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    @conishi524

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    現パロ
    地雷がある方は読まないでください。


    「熱帯魚ォ?」

    食われへんサカナなんてどないすんねん。

    オレはツネヅネそう思っており、カンショウヨウとか言うて、やれ水がどうの気温がどうのと魚類に振り回されとるヤツらをケイベツしとった。
    嗜みとして飼うにしても、自分で世話焼くコトないやん。
    オレかて実家の池には錦鯉がウヨウヨ泳いどったが、世話をするんは庭師の役目。カンショウヨウ言うんなら世話は使用人に任せて手前は鑑賞するのみの立場やないと、ソレただの飼育係やん。
    とか言うとンのに、目の前のクソ白髪は聞かん……。

    「ソーソー。オレの部下がさア、カノジョがメンヘラでノイローゼんなって、揃って自殺しちゃったンだよね~。オレんちネコ飼ってるし、直哉引き取ってよ」
    「トイレにでも流せば?」
    「人の心とかないんか?」

    チッ、自分だって、チョイ前やったらそうしてたクセに。
    何とかいうネコを飼いだしてから悟クンは変わってしもた。
    効率よりも優先するモンが増え、その結果こうやってオレにメンドイ絡み方をしてくる。あとメールの容量イッパイネコの写真を送ってくるから、最近はデータサイズ見て読まずに消しとる。

    「てかムリやろ。オレ出張多いし」
    「ダイジョーブダイジョーブ。グッピーってみィんな飼ってるじゃん?てコトは飼いやすいってコトじゃん?直哉みたいな倫理観終わってるニンゲンでもカンタンに飼えるって」
    「自分にだけは言われたないワ」

    オゴリのコーヒーを啜り、どうにか言いくるめて退席せんと、と思案していたが、悟クンはそんなオレの考えを読んだかのように次の手を打っていた。

    「てかさー、もう持ってってンだよね」
    「ハァ?車で来たンか?珍しい」
    「ウウン。伊地知に直哉ンちに持ってかせた。水槽のセッティングも指示してる」
    「!?」

    倫理観終わってンな!!

    「カギは!?」
    「コッソリ作った!イェイ!ピ~ス!よっしゃよっしゃワッショイ♪」
    「オイ~~~保護者ドコや~~~」

    ドコからかモーシワケナサソウなネコの鳴き声が聞こえた気がした。
    悟クンはノーテンキに追加のチョコレートケーキを頼んだが、オレはコーヒーも飲み切らず席を立つと、タクシーを拾って急ぎ自宅へ向かった。
    イジチ?ってどんなやっけ……。
    悟クンのオキニの下僕で、名前はよお聞くンやが、イマイチパッとせんな。確か悟クンの高校のコーハイ?ホナらオレかてセンパイやん!部屋のモンにチョットでも触っとったら殺したる。
    カスの貧乏人共とは違い、サカナの世話をするニンゲンをヒトリフタリ雇うくらいオレにとっちゃ大したコトやナイ。
    ナイが、一人暮らしのマンションに他人が勝手に出入りするンが耐えられんので今のトコロは使用人は雇っとらん。どーしてもってなったら、“オトモダチ”にチョットの間だけ“オネガイ”すれば、利口なオンナは快くオレのために尽くしてくれるから、雇う予定もナイ。
    ダッシュでローカを駆け部屋に飛び込む。
    玄関は、朝出たトキのマンマやった。革靴を脱ぎ捨て、リビングに向かう。ソチラも特に変わった様子はなく、ドウヤラ悟クンの下僕はマダ到着しとらんようやった。モシ玄関で物音がしたら、四肢を外してローカに転がしたる……。
    にしても、仕事の遅いヤツで助かったが、コレでヨオ悟クンの下僕が務まるな。こない使えんヤツ下に置いてイライラせんのか?
    ネクタイを解きながら寝室のトビラを開ける。

    「ギャッ!!」

    ベッドの対面のカベゾイに、見慣れぬシルバーラックとガラスケースがセッティングされとって、モォオと言う鈍いモーター音とチャパチャパ~言う水の音が部屋に響いとる。
    そしてソコにはユウユウ泳ぐ無数のこんまいサカナ、サカナ、サカナ…………。
    オレは血管がキレそうになりながら悟クンに電話をした。

    『モシモー、』
    「ざっ、けんなや!!今スグ取りに来させエ!!」
    『オッ早いねエ。さてはタクシー運転手に圧掛けてトバさせたンでしょ。ダメだよ~恫喝は。法定速度は守りなサイッ』
    「よりにもよって寝室に入りよって……!!殺したるからな、どーせソコにおるンやろ?電話代われやッ」

    悟クンが、代わる?と誰かに問いかけてるンが遠くで聞こえた。
    カオも思い出せんようなザコに、しかも悟クンの下僕に出し抜かれたコトが許せんくて、どうやって殺そうか、何通りモノ殺害・隠蔽方法を脳内で羅列していく。

    『あのね、代わりたくないって笑』
    「怒!!怒!!!!」
    『ワハハハ、キレてんなア!寝室にしたのは、リビングだと電源の配置上直射日光になる可能性が高かったからなんだってよ。ダイジョーブダイジョーブ!伊地知は下僕のプロだよ?指紋ヒトツ、髪の毛イッポン残してないし、ユカのホコリすら動かしてないから~!』

    ヒイイと花火の発射音のような悲鳴がウシロから聞こえ、ようやく思い出す。イジチ……真ン中ワケ、メガネの凡庸なオトコ。もう忘れんからな。次会うたトキ覚悟しとけよ。

    『まアオレだってサ、何もオマエ相手にオサカナチャン可愛がってあげてネ♡なんては思ってないワケよ。ポンプにしろ水温調節器にしろ、なるべく手が掛からないヨウにイイヤツ付けといたし、エサだって、自動給餌器だよ?エサすらあげなくてイイの!スゴくない?』
    「知るか。寝室にあないモン置かれた時点で不快指数マックス超えてんねんコッチは」
    『朝起きて一瞬、水槽や機械類の様子を見るだけでイイから!大量に死んでる~とかナイ限り、放っておいて。どーせ一年くらいで寿命だし』

    一年も生きるンか!?
    電話しとるヨコでムウウウとポンプのモーター音が聞こえてきてスデにオカシクなりそうや。もしかして悟クンの部下が死んだン、メンヘラのオンナやなくてコッチが原因なんやないのオ?
    コレを撤去させるンに今日再びイジチをこの部屋に立ち入らせんといかんのと、一年待って死体を下水に流し水槽を捨てるのと、ドッチがオレのストレス軽いか。悩むワ。
    もし前者を選んだバアイの悟クンからのウザ絡みは避けられん。今はチョード、仕事で頻繁に連絡を取り合っとる時期や。

    「………………コレ以上増えへんやろなア」
    『ソレがさア~!マダ生まれたてっぽくてオスメスわっかんないンだよねエ!!笑笑笑』
    「流すわ」

    三ヶ月ホド経てば、オスメスがハッキリする、ツマリ繁殖可能になるとのコトで、ソレマデは預かるという折衷案でまとまった。オレはキッチリ三ヶ月でコイツらをローカに放り出すと宣言し、電話を切った。

    「………………………………」

    チョロロロロロ、モォオオ…………

    自分で選んだ以外のモンがイエにあるってのは、オレにとっては多大なストレスとなるらしい。
    こん中で寝られる気せエヘン。今日は外泊しよかな。コレもゼッタイ悟クンに出させたるからな…………。















    視界は真っ暗やがオレは夜目が利くホーやから、天井のシーリングライトの輪郭を辿っている内に室内の様子も見え始める。
    聞き慣れん音にカオを傾けると、見慣れん置きモンが視界に入る。

    「………………………………ハァア~~…………」

    そやった。悟クンにサカナを押し付けられたんやった。
    枕元のスマホを点けるといつもドーリの起床時間。
    ヨオ考えたら何でオレがサカナゴトキに譲らなアカンねん、と思い当たり、昨夜は結局無理くりいつもドーリ過ごしたンやった。
    優秀ユエに、フツウに寝れてもたな。モーター音も水音も追ン出して、グッスリ。自分の才能が怖い。
    悟クンの言うトーリにするのは業腹やったケド、何匹か死んでるかもしれんしな、と電気を点け水槽に寄る。

    「……………………?」

    水槽には、昨日と同し、こんまいサカナが右往、左往、チョロチョロと泳いどる。
    タァダその密度が明らかに低く、昨日と比べると半分ホドやった。
    一晩で半分も死なすとか、やっぱあのイジチとか言うザコ、使えんな……。マ、オレにとっちゃツゴウがエエケドも。
    水槽内とは言え寝室にサカナの死骸なんぞ置いときたくないし、悟クンにイジチを寄こさせ引き取らせるか……。一晩でこんなけ死んだの知ったら、オレんちに置いとこいう気もなくなるやろ。
    水面をようく見る。死骸はない。
    軽すぎて、沈んどるんやろかとガラス越しに底を見さらっても見当たらん。今泳いどる数からしても、相当数が死んだハズやのに、死骸はドコ行ったんや。
    もしや死んだワケでなく水草に隠れとるんかと目を凝らすと、水中を細かいゴミが漂っていた。フンか何かかと思ったが、一辺大きなゴミが目の前を通り過ぎて、ソレがサカナのヒレやと言うコトがわかり謎が解ける。

    「ハア?同種で共喰いするんンか?ショーモナ……」

    数が半分になったのに死骸がないのは、喰うてまったから。
    こないキョウボウなサカナが飼いやすいって本気か?
    そんとき、自動給餌器が動いて紙吹雪のようにエサが撒かれる。サカナ共は我先に飛び出してヒッシでクチをパクパク開閉した。
    その様子にシラケていると、イキナリ目の前を大きな黒いカゲが横切る。

    「ハッ!?」

    悟クンは、このサカナはグッピー言うてた。ソレも、生まれて間もナイ稚魚。成魚でも三センチ、稚魚は五ミリ程度の大きさのハズや。
    こんまい稚魚に混ざってエサをつついとるコイツは何や……!?
    十センチはある体長に、ウマのような長く黒光りする尾ビレを合わせたら全長はゆうに十五センチを超えとる。ウロコはスミのような黒というワケでもなく濃紺に近いが、角度によっては紺藍の面を見せつけてくる。
    ツラガマエも、一般的なサカナと違い目が横広がりの楕円系でまるで寝起きのようなボンヤリした目つきをしておって、右方向に泳いだトキだけクチモトに一閃キズアトが確認出来た。

    「何や、このバカデカイサカナは」

    昨夜だって、一通り目を走らせたし、今サッキ何かはサカナの数が減っとってマジマジと水槽ン中を浚ったンや。こないデカイサカナを、オレが見つけられんかった言うンか!?
    パクパクと、落ちたエサを食べる中で、他のサカナがカオの周りをウロついて横取りされても追い払うでもなく漂う。
    そのトキ、デカイクチの開閉に巻き込まれたグッピーの稚魚がパクリと食べられるンを見た。
    もしかして、コイツが半分、食ったンか?
    しかし、飲み込まれたかのように見えたサカナは、また開閉に合わせてクチから飛び出してきた。
    まだ真相はわからんが、コイツが他のサカナを喰うて数を減らしてくれるンならオレにはソチラが都合がエエ。最後に残ったコイツを、アミで掬ってトイレに流せばエエだけやし。

    「オマエには期待しとるでデカブツ」

    オレは水槽を軽く弾き、そのサカナがポヤポヤとエサを食べるンをシバラク見とった。















    それからひと月が経った。
    オレの期待を裏切り、あの日からサカナの数が減るコトはなく、五ミリ程度の稚魚だったグッピーにも色柄が目立ち始めた。悟クンは三ヶ月言うてたが、ソロソロ雌雄を分けんと繁殖してまうんやないかと思いネットで調べる。
    オスのホーがカラダが小さい……出た、たまに畜生にいるこーゆうタイプ何なん?オンナより小さいオトコて、情けないにもホドがある。何のための仕様なん?あ~ニンゲンでヨカッタ。
    オスはメスより色鮮やか、背ビレ尾ビレが広い、尻ビレがサンカクやとメス、棒状に伸びてるとオス…………。

    「………………………………メスしかおらんくないか?」

    調べた特徴はドレもわかり易いモンで、シロートでさえ見間違えナド起こらんように思う。水槽内のサカナは全て、検索で出るメスの画像と同様の姿形をしとった。
    元々メスしかおらんかった?いや、オスメスの割合は大体イチ対イチとあるし、稚魚時点での雌雄の判別は出来んからソレもオカシイ。
    となると、思い当たるのはコイツらを押し付けられた翌朝の件。
    あのトキ喰われたのが全部オスやったとか…………。
    クロイサカナはグッピーとはちゃうが、グッピーの生殖器官に似た長い尻ビレ、ゴノポディウムと思わしきモンがあるから、多分、コイツがこの水槽で生き残ったユイイツのオスいうコトになる。
    稚魚が大きなりだいぶん狭くなった水槽を、あのクロイサカナがタイクツソーに泳いでる。メスがソレを追いかけて一斉にアッチに行ったりコッチに来たりするモンで、度々ぶつかり合っては諍いが起こる。まるでイッピキのオスを取り合ってるかのような行動は、十を過ぎてから見えてきた生家の異常性に似とった。
    メスしかおらんのやったら、増えるシンパイはナイか。
    クロイサカナはオスッポイが、明らかに品種ちゃうし、コレだけ体長が違うたら繁殖もクソもナイやろ。
    悟クンと約束した三ヶ月が過ぎたら、宣言ドーリローカに放り出しとこ。
    自動給餌器が動き水面にまたエサを撒く。相変わらずクロイサカナは、寝起きのヨウなツラで水底をチンタラツツイとった。















    視界は真っ暗やがオレは夜目が利くホーやから、天井のシーリングライトの輪郭を辿っている内に室内の様子も見え始める。
    スッカリ聞き慣れた音にカオを傾けると、見慣れた置きモンが視界に入る。
    今日は約束の三ヶ月目。
    ベッドで横ンなったまま水槽に目をやった。

    「…………ア?」

    昨夜までゴミゴミしとった水槽内の密度が、また低なっとる。フトンから出て水槽に近付くと、水底に、無数のグッピーが泳ぎもせんと浮遊しとった。
    泳ぐワケもナイ。全員死んどるんやから、当然や。
    イヤ、イッピキだけ、広くなった水槽を、悠々自適に泳いどるヤツがおった。

    クロイサカナ…………。

    ソイツは水流に煽られて浮遊しとるメスの死骸をツツイとった。やっぱり、あの日サカナの数を減らしたンはコイツやったンか。
    無数の死骸にまみれて、時たまクロイゴミみたいなモンが転がっとる。水槽にカオを近付けてよお見てみると、丸くてクロイゼリー状のソレらからは、サカナのヒレらしきモンが生えとった。目のように見えるモンもある。
    しかしソレは通常のサカナと違て、生えとる位置も数もおかしく、ヒトメで奇形とわかるカタチをしておった。よおよお見れば、死んだメスのハラはイチヨウに大きく膨れて裂けて、奇形のクロイサカナがハミ出しとる。
    グッピーは卵胎生で、ハラの中でタマゴを孵化させてガキを産む。
    この水槽にオスはイッピキ。
    まして、クロイサカナなんてコイツ以外にはおらんかった。
    このオスが、メス全員孕ませて、ソレが全部奇形やった挙句母体諸共もれなく死なせたいうコトか?
    考え込んでいたら、自動給餌器が動き出しモーター音と共に紙吹雪のようなエサが撒かれる。
    クロイサカナはソレに目もくれず、メスの死骸を喰らい続けた。















    帰宅後寝室に入りジャケットを掛ける。手を洗いに部屋を出る前に、ベッドに腰掛け対面のカベを見た。
    モォオと言う鈍いモーター音とチャパチャパ~言う水の音、そん中でユウユウ泳ぐイッピキのクロイサカナ…………。
    ソイツはオレが部屋に入った瞬間から、広い水槽の手前を右へ左へ繰り返し泳ぎ、時たま存在をアピールするように尾ビレを水面に潜らせ音を立てる。エサをネダッとるンや。
    最初に押し付けられたトキ稚魚だったコトもあって、自動給餌器は一日三回の設定になっとった。その設定は未だに変わってへん。やから、サカナが二度大量死して余ったエサが水を汚したりフィルターの目を詰まらせたり、色々と不都合があるハズやった。
    しかしこのクロイサカナは大喰らいで、吐き出されたエサを日に三度、キッチリ喰い切る。
    その上こうやって、追加のエサをネダッて来よる。どんなけ食い意地張っとんねん。

    「喰いすぎてその内爆発するンやないか」

    水槽の乗るシルバーラックの下段に、イジチが置いて行ったエサや予備備品の入ったカゴがある。
    オレは水槽の前でしゃがみ、ソコからサカナ用の乾燥オキアミの缶を取り出した。水槽の上で、無造作に缶を振る。

    「あー出すぎた……マアエエか。全部喰うやろ……」

    かなりデカイエビやが、トージクンにかかれば何てこたナイ。キヨウに齧ってカケラも残さん。
    トージクン言うンはこのサカナの名前や。
    あの日、トージクン以外のサカナが全滅した日、午前中にはイジチと悟クンがオレんちに引き取りに来た。悟クンは冷やかしや。
    せやから朝起きたコトをそんまま伝えたら、悟クンはオモロがってオレにそのまま飼えばとテキトーなコトを言う。

    「いらんて。オレ忙しねん、知っとるやろ。てか自分かてこないコトしとるバアイやないンとちゃう?」
    「オンオフは大事でしょ。オレは休むトキはキッチリ休んでンの!」
    「緊急の電話くらいは出て下さい……」
    「伊地知ィ、マジビンタ?」

    オレがやったれと凄むと、イジチはヒイイと例の花火声を上げてクチを噤んだ。
    それから存外テキパキと水槽を洗い水を替え、オレの寝室のカベギワに再設置する。

    「ホオ、伊地知クンやっけ?エエ度胸しとるやん……」
    「ヒイイ五条さんの指示ですゥウ!!」
    「イイじゃん!直哉、こーゆう生き汚いヤツ好きでしょ?自分と競合しない限り」

    そう言ってスタスタと玄関へ。転がるようにその後に伊地知クンが続き、アッちゅう間に帰ってもた。サカナを引き取るコトなく。

    「ハナシがちゃうぞボケ!」

    玄関に向かって怒鳴ったがオートロックのトビラはスデに閉まり切っとって、広いローカにうわんうわんオレのコエが響いただけやった。
    寝室に戻り、問題の水槽を睨み付ける。広々とした水槽に用意されたたっぷりのキレイな水で泳ぐスガタは何とも憎々しい。
    オレが戻ったのに気付くと、水槽の右端のカドをツンツンと忙しくツツク。メスの死骸でも残ってるンか思て目をやるも黄土色の底砂しかなく、ガラスをユビで弾く。

    「何?何もないやん」

    サカナはヒツコクその場で旋回しては、右カドをツツク。
    サッソクアタマオカシなったンかと思たトキ、水槽の下段に見慣れん黄色のビニール袋が置いてあるンに気付いた。ヒョイと拾って中を検めると、プロテインみたいなゴールドの缶が入っとる。缶には熱帯魚とこんまいエビが描いてあり、どうやらサカナのエサのようやった。
    ゴポゴポゴポ!
    サカナは水流を巻き起こし激しく回転する。マサカ、コレが下にあるのん知っとって催促しよったンか……?マサカ、マサカな…………。
    半透明のフタを開けプルトップを引く。中にはデカメの桜エビのような乾燥したエビが入っとってカサカサカサと乾いた音を立てた。
    サカナは早よせえとでも言うよに、ワタワタとマスマス激しく尾を振る。
    エビはニオイが強く、ユビに移りそうで触るのをためらう。やから水槽の上で缶を振って無造作に落下させた。
    ポチョンポチョンとマヌケな音を立て、五、六匹が水面を滑る。エビは沈まず浮かんだママやった。サカナは水面に近づき、噛み付いてワニのように水中に引っ張り込んだ。銜えたまま左右に振ると、二センチ程度のエビからプカ、プカと空気の粒が出る。水槽の底に着く頃にはエビはだいぶんシンナリとしていて、振り回された衝撃でカラダが半分に割れた。
    バク!バク!と残さず飲み込み、また水面に戻り同じコトを繰り返しすサカナをオレは気付けば黙って観察しとった。
    エサに噛み付きトドメを刺すように振り回すトキ、ボオッとした楕円の目にギラリと鈍いヒカリが灯る…………。
    何でかソレから目が離せんのや。





    この日悟クンが言うたコトはアナガチ外れでもない。オレは、この黒く逞しい正体不明のサカナのコトがかなり気になり始めとった。
    一日三回のエサとは別に、エビ……正確にはエビやなくオキアミ言うプランクトンらしいが、ソレを与え、狩りの様子を見る。
    あの夜、水槽の半分のサカナが消えた夜、寝ずに水の中を覗いとったら、ホンモノの狩りが見られたンやろか。
    一センチにも満たないコザカナを、この巨大なサカナが尾ビレを繰り追い回し、追い付き、喰らい付くサマを想像するとミョウにザワザワとする。
    オレは多分見たいんやと思う。コイツの本気の捕食を。

    とマア、ある種の愛着は沸いていたモノの、サカナに名前を付けるナド当然柄でもなく、オイ、とか、ナア、とかオマエ、と言う呼び名に特に不便も感じていなかったワケやが、飼い始めて半年過ぎた頃、勝手に自宅に上がり込んでた悟クンに名前をつけるようヒツコク迫られ、ネットのペットの名前メーカーで何番目かに出た名前が“トージ”やった。
    悟クンに任せたら、ブランカとかカペラとか、外人みたいな名前ばっか付けようとするンでオレが自分で決めた。大体、黒いのにブランカはオカシーやろ。ソレにメスでもなければヤギでもない。クロのホーが幾分マシじゃ。
    トージクンは現金なサカナで、追加のエサをやるようになってからはオレが水槽の前に立つと媚びるようにリッパな体躯を見せつけて泳ぐようになった。
    あるトキ、オキアミの缶から乾燥剤が滑り落ちてまったコトがあった。乾燥剤はアッちゅう間に沈み、水底へ張り付いた。
    コレがサカナにどういった影響を与えるのかわからんが、正直トージクンやったら何も問題ないカモせんとも思った。が、オレはそんなことを考えながらもワイシャツの袖口のボタンを外し、ソデをまくり上げ、いつの間にか水槽に手を突っ込んでおった。
    乾燥剤をユビで摘まみ引き上げようとしたら、トージクンがエビを放ってオレのウデの周りをツルツルと泳ぎ出す。ウマのシッポのように長い尾ビレが前腕をくすぐり、ゾワと肩の付け根が軋む。オレはスッカリ固まってもうて、トージクンの好きようにされとった。
    その内に、皮を食むようにチョン、チョンとクチバシでツツかれる。抵抗も出来ずボンヤリと真上からソレを眺めとると、ヒトキワ強く、ユビサキに噛み付かれる。

    「イッ!ッの、クソ、」

    痛いというより熱い。
    ソレも一瞬で、スグにジン、ジンとシンゾウが脈打つのと同じリズムで痛みがやってくる。
    乾燥剤を取り落として、水槽からウデを引き上げようとしたが、ユビサキに触れるやわこい感触にギクリと動きを止めた。
    ホンノリと血が滲むソコを、トージクンがエサを啄ばむようにツツき味わっとる。既視感は、アレや。三ヶ月目の朝、水中に揺蕩うメスの死骸をツツいとったあの。
    血は大した量ではなく、ヒフの上で燻りスグに霧散して消え失せる。
    ギチリと水槽のフチを掴む手にチカラが入り、抜け、オレは水槽の中の手を水を掬うヨウに丸める。
    トージクンはカラダをキヨウに翻しその上に乗り上げると、血が滲むのが止むマデオレのユビサキを啄ばんだ。
















    轟音がブアツイカベに囲まれた建物内にも響く。遠くから聞こえる空港職員の声は聞き飽きた説明を何度も何度も繰り返す。
    大型台風による遅延、欠航、振替案内…………。
    オレも先んじて説明を受けたソレは、ワザワザ職員に問い合わせんでも航空会社のホームページを見ればマルマル同しコトが書いてある。やのにバカ共は何べんも何べんも質問を繰り返し、空港側もバカ正直にソコに人員を割いた。
    聞いとるだけでイライラしてくるソレらにイイ加減イヤケが差し、一面ガラス張りから見えるエプロンを見下ろす。大雨と暴風の中、ツナギとヘルメットを着用した作業員がコエを張り上げあちゃこちゃへ駆け回る。と言ってもコエ何ぞヒトツも聞こえん。
    日帰りの国内出張で早朝から西の更に西に飛び、帰る頃には急速強化した台風が直撃しこの有様や。空港以外何もナイこのド田舎で足止めを喰らい、その上明日からの三連休でホテルはドコも予約でイッパイ。このまま空港で一夜を明かせと、暗にそう言われた。VIPラウンジへの案内もあったが、ソレを断りこない喧しいロビーで待っとるのは何も人恋しいからやない。
    ゴンゴンと、暴風の中何かが転がる重たい音が聞こえる。
    ニュースサイトでは、この台風は深夜の内にトーキョーに移動し、朝方には太平洋側に抜けると言うとる。イチバン早い飛行機でトーキョーへ帰り、空港から自宅へとなると帰宅時間は…………。

    オレは迷っとった。

    各地で停電が起こっとるらしい。
    水槽には伊地知クンが取り付けた多様な機器がついとるが、全て電動や。ポンプも一日三回の自動給餌器も水温調整も照明も、何から何まで電気を使とる。
    ソレらが一日やそこら止まった程度じゃ、影響ない言うコトはわかっとったが、トージクンは一般的なサカナとはちゃう。
    カラダもデカイし大喰らいやし、ザッパに見えてチョイ神経質なトコもある。エサが出てこんかったらストレスで暴れたり自傷行為に走るやも。
    トージクンのウマのシッポを思い出す。ウデをくすぐるあの感触も。
    ソレに、停電が起こらなかったとて、

    ガシャアアアン!!

    けたたましい高音が鳴り響き、一瞬にしてロビーがパニックになる。
    暴風による飛来物が飛び込み、ガラスの一面が派手に割れた。職員が飛んで来て周囲の客を退かせる。
    床に飛び散るガラス片と吹き込む雨の水音を聞き、オレは空港のエントランスへ駆け出した。
    タクシー乗り場は空港のエントランスと直結しており屋根はあるものの、殆ど吹きっ曝しと変わらん。吹き付ける風、風によって叩きつけられる雨で、一瞬にして全身ビショビショんなった。構わずタクシーを待つ行列をオオマタで先頭に遡り、正に今乗り込まんとするスーツのオトコのウデを掴む。

    「えっ何ですか!?」
    「悪いケド、譲ってくれへん?ヨメが病院に運ばれてん」
    「ええ?そんなコト言われても…………」
    「コレ、心ばかしやケド、譲ってくれたらお礼、な?」

    折り畳んだ万券三枚、オトコの手ェに握らせる。

    「イヤ、イヤイヤ……」
    「足りひん?ホナ……」

    もう二枚握らせたトコロで、タクシー運転手から催促のコエが掛かる。オレが座席に乗り込んだら、オトコはええ、とかちょっと、とかブツブツ言うとったが金をシッカリ握って止めようとはしなかった。

    「お客さん、ドコのホテル?ちゃんと予約とれてます?」
    「トーキョーまで」
    「ハァ?」
    「トーキョーまで。カード使えるよな?早よ出してや」
    「アンタねえ、この天気でそんな長距離、」

    後部座席からウデを伸ばし、運転手のガンゼンに金を突き付ける。

    「十万。前金。ココで朝まで待つより早くトーキョー着いたら、謝礼金弾むで。モチロン運賃は別や。コレはプロの仕事を魅せてくれた、心付け。どないする?」















    自宅マンションの前で降車し、振り返らず走る。背後からタクシー運転手の疲れ切った、だが清々しいマデに媚びたコエが聞こえる。
    エレベーターを待つ時間がもどかしく思わず階段に目をやるが、自宅がある二十五階マデはどう考えてもエレベーターのが早い。ソレに、今は朝四時。夜中の台風で足元も悪く、朝から出かけようとエレベーターを利用する住人もいないハズ。乗りさえすれば、ノンストップで目的階へ着くやろ。冷静に、冷静に。
    階数表示のパネルがイヤに遅く感じる。
    タクシーに乗ってからずっと、ガラスが割れる鋭い音と床に叩きつけられる水音がアタマん中で止まへんかった。
    革靴のカカトをカタカタ鳴らし、大きく息を吐く。
    ようやっとエレベーターに乗り込んでからも変わらん。
    ウデを組み、カカトを鳴らし、パネルを睨む。順調に階数が重なるのが逆に不安になる。

    不安?何が不安?

    ソコでようやっと、自分が何をしとるンか考える。大金かけて狭いタクシーでド田舎からムリヤリに帰宅し、そないに何を焦っとるンや、オレは。
    寝室には、足元マデ一面のガラス窓がある。
    暴風による飛来物で割れたら、更に室内でモノが飛んだら、水槽マデもが、割れてまうカモ知れん。
    だったら何やねん。
    元々サカナなんぞ、キョーミナイし。死んだらトイレに流して、水槽もゴミに出して、ようやく寝室が静かになる。
    モォオと言う鈍いモーター音とチャパチャパ~言う水の音も、たまに水面を潜る、あの尾ビレが跳ねる音も、もう聞かんで済む。
    暗闇の中で目を閉じて、音から輪郭を辿る。ヒラリと揺蕩うウマのシッポ。ウロコが濃紺から紺藍に変わる様。獲物に喰らい付き、血を啜る獰猛。
    全てが瞼の裏に灼き付いて離れん。
    ポォンとマヌケな音がして、エレベーターのトビラがユルリと開く。抉じ開けて、走って、玄関に靴を脱ぎ捨て寝室に駆け込む。
    モォオと言う鈍いモーター音とチャパチャパ~言う水の音、それから、水面を潜る、尾ビレが跳ねる音。

    水槽の正面に、トージクンがおった。

    行ったり来たり、オレに気付いて繰り返し泳ぎ回る。長いウマのシッポには裂けた様子はなく、変わらず光を反射している。
    光?
    窓を見ると、遮光カーテンのスキマから朝日がヒトスジ、差し込んどった。オレはカーテンを開け、再び水槽の前へ戻る。フローリングから部屋中に反射した朝日は水槽内を明るく照らし、トージクンのカラダに沿うウロコのイチマイイチマイが良う見えるヨウになった。
    濃紺から紺藍に、次から次へとチカチカ色合いを変えるウロコを水槽越しに撫でる。トージクンは泳ぐのを止め、オレのユビサキに近付きパクパクとクチを動かした。

    「………………………………ハァ~~~~~…………」

    気が抜けて思い切りガクリと首を下げたら、水面に何か落ちた。
    ハッパや。
    思い当たるンは空港の吹きっ曝しのタクシー乗り場。
    ド田舎の空港からウン時間、アタマに付けたハッパにも気付かず…………。
    ガクリとヒザを落とし、水槽の載るシルバーラックに凭れ掛かる。
    チョード目線の高さに水槽があり、横っ面をヒタリと付けると、正面からトージクンが寄ってきた。チカ、チカとウロコが、尾ビレがオレの瞳に刺さりよる。
    瞼を落としたがその明滅は消えず、絶えず、何時までも灼き付いて離れるコトはなかった。























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