彼方から呼ぶ声 (夢みるスタマ参加作品)夢を、見ている。
厳密にはそれが夢なのかどうなのかわからない。
でも、彼は今眠っていて、その心の中は暗く、静かな闇が広がるばかりだった。
逃げ込むならそこしかない。
そうしなければ、自分はきっと。
捕まってしまうのだ。
───────────────────
ゾフィーは、夢を知らない。
ゾフィーは光の国が現在の姿に、光の国に暮らす住民達が現在の、ウルトラマンと呼ばれる姿になってから生まれた命だからだ。
光の国には夜も闇もない。
眠りなど必要が無い。
ただ、『夢』があることは知っていた。
数多くの仲間が守ってきた青く美しい星。
【地球】と呼ばれるその星に住む「人間」という生物が、夜眠りにつく時に見るものだと言っていた。
また、『こうあってほしい』『こうありたい』と望むことこそが夢なのだ、とも聞いた。
またあるいは、『現実に起こりえないこと』も夢なのだ、とも聞かされた。
それならば、今目の前で起きている事も夢なのだろう、とゾフィーは考えた。
執務室の机の前に部下が立っている。
『ゾフィー隊長、一緒に来てください』
そう言いながらゾフィーへ手を差し出している。
ゾフィーはその手をじっと見ている。
銀色のその手は、よく見ると細かい傷跡に覆われていた。
歴戦の戦士の手だった。
火傷を治した痕がある。
切り傷の痕もある。
ふっと彼の体に目を移す。
彼の右胸に大きな穴が空いていて、そこから光が零れ落ちている。
『ゾフィー隊長?どうしたんですか、早く来てください、俺達ではとても手に負えないんですよ』
穏やかな声でそういう彼に、ゾフィーはゆっくりと首を振る。
「残念だが、行くことは出来ない」
そう言うと、彼が悲しそうな表情を浮かべた。
『…そうですか…』
その呟きだけを残して、溶けるように消えていく。
ふぅ、と机に置いた手を組んでため息をつく。
あっさり引き下がってくれてよかった、と思った。
(言わずに済んで良かった)
きみはもうしんでいるんだよ。
なんて。
言わずに済んで良かった。
そんな風に安堵したのも束の間だった。
『ゾフィー』
柔らかい声がかけられる。
顔を上げれば、また机の前には誰かが立っていた。
『ゾフィー』
目の前の彼が微笑む。
「あ」
思わず彼の事を呼びかけて慌てて口を閉ざす。
(父上…!)
呼びかけてはいけない。
何故だかそんな気がしたのだ。
目の前に立っているのは紛れもなくゾフィーの父親だ。
ゾフィーが幼い時に大戦で命を落とした父親だ。
彼は穏やかに笑ってゾフィーに手を差し出す。
『ゾフィー、手を貸してくれないか。俺一人では出来ないんだ』
困ったなあ、と笑いながら彼は頭を搔く。
机の上で組んだ手を痛いほどに握り締める。
「…いいえ、行けません」
少し答える声が震えてしまう。
そのまま視線を机に落とした。
彼が浮かべる表情を見たくなかったからだった。
『…そうか…』
ため息混じりの残念そうな声と共に、気配が消える。
視線を少し上に上げて、机の向こうに足が見えないことを確認してゾフィーは安堵の息をつく。
変な事ばかり起きる日だ。
こんなことがあったと兄弟達やヒカリ、メロスに知られたら働きすぎだからだ少しは休めなどとクリニックに引っ張っていかれかねない。
今抱えている仕事を終えたら休暇でも申請しようか、と右肩を叩きながら考えた時だった。
ぁあああぁぁん…
うわぁあああぁん…
微かな声が耳に入った。
ハッとゾフィーは顔を上げる。
涙を流した煤だらけの子供が目の前に立っていた。
『ゾフィーにいちゃん』
その子が呼ぶ。
『ゾフィーにいちゃん、たすけて』
子供の足元から炎が湧き出す。
いつの間にか執務室は火の海だった。
柱が折れる音。
天井が崩れる轟音。
『たすけて、たすけて、ゾフィーにいちゃーん…!』
泣きながら子供が両手を伸ばしてくる。
「ああ…!」
思わず椅子を蹴立てて立ち上がる。
「今、 助けてやるからな…!」
そうして、そのまま両手を広げてその子の元へと飛び込んだ。
────────────────
「僕が執務室に向かった時には、もうこの状態で…」
カプセルに目をやりながら、メビウスはこの場に集まった人物の顔を見る。
ゾフィーが寝かされているカプセルを取り囲むように集まった光の国きっての精鋭、『ウルトラ兄弟』と呼ばれる戦士たち。
ゾフィーのバイタルを解析しているヒカリ、任務に向かっているレオ、アストラ、授業を抜けられない80を除いたメンバーが集まっていた。
「ゾフィー兄さんは、どんな状態なんです…!?」
タロウが不安げに自分の兄達の方を見る。
「銀十字軍の見立てによれば、眠っているんだそうだ」
ウルトラマンが掌から展開したエネルギーモニターにバイタルを表示させながら答える。
「眠っているというなら…いつかは起きるんですね?」
「なんだ、ただの働きすぎか」
心做しかほっとしたような顔を浮かべるタロウとエースにウルトラマンは首を振った。
「事はそう簡単な話では無い」
そう言うとモニターの表示を切り替える。
「これはヒカリが解析した、ゾフィー兄さんの脳波だ」
手のひらサイズだったモニターが大きく広がる。
そこへx軸とy軸、z軸の投影図で表されるグラフが表示された。
通常、生物の眠りというものはレム睡眠とノンレム睡眠に分けられ、それらを交互に行ったり来たりしながら行われる。
それらをグラフに表すと、大きさに多少の差異はあれど幾つかの波、または山として表示されるはずだった。
だが、その波形は異常な様相を呈していた。
「…脳波が…平らじゃないか?」
訝しげな声を上げたのはジャックだった。
他の兄弟達も不安げに視線を交える。
ゾフィーの脳波グラフは凪いだ海面のように平らだった。
つまり、レム睡眠だけを常時続けている状態である。
「ずっとレム睡眠状態なのか…!」
焦りが滲んだ声を上げるセブンと、ゆっくり頷くウルトラマンとジャックの顔を見比べながら、タロウがエースに耳打ちする。
「…あの、エース兄さん。『レムスイミン』、のレムとは何ですか?怪獣ですか?」
「いや…知らん…なにかの光線かもしれんぞ…」
その囁きを聞いたウルトラマンが額を押える。
「『レム睡眠』、というのは、『身体は眠っているが、脳は起きている睡眠』の事だ。つまり、ゾフィー兄さんは今夢を見ているんだ」
それを聞いてエースとタロウは顔を見合せた。
「夢?」
「ゾフィー兄さんが?」
二人が疑わしげな声を上げるのも無理はなかった。
ゾフィーはほとんど眠らないのだ。
人間などの生物と違ってウルトラマンと呼ばれる巨人達には睡眠が必要ない。
人間と関わりを持ったことのある戦士達は地球で暮らしていた時の名残でたまに睡眠をとる者もいるが、ゾフィーは意識して睡眠での休息ということをしたことがなかった。
するとしてもそれは睡眠というより、『意識を落とす』に近い。
ウルトラカプセルの中で蓄積した疲労を癒したりする際に外界からの刺激を遮断するために行われるものだ。
ただ「意識がない」という状態は睡眠とは違うものだろう。
そう思っているからこその発言だった。
「あの…」
メビウスがおずおずと発言する。
全員の視線がメビウスへと向く。
その視線に無意識に少し肩を竦めながらメビウスは兄達を見回した。
「レム睡眠というのは…脳が働いている状態ですよね。ゾフィー兄さんがこのような状態になってから、現時点で8時間が経過していると聞いています。…その…体が休眠状態で脳がずっと稼働し続けている、というのは、生命維持に支障があるのではないですか?」
恐る恐ると言った調子でそう言うメビウスの言葉に、全員が息をのみ、モニターを操作しているウルトラマンへ視線を移す。
ウルトラマンは低く呻くような声を上げた。
「…治療にあたっている隊員によると、このような症状は光の国にも前例がないらしい。だが…」
ウルトラマンの手がカプセルのガラス部分へと触れる。
「このままの状態が続けば、純粋に光エネルギーの代謝不足で生命維持が困難になるだろう、と…」
「そんな!」
その言葉に思わず叫んだタロウの声をきっかけに場は騒然となった。
「状態としては眠っている…休息に近い状態なはずだ、それなのになぜ!?」
「これを見てほしい」
ジャックの言葉にウルトラマンがまたモニターを切り替える。
「ゾフィー兄さんの体全体のバイタルだ。現在、ゾフィー兄さんは脳が活発に動いている状態だが、体自体は休眠状態…機能の大部分の活動がかなり停止に近いレベルまで減衰しているんだ。この状態が続くことは、光エネルギーの代謝などに影響を及ぼし、外部からエネルギーを与えても活力に変換することが出来ず生命活動が停止する危険がある」
エースが身を乗り出した。
「何か…何か方法は無いんですか!?ゾフィー兄さんを助ける方法が…!」
ウルトラマンは顔を伏せる。
「…夢の中にでも、入る方法があればいいのだが…」
その絞り出すような言葉に、全員が黙り込む他なかった。
───────────────────
『夢の中に入る方法だァ〜?流石の俺でもちょっとな…』
「いや、お前にそんな危険な事をさせるつもりは無い。ただ、数々の戦いを経験し、様々な世界のウルトラマンと出会ってきたお前ならばなにか心当たりがないかと思ったまでだ」
先程のウルトラクリニックでの会話から数分後。
セブンは任務に向かっていた息子、ゼロと話していた。
『心当たりねえ…』
「何でもいい、このような精神攻撃などを仕掛ける怪獣や、宇宙人、夢に介入できる能力を持つ戦士…なにか知らないか」
記憶を探るようにぶつぶつとあいつどうだったっけかな、と通信の向こうで呟くゼロに思わず縋るような声を出してしまっていることを気づかないほど、セブンは動揺していた。
『おいおい、落ち着けよ親父』
苦笑混じりのゼロの声が聞こえる。
「…私は冷静だぞ」
『そんな風には聞こえなかったぜ?さっきの声』
くく、と笑う声にセブンはバツが悪そうに顔を顰める。
『そーんな顔すんなよ、シワが増えるぜ』
「…見えていないだろう」
映像通信では無いのだからゼロにセブンのしかめっ面が見えているはずは無い。
しかし、セブンの顔がまるで見えてでもいるかのようにゼロがクスクスと笑い声を漏らす。
『まあ、心当たりはいるぜ。なんとかしてみる』
「!そうか…。ありがとう」
へへ、とゼロが笑う声がする。
得意げに鼻の下を指で擦っているのかもしれない。
『まあでも、ちょっ…とコンタクトがムズいからよ、あんま期待しないでくれ』
「いや…いいんだ。無理を言っているのはこちらだからな」
『まあやれるとこまでやってみる。そんじゃな』
ぷつん、と軽い音を立てて通信が切れた。
─────────────────
「…って安請け合いしたものの…どーしたもんかねえ…」
通信を終えた後宇宙空間で頭の後ろで腕を組み、足を組んでゼロはごろりと体を横にする。
「心当たりはいるんだが…連絡の方法分からねえんだよな〜…」
どうしたもんか、とぼやきながらゼロはゆっくりと身体を起こす。
「…やれるとこまではやる、って言ったからな。…よーし」
寝転がっていた体制から立ち上がり、足を肩幅に開く。
そして大きく息を吸い込んだ。
「フゥ─────ッ…」
パンパンと手を叩き、しばしの沈黙。
「おぉ─────いッッッ!ダイナ───ッッッ!コスモス─────ッッッ!来てくれよ─────ッッッ!大変なことになってんだ────ッッッ!」
音が通常伝わらない真空の宇宙でも、その叫びで星が震えようという程の大声の──テレパシーだった。
何らかの念能力を持つ生命体がいたらその叫びに驚いて飛び上がったかもしれない。
しかしゼロはそれしか方法が思いつかなかった。
コスモスとダイナは二人とも様々な宇宙を飛びまわる存在であり、その居場所は次元を渡る力を持つゼロですら把握出来ない。
だから彼らに気づいてもらうしかないと思ったのだ。
先程の大声が二人に届いているのかはわからない。
だが、コスモスとダイナの通信波長もエネルギー観測も出来ないゼロにとって、一番わかりやすく、伝わりやすい方法はこれしかないと思ったのだ。
「ふー…」
大きく息をついて腰に手を当てる。
「頼むから気づいてくれよ二人とも…」
そう言いながらゼロは背を向ける。
任務を命じられた地点まであと少しなのだ。
急がなくてはいけない。
だからゼロは気づかなかった。
自分の後方で、青い星がちかりと瞬いたことを。
────────────────
『ぉ〜い…』
星に吹き荒ぶ風に、微かに声のようなものを聞いた気がして、コスモスはふと振り返った。
背後には誰もいない。
気のせいか、と再び背を向けた時。
『ぉぉ〜い…───ス……コ─…──ス…』
また声が聞こえた。
コスモスは辺りを見回す。
しばらく周囲だけを見回していたが、ふと思い立ち視線を空へと向ける。
頭上には青い星が瞬いていた。
『おぉ〜い…!コ〜スモス〜…!』
聞き覚えのある声だ。
コスモスはその声へと答える。
「ダイナ…!」
波長が重なり合う感覚が伝わる。
さざめいていた波はひとつの流れへと姿を変えていく。
『おっ、繋がった繋がった。よ〜かった〜、聞こえなかったらどうしようかと思ったぜ』
ほっとしたようなダイナの声が聞こえてくる。
その声にくすりとコスモスは笑いを漏らした。
「久しぶりだな、ダイナ」
『お、その声はコスモスか。ムサシは今日は一緒じゃないんだな』
ダイナの言葉にコスモスは頷く。
「ムサシはジュランにいる。ここにいるのは私一人だ」
『そうか〜』
「…なにか、あったのか」
ダイナがコスモスに呼びかけてくる時は大半が宇宙に何らかの危機が迫っている時だ。
今回もまた何か強大な敵が宇宙に訪れたのだろうか、と考えたコスモスだったが。
『あ〜、いやいや、そうじゃなくて。呼ばれたんだよな、ゼロに』
「…ゼロが?」
うん、とダイナが頷いているのが見えるような声で答える。
『なんかなぁ〜困ってるっぽいんだけどなあ〜…俺ちょっと今行けねえんだわ。ってな訳で頼む、行ってやってくれねえか?』
恐らく、この光の向こうの空間で手を合わせて頭を下げているのだろうな、とコスモスは思った。
その様子を想像してコスモスはふふ、と小さく笑いを漏らす。
「…わかった、ゼロの元へ行ってみよう」
『悪いな〜。…あ、多分ゼロが困ってるって言うより光の国になんかあるっぽいぜ。行くんなら光の国先にした方がいいかも』
そんじゃな、という言葉を残して、青い光はふっと消えた。
その方向を暫し見つめて、コスモスは呟く。
「…光の国、か…」
がくん、と首が傾ぐ。
その衝撃でセブンはハッと目を覚ました。
ゾフィーの傍についていたはずが、いつの間にか居眠りをしていたらしい。
慌てて周囲を見渡し、部屋の中にウルトラカプセルに入ったゾフィーと自分以外の人影がないか探す。
ひとまず自分の不覚を見た者が居ないことに安堵したセブンは一つ息をついた。
(いかんな、これでは…)
ゾフィーが目を覚まさない件で知らず知らず緊張しすぎていたのだろうか。
バイタルの確認や侵入者の警戒など気をつけなくてはならないことが山ほどあるというのに、ゾフィーのエネルギー波長の間隔を伝える電子音があまりにも緩やかに一定のリズムを刻むものだからついうとうととしてしまっていたのだ。
他の兄弟達は科学技術局にウルトラアーカイブにと手がかりを求めて飛び回っているというのに自分がこの体たらくとはなんだ、とセブンが自身を叱咤した時だった。
薄暗い病室に金色の光が灯る。
「!」
侵入者か、と椅子から腰を浮かせたセブンの前で、その金色の光は激しく回転しながら最初は手のひらに乗るほど小さい光だったその形を、少しずつ大きく変えていく。
青と金色の光が部屋の中を縦横無尽に駆け抜ける。
そして、集まった光はやがて大きな花の蕾を形作るように集まり、その花弁を開いた。
幾重にも畳まれた花弁の中心から光り輝く人型の何かが立ち上がる。
あまりの眩しさにセブンは咄嗟に目を庇った。
光が徐々に薄れていく。
自分の顔の前に翳していた手を下ろし、セブンが顔を上げれば、そこには。
青く輝く姿を持つ光の巨人が立っていた。
一見ウルトラマンを思わせるその顔つき。
しかし身体は青と銀に包まれている。
金色の目が静かにセブンを見つめていた。
侵入者といえば侵入者なのかもしれない。
だが、不思議と敵意は感じなかった。
その佇まいには穏やかで、月のような優しさが溢れているようにセブンには感じられた。
「…君は…誰だ?」
静かに問いかければ、相手は静かに答えた。
「私は、ウルトラマンコスモス」
「!…コスモス…!」
その名はセブンも聞いた事があった。
かつてゼロが出会い、ダイナという戦士と共に「ウルトラマンサーガ」となる力を与え、宇宙の危機を救った戦士。
しかし何故ここに?
そのセブンの疑問を見透かしたかのようにコスモスはセブンのことをじっと見る。
「ゼロからの頼みを聞いて来た。私の力が必要だと」
「ゼロが…!……そうか、心当たりとは君の事だったのか」
セブンの言葉にコスモスが首を微かに傾げた。
「…心当たり?」
セブンがコスモスに歩み寄る。
「話せば長くなるのだが…。…まずは兄弟達を集めてもいいだろうか」
コスモスはゆっくり頷いた。
───────────────
「────つまり、ゾフィーは何らかの原因で眠ったままの状態…詳しく言うならば、『眠ったまま夢を見ている状態』であると。そういうことだな」
「その通りだ」
ウルトラマンが頷く。
コスモスはウルトラカプセルにゆっくりと歩み寄り、そのガラスのハッチにそっと触れた。
その手のひらが微かに光を帯びる。
そして何かを探るように表面をしばらくゆっくり撫でた後、コスモスはハッチから手を離す。
「…なにか、分かったのか?」
一歩踏み出してそう聞いたエースにコスモスがゆっくりと振り向く。
「…何人もの意思を感じる。多数の意思がゾフィーの中にいる」
「多数の…意思?」
その言葉に兄弟達は顔を見合わせた。
『ゾフィーの中に多数の意思がいる』とはどういうことなのだろうか?
なぜそんなことになっているのだろうか?
その場に集まった者たちの顔にはそう書いてあったが、誰もそれを口に出せずにいた。
「その…コスモス、といったか」
恐る恐ると言った様子で話しかけたジャックへコスモスは無言で顔を向けた。
「…君は、似たような事例を過去にコスモスペースの地球で解決したと聞いている。…今回のゾフィー兄さんの件も、その事件と近い状態なのか?」
「…断言は出来ないが、近い状態ではあると言える」
コスモスが、ゾフィーのバイタルを示すモニターへと手を翳す。
するとモニターの表示が蜃気楼のように揺らぎ、やがてひとつの画像を映し出した。
その画像に、その場に集まっていたウルトラマン、セブン、ジャック、エース、タロウ、メビウス、ヒカリは訝しむ用な表情を浮かべた。
「…何だ、これは…」
エースがぽつりと呟く。
それは一見、ピンク色のふわふわした塊のようだった。
だが、よく見るとそのふわふわした塊には二対の足、一対の角、そしてくりくりした可愛らしい円な目があった。
「…これは、羊…か?」
セブンの言葉にコスモスがモニターを見上げる。
「これは夢幻小魔獣、スモールインキュラス。羊に似た姿で、人々の夢に介入する。そして、彼らが集合、合体した正体が…」
コスモスの語りと共にモニターの画面が切り替わる。
ピンク色の羊が恐ろしい形相で牙を剥き、何匹もの個体が集まり、ボコボコと膨れ上がって姿を変えていく。
そして、やがて六つの目と曲がりくねった角を持つ恐ろしい怪物の姿へと変わった。
「夢幻魔獣インキュラス。人々を夢の世界へと誘い込んで閉じ込め、その脳波エネルギーを奪う怪獣だった。…そして、この怪獣に眠らされた人間達は全員レム睡眠状態になる。これはゾフィーのバイタルとも共通している」
コスモスが手を翳し、モニターを再びゾフィーのバイタル画面へと戻す。
「それじゃあ…そのインキュラスって怪獣を夢の中に入って倒せばいいんですか?」
「それはわからない」
「わからないって…」
首を振ったコスモスにタロウがもどかしそうに拳を握り締めた。
「インキュラスが夢に介入する能力を持っていた事は事実だが、ゾフィーがインキュラスによって眠らされているのかはわからない。先程調べた時にインキュラスの気配は感じ取れなかった」
コスモスがカプセルの中のゾフィーへと目を遣る。
「…恐らく先程感じた多数の意思といい、何か別なものがゾフィーに干渉している可能性の方が高い」
「ふむ…」
一同は揃って考え込んだ。
似たような事例があることは明らかになったものの、あくまで「似ている」ことが判明しただけだ。
具体的な解決策が見つからないのは振り出しに戻るのと同じだった。
「その…インキュラスを、君はどうやって倒したんだ?」
「人間の脳波を読み取り、夢を映像化する装置を介して夢の中へと侵入した。そこでインキュラスと交戦し、撃破した」
「夢の中へ侵入!?」
ウルトラ兄弟達から驚きの声が上がる。
「君は夢の中に入れるのか!?」
「夢への侵入は可能だ。…しかし…」
信じられないと言った顔で自分に問いかけたエースに頷いたあと、コスモスは僅かに顔を伏せる。
その仕草にセブンが訝しげな声を上げた。
「…しかし?」
コスモスが顔を上げる。
「…夢の世界、というものは常に一定の様相を保たない、未知の世界だ。侵入すれば、どのような危険が待ち受けているかはわからない」
その言葉に、微かな不安がウルトラ兄弟達に過ぎった。
「…危険、とは…現実世界に帰還できなくなる、という意味か?」
「そうだ」
あっさりとそう答えたコスモスに、問いを投げかけたジャックは顔を強ばらせた。
「それに、夢というものはその夢を見ている者の精神にも深く結びつくものだ。介入した事で、夢を見ている者の精神に何らかの影響を及ぼすことが有り得る」
夢というものは、つまりは脳が見せるものだから、とコスモスは言う。
ウルトラ兄弟達に沈黙が流れる。
やっと解決の糸口になりそうな方法が見つかったのに、それが危険極まりない方法なのでは意味が無い。
運良く成功すればいい。
だが、新しい犠牲者が増えるだけなのだとしたら?
ゾフィーだけでなく、他の宇宙の平和を担う存在すら犠牲にしてしまうのだとしたら?
口に出さずとも、そんな不安が立ち込めていた。
その沈黙を破ったのはウルトラマンだった。
「…それでも」
拳を強く握りしめ、コスモスの前へと進み出る。
「私達は…ゾフィー兄さんを助けたい…!」
頼む、と、コスモスの目を見据えてそう言ったウルトラマンを暫し見つめ、コスモスはゆっくりと頷いた。
「…わかった。やってみよう」
そう言ってウルトラマンに背を向け、ウルトラカプセルへと向き直ったコスモスの背に声が投げかけられる。
「ちょっと待ってくれ」
コスモスは振り向いた。
視線の先にいたのは、自分より少し濃い青の体を持つウルトラマン。
ウルトラマンヒカリだ。
「夢の中へは、あなたしか侵入できないのか?例えば…複数人が同行することは不可能か?」
コスモスがヒカリへと体を向ける。
「可能だが、多くても私を入れて三人までだ。それ以上は安全を保証できない」
なら、とヒカリが前に進み出る。
「私も同行したい」
その言葉にざわめきが広がった。
「待て、ヒカリ…!コスモスも言っていた通り、危険な行為だ。君を行かせる訳には…」
「ゾフィー兄さんが君の旧友だとは分かるが、私情で戦場に挑むのは危険だぞ」
焦りが滲む声を上げるウルトラマンと諌めるような声音でそう言うセブンにヒカリが目を向ける。
「行かせてください。これは友や兄弟といった仲の問題ではなく、作戦の成功率の問題です」
ヒカリが右腕をナイトブレスを翳す。
「ゾフィーのバイタルをリアルタイム監視するシステムをナイトブレスに組み込んであります。万が一、予期せぬ事態が起こる可能性があっても、このシステムなら脳波の乱れや、バイタルの変化を察知することが出来る。危険はゼロにはならなくとも、大きく減らせるはずです」
ナイトブレスから表示したモニターを掲げ、ヒカリは懸命に語る。
モニターを次々切り替えながら、システムの内容と、これまでの数十時間で解析した脳波の波形パターンについてなどを説明するヒカリと、その説明を半ば勢いに押されるようにして頷いている兄弟達を、メビウスは少し離れた壁際に立って見つめていた。
暫くヒカリと兄弟達の様子を見つめたあと、メビウスはコスモスへと視線を移す。
コスモスは黙ってヒカリと兄弟達の様子を見つめている。
目の前で始まった議論に焦る様子も苛立つ様子も見せず、ただ静かに佇むその姿にメビウスはふと疑問のようなものを覚えた。
(これが、『ゼロの知るコスモス』なのだろうか…?)
メビウスがコスモスという存在と顔を合わせるのは今日が初めてでは無い。
エタルガーという脅威に立ち向かった際にメビウスはコスモスの姿を目にしている。
しかし、その時に出会ったコスモス、そして、ゼロがハイパーゼットンとの戦いで出会い、サーガの力を託されたと語るコスモスと目の前のコスモスは少し違うように思えた。
メビウスの知るコスモスは青年のような明るさと気さくさを持ち合わせる存在のように記憶していたが、今目の前に佇むコスモスはそのような様子など微塵も感じさせない。
むしろ青年というより数万年の時を経ているかのような落ち着きすら感じさせる。
目の前にいるのが本当に、「ウルトラマンコスモス」という存在なのか、メビウスには疑う気持ちが芽生え始めていた。
「…わかった、君をコスモスに同行させよう」
まだ完全には納得しきれていないが、ヒカリの梃子でも動かないという意思は明確に感じたらしいウルトラマンがマントの襟を正しながらヒカリに言う。
「では残る一人だが…」
誰を選ぶべきか、とセブンが集まった面々の顔を見渡した時だった。
「僕が行きます」
メビウスはヒカリの隣へと移動した。
「兄さん達に万が一の事があるのは光の国の安全にも関わります。兄さん達には有事に備えて待機してもらう形で僕達が先鋒を務め、可能ならばゾフィー兄さんを救出する。…以上の作戦行動を提案します」
「…なるほど…」
セブンが顎に手を当てる。
メビウスとヒカリはかつて地球で肩を並べて戦い、その後の親交も深い間柄だ。
「…よし。では、君達に任せよう」
「だが、無理はするな。異常や戦況の不利を悟ったら迷わずに撤退するんだ。また別な作戦を考える」
セブンとタロウの言葉にヒカリとメビウスは頷いた。
エースがコスモスの方を見る。
「弟達を頼む。…コスモスペースの慈愛の戦士、ウルトラマンコスモス」
その言葉に、ほんの少しだけ迷う様な目を見せたコスモスの様子をメビウスは見逃さなかった。
一瞬の沈黙の後、コスモスは頷く。
「わかった。…では、行こう」
コスモスが手を広げ、そしてまるで天から降り注ぐ雨を受け止めるかのように指を揃え、肘を脇につけるようにして手を前に出す。
そのまま腕を大きく頭上へと広げた。
コスモスとメビウス、ヒカリの姿が眩い光に包まれ、やがて小さな光となってゾフィーのバイタルを示していたモニターへ飛び込む。
そしてそこに繋がれていたコードを伝い、ウルトラカプセルへと進んで行った。
「頼むぞ、コスモス…メビウスと、ヒカリも」
静まり返った部屋で、ウルトラマンは呟いた。
光の中を進んでいく。
戦闘を進んでいくコスモスの青い背中を懸命に追いながら、メビウスとヒカリはゾフィーの夢の中へと繋がる道を進んでいく。
自分達の隣をちかちかと瞬きながら通り過ぎていく光は電子だろうか?それとも何らかの信号が光として見えているのだろうか?
考えてみても、機械の中に入ったことの無いメビウスには答えが分からなかった。
こんな切羽詰まった状況でもなければ隣にいるヒカリとああでもないこうでもないと未知の世界について好き勝手に推測した話をしながらゆっくり歩いてみたいものだ。
そんなことを思っていれば、進む先に蜃気楼のように揺らぐ円のようなものが見えた。
ゆらゆらと水面のように揺蕩う円が、縁に虹色の線を描きながらコスモスとメビウス、ヒカリの前に口を開けている。
コスモスはその中心へ躊躇なく飛び込んだ。
その後を追ってメビウスとヒカリも円の中へ飛び込む。
途端に周囲を満たしていた光が失われ、視界を覆った闇に平衡感覚も奪われる。
そのまま自分が前に進んでいるのか、後ろに引き摺られているのか、落ちているのか昇っているのか、それすら分からないまま進んでいく。
やがて前方に針で開けた穴のような光が見え、だんだんとそれが大きくなり、三人を包み込んでいった。
────────────────────
「メビウス…ヒカリ…」
穏やかに囁くような声が聞こえ、ハッとヒカリは目を覚ます。
周りを見れば、自分の隣でメビウスも驚いたように目を覚まして辺りを見回している。
正面に顔を向ければ、コスモスが二人の方を見て立っているのが見えた。
「大丈夫か」
「ああ…」
「大丈夫です」
問いかけるコスモスにやや不安の残る顔で頷けば、コスモスはくるりと背を向けてすたすたと歩き始めた。
その青銀の背中をメビウスと慌てて追いかけながらヒカリは周囲を見渡す。
辺りは薄暗く、コスモスとメビウス、そしてヒカリの三人の姿がようやく見える程度の明るさだ。
近くにいるからこそお互いの姿が見えるのだろうが、もし少しでも離れたらたちまち姿を見失ってしまうだろうと思われた。
ヒカリはナイトブレスのデバイス機能を起動する。
ゾフィーの脳波は三人が夢の中へ突入する以前の緩やかな波形を保っている。
三人が夢の中へ侵入したことはまだゾフィーには悪影響を与えていないらしい。
それに安堵しつつ、ヒカリはコスモスの後ろ姿を急いで追いかける。
全くの闇ではないとはいえコスモスはまるで行く道が分かってでもいるかのように全く迷う様子もなく歩いていく。
ヒカリは隣を歩いているメビウスをちらりと見る。
メビウスはコスモスと同じように真剣な顔つきで歩みを進めていたが、その目にどことなく訝しむような─目の前のコスモスに疑念を向けているような光を浮かべていた。
ヒカリがコスモスというウルトラマンを目にしたのはこれが初めてである。
対してメビウスは一度コスモスと出会い、その後もゼロを通してその人柄を聞いているようだが、それにしては妙に過剰な警戒をしているように感じた。
ヒカリは前方のコスモスを見遣ったあと、指向範囲を限りなく狭めたテレパシーをメビウスに送る。
『メビウス』
『──何?』
テレパシーの声が思ったより明瞭で、エコーが少なく音の拡散を感じられないのはメビウスも自分と同じようにテレパシーの可聴範囲を狭めていたかららしい、とヒカリは少し間を置いて理解した。
『…緊張しているのか?』
その言葉を発するまでに少し間が空いた事にメビウスがヒカリの無理を感じ取ったらしい。
ふふ、と鼻にかかった笑い声が聞こえた。
笑いを零す余裕があるということは少なくとも緊張はしていない。
『…らしくないな、その遠回しな言い方』
『なんだ?俺がいつも無遠慮に疑問をぶつけてくるとでも思っていたのか?』
『【僕に話しかける時のヒカリ】らしくないな、という事だよ』
不意をつかれたのを誤魔化そうと揚げ足を取ろうとしてみれば反対に足を払われた。
敢えて横のメビウスを見ずに話をしているが、その口の端には面白そうな笑みが浮かんでいるのだろうか、とふと思った。
こういった所は地球で出会った頃から変わらない。
こちらが切り込めば予期しない所を正確に真っ直ぐに突いて来るものだからいつもたたらを踏む。
向きになって言い返せばあちらのペースに乗せられていくだけだとよく知っているヒカリはさっさと本題に入ることにした。
『…コスモスを疑っているのか』
今度はメビウスが口篭る番だった。
『…そういうわけでは、ないけど』
『本当か?隠し事はなしだ』
ここぞとばかりにヒカリは畳み掛ける。
うぅ、とばつの悪そうな声が上がるのが聞こえた。
その後あーとかええと、とかもごもごと要領を得ない声がしばらく続いたあと、メビウスはようやく意を決したらしく、話し始めた。
『…違和感を感じるんだ』
『違和感?』
ああ、とメビウスが言う。
『…僕の知る【ウルトラマンコスモス】と、今僕達の目の前にいる【彼】はどうにも、違う気がして』
『…俺には、よく分からないな』
ヒカリは【メビウスの知るコスモス】と、【今目の前にいるコスモス】の違いを知るだけの経験と情報がない。
せいぜい【コスモスペースという異なる宇宙からやってきた慈愛の戦士】と囁かれているのを知っているくらいだ。
『…上手く言えないけど…僕が会ったことがあるウルトラマンコスモスと、今ここにいる彼は別人のような気がする』
『…敵かもしれない、ということか?』
うぅん、と唸る声が聞こえた。
『敵…とは…また違うと思う。もし敵なら、光の国の防衛技術を全て突破していきなりセブン兄さんの前に現れた時点でもっと他にできることがあったと思う。…それをしないということは、少なくとも敵では無い、と思いたいけれど』
『それはまあ…確かに…』
そもそも今二人の目の前にいるコスモスは夢への突入以前に親切にも似たような事例の開示までして情報提供をしてくれたのだし、敵対する存在ならばそのような手間のかかるような事はするまい。
それに、夢の中へ行くのだって本来彼一人が単独で向かおうとしていたことだ。
それをヒカリとメビウスの同行まであっさり許可したという事は少なくとも悪意があって行動しているのでは無いのだろう、と思えた。
『…敵では無いとしても、正体が掴めないのは気にかかってね』
『…そうだな…』
メビウスは無闇矢鱈に人に疑念をかけ、仲間を不安がらせるような真似はしない。
そのメビウスがはっきりと違和感を感じていると口に出すということは、目の前を歩く存在が敵でないにしろ、懸念すべきことではあるのかもしれないな、とヒカリは考えた。
しかし、今ここにいるコスモスの力なくてはこの状況での動き方も、ゾフィーを助けることも出来そうになかった。
『…気になることは多いだろうが、今は協力し合うしかない。優先すべきはゾフィーを助ける事だ』
『…そうだね、ヒカリ』
顔をメビウスの方へ向ければ、メビウスが微かに頷くのが見えた。
そのまま視線を前に戻し、少し離れてしまったコスモスへ追いつこうと足を早めた二人だったが。
「───…!」
後ろから、声が聞こえた気がした。
一瞬メビウスとヒカリは顔を見合わせる。
ここへ来たのは三人だけのはずだ。
目を前へ向けると、コスモスも足を止めている。
彼も声を聞いたらしい。
一体何の声なのか、と二人が首を傾げた時。
「────…ぁ、せ…!…博士…!」
段々と聞こえる言葉がはっきりし始めた。
高い声。まるで…女性のようだ。
走る足音が聞こえてくる。
「───博士!ヒカリ博士!メビウスさん!」
足音はもうすぐそこまで来ていた。
はぁはぁと弾む息も聞こえる。
コスモスが振り向く。
それを確認してから、メビウスとヒカリも背後を振り返った。
「!ソラ…!?」
思わずヒカリは声を上げてしまった。
目の前で膝に手を置き、肩で息をしているのはギャラクシーレスキューフォースにて任務に就いているはずのウルトラウーマン、ソラだった。
今まで全力で走ってきましたとでも言うような様子ではぁ、はぁ、と荒い呼吸をしていたソラが、ゆっくりと身体を起こす。
「ああ、やっと見つけました!お二人とも、来てくださったんですね!私一人ではどうしようかと…!」
よかったぁ、と安堵したように胸に手を当ててそういうソラを、ヒカリとメビウスはお互いに困惑しながら見ていた。
「ソラ、どうしてここに…」
メビウスが半信半疑と言った調子で問いかける。
なぜこんな所にソラが居るのか。
ここにソラがいるということは、もしや現実のソラに何かが起きているのではないか。
そんな事を考えていた二人だったが。
「ごめんなさい、詳しい事はお話できないんですが、今すぐお二人に来て頂きたいんです、こちらへ…」
メビウスの問いを遮り、何かに追い立てられてでもいるような、焦りが滲んだ声でそう言いながらソラはメビウスとヒカリに向かって手を差し出す。
差し出されたその手を取るべきか、一瞬二人が迷った時だった。
ぱん、と乾いた音を立ててソラの華奢な手が宙へ跳ね上げられる。
手を蹴り上げられたのだ、とメビウスが気づくまで数秒かかった。
それほどその動きは早かったのだ。
いつの間にかメビウスとヒカリの間にコスモスが立っていた。
その足が高く上がっている。
ソラがぽかんとした表情を浮かべているのが見えた。
何をするんだ、とヒカリが言いかけた時だった。
コスモスが音もなく動く。
左腕が脇に引かれ、右腕が真っ直ぐに伸ばされる。
指をピタリとつけたまま開かれた掌が垂直に立ち、ソラの顎を青い掌底が捉えた。
ソラの身体が大きくのけ反り、そのまま灰が宙へ散っていくように姿が霧散する。
後には、今までと同じ薄暗い空間が広がるだけだ。
「気づかれてしまった」
コスモスが声に険しいものを滲ませる。
いつの間にか自分たちの周りを何人もの気配が取り巻いているのをメビウスは感じた。
数人というレベルでは無い。
何十人、或いは───何百人。
ナイトブレスがけたたましいアラート音を鳴らし始める。
表示されたモニターにはいくつもの点が浮かび上がる。
周りを見回す。
ゆらゆらとした何かが三人を取り巻いている。
その姿をはっきりと捉えることは出来ない。
コスモスがゆっくりと再び構えた。
「【彼ら】の手を取ってはいけない」
来るぞ。
その言葉を合図に、メビウスとヒカリも目の前の敵へ構えた。
打つ。
ひたすらに、打つ。
顎を、胸を、頬を。
ただひたすらに、打つ。
斬る。
撫でるように、斬る。
袈裟懸けに、唐竹割りに、真一文字に。
一刀のもとに、切り捨てる。
撃つ。
躊躇いなく、撃つ。
輝く刃を、空を切り裂く光の矢を、身体を貫く光を。
狙いを過たず、撃つ。
何度見知った顔を打ったのだろう?
何度伸ばされた手を切り捨てただろう?
何度、光に飲まれる驚いた顔を、見ただろう。
打っても、撃っても、斬っても。
止まらない。
終わらない。
いくら倒そうと、コスモス、そしてメビウスとヒカリを取り巻く影はその数を減らしたようには見えない。
だんだん手は怠く、持ち上がらなくなり、足は重く、少し動こうとするだけでお互いの足に足を取られそうになる。
またヒカリの前に影が現れる。
「よぉ、疲れてるみたいだな。慣れないことしやがって。手を貸してやろうか?」
その声に思わず顔を上げてしまう。
(ああ、メロス─!)
友の顔だ。
いつものように屈託なく笑いながら、「しょうがねえなあ」とでも言うように。
手を差し出してくる。
思わず、ぴくりと手が動いた。
視界に青が奔る。
メロスの右頬をコスモスの掌底が捉えていた。
メロスの身体が大きく横へ揺らぐ。
そのまま闇の中へ溶けていった。
「…すまない…!」
もしあの手を掴んでいたら、とヒカリの背に冷たいものが流れ落ちる。
「くっ…一体、どれだけの数、が…」
そう言いかけたメビウスの声が途切れる。
ヒカリはメビウスの方を見た。
メビウスの視線の先。
そこに一人の男が立っている。
穏やかな目をした、人間。
「手を貸そうか、ミライ」
そう呼びながら、メビウスに向かって手を差し出す。
「サコ、ミズ…隊長」
メビウスが手を上げたのが見えた。
いけない、と叫びかけたヒカリの頬を風が撫でる。
気づいた時にはコスモスの背中が見えた。
両手を大きく頭上に広げ、膝を高く掲げて足でサコミズの胸を蹴り飛ばす。
サコミズの姿は闇の中へと霧散する。
足を降ろし、疲労に荒い息をつくコスモスに、横から声を掛けた者があった。
「コスモス!」
思わずその声の方を振り向いてしまったコスモスが凍りつく。
快活そうな青年だ。
大きく手を振りながら駆け寄ってくる。
「コスモス!助けに来たよ!」
さぁ、手を、と。
青年が手を差し出す。
「む、さし」
そう呟いて固まったコスモスへと青年がまた一歩踏み出す。
咄嗟に身体が動いていた。
大地を蹴り、ヒカリはその青年の胸へとナイトブレードを突き立てる。
青年は驚いたように目を見開くと、そのまま蒸発するように闇へと消えていった。
ふ、とコスモスの体から硬直が解ける。
「…すまない、助かった」
「借りを返しただけだ」
ヒカリはわざとらしく気取ったセリフを言ってみたが、状況が劣勢なのは変わらない。
依然として影は三人を取り巻いていて、ゾフィーの姿は未だ見当たらない。
「…こちらから行けないのならば、呼ぶしかない」
コスモスが呟く。
「君達は、特殊な通信手段を持つと聞いた。それを使うことは」
「ウルトラサインか!」
「…よし、やってみよう!」
メビウスとヒカリはウルトラサインを打ち上げる。
(ゾフィー兄さん、お願いします…!)
(頼む、気づいてくれ、ゾフィー…!)
光線が、闇を駆けた。
───────────────────
夢を、見ている。
きっとそうなのだろうな、と思っていた。
何故なら。
ゾフィーは自分を見る。
手が小さい。
地面が近い。
子供に戻っているのだ。
自分は。
ずずん、と地面が揺れる。
体を支えていられず、思わずしゃがみこむ。
ぱらぱらと小石や砂が落ちてくる。
めきめきと音を立てながら柱が傾き、天井が恐ろしい音を立てながら剥がれて落ちてくる。
早く逃げなくてはいけない。
焦げ臭い匂いも漂ってきていた。きっと火が迫ってきているのだ。
出口へと駆け出そうとした時だった。
「ゾフィー兄ちゃん!」
ゾフィーの背中へ声がかけられる。
振り返った先に、小さな影が見えた。
「ゾフィー兄ちゃん、たすけて」
目にいっぱいの涙を溜め、震える声でその小さな影が言う。
その周りに火が迫って来ていた。
柱が倒れかけている。その柱が支えていた天井にすら火が回っていた。
「***!」
ゾフィーはその子の名前を呼ぶ。
「こっちにこい!」
そう叫んで、手を伸ばした。
彼は動かなかった。
動けなかったのだ。
何故ならその子はようやく最近少し地面から浮かべるようになったばかりだったからだ。
怖くて動けなかったのだ。
地面がまた揺れる。
柱が恐ろしい音を立てながら倒れてくる。
「たすけて、たすけて、ゾフィー兄ちゃーん…!」
声と姿が瓦礫の向こうに消えていく。
(わたしのせいだ)
手を差し出されるのを、待っているべきではなかった。
(私が、その手を掴まなくてはいけなかったのだ)
だから、あの子は─────────。
────────────────────
「ゾフィー兄ちゃん、ゾフィー兄ちゃん!」
ぺちぺちと頬を叩かれる。
「おきて、おきてゾフィー兄ちゃん」
あの子の声だ。
ゾフィーは目を覚ます。
(また、眠ってしまっていたのか)
ゾフィーは横たわっていた身体を起こした。
辺りは数日前から変わらない薄暗がり。
隣には、『あの子』とそっくりな子供。
「ゾフィー兄ちゃん、大丈夫?」
「…ああ、大丈夫だよ。」
疲労のためにいつの間にか倒れて眠ってしまっていたらしい。
目の前に差し出される手を払い除け、子供の手を引こうとする手を叩き落とし続けてもうどれだけ経ったのか分からない。
しかし、自分はどれだけ眠っていたのだろう?
「私が眠っている間、何も無かったか。怖いことをされたりしなかったかい」
子供の前にしゃがんでそう聞くと、子供は頷いた。
「お兄さんが二人来て、助けてくれたよ」
「"お兄さん"?」
ゾフィーは周りを見回す。
辺りは来た時と同じように薄暗く静まり返っている。
子供が言っていた「お兄さん」の姿は見当たらなかった。
「…その人たちは、どこに?」
そう聞けば、子供は首を傾げた。
「…ゾフィー兄ちゃんが起きたら、いなくなっちゃった」
自分でも分からない、とでも言いたげなその声を聞いてゾフィーはふむ、と声を上げた。
何者かが自分が戦闘不能に陥っていた際に助けてくれたようだが、それがどこの誰なのか、どこに行ったのかが分からなければ礼の言いようもない。
そう考えていた時。
夜空に花火が上がるように暗闇の中を光が走る。
「あれは──!」
ウルトラサインだ。
先程離れた地点でヒカリとメビウスが打ち上げたもの。
ゾフィーはそのサインを見上げ、子供をマントに包んで抱き上げる。
「…向こうに仲間がいる」
「ゾフィー兄ちゃんのなかま?」
「ああ、そうだ」
ゾフィーはウルトラサインが飛んできた方向を見据える。
視線の先は未だに闇に覆われていて、何も見えない。
それでも。
ゾフィーは足に力を込める。
そのまま地面を蹴って飛び立った。
その背を押すように追い風が吹く。
普段よりも早いスピードで飛べているような気がした。
ゾフィーの背を押していた風がゾフィーの頬を撫でるようにして通り過ぎていく。
やがて、ゾフィーの目に光が見えた。
─────────────────
突風が吹く。
コスモス、メビウス、ヒカリは咄嗟に腕を自分の前に交差させて自身を庇った。
自分達の周りに押し寄せていた影が霧散していく。
その後。
「メビウス!ヒカリ!」
頭上から降ってきた声に三人は顔を上げる。
ゆっくりとその声の主が三人の前へと降り立つ。
「…ゾフィー!」
ヒカリが名を呼んだ。
確かめるまでもなく分かった。
赤いマントにその体を包んだ子供を腕に抱え、立ち上がったその姿は、紛れもなく宇宙警備隊隊長、ゾフィーだった。
「ゾフィー兄さん、無事だったんですね!その子は…?」
メビウスが駆け寄る。
「ああ。…来てくれたんだな、助かった。この子はここで保護した子だ。敵では無い」
そう答えながら、ゾフィーはメビウスとヒカリの後ろにいた存在に目を止める。
「…君は」
そう問いかけると、彼はゆっくりと自身の胸に手を当てた。
「…私は、ウルトラマンコスモス」
穏やかな声だ。
先程の戦闘の疲れなど微塵も感じさせない。
「…そうか、君が、『慈愛の戦士』…」
そう呟くと、コスモスが一瞬困ったような顔をするのが見えた。
「またか」と言っているようでもあり、何か迷うような表情にも見える。
今回のそのコスモスの表情はメビウス以外の者─ヒカリ、ゾフィーも目にした。
しかし、その事を気にしている余裕はなかった。
一度霧散した影が再び集まり始める。
ゾフィーに抱えられている子供がひ、と悲鳴を上げたのが聞こえた。
「まだいるのか…!」
ヒカリがナイトブレードを構える。
それを制してコスモスが前に進み出た。
左手を脇へ引く。
右手が高く天へと突き上げられる。
赤い光がコスモスを包んだ。
コスモスの体が青から赤へと変わっていく。
両手が広げられ、前へと突き出される。
その両手に、太陽と見紛う程の強い光が現れる。
その横顔をメビウスは見つめる。
彼が、メビウスの知る『コスモス』なのかは分からない。
ただ、目の前にいる『コスモス』は、紛れもなく光を抱く存在だと。
そう思えた。
コスモスが足を踏み出す。
轟音と共に強いエネルギーが闇を駆け抜ける。
激しい光と熱が目の前の影を焼き尽くしていった。
全ての影が霧散した後にぽつんと、一つだけ影が残される。
「あれが元凶だ」
影を手で示してコスモスが言う。
それを聞いた途端、ゾフィーは即座に走り出していた。
走りながら腕を構える。
M87光線。
空を切り裂いて飛ぶその光は、過たずその影へ命中する。
悲鳴のような甲高い音を響かせながら、その影は爆発四散した。
それと同時に、五人がいる空間そのものが激しく揺れ始める。
「夢の世界が、崩壊する…!」
焦りが滲んだヒカリの声が響いた。
コスモスが赤い姿から元の青い姿へと変わり、両手を広げる。
その手から溢れ出した光に包まれ、メビウスとヒカリ、ゾフィーはやがて意識が遠くなっていった。
─────────────────
「────…!」
自分の傍で誰かが叫んでいる気がする。
頼む、もう少し寝かせてくれ。
戦い通しで全く休めていないんだ。
「─────…!─────!」
話なら後で聞くから頼むから今は寝かせてくれ。
起き上がるのもだるい。
指一本動かす気力がないのだ。
それくらい疲れているんだ。
そう思っているのに、身体が揺さぶられる。
ああ、わかったわかった。
起きるから、そんなに揺すぶらないでくれ。
困ったな。
ああ、仕方ない。
そう思いながら、ゾフィーはゆっくりと。
目を開けた。
「ゾフィー兄さん!」
兄弟達が自分を取り囲んでいる。
その顔の近さにゾフィーは驚いた。
「なんだ…どうしたんだ?何故みんな、ここに」
全く訳が分からないという顔でゾフィーが呟くと、兄弟達が深いため息と共にへたり込むのが見えた。
「はああ〜…良かったあ…」
「ようやく起きてくれた…」
もう二度と起きないのではないか、と思った、などと言いながら安堵したようにいう兄弟達に首を傾げながらゾフィーは身体を起こす。
「待て待て、一体何の話なんだ、誰か始めから説明してくれ」
眠いのを起こされてただでさえ不服なのだ。
納得出来る理由がなくては起こされ損だ。
そう思っていれば、部屋のドアが開いてメビウスとヒカリ、コスモスが入ってくるのが見えた。
「ああゾフィー兄さん、起きたんですね!」
良かった、と嬉しそうに言うメビウスにゾフィーは思わず不服そうな声を上げてしまった。
「…起きたんじゃない、起こされたんだ」
せっかくよく眠っていたところだったのに、と呟けば、ヒカリが苦笑するのと、コスモスが「ああ、起こしてしまったのか」と言ったのが同時だった。
「気にしなくていいと言ったのに」
余程あなたが心配だったのだな、とウルトラマンやセブン達を見回して言ったコスモスを見たあと、ゾフィーはヒカリに目を向けた。
「ヒカリ、一体どういう事なのか説明を命じる」
「分かりました、『ゾフィー兄さん』」
くく、と肩を震わせて笑った後、ヒカリは簡単な状況の説明を始めた。
ゾフィーが体験した、『謎の存在に夢に招き入れられる』という事件は、コスモス、メビウス、ヒカリの夢の世界への突入、ゾフィーとの合流後、『元凶』の撃破で収束した事。
その後、ゾフィーが夢の世界で保護した子供を含め、五人が無事現実世界に帰還できたこと。
しかしその後、夢の世界での疲労のためか、ゾフィーが夢の世界からの帰還後約1日間眠ったままだった事。
「コスモスは『疲れて眠っているのと変わらないから気にしなくていい』と言ったんだが…流石に丸一日眠っていたわけだからな。兄さんたちも心配だったんだろう」
ヒカリの言葉にゾフィーは兄弟達を見回す。
「…それほど長く眠ってしまっていたのか。心配をかけてすまなかった」
その言葉にエースが首を振る。
「無事に戻られて良かった、ゾフィー兄さん」
「本当に心配したんですよ!」
エースの後ろからそういうタロウに思わず笑いが漏れる。
その後ハッとしたゾフィーはコスモス達へと目を向けた。
「『あの子』は…?」
夢の世界で保護した子供だ。
そしてゾフィーに助けを求めてきた子供。
「その子なら、ここに」
コスモスが胸の前で両手を水平に重ね合わせるような形を作る。
その手の間にちかりと光が灯った。
拳大の大きさになったその光を手に乗せ、コスモスがゾフィーの方へと差し出した。
ゆらゆらと揺らめきながら飛んでくる光を抱き留めるようにゾフィーが両腕を差し出すと、その光は少しずつ大きくなり、やがて小さな子どもの姿になってゾフィーの腕に収まった。
夢で見た姿の年齢よりだいぶ小さい。
赤ん坊のようだった。
大きな円な目をきょとん、と瞬かせ、ゾフィーを見ている。
「その子は?」
「ウルトラ族の子…ですか?」
ジャックとエースがその子供を覗き込む。
「この子は実体を持たない精神生命体だ。敵である別種の精神生命体に追われ、ゾフィーの夢の中へと逃げ込んだのだろう」
コスモスがゾフィーの近くに来て、子供の頭を撫でる。
頭を撫でられた子供はきゃっきゃと声を上げて喜んだ。
「私の夢の中に?」
「そうだ。…この子は君の夢の中に逃げ込んだものの、敵に追いつかれた。しかし夢の中に逃げ込んだ以上、君が起きていては夢の世界から外に出ることは出来ない。そのため、ゾフィー自身に夢の世界へ来てもらうために助けを求めた。恐らくは、ゾフィーのよく知る存在の姿となって」
その説明を聞いてゾフィーはなるほど、と思った。
最初にゾフィーに手を貸してくれと現れたのは、昔作戦で喪った部下だった。
その後現れたのは大戦で喪った父。
そして、大戦の戦火で失われた、『あの子』。
ゾフィーは腕の中にいる子供を見つめた。
「おー、ぃー、ぉー、いー!」
ぷっくりした小さな手足をぱたぱたさせて子供がそんな声を上げる。
「随分元気な子供だな。『おい、おい』って呼びかけてくるぞ」
宇宙警備隊隊長に向かってそんな横柄な言葉遣いをするとは将来は大物だな、と腕を組むセブンにコスモスが小さく笑い声を漏らす。
「……『ゾフィー』、と呼びたいようだ」
小さいから上手く呼べないのだろう、とコスモスが言う。
「しかし、なんでこんな小さな姿に?夢で会った時はもう少し大きい子供だったのに」
メビウスが不思議そうな顔でコスモスに聞く。
「夢の世界にいた時は、ゾフィーの記憶に居た存在の姿を借りていたからあの姿だったのだろう。今の姿は、本来得ることがない肉体をゾフィーや私達の光と、イメージから得て受肉したものだ。これがこの子の本当の姿なのだろう」
柔らかく子供の頭を撫でてやりながらコスモスが答える。
ゾフィーもそのふっくらとした頬をそっと撫でてやる。
その度に子供は蕩けるような笑みを浮かべて嬉しそうに手足を動かした。
─────────────────
ゾフィーは、夢を見ない。
以前はそうだった。
今のゾフィーは夢を見る。
あの時夢の中で助けた子供が。
今は、この光の国で弾けるような笑みを浮かべて走り回っているその子が。
怖い事も、悲しい事も、寂しい思いをする事もないように生きて欲しいと。
そんなふうに生きられる世界を自分たちがいつか作ると。
そんな。
夢を見ている。