harurubaru☆quiet followMAIKINGラギレオ小説[※何でも許せる方向け。[あらすじ]恋人が目の前で砂になった日から毎日悪夢を見るラギーが、夢を見なくなるまでの物語。序章、起承転結の起。ハッピーエンド。 夢の見方はアンタが教えた 「悪い」という判定はおおよそ何かとの比較の上で成立するものであって、単純計算で1826回以上見た悪夢というのは、もはや普通の夢と呼ぶべきではないか。 目覚めるたびに感じる新鮮な絶望。それさえなければ、夜ごと眼裏で上演される恋人との会話劇を悪夢と名付けたりはしない。累計出演料はいかほどか。むしろ勝手に夢に住み着いたのだから、賃料くらい貰いたいものだと、あくびをした。今日もまた、色濃い不在に彩られた憂鬱な日常が幕を開ける。 恋人が砂と消え、5年。悪夢はいまだ、覚めない。 ──これは、ラギー・ブッチが悪夢を見なくなるまでの物語。1. 休日にわざわざ目覚ましをかけ、観光客向けの豪勢なホテルで目覚めるなんて。良く晴れた空とは裏腹、大きな薄曇りの瞳を瞼で半分以上覆いながら、ため息をついた。今しがた夢で別れた恋人に、届かない一言をつぶやく。「今日、アンタの葬式なんスよ」 窓枠に腰を掛け、足まで上げて行儀悪く"パレード"を睥睨する。「思った通り、よく見えるなぁ」 王都の中央通りは観光客向けのホテルが立ち並んでおり、中でも中央通りに面するここは、王宮までの眺望がすばらしいと話題の高級ホテルだ。 大げさな葬列。歴代の王以外で国葬された王族は、レオナの他にはいない。どこまでも続くような、無意味に長いそれは虫の行進にもみえる。良く晴れた空に、なびく国章。ライオンの意匠。厳かな足音と衣擦れ。空気は乾き、ちりが太陽を透かして煌めく。あまりに見栄えのよい風景に、吐き気がする。「あの空っぽの棺に砂でもかけたら、お兄さんどんな顔すっかな」 悔しい。そう思うのは、傲慢か。レオナ・キングスカラーの死が公のものとなり真っ先に胸を閉めた感情を、彼は持て余していた。 目の前で砂になった男の死因は、どうやら病死に落ち着いたらしい。男の執念や執着、諦念に名前を付けたらそうなるやもしれぬが、なかなかに似合わない。学園を卒業し一年後からめっきりメディア露出がなくなった王弟の空白期間に、どうにかこうにか理由をつけたかったのだろう。「レオナの国葬に参列する予定なんだ。ところで、ラギーはレオナの居場所を知ってるのか?」 と、軽快軽妙に王室報道官のウソを見破ったのは、かの豪商の跡取り息子カリム・アルアジーム。 5年。夕焼けの草原における「失踪宣告」あるいは「死亡宣告」が可能になる年月。王室は王弟の闘病と非業の死を喧伝し、内外に知らしめるように国葬を決めた。5年も国に帰らぬ王族を、そのままにはできなかったのだろう。どこぞで子供でもこさえられたらことだ。王室の老害どもは行方不明期間をねちねちと数え、ようやっと始末がつけられるだけの歳月が満ち、喜んだに違いない。王室は、王弟と学生時代を共にした著名人らにも声をかけ、国を挙げて弔うことを決めた。「卒業式前日に押しかけられて以来、会ってないッスね~」 "本当のこと"だけで答えると、カリムは「そっか~、どこいったんだろうなあ」と素直に返す。まさか本当に死んでいるとは思っておらず、"死んだことにされてしまった"と考えているらしい。そのあと、やや強引に"お茶"の約束を取り付けられ、電話は切れた。 いらふわと揶揄された快活なあの青年は、商人らしく鋭い。王室の報道がまったくのウソだとは見抜いている。「あのお坊ちゃん、スラムに学校建てる気らしいっスよ。それもウチの」 レオナは今、ラギーの首にぶら下がっている。小さなビンは、防御魔法に包まれ、下手な防弾仕様のガラスより頑丈だ。仕事柄、危険が多いので当然の処置である。親指サイズにも満たない円錐の小瓶に、夕陽を焦がして焼いて砕いたような、輝きを押しとどめた深みのある色味の砂。死んでもきれいなんスね、なんて。口が裂けても言ってやらない。「慈善家ってやつは胡散臭くて好きじゃないけど、あのカリムくんだからなあ」 ラギーは、国際魔法生物調査機関の現地調査員になった。現場を駆けずり回り、嘘か誠か信ぴょう性などかけらもない情報をもとにいるかいないかわからない生物を追いまわす仕事だ。給料は良い。危険手当もあり、もしもの際には家族が一生食べていけるだけの保険金が出る。ただで世界を回れる上、副業も可。アズール・アーシェングロットと“情報収集”のバイト契約を結び、祖母への仕送りには不自由していない。「狙いはやっぱり、動物言語に長けた人材確保ってとこか」 得意の動物言語を駆使し、調査区域の動物らに聞き込みを行い、情報の真偽を判定する。いまのところ、実際に魔法生物にまみえたのは1度だけ。知能の高い翼の生えた大きな猫は、毒霧のためにガスマスクで登場したハイエナを何故だか気に入った。もしかすると、自分にはネコ科に好かれるフェロモンか何かがでているのもしれぬ。と、ネコ科の恋人を想起せざるを得ない、ざらざら舌のグルーミングに耐えたのは良い思い出だ。その大ネコはすっかり懐き、おかげで機関における評価はうんと上がった。「獣人は耳がいいから、ガキのうちから恩売って知識を与えれば、それはもう使えるコマになんだろうなあ」 ここ数年、魔法生物の研究には様々な国や企業が参入が目立つ。魔法石の採掘量が年々低迷している昨今、新たな魔力供給源の確保が急がれた。その中で、一部の魔法生物が魔法石の代替器官をもつという研究にアジーム家は目をつけたのだろう。魔法生物は人間をことさら警戒する。知能が高い者が多く言葉が伝わることも多いが、多くが秘境と呼ばれるような土地に引きこもっているのだ。その捜索には、野生動物たちからの情報収集が必要不可欠。「狙いは明確。慈善活動としてアジーム家が手を出すなら途中放棄はしないだろうし、様子見するしかないか」 スラムの子供に魔法士の素養があるものは少ない。しかし、動物言語はごくわずかな魔力さえあれば習得可能だ。耳の良い獣人であれば、通常の人間よりも早く、幅広い動物に対応できる。スラムの子らに教育を受ける場所を提供したうえで、才能あるものを引き抜く。お互いに利益しかないやり方で、アジームは"慈善家"としても名を上げることだろう。なんとも手堅いことだ。「レオナの葬儀、やけに規模が大きかったな」「前国王の葬式ばりッスよ」 ニコニコと笑う敏腕商人。カリム・アルアジームを、ハイエナはにこやかに警戒していた。 葬儀の翌日。場所は、ラギーが泊まっているホテルの最上階。当然VIPであるカリムは国をもって歓待されるべき存在なので、アジーム一行がこのホテルに泊まっているわけではない。ラギーと話すのにちょうどよいから、という理由だけで予約を入れたらしい。これだからお金持ちは、と心底あきれる。 お互い、背丈や顔つきは学生時代とさほど変わっていない。傍に控えたジャミル・バイパーは一回り二回りほどがっしりした体格に変わっていて、ちょっとだけ悔しい。 熱砂の主従は、お忍びらしいラフな服装でラギーを訪ねた。対するラギーもカーキのダシキにハーフパンツと、よくある観光客の格好をしている。「それでさ。ラギーは、本当にレオナの居場所知らないんだよな」 天真爛漫なその赤い目には、豪商の血が通っている。その言動に、何らかの意図があることは明らかで。その証拠に、そばのジャミルは表情こそ怪訝にしているが、言葉を遮ることはしなかった。「5年前に会ったきり、連絡ひとつないんで」 嘘は言わない。偽りもしない。けれど、隠す。それが、ラギーのやり方だ。 室内の装飾は流石一流のホテルといったところ。なんとなく、雰囲気がサバナクローの寮長室に似ている。開放的な窓に、石のアーチ。幾何学的な模様で飾られた梁や、伝統的な文様のタペストリーと、観光局受けの良いものが十分にそろっている。 床は木材のタイルが敷き詰められており、木目を彩る黄や緑の色彩が直線的に交差する模様が実に華やかだ。 ジャミルは慣れた手つきでただっぴろい部屋の四隅に香炉を置き、目くらまし効果があるという薬草を焚いた。その香りには覚えがある。レオナが砂と消えた夜、漂っていた香りによく似ていた。「恋人なのにか?」 おい、とジャミルが片眉を上げてカリムをにらんだ。なんだ? ととぼけてみせるカリム。どうやら悪気はないらしい。これだからたちが悪い。 香りの所為か、部屋の雰囲気の所為か。はたまた恋人となどという言葉の所為か。レオナの顔が、ふと脳裏に浮かぶ。 * 最期は、よく晴れた空の高い夜だった。 彼は突然現れた。 宵闇に溶けるような漆黒のローブ。夕陽の光芒で紡いだような金糸の刺繍が、大きく開かれた胸元を贅沢に飾る。嫋やかな鬣に、太陽に愛されたみずみずしい肌。陽が沈みゆく地平の幻想的な陽炎から、美しいところばかりをゆるりと掬い取れば。きっとそれは、この男の形になるだろう。 驚いて固まったラギーを尻目に、部屋をぐるりを見まわしたレオナは、煙の立つ小さな箱を部屋の中央に置いた。ベッドと机しかない質素な部屋には不釣り合いな、飾り箱だ。そして、人のベッドに当然のように腰掛ける。「狭い部屋だな」「個室があるだけマシっすよ」「ふうん」 彼が卒業して一年。一切連絡を寄こさなかった恋人は、持ち前の横暴さを発揮する。しっぽでラギーの腕を絡めとり、膝の上で頬杖をつきながら上目遣いで微笑んで見せた。「ヤりませんよ。壁薄いし」「それは残念。この香には魔力がこめてあって、煙が充填した空間に対する外からの認識を阻害する効果があるんだが」「先に言ってくれません?」 ふっと、息を吐くように笑う顔が好きだ。くくっ、と喉をならして笑うのが好きだ。笑うと目元にほんの少し皺ができて、めまいがするほどの色気がする。もっと近くで見たいとすり寄れば、喜色を含んだ息に首筋をくすぐられた。くらくらする。髪に触れると、手首をつかまれた。そのまま、ベッドに誘われる。安物のマットレスが軋んだ音を立てた。「……本当に外からは聞こえないんスよね」「気になるならやめるか」「相変わらず意地が悪いなあ」 けたけたと笑えば、ニヤリと口角をゆがめたレオナに唇を吸われた。レオナが連絡ひとつ寄こさないから、ラギーの唇は皮がむけてカサカサだ。キスする相手もいないのに、手入れをするほど律儀じゃない。 乾いた表面を湿らせるように、その輪郭をざらついた舌が撫ぜる。レオナの唇は以前と変わらず柔らかく、その果実のような感触を楽しみたくて、歯をむき出して噛みついた。力は入れない。柔くもむように食む。 力を抜いた瞬間、歯の隙間を割るように舌が入ってきた。仕方がないので迎え入れ、溢れそうな唾液ごと吸ってみる。「いつまで遊んでんだよ」 吐息の温度が、昂りを映す。頭がぼーっとしていた。顔が熱くて、きっと頬はわかりやすく染まっていることだろう。レオナの肌は血色を反映し辛いらしく、こんなときずるいと思う。そんな、余裕しゃくしゃくの顔で見上げないで欲しい。「……あ」 そういえば。 重大な過失に気が付いて、一気に血の気が下がる。どうした、と肩眉を吊り上げるレオナの額に、真っ白な額を重ねた。汗ばんで、冷たいのか熱いのかわからない。「ないッス」 何が。ゴムとローションが。 はっはっは。はじける様に身体をゆすって笑い声をあげる恋人を見て、むすくれる。「笑いごとじゃねーんスよ。どうしてくれるんスか。オレもう臨戦態勢はいっちゃってますから」「適当に処理しとけよ」「……次があるかもわかんねえのに」 思わず、責めるような声色になる。だって、一切、本当に何の連絡もなかったのだ。今日この日まで。 文句などない。王宮に帰ったレオナがどれだけ忙しいか、どれだけ外に出ることが難しいか。想像できない程度には、大変なのだろうと推測できた。メッセージの一つも寄こさず、電話もなく、ラギーの近況報告は一方的すぎてもはや個人の週報のようだったが、構わなかった。構わないと思っていた。「次が欲しいか」「当たり前じゃないっスか」「なら、俺とくるか」 え、と瞬きする。そして、かすむような思考の中で、そういえば明日卒業式なのだったと思い出す。今日このタイミングで来たということは。「……お、おうきゅうにこいってことっスか」 職の斡旋、紹介、引き抜き。どれであっても、どうでも良かった。「いいや」 大きく息を吸ったのは、どちらだろう。レオナの唇が一度結ばれる。 月明かりがその表面に光を落とし、場違いにもおいしそうだな、と。飛ばしかけた思考を呼び戻すように、レオナが口を開いた。「ただの俺と、何もない俺と、一緒に来るかって話だ」 時が止まった。「は」 詰めた息をようよう吐きだせば、音になった。レオナは目を細め、何も言わないラギーの頬をなぞる。もう一音続ければ、答えは是なのに。どうやっても、声が出ない。 内定が出ていた。職場は国際機関で給与は十分。祖母は高齢で足が悪く、持病もあった。スラムには兄弟同然の子供らがいる。たくさんいる。ラギーの入学費用をカンパしてくれた大人たちに、まだなにも返していない。スラムは故郷で、彼の縄張りで。ハイエナは、帰属意識がめっぽう高く、恩を忘れない生き物だった。 頭が痛かった。目まぐるしく脳裏を駆ける情報は、どれ一つ肯定を返してくれない。 鼓動だけがむやみやたらに大きくなる。内側から、今にも飛び出そうと胸を叩く。心臓が、彼を求めて手を伸ばす。それでも、言えない。なにも返せない。 それで、終わりだった。気が付いたら、体は動かなくて。硬いベッドに転がされて。去ろうとする背に何も言えず。ダメになった涙腺から、馬鹿みたいに水があふれて。溺れたかのように息を求めて口を開けた。舌が乾いて、顔はびしょ濡れだ。振り返ったレオナが、いつもの悪だくみをするような笑みを浮かべていて。もしかして、騙されたのかと。そうならいいなと。 詠唱を聞きながら、砂にされるのだろうかと思った。困ったな。どうにかできないか。体は痺れて動かない。そうして、どうにも抵抗できないことだけが明らかになるころ、咆哮がひとつ。 砂になったのは、王だった。ラギーだけの、王だった。 *「食事の用意がある」 場の空気を換えるためか、ジャミルが手を叩いて言った。そうでなくっちゃと、ラギーも大げさに喜んで見せる。しらじらしさはあっただろうが、食事が楽しみなのは本当だ。 運ばれてきた料理の数はそれはもう、何人で会食するのかという量で。テーブル一面を埋めるように皿が並び、実に圧巻だ。相変わらずだなと思いながら、つばを飲み込む。「これ、この皿の。レオナに良いと思うんだ」 指さされた皿には、細長い棒状の肉料理が乗っている。口に含むと、肉汁とスパイスの香りがめいいっぱい広がった。鶏肉のすり身、軟骨入り。スパイスの種類はわからないが、カレーのような香ばしさと刺激がある。触感は思った以上にまとまりがあり、肉以外のものも含まれているようだ。おそらく野菜。刻んだ玉ねぎに、トマト。それと。「これならハンバーグと似たようなもんだし、偏食のレオナでも美味しく食べられるだろ。あ、そっちのソースをつけてもうまいぞ」 進められるがまま、手を伸ばす。確かに。野菜嫌いを公言してはばからない横暴な王様は、肉に紛れた野菜はよほど主張が激しくない限りは無視してくれた。反対に、生野菜や付け合わせなど、見るからに野菜の形を保ったものは草食動物の餌だとか言ってなかなか食べてくれなかったけれど。「あとでレシピをやるよ。レオナに会ったら作ってやるといい」 水を飲む。すすめられたソースの白っぽい見た目に騙された。これは、ひどく辛い。「カリムくんは、どうしてレオナさんが生きてると思うんスか」「だって、そうだろう」 不思議そうに首をかしげるカリム。ラギーは視線をジャミルに向ける。ジャミルは肩をすくめ、仕方がなさそうに口を開いた。「レオナ先輩最後の公務は5年半前、最後に学術誌に提出された論文の日付もそのあたりになっていた。公の場に出ず5年たち、異例の国葬が発表されたんだ。怪しむのは当然だろう」 王弟殿下の享年は、27歳。死亡宣告がなされるに至る5年もの不在は、彼の名だけを生かし続けた。ラギーはもはやレオナよりも年上になってしまったし、レオナは永遠に22歳のままだというのに。「そうっスね。でも、5年間誰も姿を見てないんスよ。それをどうして」 ごくごくごく。のどを鳴らしてカリムがコップの水を飲みほした。つくづく、空気というものを読まない男だ。 ジャミルは視線をカリムに寄こし、黙る。「だって、一年前までウチにいたからな」 な、ジャミル。軽やかに朗らかに。まるで歌うように告げられた言葉が、脳を上滑りする。「は」 口の閉じ方を忘れ、唖然とする。 なんと言った、この坊ちゃん。Tap to full screen .Repost is prohibited harurubaruMAIKING harurubaruMAIKING harurubaruMAIKING harurubaruMAIKING harurubaruMAIKING harurubaruMAIKING