てのひらの画面「はあ!?」
未処理の書類を突きつけようとして、目を疑う光景に声が出た。
「え?どうしたの、智衣くん?」
「あんたそれなんなんすか!」
秀一が手にしたスマホに写っているのは不機嫌そうな顔で銀のトレイを持つ俺の姿。
昨年の文化祭に呼んでもいない秀一と甲子が来たのは忘れたくても忘れられない忌々しい記憶だ。
顔を見た途端に蹴り飛ばして帰そうとしたが、クラスメイトに宥められてしぶしぶ一杯だけコーヒーを出してやった。
勿論、その後は改めて蹴り飛ばして追い出したが。
「先輩が智衣くんが喫茶店やるなら勉強の為に、って誘ってくれたんだよね。行ってみたら執事喫茶?でびっくりしたよ〜」
なあにが勉強の為だこんちくしょう、面白がりやがって……!
お祭り好きの女子たちの意見が採用された執事喫茶は男女ともに執事姿で接客をするものだった。
男子はメイドね!なんて言われなかった分マシかもしれないが、それにしたってあんなコスプレじみた格好を秀一たちに見られたのは恥以外のなんでもない。
「智衣くんよく似合ってたよね〜。コーヒーも美味しかったなぁ」
「淹れたの俺じゃねーですけど」
「え?え?あ、そう、なの?」
「そもそもペットボトルのコーヒーをコップに入れ替えただけですけど」
「あ……そっか、そうなんだ……じゃあ智衣くんが持ってきてくれたから美味しかったのかな」
呑気ににこにこと話す顔に腹が立つ。
「いつもここでだって茶出してるでしょーが!」
「え!あ、あの、ごめん、勿論いつも美味しいよ?ごめんね?」
「そもそもいつのまにこんな写真撮ってんすか!」
「あ、これ?先輩がくれたんだ〜。よく撮れてるよね」
あの野郎……!
甲子のこちらの反応を見透かしたような顔が目に浮かぶ。
認めたくはないが一枚上手をいかれることも多く、どうも苦手な相手だ。
「執事か〜。智衣くん、キリッとしてて王子様みたいだよね」
「こんなの機嫌悪ぃだけですよ。下手な褒め言葉はやめてくだせぇ」
「え〜?だって僕がやったときは情けない顔してて、あとで写真見た時恥ずかしかったよ」
「……は?あんたも執事やったんすか?」
「いやいや僕は執事じゃなくて、王子?セリフほとんどないからって押し付けられちゃって……」
高校の文化祭で劇をやったんだけど、と秀一が懐かしそうに語り出す。
相変わらずのポンコツっぷりを発揮しているその思い出話は、愉快になるどころか自分の知らない秀一の記憶にもやもやするばかりだった。
高校生の秀一と小学生の俺。
今考えるとよくもまああんなに頻繁に俺と遊んでいたものだと思うが、それはあくまで休日の話だ。
同級生とすごす秀一の顔を俺は知らない。
そんなどうしようもないもやもやを振り払うように話を遮った。
「あんたが王子だったら姫の方が世界救っちまうでしょーよ」
「あはは、そうかも。智衣くんが救ってくれそう」
「はあ?それ俺が姫ってことすか?何寝ぼけたこと言ってんすか、寝言は寝てる時だけにしやがれってんですよ」
遮られたことも気にせず、わけのわからないことを言い出す秀一にイライラが募る。
俺が姫?冗談じゃねぇ。
「姫なんてもんはか弱い?可愛い?女がなるもんでしょーが。俺は悪者に攫われて助けて〜なんて言った覚えはねーんですけど」
「うーん……たしかに智衣くんはいつも頼りになってかっこいいけど、可愛い時もあるよ?」
「はあ〜〜??いつ俺が可愛いっつーんですか。節穴超えて目ん玉腐ってんすか?」
そう問い詰めると、秀一は何かを思い浮かべるように目線を斜め上に向けて口を開く。
「えっと……昨夜、とか?」
恐る恐る言った秀一をおもいきり殴る。
そりゃあもう全力で殴る。
「ふっざけんな!アホバカカス!」
「いた!痛いよ、智衣く〜ん」
「いーーから忘れろ。全っっ部忘れろ」
ぐいぐいと胸ぐらを掴みながら睨みつける。
と、秀一が情けない顔を少し悲しそうな表情に変えて言った。
「智衣くんのことで忘れたいことなんて……忘れていいことなんて一つもないよ」
ぐ、と言葉に詰まる。
いつにない声色のこれはこいつの本音だ。
真っ直ぐ見つめてくる瞳に気持ちが揺れたが何とか堪える。
それはそれ、これはこれだ。
「……と、とりあえず!その画面今すぐ変えろ!」
「え〜、やだよ智衣く〜ん」
「変!え!ろ!」
「こんなに良く似合ってるのに?」
「そもそも、成人男性が男子高校生をロック画面にしてることが異常なんすよ」
「そうかなあ」
「そうなんです!誰かに見られたらどうすんですか!」
「誰も見ないと思うけど……」
「あと!あ、あんとき、のこと!二度と口に出すんじゃねぇ!」
「あ〜、ごめん、ごめんね?……恥ずかしかったよね?」
「はずっ、恥ずかしいとか!そういうこと言ってんじゃねーんですよ!あんたはデリカシーっつーもんがないんですか!?このポンコツおたんこなす!」
「ごめん!ごめんってば〜」
散々罵ってから書類を投げつけ、秀一をデスクへと追いやる。
──ロック画面にするなんて思いつきもせず、時々フォルダを開いて眺めている写真があることをこいつには一生黙っておこう。
そう思いながら俺はポケットの上からスマホをそっと押さえた。
END