流星群 こはあいこは「その日もな、何年に一度だかの流星群が見れるっちニュースがあって、ネット上でもみんなが星を見に行くだのなんだの大騒ぎやった。
それまでのわしやったら、まったく関係のないことやった。わしが暮らしとった座敷牢からは、お天道様もお月様もお星様も、なぁんにも見られへんかったからな。でも今回ばかりは、わしは朝から、ううん、一週間くらい前から、そわそわしとったよ。
その頃のわしは、なんでも話せるような親友ができたばっかりやった。金曜日は次の日がお休みやからって、毎週のように翌朝まで文字を送り合っとった。
せやからその日の金曜日もいつも通り、その子とやり取りをする気満々やったし、わしはひとつ、成し遂げたいこともあった。
────その晩は、Wifiとパソコンを持って、ちぃとだけお庭に出て、その子とお話をしながらわしも流れ星を見たいなぁっち、ひとりで、ひそかに、企んどった。
屋敷内の人間に見つかったら、ひどく怒られるやろうけど。どうしてもその子と一緒のお空を見て、一緒の世界に存在しとるっちことを確かめたかった。ほんで、流れ星を見つけたら、こう願うつもりやった。
『いつか会えますように。会ってありがとうっち伝えられますように。ほんで、ずっと一緒に居られますように。』
……願い事はそう何個も叶わんのかなぁ。ほんなら、今は『いつか会えますように』だけでも、しっかりお願いするんや。そんなことばっかり考えながら1日を過ごしとったよ。
……そう。浮かれとった。
あの子と、……ぬしはんと、ネットで出会ってから、毎日、それはもう浮かれとったよ。
たった独りだったはずの生活に、ぬしはんが存在してくれるようになった。それはほんまにすごいことやった。
全てが、初めての感情やった。言葉が返ってくるたびに脳のへんなところが気持ちよくなって、通知がずぅっと気になった。好きとか特別とか言ってくれるたびに心臓がかぁーって熱くなって、部屋じゅうを右へ左へ歩き回った。楽しかったことも悲しかったこともどんなことでも、ぬしはんの話をきかせてもらえることが幸せやった。いつかは、ぬしはんにもっと大切な存在ができて、こんなふうにやりとりができなくなる日がくるなんて考えたときには、ずっと独りやったときには到底感じたことのなかったような寂しさと、失いたくなさにおそわれた。
金曜日の21時54分。ぬしはんが毎週のように見とる音楽番組かなにかが終わるころ。そろそろSNSに何か投稿し始めても良ぇと思うんやけど、その日にかぎっていっこうに、ぬしはんは現れなかった。
別に、約束をしとったわけではなかった。それまでやって、約束をして金曜日にお話をしていたわけではなかったからな。
先週末に『来週は流星群が見れるんだって』と教えてくれて、『いつか一緒に見れたら嬉しいなぁ』と返した。そうしたら『きみと見れたらおれも嬉しい』って、返してくれた。それだけやった。
それだけやったのに、それからの一週間、わしはぬしはんと一緒に夜空をみることばっかりを考えて、浮き足立っとった。
23時を過ぎてもぬしはんは"こっちの世界"に来なかった。今からでも、ダイレクトメッセージでもなんでも送って誘えば良ぇのに、なんとなく、躊躇われてしまった。
もしかしたら、ご家族やら、他の人と約束をして流星群を見とるのかもしれない。中間テストっちやつで忙しいのかもしれない。スマホの通信制限にかかって、SNSができないのかもしれない。こんなことは無いと信じたいけど、なにか病気や事故でスマホを触っている場合ではないのかもしれない。
わしは、ぬしはんの心の奥底を知ることはできても、今どこで何をしとるんか、どんな状態なんか、正しく知ることは一生できないんやって痛感して、途端に切なくなった。
願ったって会えるわけやないってとっくに悟っとったのに、せっかく完璧な脱出ルートを1週間も考えつづけたんやからと、勿体ない精神が働いた。Wifiもパソコンも持たずにひとりでこっそり外に出た。楽勝やった。家族も別に暇やなかった。四六時中わしなんかのことを監視しとるわけでもないんやと気づくと、今日はなんだか世界中に自分だけしかいないような気持ちになった。
夜空を見上げた。……暗い。寒い。ネットでさんざん見ていたような満天の星空はそこには広がっとらんくて、なんなら星なんかは1つしか見えなかった。パソコンのやりすぎで目ぇ悪くなったんかと思ったけど、どれだけ見たって星は1つしか見えへんし、流れ星やって現れる気配もなかった。
その日さんざん眺めていたぬしはんの最新の投稿が『さむすぎ』やったからやろうか。夜空の下で寒さを感じているそのときはなんでか、画面上で言葉をやりとりしとるときよりも、本当にぬしはんと同じ世界に居るような気分になれて、心があたたかくなった。
ずっとこのまま、身体の寒さで心をあたためとっても良ぇと思ったけど、やっぱり寒いんは苦手や。ほならもうお部屋に帰ろう、ひとりに戻ろうと思ったところで、目の端のほうで一瞬だけ光が煌めいてな。
あれが流れ星やったんかはわからんけど、わしはすぐさま、やっぱり、願わずには居られんかったよ。」
左隣にいる藍良に目をやると、語りかけ始めたときと変わらずに、すうすうと寝息を立てていた。
「うん……あったかいなぁ」
ふたたび夜空に目をやる。あの日と同じように、まともに見える星が1つほどしかない。じっと見つめていると、目の端のほうで一瞬だけ光が煌めいた。もしかしたら、やっと、流れ星。
ずっと一緒に居られますように。ずっと一緒に居られますように。ずっと一緒に居られますように。そう願っている間に、身体の左側に感じられていた熱は目の前に移動をしていて、星なんかは1つも見えなくなった。