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    美姫 幼少期ママのことは嫌いじゃなかった。
    ただ、マスカラをドロドロにしながら泣いてばかりのママが居る、香水とお酒の匂いが充満した安い2Kに帰りたくないだけだった。

    その日帰宅すると玄関から男物のサンダルが消えていた。最近の険悪なムードを思い出す。あの男も例に漏れず、ママをフって出ていったのだろう。今回の彼氏は、確か系列バーの雇われ店主だった。収入が良かったようで、ブランド物のスポーツサンダルやクラッチバッグをこれみよがしに持っていた。私を連れて行くディナーも回らないお寿司だったりした。私はウニが嫌いだったが、高いものを食べていることを自慢したい男が何回でも頼むので、密かに嗅覚を殺していた。
    男は4ヶ月間ママの彼氏だった。平均より少し長かっただろうか、なんて思うのは冷たいのかもしれない。
    ママは彼を追いかけている所なのだろう。ママのご近所用サンダルもない。彼女はそう言った劇的なことをしたがる傾向があった。悲劇のヒロイン症候群……というやつなのだろう。
    1週間前男に買ってもらった、つま先が可愛い硬い靴を脱ぐ。ろくに揃えなくても、ハイヒールが散乱するうちの玄関では目立たなかった。
    家内に争った形跡はない。別れ際はアッサリしたものだったのだろう。いつも通り散らかっていた缶ビールを机の端によせ、学校のプリントを置く。洗濯機の中に忘れられたブラジャーと私のワンピースを干した。多少シワになっていたが、アイロンを探すのに2時間かけるほどではなさそうだった。

    ママが帰ってくるのを待つ。きっと泣きながら帰ってくるだろう。ママを慰めるのは私の仕事だ。
    パパがいれば、それはパパの役目だったのかもしれない。そう思う。

    小学5年生になる頃には、新しいパパができるかもなんて思わなくなっていた。いなくなった男を数えるのも覚えておくのもやめた。ママだっていつもすぐに忘れる。
    ドレッサーはコスメで溢れ、乗り切らない香水がテレビの上に並んだ。可愛いものにだけは困らない家だが、男の人が転がり込んでくる時には、半分ほど姿を隠してしまう。やはり家が綺麗な女というのはモテるのだ。

    同級生が両親の喧嘩にヒヤヒヤしたという話が羨ましかった。私の人生にパパがいた事はないので、実際のところどうなのかはわからないが、何度でも都合のいい夢を見た。
    ママの下手な料理を味付けし直してくれるパパ。私の成績を褒めてくれるパパ。ママに内緒でアイスクリームを買ってくれるパパ。
    たまには叱ってくれてもいい。パパのゲンコツには愛が詰まっていると聞くものだ。ママとも、対等に喧嘩をしてくれたらいい。私はそれに怯えて泣くのだ。そんな私を見て、両親はやれやれと苦笑いをする。
    そんな夢。

    現実では、いくら期待をしてもかわいこぶっても、ピアスをたくさん開けた男たちは私の家族にならない。みんな私を猫可愛がりするだけだ。ケーキを食べる時はママも一緒。ママにアピールしているんだから、当然のことだった。可愛い名前だね、なんてもはや常套句である。
    仕方ない。ママはきっと、そういう男が好きなのだ。フラフラとして、甲斐性なしで、ママを裸にすることしか頭にないような。そういう軽くて浅はかな男。そしていつも泣かされる。
    私はそうはならない。ひとりで泣いたりなんかしない。絶対に。

    「美姫ちゃんがいて良かったわ」
    なんて。泣きながら情けなく笑われても。
    産んだのはママなのよ。私がここにいるのは、ママのおかげであり、ママのせいだ。そんなに宛にされても、私はまだ子供なので支えきれないこともある。
    ママのことは嫌いじゃない。ママは、可愛くて、華やかで、普段は明るく自由気ままで。魅力的な人だ。一緒に居て楽しいと思う。
    でも。ママは私を安心させてはくれない。
    私も早く、ママと同じくらい、いや、もっとお金を稼げるようになって、対等にならないと。自分の足で立たないと。

    はやく。はやく。おとなにならないと。

    私がはじめて〝パパ〟にブランドバッグを買ってもらった日、ママはそれを褒めた。

    私は、嬉しかったのだろうか。
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