皇族でも何でもないので嫌ならサクッと断ればいいのに、フレンは縁談があるたびに辞退する理由をウンウン捻出する。フレンの人生に口出しをしようなんて気はオレにはさらさらねえけど、流石に横で見ていて思うところはあった。
「自意識過剰なんだよ。お前にとって、どの縁談もたくさん来るうちの一つじゃねえか。向こうさんも同じなの想像つくだろ」
「じゃあユーリ、自分の身に起きたらって考えてみなよ! 顔写真も個人情報も開示した上で、会いもせず断られるなんて心象悪いだろう!」
「ハイ出た、それ単に自分が悪者みたくなりたくないだけだって!」
「なんだその言い方は! 君と違って僕は肩書きと一緒に名前が知れてるんだよ、下手な振る舞いはできないんだ!」
肩書きがどうのこうの言う割に、騎士団長様であるフレンは気軽に下町をぶらつく。ただ、こいつは所謂美丈夫なのでダングレストではえらいきゃあきゃあ言われていたが、フレンを知らないものはいない──そんな下町では見慣れた青年のうちの一人に過ぎない。その気楽さがフレンを度々こういう軽率な行動に走らせるのだと思う。
そこかしこで大人が酒を酌み交わすこの時間、かつて水道魔導器のあった辺りはかえって静かだった。今は人の手でどうにか水路を引いてきて、魔核の輝きはなくとも滾々と水を恵む。魔導器の残骸を眺めながら、オレとフレンは階段に掛けて夜風に吹かれていた。それにしても屋外でこの話題はどうかと思うが、別に「見合いを断る」という結果は変わらないので大して気にすることもないだろう。
「どうせ、美人で仕事に理解があって家事に専念してくれて胸でけえなんて女、そうそう見つかんねえんだから居ればとっとと承けちまえばいいだろ」
「最後のは余計だ。……じゃなくて、そもそも僕は今のところ結婚願望がない。周りがいつの間にか盛り上がってるだけなんだ」
「……あ、そうなん?」
フレンは一旦会話を切るようにポテトをつまんだ。オレがさっき「箒星」の台所を勝手に借りて作ったものだ。衣は厚め、塩は気持ち多めの不健康で旨いやつ。
「だって、僕が家庭を持ったとしても、騎士団長であることは変わらないんだ。国民を守るという名目で家庭内の役割を疎かにしてしまうことは目に見えてるんだよ……」
フレンに限ってそんなことあるかね。恐らくこれはオレでなくとも、凛々の明星の奴らだって同じことを考えるだろう。ただ、騎士団長としての自分・夫や父としての自分をどちらも全うしようと努力しすぎて潰れる気もする。「家庭内の役割を疎かにしてしまう」という、居もしない家族を慮った発言は丁度いい証拠だった。
「そういうユーリは?」
「オレが結婚したら気味悪りぃだろ」
「ああ、気味悪すぎて天変地異の前触れかと思うだろうな」
何とも思ってはいないが、悪態をつかれたので反射でチョップを繰り出す。フレンは白刃取りをしそこなってモロに食らった。
──大人になるまでずいぶん早かった。騎士団に入って以降は特に早かった。常に目の前に問題が転がり、常に自分の身の振り方を問われる。普通に生きる、その最終地点はずっと見えていて揺るがなかったはずなのに、いつも何かが背丈より高く立ちふさがる。それを避けて避けて、時に壊して、いつの間にかこんなことを考える歳になった。
「ま、急ぐような話でもねえだろ。今ぐらいだぜ? こんな悠長に遊んでられんの──」
フレンの頭に刺した手刀を引きかけて、オレは動きを止めた。なぜなら、やたらフレンが目を合わせてくる。座高なんてほとんど同じのくせに、やたら上目遣いで。何やら妙な空気になったぞと身を引こうとすれば、今度は腕を掴まれた。
「は?」
絵に描いたような健康優良児のフレンは、握力も体格に恥じぬそれだった。分厚い柔らかい手のひらがみちみちとオレの手首を圧迫し、だんだん指先が冷たくなってくる。オイ離せよ、とようやく文句を言えば、フレンは投げるようにオレの手を開放した。
「何だよ」
じんわり体温を取り戻しつつある手首をプラプラさせる。フレンは少々ばつの悪そうな顔をしながらようやく返事を寄越した。
「……腹が立つけど、僕は君の前ではただの……気の利かない、口の悪いフレン・シーフォでいられる」
「……いや、は?」
これがポジティブな意味合いを含んでいることは、その拗ねたような言い方からもよく伝わった。フレンは騎士団長うんぬん以前に、どれぐらい自分がちゃんとしているかというところを人並み以上に気にする節がある。騎士団に入ってすぐの頃は親父のこともあったろうが、そのことを多少なり割り切れてからも、人に迷惑をかけてはいけないとか、きちんとしていなければならないとか、とにかく「したい」ではなく「ねばならぬ」が先行しがちの男だ。やはり「ただの」フレン・シーフォであってもそうした気にしいの部分は完全には拭えていないが、確かにフレンはオレ相手ならざっくばらんな付き合い方をする。
「ずっと考えてたんだ。別に生涯独身を貫くのは一向にかまわない。寧ろ、大事なものが増えすぎるとどれかを取りこぼしてしまうだろうから、一人でいるのが一番いいんだと思う。でも、あの……独身は独身でも、その」
珍しく煮え切らない態度にこっちの居心地が悪くなる。つい辺りを見回して──誰か通りすがりがいれば、それを理由に話を切り上げられると思った──見事に誰も見当たらず、オレはフレンのやたらモジモジしているのを隣で耐えているほかない。諦めて視線だけは逸らすと、息の多い独特の声が小さく呟いた。
「僕は、ユーリといるときの自分が、割と好きなんだ」
こんな歳になって。
きっとそれは、フレンが多くのしがらみの中で抱えてしまった頑なさを、ようやく、少しずつ、手放し始めたからだと思う。フレン自身の変化だと思う。しかしそれはそれとして、オレのだらしなさにああだこうだ小言を言うフレンの、些細な口調の変化。他の相手と話すよりいくらか低い声。
「ナルシスト」
「こいつっ……」
ぼす、と肩を殴られるが応じない。
「お前の生き方なんざかまやしねえよ。勝手にしろ」
今この話をしてきたということは、そういうことである。フレンはまだ子どもで居続ける。モラトリアムを諦めない。
「ユーリも勝手にしろよ」
「当たり前だ」
とはいえ、オレに結婚願望はない。ギルドの立ち上げに関わったのもカロルの発案に乗っかっただけで、誰かと生きるための適性というのはゼロに近い。凛々の明星は規律ありきで偶然まとまった個人主義の集合体で、その程度に差はあれど、みんな似た者同士だから居心地が良かった。
勝手、というのは自分で決める、ということだ。フレンのさっきの発言が具体的に何を指すのかを確認するつもりはないが、とりあえず結婚の目処も希望もなく、オレと一緒にいることには肯定的らしい。フレンが会うというのなら、オレは応じる。勝手にフレンと一緒にいる。それがどういう意味をどの程度孕むのか、いまいち分からない。ただ、敢えてこれを宣言してきたこと自体はよくよく覚えておくべきことのような気がしていて、道を違え続け、真逆で、あいつが正しいならオレは誤っている、そういう前提を踏み越えて、フレンがオレと一緒にいる自分を好いていると言うのなら、オレはそれをやめさせたくない。