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    zundoko_hoihoi

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    zundoko_hoihoi

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    碧さんと海星 もうダメです こんなものを書きたかったわけじゃない だめだ おわり 全部おわり

    時は2月某日、節分もバレンタインも過ぎ、賑わった世間は少しずつなりを潜め、春の訪れを感じさせるやわらかな日差しと風が頬をくすぐっていく。

    ふあ、と間の抜けた欠伸をしてから伸びをする。向けた視線の先にある時計は午後8時を指していた。
    つい先ほどまで作業をしていたパソコンを閉じて、そろそろ夕食の支度をしようかと椅子から立ったその時、スマホからメッセージの着信音が鳴り響いた。
    もしや、と思って勢いよくスマホを手に取り開くと、予感の通り、玲川碧からの着信だった。

    「前話してた飯行こうって話、来週の日曜日とかどう?俺は今のところいつでも大丈夫だから、海星に合わせる」

    二言ほどに分かれて送られてきたメッセージに三、四回ほど目を通して、すう、はあ、と深呼吸をする。
    高揚感にさわぐ胸をそのままに、今にも叫びたくなる気持ちをぐっと堪え、震える指で返信をする。

    「僕もその日で大丈夫です、楽しみにしてます」

    猫のスタンプを添えたその一言に思ったよりも早く既読が付き、しばらくやり取りが続いた後、待ち合わせの時間が決まったあたりで切り上げる。
    例の一件、二件…?があった後の食事など、これはもう実質デートなのではないだろうか、正直、あれから自分たちの関係をどう言葉で表したらいいのかわからなくなってしまったような気がするが…とごちゃついた思考をなんとか振り切って食事を済ませ、風呂に入った辺りでまたぶり返してのぼせた。

    そしてその日はやってきた。珍しく朝日が昇るよりも早く目が覚める。正確には楽しみすぎてあまり眠れなかった、が正しいのだが、そんな遠足前の子供のようなテンションなのは流石に恥ずかしすぎるな、と自嘲しながらシャワーを浴びた。

    この日のために、数年ぶりに服も買ったのだ。2月のデートにおすすめですよ、とずいぶんかわいらしい色合いのセーターからパンツまで、あれよあれよと全身をコーディネートされた上に「冬物はそろそろセール対象ですので」と値引きもされてしまった。
    どうせなら春物もここに買いに来よう…と完全に相手の手のひらの上になっているのだが、気づかないふりをしながらおろしたての服に袖を通す。

    あらかた準備も終えて時計に目を向けると、針は午前8時半を指していた。
    待ち合わせの時間は10時半のため、流石に早く起きすぎたと思いながら、ふといつも使っている鞄を見やる。
    その鞄の内ポケットには、小さなリップグロスが入っている。

    時は少し遡り、三日程前の話になる。
    海星が服を買いに行ったのは大型商業施設内のとある一店舗だったのだが、その服屋とちょうど繋がるように化粧品店が併設されているため、服を買い終えて完全に気が抜けた自分に店員が目を付けたのか、
    気づいた時には両手はタッチアップの猛攻を受け、人でも殴ったのかと思うほど赤くなった右手には、試供品のキャンペーンとして渡された新作のリップグロスが握られていた。
    こんなものを渡されても…と思いはしたが、なんとなくメーカー名で検索をかけると、そのリップグロスと同じものらしき商品の紹介サイトが目に入る。
    女性のアップの写真と共に、横には『くちづけしたくなる唇に』というキャッチコピーが載っている。
    …初めて恋をした女子中学生のような妄想を一通り終えた頃には、自分の顔はきっと茹だったタコのようになっていただろう。

    使いどころを悩みに悩み抜いた末、今日この日までずっと鞄の中に眠らせてしまっていたが、流石に開けずにこのままなのは…と思い、おそるおそるリップグロスの封を開ける。
    ふんわりとしたピンク色で、海星の小さな手のひらに収まるほどのサイズのそれは、傾けるときらきらと中のラメがちらつき、ほんのりと蜂蜜のような香りが鼻をかすめる。
    問題はこれを本当につけて行くのかという話だが、たかが唇に塗っただけで何か変わるのだろうかと、化粧に疎い自分にはさっぱりわからなかった。
    姉の七海が聞いたら平手チョップを食らわせられそうだが、今日だけは、この手の中にあるきらめきを信じて良いだろうかと思い、脱衣所へと向かう。
    チューブ状のそれを人差し指に少し乗せて、ゆっくりと伸ばす。
    あまり顔色の良くない自分の唇が、ほんのりと恋の色に染まっていく。今までの人生で見たことがないほど艶やかになった自分の唇に動揺を隠せず、近くにあったティッシュで全部拭き去ってしまおうかと考えたがぐっと堪え、余計に塗った箇所だけをそっと押さえて拭った。
    碧さんはこれに気づくだろうか、よく気づく人だし、これを塗った意図を悟れないほど鈍感でもないけれど、気づいたところで自分からは何も言わずにそっとしておいてくれるだろう…いや、今日だけはせめて気づかないでいてほしい、今日だけ。と自問自答を繰り返す頃には、時計は午前9時を指していた。

    時刻は午前10時、待ち合わせをしている駅のホームから駅前へと歩いて行く。
    待ち合わせ場所は駅前の休憩所近くであったため、人々でごった返している周囲をきょろきょろと見渡すと、周りより頭一つ分抜けた、玲川碧の姿を見つける。
    主人を前にした忠犬のように、ワッと駆け寄ろうとしたその時、碧を囲むようにして、自分と同じくらいかそれより下であろう、よそ行きのように着飾った女性が二名ほど碧に向かって何か話しかけている。
    碧は少しうつむいてスマホを眺めているだけにも関わらず、女性たちはお構い無しに話を続けていく。

    これは間違いなく逆ナンというやつである。話に聞いたことはあったが、海星にとってあまりに無縁な世界であるため、ファンタジーに近いフィクションのようなものだろうと思っていたが、こうして目の当たりにする日が来るとは思いもよらなかった。事実は小説よりも奇なりとは、正にこの事である。

    碧はまだこちらに気づいていないようだが、流石に大声で名前を呼ぶわけにもいかず、かといって下手に近づいても、自分より背の高い女性二人に立ち向かえるほど強くないことは重々承知していた。
    二人の女性の内一人が碧の腕へと手を伸ばしたその時、海星は意を決して
    「あっ、お兄ちゃ~ん!お待たせ!待った?」
    と、弟のフリ作戦を決行した。

    その声に気づいた碧と女性二人が意表を突かれたと言わんばかりに、ぎょっとした顔でこちらを見る。
    碧の周囲を取り囲んでいた女性が碧の前から退いたため、チャンスと言わんばかりに碧の腕を取り、
    「ごめんね、待たせちゃって、行こう!映画の時間もうすぐだから」
    と、呆然と立ち尽くす女性二人を置いて、小走りで駅前から遠ざかる。腕を引かれている間、碧は何がなんだかよくわからないという顔をしながら、黙って海星について行った。

    女性二人が見えなくなった辺りで足を止め、呼吸を整える。碧は全く息を切らす様子もなく、海星の息が整うまで背中をさすっていた。
    「ちょっとは落ち着いた?海星」
    「あ、碧さん、すみません、いきなりあんなことを…」
    「いや?いきなりお前が俺のことをお兄ちゃんとか言い出すもんだからびっくりしたわ、ほんと」
    「それにしても、とっさの判断にしてはなかなかやるじゃん、サンキュな」
    さすっていた海星の背中をぽん、と軽く叩き、手をとって立ち上がらせる。
    「じゃ、昼まで適当に時間潰しながら行きますか」
    碧は握った海星の右手をそのまま繋ぎ、海星もそれに応じるように少し力を入れて握り返し、近づく春に浮かれた街を歩いていった。

    気の向くままに街を歩き、目的の昼食を終えて、二人は電車に揺られている。向かう先は海星の家であった。
    「結局いつも通りって感じだな」
    「これくらいがちょうど良くもありますけどね」
    「まあな」
    ぽつりぽつりと、小さく会話を交わしながら海星のアパートへたどり着く。
    郵便受け…ではなく、いつもより小ぶりの鞄から鍵を取り出して開ける。
    「お、いつもより片付いてるな」
    「こうなるかもと思って綺麗にしておきました」
    「俺が来なくてもこまめに掃除しろよ」
    「はぁい」
    そんなやり取りを交わしながら、部屋の中央にあるローテーブルの周りを囲むように横並びに座る。テレビを点け、いかにも日曜の昼過ぎのようなまったりとした旅行バラエティが流れているのを横目に、海星は今になって朝自分の唇に塗ったものの事を思い出した。

    もう食事などで取れてしまったかと思ったが、薄い膜が貼られたかのような感触がまだ続いていることを感じ、どことなく気まずくなったことを悟られる前にさっさと拭ってしまおうと思い、お茶淹れてきます、と言って立ち上がろうとしたその時、とっさに腕を引かれてバランスを崩し、碧の腕の中にもたれ込むような体制になる。
    突如視界が碧だけになり、静かにパニックに陥っていると、碧がゆっくりと口を開いた。

    「…海星、あ~…その、なんだ…いや、こんなこと言うのって野暮なんだろうけど…気合い入ってるな、随分と」

    海星からは碧の表情は見えないが、言葉に詰まり、いつもより弱々しい碧の声がぽつぽつと聞こえてくる。

    「まあ…今日のこと楽しみにしてくれてたからなんだろうけど…その、予想の斜め上が来たから正直びっくりしてる。かなり」
    「よ、予想の斜め上とは」
    「それ言わせんの?だから、その服とか。俺初めて見たんだけど。今日のために買ったんだろ、それ」

    少し身を捩ろいで、碧と向き合うように座り直す。こうして座っても、身長差のせいで碧の顔は見上げないとよく見えないのだが、それでも顔を見たくて碧に向き直る。

    「この服ですか?はい、つい先日買いに行ったんです。流石にいつものだとみっともないかと思って…」
    「前はいつも着てるような服で来てたのにか?」
    「だ…だって、あれ以来初めてのお出かけですし、ちょっとは僕も考え直したって言うか…」

    もじもじ、と胸の下で手を擦り合わせる海星を横目に碧ははあ、とため息をついた。

    「…考え直した結果がこの口なわけ?」

    碧は下を向いていた海星の顎を掴んで上を向かせ、がぶりと噛みつくように口づけをする。
    何もかも突然の事態に驚いた海星は、とっさに碧の胸を押して逃れようとするも、その腕を碧の方に引っ張られ、さらに距離が近づく。

    うまく呼吸することもできないまま、碧の舌が海星の唇をなぞるように動く。
    一瞬口が離れ、はっと息継ぎをしたのもつかの間、碧は海星の唇を食むような口づけを繰り返す。
    上唇をやや強めに噛まれ、下唇をなぶるように食まれる。海星の口許から涎が溢れるのも構わず、獲物に食らいつくような口づけを続ける。

    だらしなく緩みきった海星の口許へ、碧の舌が歯列をなぞるようにして割り入ってくる。舌で上顎をなぞり、海星の舌を絡め取り、少し乱暴に吸い付く。
    息も絶え絶えになった海星の咥内を蹂躙し、碧の手が海星の下腹部にふと触れたその時、びくん、と海星が身体を大きく震わせた。
    ぴくぴくと全身が震え、声にならない声を漏らしている海星の後頭部を左手で掴み、口づけを続けながら右手は下腹部へ、円を描くようにさすりながら時々とん、と叩くと、海星は電流が走ったかのように身体を跳ねさせる。
    脳から爪先まで、全身をじわじわと溶かされているような感覚が続き、うまく息すらできないままゆっくりと下腹部をさすられ、だんだんと意識が遠退いていく。
    もうだめだ、と思ったと同時に、ぱっと唇が離れていった。一体何分もの間そうしていたのか考えられるほどの思考力は、今の海星には残っていなかった。
    目は生理的な涙を浮かべたままぼんやりとどこかを見つめ、舌はみっともなくだらりと垂らしたまま涎でぐずぐずになり、今朝おろしたてのズボンにはじわりと小さく染みができていた。
    碧は、意識が朦朧としている海星をベッドに横たえて、湯で絞ったタオルで海星の顔を拭き、汚した衣服をちゃっちゃと履き替えさせた。

    そうこうしている内に、静かに寝息を立て始めた海星を横目に碧は枕元の小さな目覚まし時計に目をやった。
    針は、午後6時を指していた。

    もぞもぞと布団の中で身を捩ろぐ。重たい身体を起こしてスマホを開くと、時刻は朝の8時半を表していた。
    朝の少し冷えた空気が、海星の頭を覚ましていく。
    自分はいつから眠っていたのか、あの後何があったのか。碧さんはどこに行ったのか。

    がばりと布団をはね除け、部屋を見渡す。
    そこに人の気配はなく、机の上に一枚のメモ用紙が置いてあることに気づく。
    おそるおそる書き置きに目を通すと、碧の字で

    「洗濯とかはしておいた。飯も作っておいたから起きたら食べて。」

    と、ボールペンでざっと殴り書きしたような文字の上に、一度何か違う文を書こうとしてやめたのか、ぐちゃぐちゃと塗り潰した跡もある。
    書き置きに目を通しているうちに、もやもやと昨日の出来事がよみがえってくる。
    …ひとまず身支度してから考えよう。書き置きを仕事用デスクの引き出しにしまい、海星はシャワーを浴びることにした。

    一通りの身支度を終え、改めて書き置きに目を通す。
    …昨日のことは、自分の見せた都合の良い夢であると思いたかった。思い出すだけで、甘い痺れが全身に走る。
    じわりと妙な汗が滲んでくるような気がして、思い出すのはひとまずやめた。
    一度連絡するにも少し時間を置くべきだ。碧は夕方なら確実に家にいるだろう。とりあえず、今はやれることをやっておこうと、パソコンの電源を入れた。

    なんだかんだで一日は過ぎ、窓の外はほんのりと薄紫色になっていた。
    一度もスマホに着信が入らなかったことに安堵する反面、すこし寂しい気持ちにもなった。
    昨日のことについての気持ちの整理ができているかどうかと問われれば、まだ正直何とも言えなかったが、碧と話してみるまではどうにもならないだろうと思い、メッセージ画面を開き、祈るように通話ボタンを押した。

    コールが一回、二回、三回と鳴るたびに鼓動が早くなっていくのがわかる。このまま切れてほしい気持ちと、声を聞きたい気持ちが頭の中を何度も駆け巡り、六回目のコールで、待ちわびていたその声が海星の耳に響く。

    「…海星?」

    いつもと変わらない碧の声を耳にして、ほっと小さく息をする。

    「はい、海星です」
    「…あー、ちゃんと飯食べた?」
    「はい!美味しかったです。ありがとうございます。たまにとは言わず毎日作ってもらえたら嬉しいですけどね、お味噌汁とか。」
    「それ意味わかって言って…いや、もういい。はい」

    碧は拍子抜けしたような、呆れたと言わんばかりのため息をつく。
    まだ気づかれていない。いつも通り、自分らしく振る舞えている。と少し胸を撫で下ろす。

    「昨日の今日でいつも通りいられるのがすごいわ、本当に」
    「碧さん」
    「なに」
    「今から会いに行ってもいいですか?」
    「うん…は、え?」
    「直接会って話した方がいいかと思ったので」
    「メンタル鋼か??あー、いや、来られるのはまずいから…わかった。待ってな、俺がそっち行くわ」
    「…わかりました。待ってますね」
    「おう」

    ぷつん、と通話が切れる。なんだか気が抜けてしまい、思わずベッドにへたりこんだ。
    しばらく目を閉じてじっとしていると、窓の外からカリカリと音がする。カーテンを開けると、よく海星の部屋に遊びに来る野良猫のミケとトラがこちらを覗いていた。
    寒いだろうと思い窓を開けてやると、のそのそと二匹揃って部屋に上がってくる。ふんふんと海星の身体に顔を擦りつけたのち、撫でろと言わんばかりに腹を出して寝転がるので、満足いくまで撫でてやっていると、今度は玄関の方からチャイムが鳴る。

    ドアを開くと、そこには玲川碧の姿があった。

    とりあえず上着を受け取り、いつもの位置に座らせる。その間も、碧は何も言い出さず、軽く相槌を打つだけだった。
    幸い、先客の猫2匹は海星のベッドで寝息を立てている。
    茶を淹れ、改めて碧へ向き直るようにして座る。
    碧は思い詰めた表情で、絞り出すように口を開いた。

    「…悪かった」
    「えっ」
    「だから、いきなりあんな事して悪かったよ。…返事もろくに返してないのに、突然」
    「…しばらく会わないようにしようと思ってたのに…いや、それじゃあ流石に面目が立たないというか…ああ、くそ…最悪…」
    「…謝ってもらいたくて呼んだわけじゃないんです」
    「は?…じゃあ何、それ以外に何があるんだよ、大体な…」

    碧が全て言い終わるよりも先に碧の両頬に手を添えて、唇を押し付けるだけのキスをする。
    幸い歯は当たらなかったが、唇がじわりと痛んでしまった。
    唇を離し、手はそのまま碧の頬から下ろして腕に添え、碧の瞳を覗き込む。翡翠のような碧の瞳に、自分の姿が映っているのがわかる。

    「…碧さん、いつ気づいてました?その…昨日口に塗ってたやつ」
    「今それ聞くやつがいるか。…顔見た時から気づいてた。海星いつもあんま顔色良くないのにさ、柄にもなく色気づいちゃってまあ…」
    「変じゃなかったですか?」

    碧はうつむいて口ごもりながらも言葉を続けた。

    「…よ」
    「はい?」
    「…綺麗だったよ」
    「へ、」
    「…はあ…まあ今言うことでもないけど、こういうのには正直慣れてる。デートの時、やけに張り切って色々してきたりさ…化粧するとか、新しい服着るとか、髪型変えるとか」
    「…」
    「流石にドレスコードとかは守るけど、一緒に出かけるたびに着飾るみたいな…俺はそういう気持ちが正直よくわからん。…でも、それが海星なら話は別なわけ」
    「んな」
    「…………………やっぱ今のナシで」
    「いやです!!!!」
    「冗談」

    碧は海星を真っ直ぐ見つめ、海星の頬をそっと撫でる。

    「…もう一回、改めてキスしていいか」
    「一回とは言わず何度でも」

    わかったよ、と目を細めながら碧はそっと海星に口づける。
    海星の腕が碧の肩へと回り込み、自分の方へ引き寄せるようにぎゅっと抱き締める。
    碧もゆっくりと海星の身体に腕を回し、そのまま覆い被さるように床へ倒れこむ。
    少しずつ何度も角度を変えながら、互いの咥内を味わいつくすような口づけを交わす。
    静かな部屋の中で、甘く漏れる吐息と、舌が絡み合う水音だけが響く。

    ふと海星がうっすら目を開けると、長い睫毛の間から熱でとろけた翡翠の瞳が、こちらを貫くようにちらりとのぞいている。
    驚いて思わず口を離すと、碧は海星の背中に回していた腕をほどいて後頭部をがっちりと固定し、食らいつくように口づけをして、海星の咥内に熱い舌を捩じ込む。
    逃げ惑う海星の舌をやわく噛むようにすれば、碧の背中に回っている腕に力が入るのがわかる。
    頭を碧の大きな手で固定され、重みで身を捩ることもできず、息をする間もないような深い口づけが続き、逃げることができない。…この男からは絶対に逃れられないのだ。そんなことを考えながら意識が薄れそうになっていると、ふと碧の口が離れていく。

    「ぇ、あ、あおいさん」
    「…そういえば海星って弱いのここだっけ」

    碧の手のひらが海星の薄い腹を撫で、臍の下辺りを軽くぐっと押し込む。

    「っ、♡?!あっ、♡っ?!♡~~……っ♡♡♡」

    びくびくっ、と強すぎるほどの快感に海星は全身を震わせた。その快感は腰から性器を甘く響かせ、腰を浮かせながらがくがくと震え、痛いほど張りつめた性器からはとろりと、精液には満たないものが溢れてズボンに滲んでいく。

    「…キスとこれだけでここまでなんの…?」

    驚いた碧をよそに、海星はまともに返事もできないまま、ひゅう、ひゅうと息をする。

    「悪い、まさかここまでなるとは思わなかった…大丈夫か?」
    「ぁ…♡?う、♡ぁい、な、♡ん♡とか…♡」
    「…もうちょい落ち着くか」

    碧はゆっくりと海星を起こし、ベッドにもたれさせて、へろへろになった海星に水を飲ませたりなんだりして落ち着くまでそばに座っていた。

    「……すまん」
    「あ、謝らないでくださいって言ったじゃないですか!」

    わたわたとしながら海星は碧の手を取る。

    「ぼ、僕も何度もみっともないところ見せちゃったし…色々してもらっちゃって申し訳ないというか…その…」
    「色々してるのはいつものことじゃね?」
    「そ、それもそうですけど!その、何と言うべきか」
    「まあ俺が好きでやってることだけど」
    「ぐっ…い、いつかちゃんと改めてお礼しますからね!」
    「お礼よりも新作を早く書き上げてほしいな♡センセ?」
    「うぐぐ…」

    しん、と一瞬の静寂が訪れるも、いつも通りの空気感に思わず二人して吹き出してしまう。

    「はあ…結局いつも通りって感じだな」
    「それ昨日も同じこと言ってましたよ」
    「マジで?」
    「マジです」
    「俺も年かな」
    「まだ早いですって」

    ベッドの脇にもたれかかるように座る碧に、海星は寄り添うように座り直す。

    「…それでも前はこんなこと考えられなかったですけどね」
    「そうだな」
    「…はあ、海星には諦めてもらうつもりでいたのに、こんなことになるとは思わなかった…」
    「僕はそう簡単には諦めませんので、覚悟してくださいね」
    「はいはい」
    「そういえば碧さん、さっきデートって言ってましたけど、昨日のあれもデートなんですか?」
    「? さあ」
    「むぐ」

    ちょうど午後9時を指した時計を見て思う。こんなやり取りをあと何年続けることになるのだろうか。
    それは、神のみぞ知るというやつである。






    おわり おれの命もおわり
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