とある日の昼下がり、裾の長い外套を羽織らされたイルカは、教え子の山中いのに手を引っぱられて火影室へと連れて行かれた。慣れない踵の高い靴を履かされて、足首を捻りそうになる。
「やっぱり、やめよう。いの」
「大丈夫だって、イルカ先生! 火影様ビックリさせよう!」
いのは火影室の扉の前まで行くと、ほとんど立ち止まらずに申し訳程度のノックをして勢いよく扉を開けた。アカデミーの頃は行儀のいい優等生だと思っていたのに、なかなかのお転婆である。
「失礼しまーす! 見て見て、火影様ー! 仮装パーティーの衣装を試しに着てもらったんです〜!」
いのは、ナルトにも負けないくらい陽気なデカイ声を出した。
「ちょっと、いの……火影様もお忙しいから……」
カカシは火影室の席に座って、真面目な顔で書類に目を通していた。机の上に、いつもよりは控えめに書類が積まれている。
イルカは、そうやって火影室で書類仕事をしているカカシの顔が好きだった。普段よりちょっと真面目な顔をしていて、でも穏やかで、見つめていると少しドキドキする。
カカシはキリのいいところで書類から顔を上げた。
「仮装パーティー? ああ、この間言ってたやつ……」
それは、いのが発案し、皆の気晴らしになるならと火影であるカカシが許可を出したものだった。準備は彼女に一任されていて、今日はその仮装パーティーで使うレンタル衣装のサンプルが何点か届いていた。
たまたま火影室の手伝いをしに来たイルカは、先に逃げてしまったシカマルの代わりとして、いのに付き合わされていた。要は、レンタル衣装のマネキンとなって、あれこれ着せられたわけである。
その中の一着を着たまま、イルカは火影室を訪れていた。格好が見えないように、今は黒い外套を羽織っている。
いのはカカシの視線がイルカに向くのを見計らって、手品師のようにイルカの黒い外套を取り上げた。視界の端で裾の長い外套が翻る。
顔を上げたカカシはイルカを見つめたまま固まっていた。
「じゃーん! 超似合ってないですか!?」
いのが、やたら自慢げにそう言った。
イルカはお転婆な教え子に煽てられて火影室に来てしまったことを少し後悔した。カカシがイルカの仮装を笑うでもなく、真顔で見ていたからだ。
カカシは何も言わずに席を立つと、いのの方へ歩いて行き、黙ったまま彼女の肩を掴んで火影室の外へと押し出した。
いのは急に部屋の外へ放り出されて驚いていた。カカシは何も説明しない。
「えっ? ちょっと、なに!?」
「ちょっと出てて」
「えーーー!?!?」
カカシはそれだけ言って火影室の扉を閉め、いのを部屋から閉め出した。
静かな火影室は、イルカとカカシだけになった。いっそのこと自分も部屋から閉め出して欲しかったとイルカは思った。居た堪れない。
それもこれも、イルカがこんな格好をしている所為だった。体を隠していた外套は、いのが持って行ってしまった。隠すこともできずに、立っているしかない。
火影室の扉をきっちり閉めたカカシは、落ち着いた足取りでイルカの向かいに戻って来て、黙ってイルカの頭からつま先までを舐めるように眺めた。
イルカは、口をキュッと閉じてカカシの視線を甘んじて受け入れた。
「なんて格好してるんですか」
カカシが固い声で言った。それが怒っているようにも聞こえて、イルカは僅かに萎縮した。
「はは……カカシさん、喜ぶかと思って……」
いのには、そう唆された。似合ってる、火影様が見たら絶対喜ぶよ、と。今思えば立派な人心掌握の術だった。まんまと乗せられてしまった。カカシに言ったらチクチク怒られそうだ。
カカシは目を細めて、じとりとイルカを見ている。足元は黒いハイヒール、素脚には網タイツ、ハイレグの黒いボディスーツは肩と胸元が大きく出ていて、その肌は白い襟とカフスで飾られている。そして頭にはウサギの耳のような大きなリボンを着けていた。
それはバニーガールの衣装だった。どういう訳か、男性でも着られるサイズのものがレンタル衣装に含まれていたのである。
いのが面白がってイルカに着せ、似合ってると煽てて今に至る。カカシの遠慮のない視線が痛かった。
カカシはイルカの向かいで両手を腰に当てて立ち、ハァと大きな溜め息を吐いた。
「露出が多い仮装は禁止」
いのにも釘を差しておかないと、とカカシが呟いた。
イルカは教え子を庇うように言い訳をした。
「当日は着ないですよ。今日は試しに着ただけで……」
カカシはイルカの言い訳を呆れたような表情で聞いている。
「……すみませんでした。こんなみっともない格好見せて」
「そうじゃなくて。俺以外の前でそんな格好しないで」
カカシは強めの声でそう言うと、少し困ったように笑った。
「もっとよく見せて。後ろも」
イルカはその場でゆっくり後ろを向き、カカシに背中を見せてからまた前を向いた。
カカシはイルカが一周するのを見て、やや苦い表情で小さく唸っていた。とは言っても、表情はマスクで隠れているので、苦い表情に見えた気がしただけだった。
「その衣装買い取る」
カカシは突然そう言った。
「えっ」
「それ家で着て」
イルカは咄嗟に何言ってんだこの人と思ったが、それを今着ている自分が言えることではなかった。
それに、そんなことよりも、イルカには引っ掛かったことがあった。
「……家、帰って来るんですか?」
「帰るよ。幸い、今日は仕事も少ないしね」
カカシは苦笑いしながら机の上の書類の山に視線を向けた。カカシは火影になってからというもの、火影室で寝泊まりすることが多く、イルカの家にはあまり帰って来なくなった。
だから、今日は帰るとカカシの口から聞くだけで、イルカはいつも嬉しくなった。結局帰れなくなることも多々あるのだが、それでも毎回嬉しいと思った。
「だから、その格好で待っててくれたら嬉しい」
「……はい」
イルカはカカシに唆されて、家でもバニースーツを着ることになった。