静かな二人席 誠二の誕生日。場所はいつもの居酒屋。誠二と沖縄に行こう、そう決めた時と同じ店。そのことがまったく気にならないってわけじゃないけど、前から二人で何度もここに来てたんだし、そんなたった一度のことでそれまでの俺らの行きつけを諦めるのも癪だ。
でもそれを思ってここに来たんじゃない。この店にしたのは誠二のリクエストだった。
誠二におめでとうを言って、美味い料理にほっとして、なんでもないように振る舞うのも少し慣れてきた頃。
左腕に視線を感じた。手のひらにも。誠二がチラッと気にしてるのがわかる。多分、勘違いじゃないと思う。傷の具合が気になるんだろう。あの部屋で俺の怪我の経過を見たがった誠二を思い出す。俺は気にしてないから、俺が傷を見せることで誠二が少しでも安心できるならそうしたい。これを見たら誠二がまた心を痛めるんじゃないかってところは心配だけど。
でもな……話題にしちゃっていいのかな?あの部屋でのことを忘れるのは流石に無理だとしても、できればその話題には触れずにいたい。そりゃあ、これから先一度も話題にならないなんてことは多分……ないんだろうけど、今日はまだ……
「まだ、」
「!?」
「まだ噛んでるのか?」
「ん、うん」
貝ひもを飲み込むタイミングがわからなくなっちゃって、と俺が言わなくても誠二はそんなこと分かっていて。フッと笑った口の端は優しく上がり、伏せた目はまたチラッと俺の腕を見やる。
誠二のことだから、俺がこのまま黙っていればそのうち、きっとすぐにでも「傷の具合を見せてくれ」と言ってくるだろう。ちょっとだけ、ひとこと分の勇気を出して。俺のために。
「誠二」
「ん?」
惰性で噛み続けていた貝ひもを飲み込んで、呼びかけた。目を合わせて、自分の腕を撫でて示す。
「見る?」
「……あぁ」
誠二にばかり頼ってちゃいけない、そう思ったらすんなり言えた。誠二、見てるの気付かれてたかとか思ってるかな?見るかなんて聞かずに、さりげなく誠二が見やすいように腕を晒す方がよかったかな。自信がない。うっかり後悔しそう。
オクラと山芋の小鉢と、チヂミのタレの小皿をどかす。
一昨日までは肌寒くて、あ~ようやく夏も終わったんだなと思ってたけど、昨日からはまた気温が上がっていた。だから俺は半袖。そのまま腕を置く。このポーズ、何かちょうだいってやってるみたいだ。
「ちゃんと治ってきてるから」
「……そうか」
誠二は傷をじっと見つめている。何を考えてるんだろう。きっと心配してるんだな、ありがとう誠二。俺なら大丈夫だから、安心してほしい。悲しくならないで。
「……」
誠二の表情を気にしつつ、裏返して手の甲を見せたら、ここに釘を打たれた時のことを思い出した。畳んだタオルの上に手を置いて、打ち込まれる釘を待っていたあの記憶。普通……っていうのも変だけど、ポーズから思い浮かべるとしたらこっちの方が先じゃないのか?誠二は思い出してしまってないだろうか。ごめんな、気が利かなくて。俺はお前ほど賢くないから。
「ありがとう」
視線を上げて、柔らかく、控えめな笑顔を作ったその顔はやっぱりイケメンで。順調に治ってきてくれている傷も、ちょっとむず痒い感じだ。
「ん」
短く返事した。さっきまでの俺より、ずっと言葉数が少なくなってしまっていた。緊張してるの、伝わっちゃったかな。
動かした皿を元の位置に戻す。小鉢は誠二が戻してくれた。
俺の傷は、ありがたいことに治りが早い。というか、多分早い方だと思う。丈夫な身体のおかげと、もしかしたら、誠二が心配してくれるおかげかな。冗談じゃなくそう思った。
「それ、チヂミ、残ってるやつ、誠二食べていいよ」
「?」
「俺はこのキュウリを食べる」
感謝感謝。ささやか過ぎるけど受け取ってくれ。小首を傾げつつチヂミを食べる誠二を見ながら、俺はぶつ切りの太いキュウリをかじって小さな満足を味わっていた。
「ごちそうさまでした~!」
「美味しかったです」
二人で店を出る。俺の誕生日にまた会おうと誠二は言ってくれた。アルコールもちょうどよく入って、ふわふわして楽しい気持ちだ。
「へへへ~安曇くぅ~ん」
前みたいに抱きつくのは憚られるから、ポケットに手を突っ込んだまま肩でちょっかいを出す。
「おい」
「へへ~」
口では咎めるけど、誠二の態度は俺を許して受け入れる。
誠二の優しさに、密かに癒される。満たされる。
「よっ!日本一!」
「酔っぱらい……」
柔らかい夜風が俺たちを撫でる。
来年も再来年も、誠二の誕生日は、こんな風に穏やかな日だといいな。