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    matafuetahito

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    matafuetahito

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    カズヤギ。

    今日はすき焼きです。 ここは神奈川県警吸血鬼対策本部の本部長室。
     2人っきりで、カズサはヤギヤマから業務報告を聞き流している。
     徹夜もそろそろしんどい年齢になったなぁ……とぼやけた頭でそんなことを思う。ヤギヤマは淡々と報告を続けている。それをいいことに、カズサは目の前の男を見つめる。
     昔はこの男をこんなに長い間見つめることなんて出来なかった。いつの間にこんなに2人で時間を重ねたのだろう。
     ヤギヤマの姿は盗み見していた昔と全く変わらない……なんてことはなかった。
     肌はハリが衰え、代わりに落ち着いた柔らかさがある。目の下のシワも表情を変える時だけではなく、小さなものが常時伴っている。顔の肉が薄く弛んで、頬骨の影も昔より濃く、それら全てが……。

     仕事中に全く何を考えているんだろう、カズサは一旦ヤギヤマから目を離した。そして自分の中の勤務中らしからぬ燻る疾しさを払拭するためにちょっと場の空気を変えてみようと思った。

    「ヤギヤマ……お前も老けたなぁ……」

     そう言った瞬間、ヤギヤマが止まった。そしてゆっくりとカズサを見つめる。目や眉の形は優しいのに実際は背筋の凍るような目線を投げかけられた。

     しくじった。

     そうは思っても、何も弁明が思い浮かばない。ヤギヤマは静かに慌てるカズサをよそにそっと背後に回り込む。優しく後ろから抱きしめられて、カズサは混乱した。怒ってないのか?
     しかし首に絡んだ腕は不穏な動きをしていた。

    「ちょ……まっ、やぎ…ゃ……」

     次の瞬間、カズサに意識はなかった。

     目覚めた瞬間、頬に柔らかさを感じた。机に突っ伏した状態でクッションが頭に敷いてある。ヤギヤマに意識を落とされて、ついでにしばらくそのまま眠ってしまったらしい。
     目の前に束ねて置いてある書類は所々付箋が貼ってあり、そこに目を通して印鑑を捺せば多分終わるようなもの。
     クッションと書類から見られる厚意と税金を無駄にしないためにここは早く仕上げて帰ろうと思った。

     早々に仕事を切り上げて、帰り際にヤギヤマの行方を知らないか署内の人たちにそれとなく尋ねる。普段ヤギヤマの行方を聞く必要はない。だからこうして尋ねていけば署内に2人に何かあったと触れ回るようなものだけど、カズサにはまだ連絡を取る勇気がなかった。
     ヤギヤマは既に署内を出ていた。


     肉を買おう。ガチャ100回、いや150回分くらいの……。肉屋に向かいながら、カズサは謝罪のため理解を深めようと思った。
     そもそも、ヤギヤマがあんなに怒ったのに驚いた。確かにデリカシーに欠ける発言ではあったが、いつものように呆れられて小言を受けるくらいだと思った。
     ヤギヤマが自身の美にあんなにこだわりがあるとは。
     昔からそうだったのだろうか?随分長いこと連れあってきて、お互いの最低限のラインを知り尽くしているものと思っていた。それはカズサの思い上がりだったようだ。
     通じ合っているつもりだった。でもそれは自分だけで、実は相手の寛大さの中にただ浸っていただけなのかもしれない。
     離さないと決めたのに、こんな風に距離を感じるのはいやだ。肉を携えて帰る足は自然と早足になる。

     玄関を開けるとほんのり我が家のすき焼きの匂いがした。

     まるでエスパーかと驚いているカズサに一瞥もくれず、ヤギヤマは言った。

    「おかえりー。お湯は準備してないけど先に風呂入って来なよ。あっ、肉はこっちに渡して」

    「お前……なんで俺が肉買ってくるって分かったの?」

     肉を取り上げてヤギヤマはため息をつく。

    「本当、なんでだろうね。やんなっちゃう。そんなことどうでもいいからさっさと風呂入って来て。早くすき焼き食べたい」

     弁明のチャンスも無くカズサはそう言われて風呂場へ追い払われた。


     風呂から上がるとダイニングテーブルにはホットプレートが準備され、2人分のすき焼きの準備がしてある。
     ヤギヤマはリビングのソファで横たわりながら携帯をいじっていた。カズサはすぐさまその前で正座の体制をとった。

     「ヤギヤマさん!この度は配慮に欠ける発言っ!誠に申し訳ありませんでしたっ!!!!」
     
     頭をきっちり下げて謝罪した。
     携帯を傍に置いて、座り直したヤギヤマが言う。

    「……。自分がデリカシーのない発言したこと、本当反省して下さい。そして僕にはもちろん他の人にも冗談のつもりでも絶対言わないこと」

    「はい……」

    「なんか含みがあるな……納得できないならどうぞ?」

    「……ん、納得できないとかじゃなくて、俺今回のことでヤギヤマのこと実は全然理解してなかったんだなぁって思って、結構本気で落ち込んでる」

     ヤギヤマは眉を顰めるが口を挟まない。カズサは弁明を続ける。

    「だってさぁ、俺の中ではあんな軽口、ほっぺつねられて終わりだと思ったんだもん。でもこんなにヤギヤマが傷つくなんて……。俺、ヤギヤマのこと好きだよ。こんな事言ったらまた怒られるかもしんないけど、歳を重ねたってヤギヤマのことす……」

     カズサの思いは伝え切る前にクッションを投げられて遮られた。

    「年取ってもどんどんカッコよくなっていくお前が言うなっ!!!!」

     そしてヤギヤマの暴露を受けた。

    「お前はさ、別に昔っからカッコよかったけど髭生やしたりとか、ニヤついた時の口元の深くなったシワとか、あと貫禄とか!どんどんカッコよくなっててムカつくんだよっ!」

     カズサはクッションでボフボフと攻撃されながら口元が綻ぶ。まだ吐き足りないヤギヤマは続ける。

    「別に離れてくつもりとかないし覚悟決めてるけど、お前の側にいようって、相応しくいようって思ったら僕だけが普通に年食ってくのが惨めに思えるんだよっ!ばかばかばかっ!」

     クッションの攻撃は尚もカズサに当たり続けるが顔が崩れるのは止まらない。カズサはヤギヤマを抱きしめて攻撃をやめさせた。
     そしてヤギヤマの頭、顔、手、そこらじゅうにキスを降らせた。

     「俺さぁ……今朝お前から報告受けてる時、昔はこんなに堂々とヤギヤマのこと見つめる事できなかったなって思って……そんでさぁ、昔と変わったお前見てたらさぁ……なんかこう……疾しい?愛おしい?気持ちが湧いてきちゃってさぁ……」

    「あなた、仕事中になんて事考えてるんですか」

     素直になったカズサに腕の中の恋人は辛辣だった。しかし満更でもないのは伝わってきたのでまた愛おしさに任せてぎゅーっと抱きしめる。

    「すき焼き、食べよう?」

    「んー……あともうちょっとこうしてたい……」

    「デザートに水羊羹買ってあるから」

    「……分かった」

     水羊羹に折れたカズサは名残惜しくも晩御飯に向かった。



     今日のすき焼きはとっても美味しかった。
     
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