ドーナツホールでゲゲ謎水木は村から逃げ出した後、警察によって保護された。警察はすぐに彼を病院に連れて行き、話を聞いた。「どうしてあんな場所にいたのですか？」と。ただ、どうして倒れていたのか、どこに行ったのか、まるで覚えていなかった。記憶がさっぱりと消えていた。ただ一つだけ覚えているのは、誰かと酒を飲み合ったことだ。相手の顔を鮮明に覚えている、しかし、誰か思い出せなかった。何日か病院で過ごした時に見た夢にも、酒を飲んだ相手が出てきた。

家に帰って次の日には、電車に乗り、会社に行った。心配の声は少なからずあったが、いつも通り残業して、買い物をしてから家に帰った。家には、自分の母と鬼太郎がいる。鬼太郎は、墓場でとある女性の遺体を埋めてから、家に帰ろうと向きを変えた瞬間、赤子の泣き声がした。後ろを振り返ると、土の下から赤子が出てきたのだ。その子を抱き上げたとき、殺さなければならないと思い、振りかぶって殺そうとした瞬間だった。頭の中に村で出会った男の顔を思い出した。赤子を殺すことを止め、うちに連れて帰った。それから、３人暮らしをしている。
帰ってきてからすぐ晩飯をかきこみ、タバコを吸った。ふぅ、と息を吐き、頭の中で、顔だけ思い出した誰かのことを考えた。
あの時からずっと彼の顔が頭にこびりついて離れない。隣で酒を飲んでいる、その時の顔だ。
考えても思い出せないのはわかっていた。
タバコを消し、床に寝転んだ。
「……くれ…して………ころして…くれ…。」
自分の声で飛び起きた。いつの間にか寝てしまっていたようだ。それにしても嫌な夢を見た。
戦時中に起こった出来事が夢として現れた。
銃弾の雨が降っている、一人また一人倒れていく。その時自分も撃たれた、これで終わったと思った。しかし残ってしまった。周りの人だった何かは一言も言葉を発さなかった。
思い出せない誰かは、自分にとって大切な人だった。その誰かは、自分が思い出せないことで傷つけているのではないかとふと思った。そして彼が今、自分が戦時中の出来事を夢で見て、眠れない自分の姿を知ることがあれば、なんとなくだが笑われるような気がした。そんなことを考えていると、おぎゃあおぎゃあと鬼太郎が起きてしまった。鬼太郎を抱いて、しばらくゆすってやるとすぅすぅと寝始めた。赤子である鬼太郎が見せる笑った顔、泣いた顔を見ていたら、あの夢で見た誰かと触れ合ったときの熱も忘れてしまった。鬼太郎を見ていると、どうしてか、あの夢で見た誰かともう会えないような気がした。本気でそう思ったからか、すやすや眠る小さな鬼太郎を見ても、笑えなかった。