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    アウラとアルバの決闘
    アルバが谷へ行くきっかけ話

    狂月 四夜

     雪解けの春。晴天かと思えば突風を伴う雨風に変わる不安定な気候は影響を受けやすいアルバの体には堪えるものだった。気圧変化に伴う頭痛は大人になった今でも慣れることはない。
    「クソ……っ大事な日だってのに……」
     こめかみを杭で穿たれるような重い痛みに苛立ちを覚えた。今日は群れを率いるボスの即位発表が行われる。アルバにとっては生まれた日と同じくらい重要な日だった。
    「これを飲め」
    「ん……悪い」
     ダスクが差し出した小皿に入っている液状の薬を受け取ると、一息で飲み下す。
    「げぇ……っ」
    「我慢しろ」
     強い苦味は舌を刺すだけでなく喉の奥からもせり上がってくる。差し出された水を急いで流し込み、一息つくと頭痛が引くことを願った。
    「薬、ありがとな。うっし……行ってくる」
     同じ山に居るというのにアルバが母親とアウラに面と向かうのはいつぶりだろうか。隠してはいるが、緊張している面持ちのアルバの背をダスクは叩き、彼を見送った。

     群れの者全員が整列し、その先頭にアウラとアルバ二人が並んで膝を着く。次期ボスとなる者の選定を取り仕切るのは先代ボスの代理である兄弟の母親だった。秩序に厳しく、夫と並ぶほどの実力の持ち主である風格は並々ならぬものだ。
    「皆、誰一人欠けず厳しい冬をよく乗り越えた。それでこそ満月山の恩恵を受け育った皆の努力と言えよう。今宵は月と我々に相応しいボスを選定する」
     彼女が見定めるように群れを一瞥し、口から出た言葉は一同が困惑するのに充分なものだった。
    「群れのボスはアウラに決定した」
     本来なら、ここで候補者が互いの意志を主張し合い群れを通してどちらが相応しいかの審議を行う。しかし彼女から告げられたのは既に決められた者の名前ただひとつ。審議の存在がないことに疑問を抱く者は大勢居て、ボソボソと背後から声が聞こえる。
    「やっぱりなあ……」
    「でも反論の余地すらないのはさすがに……」
    「いや、あの体じゃどうせダメだろ……奥方様は気を使ったんじゃないか?」
     アルバの腹の奥底でフツフツと湧き上がるドス黒い感情。しかし頭は妙に冷静で、幼い頃岩陰に自分が居るとも知らず会話していた母と兄の声が蘇った。

    ーーあの子は身体が弱いから、自然界で生き残るのは厳しい。
    ーーだからアウラ、貴方がしっかりするのよ。

     自尊心を打ちのめしたあの言葉は、今でも鮮明に覚えている。
    「これからは群れを率い、精進に務めなさい」
    「……はい」
     弟を気遣っているのか、アウラは何も追求せずただそれを受け入れた。

     意志を告げる時間すら与えられないほど
     俺は期待されていないのか?

    「アルバ、お前は兄であるアウラを支え……」
    「ふざけるな!!」
     岩が震えるほどの怒号をアルバが発するなどこの場にいる誰が想像できただろうか。陰口をこぼしていた者の中に小さな悲鳴をあげる者もいるほどだ。
    「アルバ……」
    「ふざけるなッ!ふざけるなふざけるなッ!!俺はこいつのおまけか?生まれてから死ぬまでこいつに並ぶ事すらできないのか!?支えるだと?預ける気すらない背中をどう支えろっつーんだ!!」
    「っ……!」
     気付いた頃には腹の奥底で抱え込み、永続的に煮えていた怒りをアウラに浴びせかける。皆に慕われ、健康や力に恵まれていた兄はいつも弟を守る存在だった。しかし守るということは、相手が弱者であると認めているようなもの。
    「慎めアルバ!もう決定した事だ!!」
     女性でありながらもその威圧感は大の大人を縮こませるには充分なほどだ。しかしアルバが引き下がることは無かった。
    「だったら立てアウラ!俺と勝負しろ!テメェのボスの座引きずり下ろしてやる!!」
    「お前……ッ何言ってるか分かってんのか!?」
     ボスの座をかけて勝負を挑むことは珍しいことではない。しかし敗者が辿る道は既に定められている。死か、群れからの追放だ。
    「ボスの立ち位置がそんなに重要か!?お前は俺より頭がキレるんだ、それを生かして群れで誇べきだろうが!!」
    「俺が腸煮えくり返ってんのは地位じゃねえ……肺が弱いから、貧弱だから可哀想だからとお前の後ろにすら立つことが許されねぇ現状にだ!!」
     荒れ狂う波がおさまることは最早不可能。この波はアウラ一人に対する怒りではない。この山全体に抱いている怒りと呪いを見せつけるまで、静まることはないだろう。
    「っ……分かった……その勝負受けてやる……」
     アウラの瞳にはいつも抱いていた弟への慈愛の色はなく、決闘を受け入れた闘士のものだった。


     決闘の開始は同日の夜、満月が東と南の中間に位置する頃。周りを岩が囲うように開けた広場で行われる。闘技場を模したような作りのこの場は群れの大半が観衆として参加出来た。
     開始時間まで一同は解散するが、一足先にアルバはその場を離れていた。
    「アルバ……!」
     ぐらりと視界は反転し、気付けばダスクの腕の中に体を預けていた。ただでさえ偏頭痛で不調の中、あんなにも激昂したのだから当然だろう。むしろ人目が無くなるまで耐えられた事が不思議なほどだ。
    「ダ、スク……薬、まだあるだろ……」
    「無茶をするな、死ぬぞ……!」
    「熱はない……!」
    「熱の有無ではない!ふらつく体でアウラ様と戦えると思っているのか!?」
     体を支えていたダスクの手がアルバの額を包み込む。低体温の細い指がズクズクと唸るこめかみに触れると、不思議と痛みが和らいだ。気のせいだろうか、その手が震えているように感じるのは。
    「死ぬかもしれないんだぞ……?」
     赤い髪から覗く深紅の瞳は不安に駆られている。
     長年傍から見ていれば、アウラがどれだけ弟を想っているのかは一目瞭然だった。だからこそ弟を殺すとは思えない。しかし弟を思えばこそ、手は抜かず本気で掛かってくるだろう。
    「命とプライド……どちらが大事だ……」
    「……命と同じくらい、プライドも大事だ」
     諦めさせるために言った言葉だったが、逆にアルバの意志を固めてしまった。決意を覆すことは最早無理なのだろう。自分も腹を括り、薬を取り出す。
     渡された薬を飲み干した時。もう一人の影が二人に歩み寄った。
    「ノクス……」
     咄嗟に視線を逸らしたダスクだったが、ノクスは真っ直ぐアルバの前に立つ。
    「……無理しなきゃ勝てない事は俺も知ってる。体力に勝てるのは気力だけだ。気張れよ」
    「おう……!」
     アルバとノクスが互いの拳を重ねる姿は信頼しあっている友人同士にしか見えなかった。現にアルバはノクスを身内のように慕っている。だからこそ彼に真実を悟られるのだけは避けたく、この関係を壊したくなかった。
     集中したいからとアルバは一人で広場へ向かう。ノクスと二人きりでいるのも息が詰まると歩き出したダスクだったが、顔を合わせないまま背後にいる人物に話しかける。
    「……お前の……考えが本当に分からん……」
    「ん?友人を鼓舞しただけだろ」
    「お前にとっては人質と同じじゃないのか」
    「それはお前の態度次第」
     肩を組まれ、唇を重ねられる。反射的に顔を逸らしたダスクは組まれた肩を解くと歩みを早めた。


    ***

     先程よりも空は曇り始め、月が隠れる。円形の闘技場を囲むように松明は並べられ暗闇に包まれることは無い。
     アウラとアルバは皆が注目する中、中央で向かい合い開始の合図を待つ。
    「手ぇ抜いたら死ぬと思え……」
    「安心しろ、本気でいってやる」
     両者の眼光は鋭く光り、アウラは片手に力を込めるとゴキリと音を鳴らす。
     戦闘開始の合図が鳴り響く。両者は雄叫びを上げながら狩りで鍛え抜かれた脚力で一気に距離を詰める。アウラの拳は一撃が重いがその分速さに欠け、磨いた反射神経でかろうじて避けられる。一転アルバの攻撃は速さこそあるが衝撃は軽く、流れを掴めば手で受け流すことができた。
    「チッ……!」
     両者ともに引かない攻防に先に痺れを切らしたのはアルバだった。長期戦が不利ということは自分の体なのだから一番よく知っている。拳による打撃を止め、相手の腹部目掛けて蹴りあげる。が、足はアウラの体に届くことなくその両腕で挟まれるように防がれた。引き抜くことは困難と察したアルバは地面から軸足を離し、回し蹴りの要因でアウラの首元を蹴りつける。
    「ぐっ!」
     アウラは首への蹴りを咄嗟に片腕で防いだ。拘束されていた片足は解放され、空中から体勢を立て直した刹那、拳はやっとアウラの顔へ届き呻き声をあげさせた。
    「どうした!テメェの本気はそんなもんじゃねぇだろ!?」
     憧れていたからこそ、追い越したいと思っていたからこそ、防いでばかりいるアウラの戦闘スタイルに違和感を覚えた。持久力に欠ける弟の弱点を狙って長期戦に持っていこうとしているのかとも疑ったが、アウラはそんなまどろっこしい事などしない。
    「そうだ……な!!」
     軽い脳震盪を気合いでねじ伏せ、アルバの足を払う。地面へ倒れる際に受け身をとったが立ち上がるより前にアウラの拳が腹部へとめり込む。
    「が……ッ!」
     下から突き上げられるように殴り飛ばされる体がその力の強さを周囲へ知らしめる。
     胃の内容物を吐き出しそうになるのを堪え、痛みに悶える暇はないとよろめく体に鞭打ち、空いた距離を縮めに入った時だった。
     ずきりと脳を刺す痛みが走り、視界が揺れた。その際濡れた地面に足を取られ、眼前にアルバの鋭爪が来ているというのに頭痛で思考停止した脳は避ける指示を出すことが出来なかった。
    「!!」
     左目を裂かれ、鮮血が飛び散る。頭痛が来た時点でアルバは覚悟を決めていたが、萎縮したのは傷をつけた本人であるアウラの方だった。
     弟への情をこんな時でも抱くのかと、アルバは歯を食いしばる。憤りとも悔しさともとれる衝動をバネに体を翻した。
    「あぁああっ!!」
    「っ……!!」
     爪がアウラの顔面を横切り、その整った鼻に一筋の赤い線を作る。
    「アウラァァァァ!!」
     咄嗟に背後へ退避するアウラにアルバは瞬時に狼へ姿を変え、追撃する。低姿勢で素早い獣は動きが捉えにくく、出血部分から手を離した時には既に眼前に迫っていた。
    「ぐぁッ!」
     これで終わらせる、と言わんばかりにその肩口に喰らいつく。鼻に触れる髪の匂いが、どこか懐かしいと感じた。

     何故懐かしい……?……ああ、そうか、
     幼い頃、兄の後ろを着いて歩き、覚束無い足取りのために転んだ俺をお前は背負ってくれたな……
     その背を守れる立場になれたなら、どれだけ良かった事だろう
     なんで、どうして俺は……

     食らいついていた顎の力は既に抜けきっていて、右頬に重い衝撃が走る。アウラによって殴り飛ばされた獣の体は雨でぬかるんだ地面へと身を崩す。
     人型へと変わり、体を起こそうとするも異様に重いことに気がついた。闘争心と体を繋いでいた糸がぷつりと切れ、動力源を失った体はもう限界を迎えていた。
    「グ……ッ!!ゲホッ!ゲホゴホッ!!ゴホッガハッ!」
     一瞬呼吸が止まり、塞き止めることができないほど強烈な発作はゴポリと喉奥から胃液を吐き出させ、息苦しさの中ようやく終息する。
    「アルバ……!」
     今に至るまで静観していたダスクだったが、開始前の体調の悪さと重すぎる発作を見てアルバに駆け寄ろうとする。しかしそれを手で制止したのはアルバ本人だった。
     目の前にいるアウラは苦しむ弟を心配するでもなく、ただ静かにアルバを見下ろしている。
    「ハァッ……ッなんで……トドメを刺さねえんだ……」
    「……勝負はついただろうが」
     無慈悲に突きつけられる結果を否定するほど幼くはなかった。アルバは発作で胸元を掻きむしっていた腕で地面を殴りつける。
    「くそ…ちくしょう……ッいつも、いつもこうだ……どれだけ努力したって、ここぞって時に限界が来て……」
     慕っていたあのころの記憶を捩じ伏せて、アルバは吐き捨てる。
    「いつも俺を哀れんで見下すその目が……っ大ッ嫌いなんだよ!!」
     雨音がその叫びをかき消すことはなく、二人の道を決定づけた。
    「……言いたいことはそれだけか」
     終始彼らを見守っていた群れの狼達は新しいボスの誕生に歓声をあげることはなく、葬儀のように空気は重かった。それほどアルバの叫びは強く、向かう先はアウラではなく自分達なのだと自覚した。
    「しきたりに則り敗者は追放する。崖に放り出されたくなければ自分の足で行け」
    「言われなくても……ッ」
     自分の体に鞭を打ち、狼の姿へと時間をかけて変わる。
    「じゃあな……、……兄ちゃん……」
    「ッ……!」
     すれ違う際に発せられた声は雨音のせいで言葉ともとれないほど小さかったが、都合のいい脳内変換で再生された。
     兄として我慢できず振り向いた時には、既に弟の姿は雨の向こうに消えていた。





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