幸せな家庭今日は何だか八神の機嫌がずっと悪かった。何と驚くことに授業中寝ることもせず(嘘。ちょっと寝てた。いつもよりは起きてた。)ずっとブスくれた顔をしていた。
曰く、母親とケンカしたらしい。きっかけは「本っ当に些細なこと!」とぷんぷんと可愛い擬音が付きそうな顔をしながら文句を言っていた。
「昨日僕が洗濯物取り込んで畳む係だったんだけど忘れちゃったんだよね。そしたら帰ってくるなり凄い勢いで怒ってきてさ。しょうがないじゃん。忘れたんだから!」
まだケンカの原因に納得がいってないのかお昼休みに入るなり珍しく捲し立てる。
八神の隣の席の女子の椅子を勝手に借りて座る。八神の机にふたつのお弁当箱を並べる。
2人でしっかり手を合わせ「いただきます。」という。八神のいただきますはいつも拝み箸なのでよく注意したものだった。
最初こそすごく気になったが今となっては本当に目の前の食材を食べるのが楽しみで仕方ない、という八神の顔と態度に気にならなくなってきた。
八神がお弁当箱を開けるとまず目に飛び込んできたのはおそらく彼が育てたであろう野菜と綺麗な形の卵焼き。
「ケンカしてもお母さんがお弁当作ってくれたんだね。」
そう言えば彼は少しムッとした顔で
「別に!僕だってお弁当くらい作れるし!ていうか作ってるし!今日は僕の当番じゃなかったし!」
と主張した。確かに彼がお弁当を作っているのは知っている。何回かの頻度であまり形の整ってない、少しだけ茶色の面積が多い卵焼きを見かける。そういう日は八神がお弁当担当であることが多い。たまに姉も焦がすからそういう日もある。
「じゃあ今日はこのミニトマト貰おうかな。」
そう言って手を伸ばすと八神の顔がパッと明るくなる。
「それは今朝取れたばかりのやつだから新鮮できっと美味しいよ!」
八神が愛情を持って育てたものを貰っても嫌な顔をされないことが嬉しい。
「代わりにこの人参をやるよ。」
母さんと妹が、朝から早起きしてわざわざ飾り切りにしてくれた煮物の人参。一体いつ寝ていつ起きてるのだろうというほど母は忙しい。お弁当なんて昨日の残り物で良いのに、朝ごはんと同じで良いのに、と何度も言ったが「父さんのついでだから一緒よ。」と薄く微笑んだ顔が忘れられない。
きっと俺のお弁当に残り物が入ってると知られたら、と考えて危険な橋を渡るよりは睡眠時間を削り手間をかけることを選ぶのだろう。
「良いの!?ありがとう。可愛い〜。水野くんのお母さん、本当に料理上手だよね。形とか見栄えも凝ってるし…料理が大好きなんだねぇ。」
それを聞いて、薄く微笑む。きっと母親似の自分はあの時の母親と同じような顔をしているのだと思う。そうだね。多分、そうなのかも。母親は、きっと、料理が好きな人間だったのかもしれない。
交換したトマトを一番最初に口に入れる。
最初は汁物、次にご飯、そして主菜副菜、そんなルールを無視出来るのは学校のある日のお昼だけ。
しっかりとした皮の破ける食感と、程よい酸味と甘味。
「美味しいよ。」
素直に感想を言えば嬉しそうにする八神。そしてお弁当箱を見てぽつりとこぼす。
「でも、そうだよね。ケンカしてもお弁当作ってくれるんだもん。帰ったらちゃんと昨日のこと謝る。」
先ほどまでの怒りを収め、シュンとした顔に。
「その方がいいよ。それで、明日は八神がお弁当作ってよ。久しぶりに八神の作った卵焼きが食べたいな。」
「えっホント?じゃあ明日は頑張って早起きしなくちゃ!」
「…だからって授業中寝るなよ?」
八神の頭は早速明日のお弁当の献立のことでいっぱいみたいで、話を聞いていないな。明日は一層よく寝るんだろうな。
八神のお弁当でお気に入りのおかずは冷凍食品のものらしいグラタンと家庭菜園で作られた野菜とちょっと歪で、ちょっと焦げた彼の作る甘めの卵焼き。
俺の家では絶対に食べられないもの。