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    文食満チャレンジ007
    別れ際、少し恥ずかしそうに手を握られ、震える声で「愛してる」と言われて、思わず素直になってしまう綾の文食満。
    というお題でした。

    青葉雨その日は二人一組の実習だった。
    お題である『仲睦まじい恋人同士』を演じる組み合わせを、前もって恒例のくじ引きで決めたのだが、よりにもよって俺と文次郎が組むことになり。
    『二人が喧嘩して実習が台無しになるならまだしも、他のペアまで巻き込まれてはたまらん』と、俺たちを狙い撃ちした特別ルールが設けられた。

    一、不合格者は成績が一番のペアにご飯を奢る。(ケンカした時用)
    二、雨が降ったら問答無用で文次郎と俺が不合格で補習決定。(意気投合した時用)

    一はともかく、二はなんだ。
    俺たちの意見が合わずとも雨が降る時くらい普通にあるのを知っていての、理不尽極まりない縛りの中。

    俺たちは、頑張ったんだ。
    喧嘩もせず、意気投合もせず。
    あくまで表面上は穏やかに、仲睦まじく見えるように。
    ソレだけを考えて一日頑張ってきたのに。

    「文次朗…サン?」

    あとは学園に戻るだけで、すでに鐘楼は見えていて、こんなところで演じて見せる相手なんか居ないのに。
    なんでお前は、さも愛しい人の手を取ったような風情で、俺の手を握りしめて「アイシテル」なんて言いだしたんだよ!!

    どうしていいかわからないでいると、雨の匂いが鼻をくすぐった。
    なんでだ? 文次郎も俺と同じように戸惑ってるとでも?

    「留子!…ぁ…アイシテル」
    「…文次郎さん」

    怒鳴れば原点。今日一日の努力は消し飛ぶ。
    しかたないので嬉しそうな顔で笑ってやれば、文次郎は少し安心した顔になったから、抱きつくように身体を寄せて、口元が見えないようにして矢羽根を飛ばす

    『課題か?』
    『男専用のな。お前の方は?』
    『無いよ』

    お前!ギリギリまで課題引っ張ってんなよ!あぶねえな!!
    そういうのは町中でやれよ!

    『返事』
    『なんの?』
    『アイシテルの。なんでもいい』
    『さっき笑って、今抱きついてやってんだろ』
    『却下』
    『なんでだよ』
    『報告しにくい』
    「ぅぐ…」

    骨が軋むくらいに抱き締められた。
    傍目に見れば情熱的に見えるのかもしれないが、実際には声も出せないくらいに苦しい。

    『力を緩めろバカ』
    『返事』

    頭にきて力いっぱい抱き締め返してやるが、体制が悪くてさほど締められない。

    「も…んじろ…さ…」

    苦しすぎて声も出ないのに、どうやってわかりやすい答えを返せと言うのか。
    締め返せはしないが、頸動脈は余裕で狙えるんだぞコノヤロウ。

    「とめこ……後生だ」

    文次郎の肩越しに周囲を見回せば、木の上に試験監督の先生を見つけた。
    ついでに赤くなってる文次郎の耳も。

    「わたしも、よ」

    声になりきらなかった吐息を文次郎の耳に直接吹き込み、耳朶に歯を立てる

    「っ!!」

    驚いて俺を引っ剥がした文次郎の顔は、真っ赤になっていた
    精々報告内容に悩め。バカもんじが!

    「…早く帰りましょう?」

    魚みたいに口をパクパクしてる文次郎に、笑顔で手を差し出せば、力いっぱいに掴まれる。

    『あれで合格か?』
    『ああ』

    顔はあくまでも幸せそうに。でも、矢羽根は攻撃的に、ついでに繋いだ手は力比べ中だ。
    文次郎の腕に抱きつき、腰を抱き寄せられる。
    ここまでしても雨の気配はない。このまま行けば大方の予想を裏切れるはずだ。








    「潮江文次郎、食満留三郎。実習無事終了だ」

    先生に報告も済んで、無事に実習終了。
    雨も降ってないし、これは上位に食い込めるんじゃないか?と笑う留三郎と二人で長屋へ向かう。

    女装がダメだと勝負にもならないと、仙蔵たちの厳しい指導のもと、かなりの美人に仕上がった留三郎と町へ出た。
    『ケンカしても意気投合しても、その場で最下位が決定する』という、分の悪い試験ではあったが、ケンカもダメだとされたのは、俺たちの自業自得ともいえる。
    せめてケンカだけはせずに一日を過ごそう。と二人で決めた昨晩はしっかり雨だった。
    結果として、今日一日案外悪くなくて。
    悪くなかったからこそ、男側だけに出された『愛してると言って、相手が喜んだら加点』という課題に躊躇した。加点でしかないのだから、やらなくても構わないのだ。
    そんな事を言っていつものようにケンカになってしまったら、加点どころか即座に失格で補修が決定してしまう。俺達には特別リスクが高い。
    なのに、帰り道の留三郎が俺と同じように今日一日を悪くないと思っているようだったから、つい口に出してしまったのだ。
    「留子」と呼べば、俺の意図を汲んでくれた留三郎は、自然に話に乗ってきてくれた。

    『課題か?』

    察しがよくて助かる。
    寄り添う体温と、嗅ぎなれない白粉に交じる留三郎自身の匂いに、慣れた感覚が身体の奥からせりあがってきた。これは、コイツと勝負をしている時の高揚感ととてもよく似ている。
    得物を探して本能的に動く指を握りしめ、

    『返事』

    課題のせいにして、留三郎を抱き締める事で衝動を抑えた。


    「…じろ……文次郎!」

    デカい声が鼓膜を震わせた衝撃に驚いて耳を塞ぐと、意趣返しに齧られた耳に、留三郎の歯の感触が蘇ってくる。

    「…ぁ」
    「どうしたボーッとして、…顔が赤いぞ?」

    成長期をむかえて成人男性のソレに変化しつつある、留三郎の細い指が額に触れた。
    ひんやりとして思いの外心地よい

    「熱あるけど、大丈夫か? このまま俺たちの部屋に来るか? 薬あるぞ?」
    「大丈夫だ」
    「おい!」
    「…なんだよ」

    留三郎を追い越し歩き出した俺の袖を掴まれる。何事かと振り返れば、さっきよりも心配そうな顔になっていた。

    「なんだよじゃねぇよ……そっちは俺たちの部屋。ここ曲がらないとお前の部屋を通り過ぎるぞって、さっきも言ったのに…」

    お前はどこへ何しに行く気だと心配そうに笑った顔に、何故か、胸が苦しくなる

    「留三郎…」
    「ん?」

    袖を掴んでいた留三郎の手をとらえて握りしめる

    「どうした?震えてるけど寒いのか? 薬やるからソレ飲んで、たまには大人しく布団で寝てろ」
    「愛してる」
    「は?……え?」『まだ終わってねぇの?』

    矢羽根で答えながら、慎重に辺りを見回す留三郎の頬に手を添えて
    首を横にふった

    「……好きだ」
    「もんじ…ろ?」

    まだ、離れがたい。この曲がり角で今日一日が終わるのが惜しい。という気持ちは、課題で「私もよ」と想いを返された時と、同じ温度をしていた。

    「留、三郎…」
    「なん…でだよ…」

    普段は口ほどに物を言うくらい真っすぐに睨みつけてくる留三郎の瞳は、
    今まで見たことも無いほどいろんな感情が揺れ動いていてまったくわからない。

    「俺にとっては悪くねえ一日だった…から。だな」

    手にしたぬくもりは離しがたいけど、今はまだ誰にも見られたくはない。

    「返事は…いつでもいい」

    声に混じった名残惜しさを笑いながら手を離すと、留三郎の頬を雫が流れ落ちた。

    「とめ……?」

    一瞬涙かと思ったが、俺の頬にも一滴。

    ぽつり。ぽつりと雨のしずくが落ちてくる

    優しくて、暖かな、不思議な雨だった

    「…これが、お前の返事か?」
    「そ、そんっ、そんなわけあるかっ」

    忍者の卵にあるまじき態度は、肯定しているも同然だと
    きっと当の本人もわかってる。
    ああ、そんな所を悪くないと…いや、好ましいと思うなんて。

    「伊作は後発組だったから、まだ帰ってこないな」
    「そう…だけど、だからなんだ」
    「お前の部屋に行く」
    「はああ??」
    「このまま雨に降られ続けたら衣装が傷むぞ?用具委員長」
    「それはずるいだろ!」

    留三郎の手を引いて歩く。
    この熱を掌に納めることを許された事に、不思議なくらい気分が高揚していた。

    「お前の声で、返事が聞きたいんだよ」
    「俺は返事をした覚えはねえ!」

    雨はどんどん強くなる。
    自分たち以外の気配が遠くなる。

    お前と過ごした一日を楽しく思えた今日
    雨も案外悪くない事を知った。




    後日、成績が発表された。
    雨が降ったのだから、俺たちが最下位だろうという6年全員の予想を裏切り、俺たちはトップの成績を納めた事を、追加で報告しておく。



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