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    ひ゜ぃ

    @Pi_dice

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    慈光のモーニングルーチンと朱類くん短編

    モーニングルーチン「すまん朱類。悪いが慈光を起こしてきてくれないか。一時間は寝かせてやるって話で休んで貰ってたんだが急な呼び出しで、十分後には顔を出してほしくて」
    「え、慈光さんて寝るんすか」
    「お前あいつのこと何だと思ってるんだ?」

    ロボットじゃあるまいし。朗らかに笑う黒西に腑が落ちぬと生返事をして、朱類将来は言われた通り仮眠室へと向かっていた。
    件の男をロボットなどと思っているわけではない。ただなんというか、未だに掴みあぐねているというか。正直疲労に喘いでいる姿もあまり想像がつかなかった。
    ……無論、そのようなことは全くない。彼も人並みに疲弊するし激務に呪詛を吐く日もある。ただただ、悟られにくいのだ。例外はあるが。

    一応ノックをし、扉を開ける。所狭しと寝台が並んだその空間はしんと静まり返っており、一見ひとの気配などないように思えたが、確かにひとつ使用されているらしい区画があった。
    一時間ほどあった筈の休息時間は、僅か二十分ほどになってしまったらしい。仕事である以上仕方はないが、自分がその状態で起こされたら確実に不機嫌になるだろうと朱類はひとり頷く。相手は上司で、人間味も正直薄いが人間だ。悪態のひとつやふたつ吐くかもしれないから、もしそうなら同情しますと受け止めてやろう。そんなことを考えながら遠慮なくカーテンを引く。引いて、男は思わずたじろいだ。
    寝息ひとつ聞こえやしない。男の寝姿は恐ろしく静かだった。重力に従い、ただ流れているだけの鮮やかな髪。地肌に列然と影を落としながら瞼を縁取る、長く揃った睫毛。血色が悪いわけでは決してなく、姿勢こそ回復体位に近い形をとっているものの身動ぎの一切、唾液のひとつ飲み込む気配すらないそれは剥製か何かのようで若干不気味だった。死んでいると言われたら正直信じてしまいそうだ。

    「じ、慈光さ〜ん。生きてます〜?」

    とりあえず肩を軽く掴み、男の身体を揺らす。何となくそんな気はしていたが、身体に触れ数秒とせず男は瞼を持ち上げた。能面のような瞳と視線が合う。キャッチライトの一切を受け付けないらしいそれはそれこそ作り物めいていた。

    「招集ですか」

    身を起こさぬまま男はそう短く問う。普段と変わらぬ独特な声音だった。

    「あ〜、そうっぽくて。いや、お疲れ様す、マジで。えと、十分後らしいす。黒西さんとこ」

    朱類がそう答えれば、男はゆるりと身を起こす。佇まいに乱れはない。強いて言うなら癖の強い髪が多少潰れて落ち着いているくらいだろうか。

    「……慈光さんて朝起きてメシ食って出勤してるんすよね」
    「はい?どうしました藪から棒に」
    「今日の朝メシなんでした?」
    「吉野家の朝定食スけど」
    「朝起きて最初にすることは」
    「歯磨き」
    「メ……チャクチャフツーすね……」
    「なんの質問スかこれ」
    「個人的な興味す」
    「エ?朱類サンってそういう…?」
    「ハ?はっ倒していいすか?」
    「冗談スよ。じゃあ、俺行くんで。助かりました」

    男は一度へらりと笑い、死人のように眠っていたとは思えぬ所作で立ち上がる。手元の数珠が音を立てて揺れた。思えばこれを外しているところを朱類は見たことがない。大切なものなのか、もう癖づいているのかは分からないが、なんとなくちゃちなものではない気がした。…何となく、だが。

              ♦︎

    男の起床はいつも定刻で、ケータイのアラームも万一に備え仕掛けてはいるが完全に保険と化していた。時刻を確認し身を起こす。寝具にこだわりはなく、どこにでもある安物のパイプベッドで男は毎晩眠っていた。カーテンを開け、その足で洗面所へ向かう。定位置にある歯ブラシを水に通し、ドラッグストアで適当に買った歯磨き粉を定量使って歯を磨き、適当に顔を洗った後ダイニングでぼんやりと一本煙草を吸う。少なくとも自宅ではそれが朝のルーチンだった。それは今日とて変わらない。男は寝巻きのまま煙草を吸っていた。上る煙が換気扇に巻き上げられ消えてゆく。

    大概、何時に就寝しようが起床は決まって六時を過ぎるか否かの瀬戸際、夏なら既に明るく冬なら朝日が昇る時間帯であり、男は特に冬場の静謐なその時間が好きだった。
    三十代男性の平均起床時間は六時四十分らしい。それと比べると些か早いが、これでも多少は社会に合わせ矯正したのだと、己を一度顧みる。
    雲水の真似事をしていた頃、男の起床時間は三時半だった。礼拝は勿論日常生活、それこそ日々の食事や睡眠の摂り方にまで事細かに定められた厳格な所作と作法が存在する伽藍でそれを守りながら、馬鹿正直に生活していたのだ。寝姿が静か過ぎて怖いだの、日々の態度や顔の割に食事の仕方に品があるだの、半ば悪口に近い賛辞を受けがちなのは明らかにこの頃の生活習慣が起因していた。それ以前の記憶はない。少なくとも男の中では焼いて叩いて捨てた情愛だった。
    ステンレス製の灰皿に火を落とし、男は換気扇を止め立ち上がる。明けない夜はない。変わらぬ朝が始まった。
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