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    ゆえり

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    ゆえり

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    お付き合い3パターン書く予定でしたが、高校生が何回書いてもしっくり来なかったので、イタリア編オンリーで出そうと思います!SKジョチェ。

    8/22 新刊予定 朝起きて、顔を洗って髭を剃ったら道路を渡ってすぐのところにあるバールへ顔を出す。
    「ボンジョルノ」
     半分まぶたが下りたままの寝ぼけ眼で声をかければ、あとはちょっと強面のマスターが何も言わずともデミタスカップに入ったエスプレッソとコルネットがカウンターの上に出てくる。それを立ったまま食べて、ようやく目を覚ます、というのがここに越してきてからの日課だ。
     虎次郎がイタリアへ来て一年が経った。最初の半年はスペイン広場近くの日本人観光客もよく来るパスタがメインのオステリアに勤めて、通訳兼ウエイター兼キッチン、の要は何でも係。最初の三ヶ月はキッチンに殆ど立たせてもらえることもなく、日本でイタリア料理を学んで調理師免許まで取っていったのに何をしてるんだ、と落ち込むことも多かった。言葉もあまり通じなくて。
    「おはようコジロー」
    「おはよう」
     カウンターの向こうからひらひら、と手が振られる。赤毛の巻き毛がチャーミングな男性は、最初に住んだシェアハウスのシェアメイトで、今の店の先輩シェフでもある。虎次郎を今の店に引っ張ってくれたのも彼だ。
    「なぁコジロー、すごく綺麗な日本人がこの店に来てるぞ」
    「日本人? こんな朝から?」
     ほら、と彼が軽く顎で示すテーブル席を振り返る。女性の好みが非常にうるさい彼がすごく綺麗、などというのは珍しい。どんな美人かと好奇心でいっぱいになった虎次郎の胸は、あっという間に凍りついた。しゃりしゃりのソルベットだ。
    「か、かおる……?」
    「ほぉ、ゴリラになったが日本語は忘れてなかったか」
     薄い唇から吐き出された辛辣な言葉は確かに。確かに。
     長い桜色の髪を後ろで一つにまとめ、涼しげな白いシャツに黒い細身のパンツ。小さめのスーツケースとバックパック。テーブルには泡の減ったカプチーノが置いてあった。
    「お前、なんで……ていうか、本物か?」
     淹れたてのエスプレッソもコルネットも置いたまま、日本にいるはずの幼馴染に近寄る。
    「行くと連絡したはずだが?」
    「は? いつ?」
    「フィウミチーノ空港に着いた時だ」
    「ぎりぎりだろ!」
     しかも今は部屋に携帯を置いてきているからそれが本当かも確認できない。虎次郎が寝ている間に連絡してきたのだろうか。
     突然のことにうろたえる虎次郎を尻目に、幼馴染の桜屋敷薫はカプチーノをゆっくりすすり、マスターに虎次郎の皿と同じものを、と意外なほど流暢なイタリア語で頼んでいた。カウンターで肘をついてにやにや見守る先輩の目が痛い。ほどなくしてカウンターにコルネットが出され、仕方なく虎次郎が取ってきてやった。それを薫は当たり前の顔で口に運ぶ。
    「ていうか俺がここに来なかったらどうするつもりだったんだよ」
    「ここに入ってまず、日本人のシェフ見習いが来たことがあるか聞いたら、毎朝来ると言うからお前だろうと思った。それにお前も毎朝外で食べると言っていただろう」
     さくっといい音を立ててコルネットを頬張ると、切れ長の目がくるんと丸くなった。美味いものを食べた時の顔だ。
     ……懐かしいな。
    「って、俺今日仕事だぞ!」
    「そうか。行ってこい。鍵を寄越せ」
    「はぁ?! いや、俺んち泊まるつもりか?!」
    「そうだが」
     さくさくとコルネットを一つ、食べ終えてしれっと言い放つ幼馴染に頭を抱えたくなる反面、予想通り過ぎておかしくなってしまう。
     一年半、いや、高校を卒業してから三年半。時折会うことはあった。電話で話すことも。けれど、こうやって幼馴染の唐突な行動に付き合うのは久しぶりだ。薫は虎次郎が拒絶するとはきっと思っていないし、結局、その通りだ。
    「わかった、とりあえず行くぞ」
    「俺の分も払っておけ」
    「はぁ?!」
    「キャッシュが今ない。後で両替して返す」
     マジで俺が今日来なかったらどうすんだよ……。
     再び頭を抱えたくなりながら、虎次郎はマスターに二人分の代金を支払って、向かいの自分のアパートに薫を連れて帰った。


    「ただいま」
     薫がいる、とわかっていたから自然と日本語が出てきた。
     とりあえず部屋に放り込んでスペアキーを渡してばたばたと出勤したら「日本にあんな美人な彼女残してきてたのか?」と先輩に散々からかわれた。薫は男性で、恋愛関係ではないとこんこんと説明する羽目になった。ここに滞在している間に一緒に食事でもしよう、と言われて頷いておいた。先輩には世話になっているし、いい人だ。薫もイタリアまで来て虎次郎とだけ過ごすのなんてつまらないだろう。
    「おかえり。腹減った」
    「……言うと思ったよ」
     薫はベッドに我が物顔ででろんと寝そべり、長い髪が床に落ちそうになっていた。
     虎次郎は買ってきたものをキッチンに置いて、その桜色の髪をすくいあげてベッドに戻す。相変わらずさらさらで柔らかくて小窓から差し込む夕陽に照らされて、シャンプーのCMみたいな艶が出来ていた。
    「どっか行ったのか?」
    「ぁん? ぁあ、朝のバールで聞いて、ピッツェリアでテイクアウトして食べた」
     虎次郎が食事用に使っている小さなテーブルには空のピザの箱とミネラルウォーターの空きボトルが置きっぱなしになっている。一緒に、地球の歩き方・ローマの本も。それをとりあげてぱらぱらと見ると、トラステヴェレ地区のページがドッグイヤーになっていた。今虎次郎が住んでいる、ここだ。
    「夜、どっか行くか? ていうかお前、いつまでいるんだよ?」
     上着をハンガーにかけ、寝転がったまま起きない薫を見下ろすとじろっと強い花葉色の虹彩にもの言いたげに見つめ返してくる。そもそも、なんで急に来たんだ。
    「行かねえ。なんか作れ」
    「えぇ……いいけど、ここあんま設備よくねえんだよ。ん、あれ、お前ピアス外したの」
    「あのな、もうすぐ大学卒業だぞ。そろそろ落ち着くだろ」
    「でもお前、大学院行くんだろ? あ、これは残ってんだな」
     桜色の髪の隙間からのぞく耳たぶは、ほんの少しのへこみと小さなシルバーのリング状のピアスが一つだけ残っていた。そういえば唇にあったピアスもなくなっている。リング状のピアスは確か虎次郎がプレゼントしたものだ。野郎同士でプレゼント交換なんて、と言いながらも薫からはイタリアンレザーのコインケースをもらった。それは今でも大事に使っているが、あの頃はイタリアに行くなんて一言も言っていなかったのに薫はそれをくれた。
    「これももう塞ぐ」
     つっけんどんな言い方にむっとしなくもなかったが、虎次郎は諦めて買ってきたものを小さな冷蔵庫にしまう。昨日作った小さめのポルペッティーニがあるからこれをパスタソースにしてしまおう。あとはローズマリー風味のフォカッチャと、シンプルな玉ねぎとベーコンのスープ。
     日本で何かあったんだろうか。
     桜屋敷薫といえば沖縄にいた頃から何をするにも嫌でも目立ってしまうタイプだった。ずっと沖縄に住んでいる南城家とは違い、桜屋敷の家は本家は内地にあり、薫の父は書道、母は華道、確か叔父は日本画の大家という芸術に秀でた家柄で、それに見合って色々とあるらしかった。
     それでも一緒にいた頃は何かあれば虎次郎の家にやってきて、自宅のように我が物顔でくつろいだ上、夜中に滑りに行って高難易度のトリックに挑戦して生傷だらけになって、沁みる沁みると言いながら夜中に海で遊べば、そのうちスッキリしたのか帰って行った。
     高校を出て進む道が分かれた時、薫はけろっとしていた。いつまでもガキじゃないんだから当たり前だろ、と。
     愛抱夢がアメリカに突然行ってしまって、薫はひどく落ち込んでいたから、本当は内地の専門学校に進学して、薫としばらく一緒にいようかと考えた。だが、南城家の懐事情やその頃からイタリアへ行くことを考えていたから沖縄で進学することに決めた。
     時々、電話で話したりすることはあったが、盆暮には沖縄に帰ってくる薫と、休みにはバイトに励んでいた虎次郎とではすっかり生活サイクルも違ってしまって、昔のようにつるむことも無くなっていった。
    「薫、できたぞー」
     そんなことをつらつら考えながら手を動かして我ながら上出来の夕飯ができた。少々ちぐはぐな皿にポルペッティーニパスタとスープ、フォカッチャを盛り付けてテーブルに出した。飲み物はサンペレグリノ。
     のっそりとベッドから起きてきた薫はテーブルの上に視線を走らせると、するするっと白いシャツを脱ぎ捨てた。
    「子供かよ」
    「着替えをそんなに持ってきてない。ずっとトマトソースのシミ付きシャツになるだろーが」
     そういう虎次郎もコックコート以外は濃い色の洋服を好んで身につけるようになったので人のことは言えない。
    「「いただきます」」
     文句を言おうがぶんむくれていようが、きちんと手を合わせる行儀の良さは変わらない。
     フォークを持ってくるくるとパスタを巻き取り、まずは一口。
    「……」
     薫に料理を食べさせるのは久しぶりだ。
     高校を出て以来かもしれない。
     柄にもなく緊張して唇に僅かについたトマトソースを舌が舐めとるまでをじっと観察してしまった。
    「……何をジロジロ見てるんだ」
    「どうだ?」
    「まあ、悪くない。ここまで来ただけある」
     素直じゃない薫の最大級の賛辞。瞳もくるんと丸く大きくなっていたから、嘘ではない。まあ、虎次郎に対して嘘をつく必要もないし。
    「素直に美味いって言えないのかよ」
    「ふん、言わせてみせるんだな」
     そう言いながらも、薫はポルペッティーニとパスタを一緒に巻きとってくわっと大きな口を開けて頬張る。
     マジで気に入ってんじゃん。良かった。
     明日は好物のカルボナーラを作ってやろう。グアンチャーレとペコリーノチーズの良いのを調達して。


     明日は休みだからどこでも付き合ってやる、と言うと薫はベタな観光コースを希望した。バチカン美術館は予約が必要だからパスだけど、サン・ピエトロ大聖堂には行きたいと。そこからサンタンジェロ城、スペイン広場と虎次郎もこっちへ来てからそんなところへは行っていないので一も二もなく同意した。
    「セキュリティチェック厳しいから朝早く行こうぜ。つっーわけでさっさと寝るぞ」
    「聞くまでもねぇけど、お前がベッドなんだよな?」
    「聞くまでもないだろ。明日は譲ってやる」
    「こ・こ・は・俺の部屋だ! こんのわがまま狸!」
    「客をもてなせ」
     勝手に押しかけてきて何が客だ、と思いながらも結局ベッドを譲ってやったし、バスタブがない上たまに水になるシャワーも先を譲った。案の定、虎次郎がシャワーを浴びていたら時々水になった。
    「薫、明日何時……」
     それでもなんとかシャワーを浴び終えて冷たい水を髪から滴らせながらベッドをのぞくと、シーツの上で枕を抱えて薫はもうぐっすり寝ていた。移動で疲れたのか柳眉をきつく寄せて、歯も噛み締めて、全然リラックスしていない。
    「……」
     本人はあまり意識しないようにしているらしいが、薫には昔から神経質なところがある。芸術家らしく繊細と言え、と怒られるだろうが、高校に上がったくらいから不眠気味だったし、林間学校も修学旅行も、枕が変わって眠れなかったらしく、バスの中で虎次郎の肩に寄りかかって爆睡していた。
     髪の毛を片手で拭きながらベッドの端っこに腰掛けて、丸まっている肩口を撫でてやる。案の定、硬く硬っていてゆっくり温めるように掌で撫でていく。
     日本でなんかあったかな。
     遊びに来たような雰囲気じゃないことくらいわかる。そもそも東京とローマはいくらなんでもふらっと遊びに来られる距離ではない。何か余程のことがあってここに来たのだ。虎次郎を頼って。
     虎次郎は頼られるのは嫌いではない。特に、この不器用な幼馴染からは。
     聞き出そうとしたところで、不器用な上に強情な彼のことだ、絶対言うまいとするに違いない。
    「しゃあねぇから、付き合ってやるよ」
     その声が聞こえたみたいに薫の苦しげだった寝顔は少し綻び、肩からも力が抜けていった。
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