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    ジュン

    正良が好き。思いつきを載せる。

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    POIPOI 87

    ジュン

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    1122〜1123

    いいにーに
    いい兄さん

    「良守こっちおいで」

    兄ちゃんは、普段俺が遊ぼうと誘っても素っ気なく断るくせに、お客さんが家に来ると良い兄を演じる。
    ふすまの隙間から見えたお客さんは、見たことがない人達で、静かに客間へ通されて行った。
    きっと大人の話をするんだ。

    「おいで。一緒に遊ぼう」

    俺がいたら邪魔だから、兄ちゃんは俺に甘い顔をして居間から追い出そうとする。
    ここは墨村の家なのに、その子供が邪魔者扱いされるなんておかしいよな。
    俺はひねくれた気持ちで兄ちゃんの誘いを無視して、ぐるぐるクレヨンで絵を描き続けた。

    「なに描いてるんだ?」

    「ケーキマン」

    「へぇ強そうだな」


    ぱっと顔を上げて目を合わせると、兄ちゃんはしゃがみこんで俺の頭を撫でてくれる。

    「良守は絵が上手だね」

    「ほんと…?」

    兄ちゃんから生まれて初めて褒められた。
    良守は絵が上手だね、だって!

    「ほんとに、ほんと?!」

    「ほんとだよ」

    ニッコリ笑う兄ちゃんに、ぽっと頬を染めてモジモジしてしまう。だって褒められることなんてめったに無いから、どんな顔をしていいのか分からなかった。

    「俺、じょうず?」

    「うん。とても器用だと思う」

    「それってすごい…?」

    「あぁ凄いよ」

    ぱぁっと嬉しくなって、兄ちゃんにニッコリ笑いかける。

    「あのな!ケーキマンはな、こーんなにおっきくて、兄ちゃんのこと助けてくれるんだよ!」

    「へえ。兄ちゃんを助けてくれるんだ?」

    「そーだよ!兄ちゃんだけじゃなくて困ってる人のこと、みんな助けてくれるんだぜ!」

    「そっか、そいつは頼もしいな」

    「うん!」

    「なあ良守、お絵描きもいいんだけどさ。あっちで兄ちゃんと一緒に遊んでくれない?」

    その笑顔は、どこか困ったように見えた。
    きっと、俺が兄ちゃんの言うことをきかないからだ。助けて欲しい…そんな顔をしている。

    「良守?」

    そっか。兄ちゃんを一番困らせてるのは、俺なんだ。
    そう気がついた瞬間、とても悔しい気持ちになって、手に持っていた画用紙をグシャッと丸めた。

    「良守?」

    「…なに」

    「何じゃないよ。それ、せっかく描いたのに…どうした?」

    「しっぱいしたから、もういい」

    「そう。じゃあそれ俺に頂戴?」

    「やだ」

    「ヤなんだ」

    今日の兄ちゃんは変だ。
    いつもなら俺のことなんて放って構ってくれないのに。
    「一緒に遊ぼう」なんて言わないのに。
    あぁそうさ、わかってる。兄ちゃんは大人たちの目を気にしているだけだ。
    本当は俺と遊びたいなんて思ってない。
    勉強大好き、良守大嫌い。
    俺は全部しってるんだからな。
    やさしい顔の兄ちゃんに騙されるほど、もう子どもじゃないんだ。

    「なぁ良守、父さんがおやつ用意してくれたんだって。一緒に見に行こうか」

    「なっ!」

    結局おかしで俺を釣るのか!
    いっしょに遊んでくれないのか!
    ぜんぜん、ダメだ。気に食わない。
    ウソでも「かくれんぼしよう」とか「鬼ごっこしよう」とか…もっと他になかったのか?
    ふんっ!とヘソを曲げながら、俺は素直なフリをして兄ちゃんの傍へテクテク歩いていく。

    「兄ちゃん、おやつなに?」

    手を伸ばした俺を兄ちゃんは自然に抱き上げ、縁側を通って台所へ向かう。
    時折、背中をポンポン叩いてくれるのが嬉しいけれど簡単に喜んじゃダメだ。
    俺は、抱き上げて欲しくて手を伸ばしたんじゃない。本当は手を繋いでほしかったのに。
    あたたかい兄ちゃんの体温にしがみついて、器用に片手で冷蔵庫を開けるのを見守った。

    「あっ、良守。見てごらん」

    ゆっくり地面に降ろされて、そのあと兄ちゃんが冷蔵庫からお皿を取り出し、机に並べた。

    「なあに?」

    でも、俺の身長だと背伸びしてもよく見えない。ぴょんぴょんジャンプしようとして「音立てちゃダメだよ。シーっ」と叱られてしまう。
    なんで怒るんだ。
    ジッと膨れ面で兄ちゃんを睨む。
    兄ちゃんが俺を抱えたまま降ろさなきゃ、ちゃんと見えたのに。
    そんな気持ちを態度で示しても、兄ちゃんはヤレヤレと腕を組むだけ。
    なんだよ!
    最近の兄ちゃんは意地悪だ。口で言わなきゃ、何もしてくれない。今までは兄ちゃんの顔を見れば俺のしたいように何でもしてくれたのに。
    だから最近の兄ちゃんは、ちょっとだけキライ。

    「どうした良守。なにかあるなら言ってごらん」

    「…兄ちゃん、見えない」

    「見えないの?そっか。良守ちっちゃいもんな」

    「ちっちゃくねえ!」

    声を張り上げたら、今度は容赦なく「煩い」とゲンコツひとつ。

    「痛え!!」

    「だからうるさいってば」

    「また殴った!」

    殴ることないだろ!
    恨みを込めて下から睨みあげると、兄ちゃんは溜息混じりにお皿を持って、かがむ。

    「ほら、見える?チョコレートケーキだよ」

    チョコレートケーキ!?

    ぱっと兄ちゃんの手元へ視線を向けると、ツヤツヤのチョコレートケーキがお皿の上に乗っている。


    「これ、たぶん駅前に売ってる美味しいケーキだ。人気だから並ばなきゃ食べられないんだぜ?」

    「すごい…!兄ちゃん食べたことあるの?」

    「うん。俺がまだ良守くらいのときに一度だけ」

    「へぇーそうなんだ!」

    兄ちゃんが俺くらいのときってことは、俺はまだ生まれてないってことだ。
    おれと同じ歳の兄ちゃんか…あんまり想像つかないな。

    「良守、これ部屋で食べよっか」

    「え?でも…」

    お父さんとお母さんそれからジジイも、ごはんやおやつを食べる時は必ず食卓でって口を酸っぱくして言ってくる。俺は、のんびり縁側で日向ぼっこしながらポテトチップスを食べたいけど、いつも「お行儀悪いよ」って叱られちゃうから、食卓以外で食べちゃダメって知ってるんだ。
    でも兄ちゃん優等生だから、もしかして知らないのかな。
    じゃあ俺が「ダメなんだよ」って、兄ちゃんに教えてあげなきゃ。

    「兄ちゃん、お行儀悪いからお部屋はダメなんだよ」

    そう言って俺が注意したら、兄ちゃんはくつくつ可笑しそうに腹を抱えた。

    「なんで?なんで笑うの、兄ちゃん!」

    ちょっとバカにされた気がして、ムキになって兄ちゃんの服の裾を掴んで引っ張る。

    「良守は可愛いね」

    そう言って服を引っ張る俺の手を、兄ちゃんは簡単に振り払う。それがちょっと痛くて、そして突き放された気がしてズンっと悲しくなる。

    「いつもはダメだけど、今日だけは特別だよ」

    「トクベツ?」

    「そう。だから俺の部屋で食べよう。お皿持ってあげるから良守はフォークを持ってくれ」

    「う、うん…」

    言われた通り二人分のフォークを握りしめ、兄ちゃんの後を追いかけた。
    でも歩幅が違うから、だんだん距離が開いていく。てってこ追いかけて廊下の角を曲がったとき、部屋の前に兄ちゃんが立っていた。

    「しまった。あけられない」

    兄ちゃんは両手が塞がっているから、ふすまを開けられず困っていた。

    「あっ!おれ、」

    兄ちゃんの役に立ちたい!と思って、ふすまを開けてあげようとしたら、兄ちゃんは足でふすまを開け放った。

    「!!」

    びっくりだ。
    あの兄ちゃんが、乱暴に…信じられない。

    「あっ、見た?」

    目が合って、兄ちゃんが困ったように眉毛を下げる。
    やばい。見ちゃダメなものを俺は見てしまったんだ。俺は知ってる、日曜日の朝にやってるアニメで悪いやつが言ってたから。

    「君は見ちゃいけないものを見た、だから…」

    はっ!!兄ちゃんが、あのときの悪役のセリフを口にした!

    「おれ、見てないよ!」

    はわわ、と俺は咄嗟に口を抑えて首を振る。

    「そっか。命拾いしたな、良守」

    兄ちゃんはニカッと白い歯をみせて笑う。なぜだか背筋がピンッと伸びあがった。

    『君は見ちゃいけないものを見た、だから…消しちゃおうかな』

    そのセリフを言ったってことは、つまり、俺は今とんでもない光景を見てしまったってことだ。
    だって、あの完璧な兄ちゃんが足でふすまを開けるなんて…

    「俺、見てない!兄ちゃん足で開けてない!」

    「わかったから、早くついておいで」

    兄ちゃんはククッと笑い、先に部屋へ消えていった。

    「おじゃまします…」

    「どうぞ」

    恐る恐るそっと壁から顔をのぞかせると、兄ちゃんは勉強机の上にお皿を二つ置いていた。

    「兄ちゃん、そこでたべるの?」

    「うん。畳の上は…汚したら面倒だからな」

    なんとなく、兄ちゃんは俺が汚すのを面倒に思っていると分かってムッとする。

    「兄ちゃん地べた?」

    「なんで兄ちゃんが地べたなの」

    そういって兄ちゃんは勉強机の椅子に腰かけ、くるっとこっちを見て笑う。
    ほら、やっぱり。
    俺の分の椅子はない。
    じゃあ俺、立ったまま食べるの?
    でもこの机、俺の背丈くらいあるのに。
    どうやって?


    「こらこら、そんな顔するな。俺が意地悪してるみたいだろ?」

    してるみたい、じゃなくてしてるんだぞ。

    「良守こっちおいで」

    「ん…」

    呼ばれるまま傍に寄ると、兄ちゃんは俺を抱えて膝の上に乗せてくれた。


    「わわっ」

    「ちょっと狭いけど、まあいいよな?」

    ぽんぽんお腹を撫でられて擽ったくて身をよじる。

    「くすぐったい!」

    「そう?」

    ケラケラ笑うと兄ちゃんの吐息が耳の後ろにかかって、こそばゆい。
    俺は兄ちゃんに背中を向けているからその顔は見えなかったけれど、きっと兄ちゃんも笑ったんだと思う。

    「良守あったかいね」

    後ろからぎゅっと抱きしめられて、キョトンとしてしまった。

    「兄ちゃんケーキは?」

    「うん…」

    眠たそうな声がして、俺は慌てて兄ちゃんを揺り起こす。

    「兄ちゃん、寝ちゃダメ!」

    「寝てない」

    「あっ!そうだ、フォーク!」

    握りしめていたフォークを手渡そうとしたら、兄ちゃんの手がヒョイっと伸び、チョコレートケーキを攫っていく。


    「!!!!」


    俺は目を見開いて、固まる。
    兄ちゃんはケーキを掴み、綺麗に銀紙を剥がして、そのまま大きな口を開けてパクリ。
    三角形の先からモグモグ食べ進めていく。

    「にいちゃ!!!」

    全身の毛が逆立ち、目の玉がこぼれ落ちそうになった。


    「ん?なに」

    チュッと親指についたチョコを舐めとる姿を間近で見て、俺はカッと赤くなってしまった。

    「どうした」

    悪びれない態度の兄ちゃんにムカムカしながら、膝の上でモゾモゾ体制を変え、兄ちゃんと向かい合う。

    「なんだ、なんだ」

    と兄ちゃんは眉毛をぎゅっと寄せつつ、俺が落ちないように抱えてくれる。
    兄ちゃんは優しい、けどやっぱり今日の兄ちゃんは変だ!
    大人の目を気にする優等生な兄ちゃんが、足でふすまをあけたりケーキを手で食べたりするなんて…

    「にいちゃん、メッだよ!」

    声をひそめながら兄ちゃんの体をポカポカ叩く。
    きっと兄ちゃんは不良になっちゃったんだ。
    そういえば兄ちゃん、こないだ誕生日だった。大人になったから兄ちゃんワルになっちゃったんだ。
    ってことは、そのうち盗んだバイクで走り出すのか!

    「兄ちゃん、たいほ!」

    「えーなんで逮捕されるんだ?」

    「げひん!」

    「下品か!」

    俺の言葉に、どっと笑い出す。
    今日の兄ちゃんはよく笑う。それから、俺の頭を撫でてくれる…変なの。

    「ふすまを足でバッてやったり、手でケーキ食ったり!ジジイに怒られるぞ!けっかいでメッだぞ!」

    「わー怖い。怒られたくないなぁ」

    口ではそう言いながら、手掴みのケーキを俺にも食べさせようとしてくる!なんで!

    「ほら、あーん」

    「んんぅ」

    美味しそうなチョコケーキの誘惑に負けて、ぱくっと一口食べてしまう。
    む?おいしい。
    今までの人生で一番うまい。

    「もっと食べたい?」

    コクコク頷くと口元にケーキを近づけてくれる。
    けど、俺はフォークで食べたい。
    そして、自分のペースで食べたかった。
    赤ちゃんじゃないのに、兄ちゃんの膝の上で兄ちゃんにおやつを食べさせられてるのが、だんだん恥ずかしくなってくる。

    「おいしい?」

    「むう…」

    「はは、怒ってる」

    ケーキを持っていない方の手で、俺の鼻をムギュムギュして遊びだすから「やめろ!」と怒ったら「煩い」と唇を掴まれる。

    「ふみむむも!!!」

    「なに、なんだって?」

    くつくつ笑い、楽しそうな兄ちゃんにムカムカした。顔中をふにふに弄ばれて、俺は腸が煮えくり返り、その骨ばった手にガブッと噛み付く。

    「痛てて」

    全く痛そうじゃないから俺は謝らなかった。

    「今日の兄ちゃんなんか変だぞ!」

    「変?」

    「そうだよ!お行儀悪いのジジイにバレて、メッされても知らねえからな!」

    「心配してくれるの?優しいね」

    「ちがっ、ちがう!」

    「でも大丈夫。どうせ今お客さんの相手してて見てないし、良守が告げ口しなきゃバレないから」

    「俺、つげぐちする!」

    「するんだ?」

    そう言って兄ちゃんはケラケラ笑っている。
    ちょっと怒る気がしたのに、拍子抜けした。もしかして信じてないのかな。

    「俺は、ジジイに、つげぐち、するぞ」

    もう一度、目を三角にして睨んでも、兄ちゃんはニコニコ笑って「そうなの?」と俺の頬に触れる。

    「そーだよ」

    むっと唇を尖らせた。
    すると兄ちゃんが目を瞑って近づいてきたから、むむ?と顔を背けてみる。
    それでも止まらず近づいてくるから、俺は両手でムニッと兄ちゃんの顔を受け止めた。

    「ん?」

    目を開けた兄ちゃんが俺の手を取って、ぎゅっと指を絡めとる。そんな仕草を不思議に思いつつ、でもどうしていいか分からないから、そのまま兄ちゃんの顔色を伺った。

    「こういうときはさ『二人だけの秘密だよ』って特別感を演出すれば上手く懐柔できるもんだと思ってた」

    「俺、怪獣じゃないぞ!」

    「残念、そういう話じゃない」

    ツンツン鼻に触れられて首を傾げる。
    兄ちゃんの指先からチョコレートの甘い香りがした。

    「良守は一筋縄ではいかないんだよなぁ…」

    兄ちゃんがまた困ってる。
    ぜんぶ、俺のせいなのかな。

    「あっ…あのさ、ケーキマンはさ!自分のからだを食べていいよってみんなに配ってくれるんだぜ!」

    「?さっき描いてた絵の話か」

    「うん…!」

    ケーキマンは困ってる人を助けてくれる、優しいヒーローだ。
    甘いものは、いつも笑わない兄ちゃんをニッコリしあわせにしてくれる。だからケーキマンは最強なんだ。


    「なあ、それってアンパン…」

    「ちがう!!」

    「そっか」

    兄ちゃんはクシャッと笑って、また俺の頭を撫でてくれた。

    「ごめん、ごめん。怒らないでくれ」

    怒ったわけじゃない。
    兄ちゃんに「ごめん」を言わせたかったわけでもない。
    上手く言えないけれど、兄ちゃんの曇った気持ちをピカピカにしたかったんだ。
    でも、失敗。
    兄ちゃんはずっと苦しそうな顔をしている。
    最近は特に酷い。
    俺が近くにいると、兄ちゃんは怖い顔をする。

    「兄ちゃん、俺な…」

    「うん?」

    「さっき…兄ちゃんは二人だけの秘密だよって言ったけど、俺は兄ちゃんが悪いことしたら怒るよ」

    「うん」

    「兄ちゃんだってそう。俺が悪いことしたら、怖い顔して怒るだろ?いっしょだよ」

    俯く俺に、兄ちゃんは何も言わなかった。

    「良守は、兄ちゃんのこと大事?」

    「うん!」

    「じゃあ俺が困ってたら助けてくれる?」

    「うーん」

    「迷うんだな」

    「だって兄ちゃん、強いから」

    「そんなことないさ。俺なんかまだまだ、お祖父さんには到底敵わないからなぁ…」

    ぎゅっと手を握る力が強くなる。
    もしかして兄ちゃん、告げ口するっていったこと本気にして怒ってるのかな。
    そういうのは卑怯なやつがすることだって、説教が始まるかもしれない。どうしよう。

    「良守。なんでさっき、告げ口するなんて言ったんだ?」

    「だって…兄ちゃんばっか、ずるいだろ!」

    「狡い?」

    「兄ちゃん最近おれと遊んでくれないし!ジジイだっておればっか怒るし…いっつも、おればっかだもん!」

    「へー『俺ばっか』が、嫌なんだ?」

    「んにゃ!!」

    こしょこしょお腹をさすられて身体がビクッとなる。なんかヘンだ。

    「やぁ、兄ちゃん…やだっ!」

    「良守はさ、良守ばっかり怒られるのがヤなの?」

    「んっ、うぅ…だって」

    「メソメソするな。大丈夫だ、良守は怒られない」

    「なんでぇ」

    「だってほら…共犯者だろ?」

    「きょーはんしゃ?」

    「俺と一緒に悪いことをしたとき、良守はなんにも悪くないってこと。だから心配しなくていいんだよ」

    「えっ…俺、今日は悪いことしてない!」

    「しただろ」

    なんのこと?と首を傾げる。

    「ケーキ、俺の手から食べた」

    「なっ!!!!」

    「だから良守は共犯者だ。俺と一緒に悪になっちゃったね?」

    「〜ッワナだ!」

    「罠か!」

    どわっと兄ちゃんが大声で笑う。
    「しーっ」って怒ると涙を拭って、俺の頬っぺを指でつつく。

    「やっぱり良守は面白いね」

    「おもしろくねえ!」

    「面白いよ。きっとお前が傍にいたら、一生退屈しないんだろうなぁ…」

    ケラケラ笑って酷いやつだ。
    俺はヤだぞ。
    兄ちゃんの傍に一生いるのはヤだ。
    意地悪しないなら、いいけど。
    そんなのもう兄ちゃんじゃないからな。

    「ふんっ」

    俺はモゾモゾ動いて兄ちゃんに背中を向け、綺麗なケーキにフォークを突き刺した。
    勢いよく食らいついて、口の周りを真っ茶色にしながらモグモグ食べていく。
    人気で滅多に食べられないらしいケーキは美味かった。

    「良守、怒った?こっち向いて」

    「んぅ…」

    振り向いた俺の顔を見て、兄ちゃんは大笑いする。
    本当に馬鹿みたく笑っていた。
    「立派な髭だ」とか「可愛いおじいさんだ」とか、腹を抱えて泣いて笑った。
    俺は恥ずかしくなって、Tシャツの袖でチョコレートを拭い、羞恥ごと俯く。
    兄ちゃんがこんなに笑ってるところを見るのは初めてだった。どうせなら、間抜けな俺をバカにするんじゃなくて幸せだなって気持ちで笑って欲しかったと思う。

    「お前最高、お腹痛いっ」

    「〜るせえ!兄ちゃんキライ!しらない、もう兄ちゃんじゃないっ」

    「バカ言うな。俺はずっと良守の兄ちゃんだよ」

    「兄ちゃんじゃないもん」

    「じゃあ、なんなの?」

    顎を掴まれて視線が交わった。
    急接近した勝気な笑みに、ぐっと唾を飲み込む。

    「俺、良守の兄ちゃんじゃなくなったら…何なの?」

    「そっそれは、その」

    「ん?なに?言ってみろよ」

    「………あにき、かな」

    情けない俺の小さい声を聞き逃さなかった兄貴は、再び破顔する。俺は罰が悪くなって、兄貴の膝から飛び降り自分の部屋へ駆け戻った。
    しばらく経っても兄貴の笑い声は止まずに聞こえてくるから、「うるさい!」という気持ちを込めて壁を蹴ったら嘘みたいにピッタリ静かになった。

    怒ったのかな?と心配になってふすまを開けた先にいたのは、怖い顔したジジイ。

    「なにをしておる良守!」

    「うわーッ!ジジイ、なんでっ」

    「騒がしいと思って来てみれば…!まさか壁を蹴ったのか!?けしからん!」

    「ちがっ、これは兄貴が!」

    「ええい!言い訳をするな!」

    「うわあああん!!」

    俺の泣き声が家中を、こだまする。
    隣でガハハと下品に笑う声がして、俺は心の底から「兄貴なんて消えちまえ!」と叫び散した。

    それからしばらくして俺は初陣を迎え、兄貴は静かに実家を出ていった。
    俺は、兄貴が家を出ていくその日まで何も知らされていなかった。本当に何も。
    今思えばあの日、家を訊ねてきたのは裏会の人間だったのだろう。おそらく、あの頃から兄貴は、家を出るための算段をいくつも立てていたのだ。
    そのひとつが、あの来客だったというわけである。
    小さい頃から俺は無知で愚かしい。そして兄貴は、きっとそれを全て分かっていた。

    『お前が傍にいたら一生退屈しないんだろうなぁ…』

    兄貴は一体どんな気持ちで、この言葉を言ったのだろうか。
    ずっと俺は、兄貴にとって「つまらない存在」なのだと思っていた。取るに足らないくせに、面白くない存在…それが俺。
    この家にいるとき、兄貴はいつも息苦しそうだった。無理もない。大人びた優等生、面倒見の良い兄を演じ続ける日々は、さぞ退屈だったろう。
    そうして兄貴が苦しむ原因は、俺だから。
    出来損ないのくせに方印を持って生まれた弟、なんて煩わしくて仕方がなかったはずなのに。
    あの日…
    なんで一緒にケーキを食べてくれたんだろう。
    なんで膝の上に乗っけて、面倒を見てくれたんだ?
    兄貴はどんな気持ちでこの家を出ていったんだろう。
    あの日の笑顔を思い出すたび、その答えが分からなくなる。
    だから言える事はただ一つだけ。
    兄貴の考えることなんて、俺には一生掛かっても分かりはしないのだ。

    たぶん。






    「良兄!また襖、足で開けてる!」

    「あっ…見た?」

    学校から帰宅すると珍しく利守と鉢合わせた。
    珍しく、というのは、利守の部屋と俺の部屋は少し離れているから遭遇する確率が少し低いってこと。

    「見たよ。僕、ばっちりこの目で見た」

    「ふーん?それで」

    「それでってなにさ」

    利守は真面目で良い子だ。
    素直で正義感も強い、委員長タイプっていうのかな。俺とは似ても似つかない。
    勿論、兄貴とも似ちゃいない。
    同じ親から生まれているはずなのに、不思議なものだよな。
    育ってきた環境が違うからか?

    「利守。君は見ちゃいけないものを見た、だから…」

    「何わけわかんないこと言ってるわけ」

    「うっわー!伝わんないのか!伝わんねえのかよ、これあれだ!ジェネラル・ダイナミクス!」

    「なんなの。もしかしてジェネレーションギャップのこと?」

    「それだ。お前やはり天才なのでは…」

    「〜もう!話をそらさないで!そうやってお行儀悪いことばっかしてたら時音お姉ちゃんに嫌われちゃうよ」

    「ばーか。お前が告げ口しなきゃバレねえよ」

    「じゃあ告げ口する!僕が今度、時音お姉ちゃんに会ったら言うからね!」

    「はは。そう怒るなよ」

    利守が怒る姿を見つめて、兄貴もこんな気持ちだったのかなあ…なんて馬鹿なことを思った。


    「ほらあれだ…こういうのはさ」

    「なに?」

    「二人だけの秘密、だろ?」

    丸い頭を乱暴に掻き乱して、俺は廊下を後にする。閉じた襖、誰もいない平凡な自室を見渡して溜息を零す。
    ふと見つめた壁の向こうから、懐かしい低い笑い声が聞こえた気がした。





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    Replies from the creator

    ジュン

    MEMO片思い良すぎかよムーブやばち独りごつ
    これは正良かと言われたらわかんないけど一個思いついたのが、良が妖に時ねへの恋心を奪われてしまうのを正が取り返しに行く話読みたい。
    恋心奪われたのに良はそれに気づかなくて普段通りお勤めをして学校に行く日常を過ごしていて、時ねはちょっとだけ普段と何かが違うような違和感を感じるけど(元々良の想いを知らないから)それが何か気づかない。
    というのも良は時ねに対して恋愛感情が無くても大切に思う気持ちが変わらないから。周囲が良の心が欠けていることに本人含め気づかない。
    で、偶然実家に帰ってきた兄貴がいつも通り時との事をからかったら良が照れたり怒ったりしないことに違和感を覚える。
    その違和感を確信に変えるためにその晩、お勤めに正もついて行ってわざと時ねに思わせぶりな態度をとったりしてカマをかけてみる。普段の良なら絶対にあいだに割って入って怒ったり拗ねたりするはずなのに呆れたり赤くなるけど「兄貴もしかして、ときね好きなの?!」みたいな顔してるから正は良が時を好きだった気持ちがまるっと無くなってると気づく。良おまえ最近なんかあった?例えば厄介な敵と対峙したとか…って話を聞き出して妖に奪われたのだと確信。 でも助けてやる義理ないし、本人気づいてないし。あんなに好きだったのにこんな簡単に手放せるもん?とかモヤモヤ思ったりして。
    1219

    ジュン

    REHABILI思いつくままとりあえず書き連ねていく正良のクリスマスってやつをよぉ。
    甘い上にこれさいごまで出来てないからよぉ。本当にごめんなさい。でも正良のクリスマスほしい。サンタさん来ない。泣いた。
    そのうち完成する、わからん。めっちゃねむい。明日も休ませろ。明日から冬休みになれ。越前青学の柱になれ。なんとか、なれー。
    寒波到来、この辺りにも雪が降り始めている。今晩は室内にいても凍えるほど寒い。だが一人暮らしの良守は節約するためなるべく暖房器具を使用したくなかった。親の仕送りを無駄遣いしたくないからだ。もちろん自身でもアルバイトをしているのでその金を宛てがうこともできる。でも今月はダメだ。12月24日、兄の正守がこの家に来る。理由は聞いてない。でもわざわざクリスマスイブに約束を取り付けてきたんだから、それってつまりそういうことだろう。良守は正守を愛している。正守も良守を…恐らく愛してる。断言はできない。イマイチ掴みどころのない男だから。しかし、一人暮らしを始めてから正守は何かと良守を気にかけるようになった。実家で暮らしていたときは年単位で会うことがなかったのに、今や月一程度には顔を見せあっている。何がどうしてこうなった?初めこそ困惑したが、正守と過ごす時間は存外楽しいものだった。突然ピザを一緒に食べようと言って家にきたり、成人したときには酒を持ってきて朝まで酒盛りをした。思い返せば正守は唐突に連絡を寄越してやってくる。そうして毎回良守を振り回しては満足そうに笑っていた。だけど良守が嫌がるようなことはしない。むしろ今までやれなかったけれど、やってみたかったことを叶えてくれているような気さえした。それは良守の思い上がりかもしれないが、しかし良守の中で正守は完璧でいけ好かない兄ではなくなっている。というか正守は全然完璧なんかじゃなかった。酒が好きなくせにすぐ酔って眠ってしまうし、ケーキは盗み食いするし、課題をして構わないと拗ねる。この部屋にいるときの正守はまるで子供みたいで、だから説教好きでジジくさい兄のイメージは簡単に崩れた。いつの間にかいけ好かないと思っていた兄との関係は、気の知れた良き友のようなものへと変わっていった。実家ではないからだろうか。二人きりで過ごしていくうちお互いに妙な意地を張るのをやめた。そのうち不思議と2人を取り巻く据たちの角は丸くなり、隣にいる時間がなにより愛おしく思えて…何気なく無言で見つめあったときキスをしてしまった。
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