マナー違反は時間を守るサテツの兄ィは忙しい。
街の平穏やギルドでの規則、加えて俺と交わした約束など、守らなければならないものがたくさんあるからだ。
だからまぁ、こんな事態もたまには起こる。
「ごめんねマナー君、折角のデートなのにこんな形で…」
「デートしながら仕事なんてなかなかのマナー違反ですね兄ィっ!!」
「俺から提案したとはいえそんな言い方なくない?」
夏祭りのパトロールと俺とのデートがダブってしまった兄ィが、ごねる俺に出してきた折衷案がこれだ。
夜の神社をデートしながらのパトロール。
ギルドから許可はもらったし、ニ時間後には絶対交代するから!!とのことだが、そもそも役割自体を誰かに代わってもらうとか、そういう発想はなかったのだろうか?
退治人は数あれど、俺の恋人は兄ィだけなのに。
でもきっと真面目なこの人の事だから、時間もきっちり守ってくれるだろうと最後は折れてしまった。
惚れた弱みとかではないけれど、全く吸血鬼マナー違反様も舐められたもんだぜ。
「焼きとうもろこし奢ってくれたらそんな言い方しなくもないぜ」
「あ、俺も食べたい。向こうにあったよね、行こう」
「切り替え早過ぎ〜〜あとそっちじゃない〜〜」
うーんしかし、今夜はいつものマナー違反は無理そうだ。
少し先を行く兄ィの背中を見上げる。あちこちから漂ってくる食べ物の匂いと夏の闇夜に、この恋人は拐われてしまいかねない。
ちゃんと仕事と俺の浴衣姿に集中してもらわないと。
この後花火もするんだから。
ニ時間後にはちゃんと俺だけの兄ィになるんだから。
だから、
「こっちですよ」
暗闇に足を向けた兄ィの手を掴む。
視界の端で、黒い何かがスルリと逃げていくのが見えたが、逃げるのならばどうでもいい。
ハッとした兄ィが気不味そうに振り向いた。
「あれ?ごめん、ちょっとボーっとしてたみたい…屋台、向こうだね」
俺の手をギュッと握りなおすと、今度こそ醤油が焦げる香り目掛けて真っ直ぐ歩みを進める。
全く、吸血鬼マナー違反様も舐められたもんだぜ。
はぁ、と静かにため息をついて、そっと背後の闇夜を見遣る。
あぁ本当に、サテツの兄ィは忙しい。
街の平穏やギルドでの規則、加えて俺と交わした約束など、守らなければならないものがたくさんあるからだ。
だから俺は、共に過ごす時間を絶対に守る。
「失せろ」
俺の目でも見通せない程の暗がりへ消えた、不気味な影にそう告げて、俺は愛しい人と共に祭り囃子の中に戻った。