※こう見えて2人は突き合っている☆この本は現パロ時空で同棲している槍と弓の日常を
まとめた全年齢同軸リバSS本です。
☆作者が思う2人が詰まっています。
1.
「よっ、と。とりあえずこんなもんかね」
「そうだな。少し休憩しよう」
築年数は古いが、綺麗な一軒家を二人で借りた。
住んでいた部屋を解約し、わずかな荷物を運び込むだけの引越し作業を終える。
二人で選んだダイニングテーブルに揃いのマグカップを並べると、ティーバッグにケトルの湯を注いだ。
「ベッドが届くのは明日だろ?」
「ああ」
「夕飯はどうする?」
「食器類はあるから、買い出しに行けば作れるが」
「なら今日は外食にしようぜ」
「何か食べたいものでも?」
「ソバ」
「ふ、珍しい」
「引越ししたしな」
空になったマグカップを軽く流し、少し低めのシンクに置く。
我々の新居は、郊外にある二階建ての賃貸だ。築年数はそれなりだが、古めかしい雰囲気はない。誰かが誰かと暮らすために建てた家。きっと様々な理由から手放された家。
オーダーされたシンクの高さや、柱に残る傷、部屋によって違う壁紙。そういった幸福の断片を見つける時、この家にランサーと住めてよかったと私は密かに思っている。
用意を済ませたランサーは、先に車内で待っていた。
玄関を施錠し小さな庭に目をやると、花のない桜の木が揺れていた。
膨らみかけの蕾は、もうすぐ綺麗な花を咲かせるだろう。
「いってきます」
私は物言わぬ先住者に挨拶し、車の助手席へと乗り込んだ。
2.
この家にはささやかなルールがある。
それはオレたちが同棲を決めた時、二人で考えたものだ。
「悪い、シーツ出し忘れた」
「……チェック1だぞ」
ルールその1。
ベッドを二人で使った日は、必ずトップが片付けをすること。
今朝は出勤ギリギリに目覚めたせいで、帰宅するまで出し忘れにすら気付けなかった。ルールを破ればチェックが貯まる。チェックはポイントみたいなもので、1点でひとつ“おねだり”ができる。不満は貯めても得はないが、ポイントなら嬉しいだろう? と得意気に提案されたので、そういうことにしておいた。
なお、即消費するオレと違い、アーチャーはチェック貯金をし続けている。
「今から洗濯回してもいいか?」
「ああ、ならついでに私のも交換するよ」
「了解。やっとくぜ」
「ありがとう」
カレーの香りに包まれたリビングを後にして、オレは二人分のシーツを回収する。
まずはアーチャーのぶん。実を言うと、アーチャーの匂いを抱えて歩くのは嫌いじゃない。むしろ好きな部類だ。続いて汚したシーツを回収すると、腕の中から二人の諸々が混じった匂いがした。匂いってのは不思議なもので、それだけで昨晩のアーチャーが鮮明に蘇り、オレの身体も(どことは言わないが)元気になる。
洗濯機に放り込んだシーツらは、あっという間に洗剤と柔軟剤、水でもみくちゃにされていった。数時間後にはカラっと乾いて、すっかり清潔になるだろう。
「なぁ」
キッチンに立つ男の肩に顎を乗せ、首筋に顔を寄せる。
汗。整髪料。柔軟剤。カレー。
それらが混じった本日のアーチャーの匂い。
いつだって同じようで違う、男の纏う香りごと背後から抱きしめる。
「あー……」
「ふ、どうした?」
「今日こそ使えよ、ポイント。どんなおねだりだって聞くぜ?」
あんなことも、こんなことだって。服を着ていてもわかる曲線に指を這わせて、もう一度ぎゅうと抱きしめた。
「……ランサー」
「ん?」
「今夜は、私が上でいいかね?」
「……それ、“おねだり”か?」
「ルール通りだとも」
ルールその2。
上下は基本、交代制。
何かにムラついたのは、お互い様らしい。
3.
肌寒さを感じる今日この頃。二人分の予定が書き込まれた十月のカレンダーを破ると、今年があと二ヶ月という現実を実感させられる。十一月といえば、その語呂合わせから「いい◯◯の日」が非常に多い月間だ。ちなみに初日である今日は1(わん)1(わん)1(わん)で、犬の日でもあるらしい。
「ふあ、はよ……」
ひどい寝癖のまま起きてきたランサーも、私に並んでまっさらな十一月のカレンダーを眺める。
「あ、今日給料日じゃん」
「そうだな。今日は退勤後に買出しに行くが、何かリクエストはあるかね?」
「んー……なら、肉で」
「雑なリクエストどうも。ああ、ちなみに今日は君の日だぞ」
「オレの日? 十一月……いい、男の日とか? うわ、やべ」
横目で現時刻を確認したランサーは、その答えを深く追求せぬまま身支度を始める。せめてものヒントにと、私は弁当袋の中に犬のクッキーを忍ばせておいた。
その夜、ランサーは見覚えのある紙袋を手に帰宅した。
「おかえり」
「ただいま。ほい、お前の日」
「私の日?」
「今日、紅茶の日なんだってな」
そう言って渡された袋を開くと、愛用中の紅茶(安価で大容量、庶民の味方といったティーバッグ)に可愛いリボンが巻かれている。
「わざわざ包装を?」
「店員がプレゼントですか~ってな」
「ふふ、ありがとう」
「しかもなんと、いい男はケーキも買ってきた。んで、オレの日のメインディッシュは?」
「君の好物ばかりさ、ダーリン」
食卓に並ぶのは、骨の形をしたミートローフだ。
「うまそう!」
「今夜は特別なトリミングも用意しているよ」
そう囁くと、我が家の猛犬さんはブンと青い尾を振ってみせた。
4.
年末年始の休暇が被ったため、ランサーと雪山にやってきた。
目的はもちろん、ウインタースポーツである。
「お、今年はスキーか?」
「ああ、たまにはね」
目が眩みそうな柄のウェアを着込んだランサーは、それに負けない極彩色のボードを抱えている。その一式は、全て自前のものだ。
私はウェアこそ自前ながら、道具は現地のレンタル品である。保管場所や利用頻度、メンテナンス費用を考慮すると当然そうなる。また、ある程度使いこまれたもののほうが、久々の身体には使いやすい。
「君なら迷子になってもすぐ見つかるな」
「そりゃドーモ。そういうお前さんもSPみたいでかっこいいぜ」
「褒めてるのか、それは……」
白い息を吐きながらリフト券を買い、早速頂上を目指す。
久しぶりに着込んだ装備たちは、着ぐるみに近い着心地だ。手足を上げるにも一苦労しつつ、ゆっくりと、より寒い場所へと登っていく。わずかに露出した肌に当たる風が、刺さるようでいて妙に心地良い。
「あーこの感じ、ひっさびさだな」
「ああ。気管から凍りそうだ」
「そうそう。しばれる(・・・・)って最高」
「興奮してもコースアウトは厳禁だからな」
「おう。生きて帰って暖房ガンガンの部屋で全裸アイスまでがウインタースポーツってな!」
「そこまでは言ってはいない」
あんなに小さかったリフト降り場が近付いて、ついに雪面に触れる。
あとは立ち上がるままに重心を移動し、緩やかな傾斜に従って前進する。後続の邪魔にならない地点まで滑って停止したあとは、装備を再確認し目の前の景色を見た。
吐き出す息が、まるで雲のように白く漂う。時が止まったような銀世界に見惚れていると、ビンディングを締めて立ち上がったランサーが私の肩を叩いた。
「うし、こっからは競争だな」
「何を賭ける?」
「もちろん昼飯!」
であれば、これは負けられない戦いだ。ゲレンデのカレーとラーメンは、何故だか平地と味が違う。そう感じるほど、過酷な世界を遊ぶ贅沢。
今年は券売機の前で悩まぬよう、滑りながら決めておかねばなるまい。
5.
一軒家の風呂場は広い。
浴室であれこれするにも便利だし、足を伸ばして入浴できるのがなにより良い。
我が家のルールでは、入浴剤の決定権は風呂掃除をした者にある。ということで、今日はオレの番ってわけだ。
特別こだわりがあるわけじゃないが、アソートから選ぶのは楽しみがある。といいつつ、オレは大抵はヒノキを選んでしまう。ヒノキはいい。アーチャーの肌がふんわり木の香りを纏うと、なんかぐっと来るものがあるからだ。
浴室に入り、まずは頭からシャワーを浴び、長い髪を流す。
そのまま顔、肩、胸と湯で流し、大事な息子も丁寧に洗う。さらにシャワージェルを数プッシュ手に取り、全身をざかざかと擦った。
身体を洗い流した後は一度湯に浸かり、あ゙ーっとおっさんのような声をあげる。
子供の頃はその行動が不思議だったが、この歳になると自然と出てくるようになるし、なんなら出したほうが気持ちいい。
湯の中で揺れる髪は、いつもよりやや暗い青に見える。正直、長い髪は洗うのも乾かすのも面倒でしかない。それでも切らずに伸ばしているのは、あいつが気に入っているという、単純な理由。
湯から上がり、もう一度髪を濡らす。アーチャーが買ってきたシャンプーを三プッシュして、指の腹でしっかり洗う。そしてこれまた用意されたトリートメントを毛先に塗り込み、雑に結んで洗顔料を手に取った。泥入りらしい。なんなんだろうな、泥ってよ。
そのまま洗顔料もトリートメントも洗い流し、顔面を手で拭う。
鏡に映る男は、左右対称で悪くない顔をしていた。
「……髭、剃っとくか」
アーチャーの好きなものを手入れする時間は、オレも嫌いじゃない。
* * *
一軒家の浴室は広い。
住むまでは掃除が大変かと思っていたが、この体格ゆえむしろ掃除もしやすかった。
今日は私が掃除係なので、入浴剤を選ぶ権利がある。
浴槽の特性上、濁りや粘度のある入浴剤は非推奨だ。そのため、我が家にはごく一般的な炭酸系タブレットが常備されている。ラベンダーの在庫が多いので、今日はそれを選んで入れた。
湯の中で泡を吐き出す入浴剤は、鮮やかな紫色と共にラベンダーの香りを漂わせる。ハーブの万能薬と名高いラベンダーではあるが、あまり選ばれないところをみるとランサーの好みではないらしい。
そうして入浴剤が溶けていくうちに、髪を洗ってしまう。
特にこだわりはないが、シャンプー類は行きつけの美容室で勧められたものを置くことにしている。お互い整髪料を使うので、しっかり洗浄できるものを選んでもらった。
ワンプッシュしたトリートメントを毛先に馴染ませ、その間に石鹸で全身を洗う。
石鹸はドラッグストアの安価なものだ。この歳まで色々なボディーソープも試してきたが、結局石鹸が一番肌に合うし、トラブルも少ない。
全身を洗い流してから軽く浴室の壁も流すと、ようやく湯船に身体を沈めた。
「ふう……」
たまにだが、ランサーと風呂に入ることがある。そんな時、彼が湯に浸かる私の横で、何気なく性器を洗う姿を見るのが好きだったりする。
あの瞬間、彼のそれは皮膚の延長であり、彼の制御下にある肉体の一部でしかない。いつものように育たないそれが、妙に愛おしく見えるのだ。
また、おっさんのような声を上げて湯船に浸かる際、浮力で天井を向くそれの頼りない姿も大変良い。
「今日はラベンダーちんちん、か……」
風呂場での独り言だ、許されたい。
6.
突然だが、オレが夏至生まれだというと、不思議と納得されることが多かった。
誰に話しても似たような反応をされるので、これはオレにとっての鉄板ネタの一つである。当然アーチャーにも話したことがあるが、それを聞いたアーチャーは少し変わった反応で、「なるほど、君の幸運値の低さはそこからか」と宣った。
「幸運値ぃ?」
「おみくじは御存知かな?」
「もちろん」
「なら話は早い。一説によると、おみくじで大吉は引かないほうがいいらしい。曰く、引いてしまったその瞬間が幸運のピークになるからだそうだ」
「へええ、そいつは初めて知ったぜ」
「夏至といえば一年で最も昼の長い日だろう。となると、君は夏の大吉男ということさ」
「生まれた瞬間が、運のピークだと?」
「そうとも取れる、かもな」
自身の生まれをそんな風に考えたことは一度もなかったが、思い当たる節はかなりある。なぜなら、ここぞという所で決められない自覚があるからだ。
「縁起悪……このネタ封印すっかな」
「君、案外詐欺に遭いやすいだろ」
なお、アーチャーの誕生日も聞くと、意外にも春ど真ん中の生まれだった。
特に予想もしていなかったが、そう聞くとなんとなく似合わないと思ってしまう。
微妙な反応を示したオレを見たアーチャーは、少しも嫌味なく笑った。
「ああ、大体皆その顔をするよ。私もそう思う」と。
でも今ならば、アーチャーは春男だと、なんとなく納得しているオレがいる。
7.
私はこう見えて、チョコレートが好きだ。
なのでバレンタインは、大変心躍るイベントである。
正月ムードが過ぎ去った途端、デパートは赤を基調とした催事場作りに勤しむ。ショーケースに並べられる新作から定番チョコ、普段は買えない海外ブランドも見逃せない。その胸の高鳴りたるや、デパートの催事場に夢の国が顕現したと言っても過言ではない。
気になったものを片っ端からカゴに入れていくのが後悔しない秘訣だが、冷蔵庫の空き容量とは要相談である。
「ランサー、こちらがモモゾフの新作だ」
「ん」
「味が四種類あるぞ。飲み物はコーヒー、紅茶、それともウィスキー?」
「あー……」
「どうした?」
いつもなら即答する男が、今日は何やら歯切れが悪い。
「いや、うまいんだけどさ。毎年この時期太るんだよなぁ~って……」
確かに、チョコレートは脂質の塊。特にナッツ入りともなれば、美味しさと共にハイカロリーも約束されてしまう。
「わかる。私も気付いてはいる。でも……すごく美味しいから、君と食べたい」
「あ~あ~わかっててその顔してんな? いいんだな? 太ったら『運動』が増えるってことで」
「もちろん」
二月は我が家も夢の国。ほんの少しの堕落と誘惑に、チョコレートはよく似合う。
8.
朝食が洋食の日、私はトーストを焼きながらドリップコーヒーを用意する。
豆は深煎り派、その都度適量を挽く時間も嫌いじゃない。
実はこうしてコーヒーを淹れるたび、私には思い出してしまう記憶があった。
――ランサーは、知り合った当初からコーヒー好きを自負していた。
それは初めての待ち合わせ、小さな喫茶店で聞いた趣味のうちの一つだった。
その時はそれ以上聞きもしなかったが、紆余曲折あって互いの家に行き来する仲になった頃のこと。
そういえばとコーヒー好きを思い出し、食後にドリップコーヒーを出したのだ。
それを一口飲んだランサーは血相を変えて一言。
「うますぎる。どこのインスタントか教えてくれ……!」 ――
「ふ……」
私が「これはインスタントではない」と言った時のランサーの顔を思い出すと、思わず口角が上がってしまう。
難しいことはなく、なぜだかランサーはその日その瞬間まで、インスタントコーヒーは家庭用、豆だの粉だのは業務用だと思っていたらしい。
最近のインスタントはどれも美味しいし、店と味が違うのはそういうものだと思い込んでしまえば、まぁ、あることなのかもしれない。
それ以来、より広くコーヒーの世界を開拓していったランサーであるが、職場では今もインスタントを愛用しているそうだ。
「おはよ」
「おはよう、今朝もいい男だな」
「お前もなダーリン。今日はどれ淹れたんだ?」
「先日君が買ってきてくれた春ブレンドだよ」
「お、味気になってた。……ん、アーチャーが淹れたコーヒーが一番うまい」
「それはよかった」
お気に入りのコーヒーと、好物ばかりの朝食を二人で食べる。
当たり前で、二度とは戻らない平凡な時間。
私はきっとこれからも、コーヒーを淹れるたびにあの瞬間を思い出すだろう。