カニバリズム/鋭百「カニバリズムって、あるじゃない」
「……物騒だな」
百々人は天気の話題を出すような気軽さでその言葉を口にした。ミステリを読んでるわけでも、サイコホラー映画を見ているわけでもない。打ち合わせ待ちの会議室、秀とプロデューサー待ちの僅かな時間に、はたして持ち出す話題だろうか。
「両方とも合意だとしたらさ、食べ終わった時に残るのは幸せなのかな」
「……どんな状況かによるだろう。と言うよりも」
百々人の瞳は澄んでいて、しかしその奥を見透かすことは出来ない。底なし沼に足を落としたような浮遊感が胸を襲う。
「そういった行為に、興味あるのか」
「ううん、ただなんとなく」
彼の手元には、時かけの数学の宿題が広がっていた。わからない、というよりは、飽きたのだろう。数学を解くのに飽きて、手持ち無沙汰で、考えることがカニバリズムとは。カニバリズム――人間が人間を喰らう行為。
1592