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    poskonpnr

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    ユリデュ/デュユリ ネタバレ注意 CP表記は検索除け

     ユーリが下町に戻って久しい。本来であればすぐにでも旅を再開する予定であったが、あてのない旅をするには先立つものがなく、ひとまずは働いて金策しようというところ。町の外が騒がしければ運動がてら魔物を狩り、穏やかであれば酒場「箒星」を手伝う。
     今日は早いうちに辺りの魔物は狩り尽くしてしまったので、酒場で働き始める前に真っ昼間から1杯やり、女将に尻をぶっ叩かれてゴミ捨てへと放り出された。
    「オレぁゴミを捨ててこいって言われたわけだから、無視したっていいわけだよな」
    「……そう言うな、後生だから。死にかけなんだ」
     ゴミを捨てるといっても、一旦は店の裏にまとめておいて、決まった曜日に業者が回収にくるという段取りである。このため、ユーリが外を歩くのはほんの数分で済むはずであった。しかし辺りがえらく賑やかだったので通りへ顔を覗かせてみると、やはりというべきかそこには人だかりができていた。なんだどうしたと若い主婦に聞けば、凄まじい美青年が行き倒れていると。この際美青年であるかどうかはどうでもいいはずなのだが、敢えて言うとはそういうことである。興味半分でユーリが人だかりを抜けた先、腹を押さえてうずくまっていたのがデュークであった。
     元々そよ風に吹かれただけで倒れてしまいそうな痩身であったが、その細さはいっそう極まっている。「ほっとけない病」のユーリがデュークのその身体を支えて立たせるのには何の苦労もなかった。
    女将にとりあえず男を家に上げることを伝え、デュークの身体を引きずるようにして建物の外の階段を上がる。かつて、ザウデ不落宮から落ちたときにここへユーリを運んだのは他でもないデュークであったのに、今はすっかり逆の立場である。小さなシングルベッドにデュークを寝かせ、そのやたら大きなブーツを脱がせながらユーリは尋ねた。
    「何してたんだよ」
    「……生きる理由がなくなったので、とりあえず放浪していた……」
    「いや、その後。そこの通りでぶっ倒れるまでの経緯だよ」
    「……ハルルの街に寄っていて……気のいい宿屋の店主が、おにぎりを持たせてくれたんだ」
    「ああ、あの人」
    「それで、ここへ来る道中に食べたんだが、もう気候も暖かいし、傷んでいたみたいで……」
    「食あたり起こして瀕死と。腹は?」
    「ひとしきり吐いたからもう大丈夫だろう」
     この神がかりの男でも吐くことがあるのかとユーリは考えつつ、ドアのノックに応じる。デュークは一度ユーリの部屋へ訪れたことがあるが、その際女将とは顔を合わせていないらしい。「親御さんに連絡できるかしらねえ」と明らかにデュークを子どもと認識している女将から、濡れ布巾と食事を預かる。
    「着替えるか?」
    「……お言葉に甘えよう」
     デュークがあの小難しい衣装に手をかけたのを見届けてから、ユーリは自室のチェストを開ける。物を多く持たない方なので、寝間着として渡せそうな服がどうにか一式あるのみであった。ユーリが今晩着る服はまだ外へ干してある。
    顔を上げるとデュークはようやく上着を脱いだところで、首元にフリルの施されたブラウスがまだ残っている。デュークはジッとユーリを見つめ、その長髪を右肩に流してから黙って背を向けた。見れば、ブラウスのうなじより少し下あたりにボタンがついている。これを外さないと脱げないので、外せ。デュークが言いたいのはそういうことらしかった。一人のときどうしてんだよ、とユーリは言いかけたが、大方ボタンを外すのに四苦八苦しているのを見られたくないだけで、普段は自分でどうにでもしているのだろう。片手でぷちんぷちんと外してやると、薄い背中があらわになる。あまりに白く、あまりに肩甲骨が浮いているので、ユーリにしてみれば空恐ろしくも感じられた。
     そこまでがデュークの限界であったようで、しおれるようにベッドに両手を突いた。栄養失調だろうか、どうやら身体を起こしているだけでもつらいらしい。ユーリはデュークの向かいに腰掛け、ブラウスを脱ぐのを手伝おうとする。が、あんまり頭がふらふら揺れまわるのでデュークの額を肩のあたりに置かせてやり、そうしてから袖を抜く。デュークのはあ、ふう、という実に頼りない呼吸がユーリの胸板を掠めた。
    「……人間というのは実に煩わしい」
    向かって右側の袖を抜いてやり、今度は左に取り掛かる。
    「腹いたくなるから?」
    「……そうだ」
     ユーリはふざけて言ったつもりだが、デュークは至って真剣な声音で返した。それならこちらも、とユーリは続ける。
    「それで宙の戒典持ち出したんかよ」
    「そうかもしれない」
    「結局オレなんかに保護されてるようじゃあ世話ねえな」
     幸い、貸すつもりの寝間着は前開きのものであったので、また右腕、左腕と袖を通していく。デュークがずるずると前へ体重をかける度、ユーリはその身体を慎重に起こしてやった。着替えるだけで15分も使い、ようやく濡れ布巾を渡す。デュークはまず口元を拭い、折り返して首元へ当てた。冷や汗でさぞ不快であったろうと容易に想像できた。それを横目にユーリはトレーを膝へ乗せる。
    「食えるか」
    「…………」
    「別に、無理ならいい。オレ腹減ってるから食っていいか」
    「ああ」
     女将は今日のディナーで出すつもりのミネストローネを分けてくれたようだ。空腹のユーリにとっては物足りないが、病人に食べさせるには具沢山すぎる。ユーリはベッドに掛けたまま、背後でデュークが寝そべる布擦れの音を聞いてトマトを口に運んだ。
     デューク。不思議な男である。人間に失望したかと思えばユーリたちに味方して、かと思えばやはり人間など不要と言い出しユーリたちの前に立ちはだかった。人やテルカ・リュミレースに対する期待と不安が波のように打ち寄せては引く、そんな状態だったのではないかとユーリは想像する。
     その波は期待という大津波に呑まれた。未知に対する不確定の希望。デュークからすれば、ユーリたちはやはり愚かに見えただろう。あのとき手を貸したのも、きっとタルカロンに至るまでのやりとりがあったからであり、やはりデュークの根幹の考えは変わっていないだろうと思う。あれは間違いではなかった。少々過激、そして悲観的すぎただけで、デュークやエルシフルの受けてきた苦痛を思えば、然るべき思想なのである。
     ユーリが振り返るとデュークはすぐそれに気付き、パッと目を合わせた。
    「……眠いなら寝ていいんだぜ、オレこれ食ったら酒場降りっから。アルバイトしてんだ」
    「……そうか」
    「はは、なんだぁ? 寂しいのか?」
     カロルに言うようなからかい口調で返すと、デュークはゆっくりと瞼を閉じた。ユーリに背を向けて寝返りを打つ。
    「……エルシフルは、これを、人の心の取り交わしを、守りたかったのかもしれない」
     それはタルカロンで呟いたあれのことじゃあないのかとユーリは勘付き、そして同時に、デュークが今日のことを如何ように捉えているのかすっかり理解してしまった。

     無事に夜の間に洗濯物は乾いた。紅の豪奢なブラウスは今日も鎧の下で主人の身体を守る。体調を思えばもう少し休んでいくべきなのだろうが、ユーリは引き止めるようなことは何も言わなかった。ひとところに留まるデュークはなんだか似合わないような気がしたのである。
    「なあ」
     ユーリが2階の自室の窓から呼びかけると、デュークは陽光に目を細めて見上げた。
    「なんだ」
    「下町にいたの、なんでだよ」
     聞かなくてよかったかもしれない。いちいちこういうことを確認しようとするのは非常に野暮なことのように思われたからだ。それでも昨日、寝しなのあんな一言を聞いておいて、その上放っておくことがユーリにはどうしてもできなかった。人類滅亡まで目論んだ男が実際のところどう思っているのか、気になって仕方がなかったのである。
     デュークは「ふん」と文句ありげに息を漏らし、少し声を張った。
    「またな、と言ったのは貴様だ」
     ユーリの反応を待たず、デュークはスタスタと歩き始めてしまう。早朝の下町にはヒールの音がよく響く。ユーリは自分のまぶたがぎゅっと細められるのを自覚しながら、大きく息を吸い込んだ。
    「デューク!」
     旅に出よう。目的は要らない。とにかく何か、何でもいい。自分の知らないこと、素敵なこと、すべてを見尽くしたい。
    「またな!」
     グローブに覆われた手がひらひら揺れる。
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