと、趙はそれを抱えてさらに丸くなった。
    「趙、寝るんなら布団いけよ」
    「起きてるよぉ…」
    酔っ払いの常套句に春日と紗栄子が小さく笑う。
    「そういやあ、さっちゃんが仲間になったばかりの頃よ、倉庫でバイトした後によく夜食作ってもらったよな」
    「ん?ああ、そういえば、そんなこともあったわね」
    「そうそう。肉体労働でヘットヘトになった後に、紗栄子の作ってくれた味の濃い夜食が美味かったよなあ」
    ナンバがしみじみと言うと、紗栄子は「それ褒めてるの?」と眉間に皺を寄せる。
    「褒めてんだろぉ。酒のアテにピッタリで美味かったぜ」
    足立がフォローにもならないようなことを言って、さすがに紗栄子も苦笑する。
    「あの頃だってさっちゃん、店のこともあって大変だったのによ、毎日俺らに付き合ってくれたよな。ほんと感謝してるぜ」
    「…どうしたの一番。なんか今日変よ?死ぬの?」
    「いや死なねえよ!なんでだよ!…でも、なんだろうな。あの頃のこと、妙に思い出したんだよな」
    「…なんだか、ずいぶん前のことに思えるわね。仲間はこの四人だけだったし」
    「だな」
    野々宮が殺された、その真実を知りたくて。あの頃はまだ、それだけだった。
    「…倉庫が爆発して、ハン・ジュンギに助けられて、そこに転がってる総帥様が出てきてさ。でもまさか、趙が仲間になるとは思わなかったかな」
    「はは、違えねえ」
    笑った春日は、本当に無意識に隣に転がる趙の頭に手を伸ばし、優しい仕草でその髪を撫でた。
    あまりに自然なその行動に紗栄子は面食らって、問いかけるようにナンバの方を見る。
    その様子を見ていたナンバは、心底どうでもいいという顔をして「腹減ってきたな」と呟いた。
    「俺も小腹がすいたなあ。そうだ、紗栄子、久々に夜食作ってくれよ」
    足立が腹をさすりながらがそう言って、紗栄子がびっくりしたような顔をする。
    趙が仲間になってからは、皆が集まって何かを作って食べるとなったとき、紗栄子はあまり料理をしなくなった。
    それはそうだろう。趙はプロの料理人で、大人数で食べるような食事をささっと作るのがうまかった。味だって抜群で、座っているだけで美味しい料理が出来上がってくるのは夢のようだった。
    そして何より春日が、趙の作る食事が大好きで、喜んでいたから。
    戸惑いながら、思わず紗栄子が春日を見ると、嬉しそうに笑っていた。
    「な、なんで私よ。趙に作ってもらえばいいじゃん」
    「やだあ!俺だって、たまには誰かの作ったご飯食べたい!」
    なぜか動揺して、突っぱねるような言い方をすると、春日の横で眠っているとばかり思っていた趙が子供のような駄々を捏ねる。
    「そうだよなあ、いっつも趙に頼っちまって、趙だってたまには誰かの手料理食いてえよな。よし、じゃあ、しょうがねえ、俺がなんか作るか」
    春日が宥めるように転がったままの趙の肩をたたいて、見当違いなやる気を見せる。
    「おいやめろ一番。おめえになにが作れるってんだよ」
    「ウインナー切って焼くくらいは出来るぜ」
    「おっさんが夜中に食うもんじゃねえだろ!」
    「ああもう!うるっさいなあ!わかったわよ、作るわよ」
    「やった〜」
    呑気な歓声を挙げたのはなぜか趙で、紗栄子は大袈裟にため息を吐く。
    「私は趙と違ってありあわせでなんて作れないからね。買い出し行くわよ」
    「お、じゃあ俺が行くよ。金入ったから」
    「パチンコか?」
    「役員報酬だよ」
    「さすが社長さん!いいもの買って来いよ!俺ァ、キャビア食いてえな」
    「通風なるぜ」
    足立と春日がしょうもないやりとりをするのに苦笑しながら、紗栄子はサバイバーを出た。追ってきた春日が「タクシー乗るか?」と言うので、首を横に振って「帰りでいいよ」と答える。
    なぜか少し、歩きたい気分だった。
    サバイバーも周りは飲み屋街なのでコンビニも近くになく、治安もいいとは言えない場所だが、見た目は強面の春日が一緒であればフラフラと歩いても大丈夫だろうと思った。
    「何か食べたいの、あるの?」
    川沿いの狭い道を歩きながら紗栄子が聞くと、春日はうーんと言って少し考えるようにした。
    「あ、あれ食いてえな。前に作ってくれたやつ。さつま揚げと、ネギ炒めたの」
    「あんな簡単なもの?」
    春日が言ったのは、さつま揚げとネギを細切りにしてごま油で炒め、焦がし醤油で味付けして胡麻を振っただけの料理とも言えないようなメニューだ。
    「料理出来ない俺からしたら、簡単でもなんでもねえし、ああいう店じゃ食えないようなものの方が好きなんだよなあ。あとそうだ、あの、キャベツのマヨネーズのやつ…」
    「ツナマヨ合え?」
    「そうそう!あれも美味かった!」
    春日が機嫌よく言うのに笑って、紗栄子は澱んだ川に目を向ける。
    「…あれね、菜乃葉も好きだったな」
    「そうか」
    春日の穏やかな相槌に、紗栄子は顔を背けたまま口を開く。
    「私がまだ働いてなかった頃はね、菜乃葉が母さんの面倒をみて、私が家事をやったりしてたの。あの子本当に不器用だったから、料理はほとんど私がしてたな」
    ざっくりと切って湯通ししたキャベツにツナマヨを合えただけの簡単なサラダ。家計の苦しかった中で、紗栄子が節約しながら色々工夫して作っていた頃のメニュー。そういうものは、ふと何も考えずに、今でもよく作ってしまう。
    「うち貧乏だったし、子供だったから手の込んだものとか作れなくて。それでも菜乃葉が美味しそうに食べてくれるの、嬉しかった」
    今ならわかる。大事な人が、自分の作ったものを美味しそうに食べてくれることは、何にも勝る幸せだったということが。
    ふと春日の顔を見ると、嬉しそうに口元に笑みを湛えてこちらを見ていて、紗栄子は思い出話などしてしまったことが急に気恥ずかしくなってきた。
    「そうだ、一番」
    「ん?」
    「作り方教えてあげるから、帰ったら一番が作りなよ」
    「ああ?無理だろ。俺、包丁使えねえもん」
    「あっきれた、刑務所入る前どうしてたのよ」
    「コンビニの飯かカップ麺だよ。金があるときゃ牛丼とか」
    「不健康ねえ…。じゃあ、余計に覚えた方がいいじゃない」
    「なんだよ、さっちゃんの夜食が食いてえんだって」
    「だから、作り方は横でレクチャーするってば。自分で作った料理、大事な人が食べてくれるのって、すごーく嬉しいことよ」
    紗栄子が『大事な人』と強調すると、春日が迷うように目を泳がす。
    その時に頭に浮かんだ相手が誰なのか、紗栄子には手に取るようにわかった。
    「よし、そうと決まればさっさと買い物して帰ろ。あ、タクシーいるから乗って行こうよ」
    「おいおい、さっちゃん、マジかよ…!」
    情けない声を上げる春日をタクシーに押し込んで、紗栄子は運転手に一番近い店の名前を告げた。

    意気揚々とサバイバーに戻ってきた紗栄子と、その後ろで肩を落とす春日に、足立とナンバは不思議そうな顔をする。趙は、出かけた時と変わらず床に転がったままだった。眠ってしまっているのかもしれない。
    「早かったな」
    「社長様が往復タクシー使ってくれたからね。さ、やるわよ一番。早く手洗ってきて」
    「はあい…」
    紗栄子が買い物袋から材料を取り出している後ろを、春日が情けない声で返事をして洗面所へ向かう。
    「おい紗栄子、まさか…」
    「そう。いっちゃんに作ってもらうの」
    「マジかよ!あいつ包丁持ったとこ見た事ねえぞ!」
    「だから横で私が作り方教えるんだってば。子供じゃあるまいし、包丁くらいすぐに使えるようになるわよ」
    台所で手を洗いながらキビキビと紗栄子が言うと、春日が気持ちを切り替えたとばかりに気合を入れて戻ってきた。
    「よし!やると決めたらやるぜ俺は!さっちゃん、よろしくお願いします!」
    その言葉に笑って、紗栄子はなんとなく趙を見る。眠っているものだと思っていたその頭だけがこちらを向いて、びっくりしたような顔をしていた。
    そして、紗栄子と目が合うと慌てた様子で元の姿勢に戻ってしまった。
    「さっちゃん、何からやればいいんだ?」
    「え?あ、じゃあ、そっちのお鍋でお湯沸かして。で、お湯が沸く間にキャベツを切っちゃいましょ」
    「おう」
    普段味噌汁を作っている鍋で、キャベツを湯通しするためのお湯を沸かす。
    「キャベツはざっくりでいいから」
    「ざっくりって…何センチだよ。しかもこれ、どこに包丁刺すのが正解だ?」
    半玉のキャベツを上にしたり横にしたり、切り込み口を探すように片手に包丁を手にしたままオロオロする姿に紗栄子は呆れるが、やったことがなければこんなものかもしれないと努めて態度には出さないようにした。
    「断面の方をまな板にくっつけて置いて?そしたら、安定するでしょ?それで、真ん中から半分に切るの。上の方に少し刺して、力を入れて下ろしていく感じ」
    「わかった」
    「真ん中の芯の部分は切り落としてね。あとはそうねえ、三センチくらいの幅に切っていくわよ」
    「はい」
    細々と紗栄子が指示を出すと、春日がきちんと返事をしながら言われた通りに動く。
    「おい、危なっかしいなあ。手ぇ切るなよ」
    「普段もっと物騒なもの振り回してるくせに、随分おっかなびっくりだな」
    「だああ、もう!うるせえな!あっちで待ってろよ!」
    後ろからわあわあと茶化すナンバと足立に春日が切れて追い払い、作業を再開する。
    その真剣な眼差しに、紗栄子は先程の『大事な人』発言がそうとう効いているなと思った。
    そうとなれば、春日が一人で最後までちゃんと作れるように、辛抱強くしっかり教えなくてはと覚悟を決めて、紗栄子は鬼コーチになったつもりで次から次と指示を出した。
    キャベツのツナマヨ和えをなんとか作り終えて、次の一品に取り掛かる。
    初めてなのだから、時間がかかっても、上手に出来なくても仕方ない。
    「遅い」とか「違う」とか言いそうになるのと、つい自分でやってしまいそうになるのをグッと堪えて、春日が慣れないながらも悪戦苦闘しながら一人で料理を完成させていくのを見守る。
    ああ、そうか。
    私、菜乃葉のこと『見守る』ってことが出来てなかったんだな。
    こんなことで、今更ながら気づいてしまった。
    そう思うと、鼻の奥がツンとして、慌てて紗栄子は上を向く。
    細切りにしたネギとさつま揚げに、焦げた醤油の絡んだ香ばしい匂いが部屋に満ちている。
    サバイバーの古い部屋も相まって、紗栄子は子供の頃を思い出してしまい、小さく鼻を啜る。
    「さっちゃん、なあこれ、まだ焼くか?」
    「あ、うん、丁度いいかな。火を止めて、白ゴマひとつまみをかけて混ぜたら完成よ」
    不安そうな春日の声に我に返って紗栄子が答える。フライパンの中に、意外なほど慎重に白ゴマを落として箸で混ぜ合わせたあと、春日は嬉しそうにガッツポーズをして「よっしゃ!」と笑った。
    「出来た?」
    「出来た…」
    「ね?やれば出来るでしょ?」
    出来上がった料理を呆けたように見つめる春日に笑って紗栄子が言うと、春日は無言のまま小さく頷いた。
    「じゃあ食べよっか」
    「おう!」
    出来立ての料理を皿に盛って、春日がいそいそとテーブルに運ぶ。
    腹を空かせていた足立が早速手を伸ばし、ナンバがさりげなくそれを阻止した傍らで、春日が趙の肩に手をかけて揺り起こす。
    「趙、起きろよ。夜食できたぜ」
    春日にゆさゆさと体を揺すられて、無言でゆっくりと起き上がった趙は、なんだかバツの悪そうな顔をしていた。
    趙が寝てなどいなかったことは春日以外には丸わかりで、本人もそれがわかっているからだろう、照れくさそうにもぞもぞとしている。
    春日に箸を渡されて、趙がゆっくりとネギとさつま揚げの炒め物に手をつける。綺麗な箸使いでネギとさつま揚げを重ねて口に入れると、数口噛んで口元を綻ばせた。
    「…美味しい」
    いつのまにか全員が趙のジャッジを固唾を飲んで待つようなかたちになっていて、にこりと笑って放たれたその言葉に皆がほっと息をつく。
    「えー、すごく美味しい。ちょっと焦げてるのが香ばしくっていいねえ」
    「だろ?実は作ったの俺なんだぜ。さっちゃんに横で教えてもらってよ」
    鼻の下でも擦りそうな、子供のような得意顔で春日が言って、紗栄子はこっそり苦笑する。
    美味しいというジャッジの後に、後出しのように告げるなんて。もし不味いと言われたらどうするつもりだったのかなと、春日の意外に臆病でしたたかな一面に少し驚く。
    でも、これもきっと、相手が趙だからなのだろう。
    もちろん趙も春日が作ったことなど知っているはずだ。それでも「そうなの?すごいじゃん春日くん」などと笑って言って、春日を喜ばせていた。
    足立とナンバも手を伸ばして、春日が作った割には上出来だとか、このしょっぱいのが食べたかっただの、好き放題に言いながら食べはじめた。
    「ビール欲しくなるな」
    「だと思って買ってきたわよ」
    「さすが紗栄子、気がきくなぁ〜」
    「金出したの俺だからな⁉︎」
    酒とつまみが揃って、あとはもう、いつものようにくだらない話でわあわあと盛り上がる。小さなテーブルの上の料理がなくなる頃には、空がうっすらと明るくなって、皆がそこら辺に寝転がって寝息を立てていた。


    かすかな水音に紗栄子が目を覚ますと、台所に立つ趙の後ろ姿が見えた。
    紗栄子の肩には覚えのないタオルケットが掛けてあり、たぶん趙が掛けてくれたのだろうなと思いながら、ゆっくりと起き上がる。
    抜け切らないアルコールのせいでぼうっとしたまま、ふらふらと歩いて洗い物をしている趙の横に並ぶ。趙は、シンクの中に目を落としたまま「起こしちゃった?」と小さな声で言った。
    「…ごめん」
    「ん?」
    紗栄子が唐突に謝ると、さすがに趙は洗い物の手を止めた。
    「私が一番に料理教えるの、嫌だったんじゃないかと思って」
    「え?ええ?そんなこと思ってたの?」
    こくりと頷くと、趙は洗い物の手を止めて、タオルで手を拭いて紗栄子に向き直った。
    「まさかあ、むしろ逆だよ。俺は作ってあげるだけで、春日くんに作り方教えるなんて考えたことなかったからさ。紗栄子ちゃんすごいなって思ったよ」
    柔らかな声と表情で告げられた言葉には嘘は無さそうで安心するが、紗栄子がじっと見つめると、趙は困ったように笑った。
    「だいたい、なんで俺が嫌だと思うの」
    まあ、そうなんだけど。
    教えたことを素直に吸収し、出来上がった料理を前に嬉しそうにする春日に対して、喜びを感じると同時に胸に沸き起こった小さな棘のような違和感。
    これを口にするのはさすがに野暮だなとは思うけれど、アルコールのせいでうまく回らない頭と、春日によく見せる趙の甘やかすような態度に、紗栄子は拗ねたように口を開く。
    「だって、自分の彼氏に料理教えるオンナなんて嫌じゃない?出過ぎたまねしちゃったんじゃないかと思ってさ」
    「……は?」
    本当に意味がわからない、というふうに趙が目を丸くする。そんな表情に、紗栄子はこんな顔は初めて見たと新鮮な驚きを感じた。
    春日と共に様々な組織の連中と敵対した時でさえ飄々とした態度を崩さず冷静だった男が、こんなたわいもない言葉に素の顔を覗かせるだなんて。
    「いや、え…?か、彼氏じゃ、ないし…え?」
    「違うの?」
    「違うよ?」
    サングラスの奥の目が動揺しているのが珍しくて面白くて紗栄子が詰め寄ると、怖気付いたように趙が後ずさる。ほんの少し移動したことで、シンクの洗い物かごの中のピカピカのステンレスボウルに、赤い影が写っているのが視界の隅に見えた。
    よく見るとそれは、ナンバや足立と一緒に寝こけていると思っていた春日のシルエットだ。身を起こして、どうやらこちらの成り行きを見守っているらしい。
    「ほんとに付き合ってないの?だってあいつ、私が、自分の作ったご飯を大事な人が美味しそうに食べてくれたら…」
    「ゔゔんッ、ゴホッ、ゴホン!」
    まるで漫画のような、びっくりするぐらいわざとらしい咳払いが聞こえてきて、紗栄子は思わず振り返る。
    こちらに背を向けて寝転がり、不自然に咳き込んでいるのは、案の定、春日だった。
    「なにそれ。下手くそか」
    咄嗟に飛び出した紗栄子の冷めた言葉に、趙が声を上げて笑う。
    「アカデミー賞は無理だねえ」
    「エキストラにだって採用されないわよ」
    ただ、話を逸らすことには成功したようで、趙は何事もなかったかのように洗い物を再開した。
    外ではいよいよ朝日が顔を出したらしく、カーテンの隙間から差し込む光が紗栄子と趙の間を白く照らし始めた。
    まあこれ以上は追求しないでおいてやろうかという気持ちと、なんだか悔しいような気持ちがない混ぜになって、紗栄子は再び口を開く。
    「じゃあ、趙は、一番が美味しそうにご飯食べてくれたら嬉しい?」
    「え?うん、めちゃくちゃ嬉しいよ」
    「ふうん、そっかそっか、趙は、『自分が作った料理を一番が美味しそうに食べてくれたら嬉しい』んだ。そっかそっか〜」
    わざとらしく言葉を区切って、背中を向けた春日に聞かせるように紗栄子がいうと、畳の上に転がった春日の、モジャモジャの髪の隙間から見える耳が、みるみる赤く染まっていく。
    その様子に満足して、紗栄子は横で不思議そうにしている趙に笑いかけ「二日酔いに効く朝ごはん作ろっか」と言った。







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