良守の受難兄貴は突然、ある時を境にして俺への態度を一変させた。いままでは何かと俺に対して説教をしてくる底意地が悪く、それでいて掴みどころがない男だったのに対して、今では廊下で出食わそうもんなら…
「おはよう。今日も美味しそうなほっぺしてるなぁ、食べてもいい?」
「ひっ!?やめろ!!」
「なんで嫌がる?もっと見せて、お前の可愛い顔…」
「気色悪いこと抜かすな!あっちいけ!」
「イヒヒ、元気いいね。早く顔洗って朝飯食えよ〜」
とか言って毎朝実家の廊下で絡んでくる。たまにハグされたり、尻を撫でられたり…とにかくスキンシップが激しくて猛烈に困っていた。
否、困っているどころではない。非常に嫌だ。最悪だ。だって不気味だ。今までこんなことなかったのに、何があったわけ。訳わかんねえ。
そもそも実家を出ていったはずの兄貴が、なんでまたこうして家に居るのかといえば「ヘッドハンティング」なのだと言う。
誰の?と聞くと、にっこり笑って「おまえ」と指をさされた。
そう。兄貴は突然実家に戻ってきて、なんでか俺を兄貴が立ち上げた組織「夜行」の構成員にしようとしているらしい。訳分かんねえ。
洗面所で顔を洗い、しゅこしゅこ歯磨きをしながら思う。
兄貴がおかしくなったのは、俺を夜行へ勧誘したいがため…?理由は分からないけれど兄貴は俺の力を必要としてるらしい。
だったら、普通に頭下げてお願いすればよくね?なんで毎朝ダル絡みされて、家族が見てない隙にセクハラされてんだ俺。
意味わかんねえ。ムカつく。
思わずしかめ面になる。
力強く歯を磨きすぎて口の端から歯磨き粉が零れた。おえ。
「いつまで歯磨いてんの」
「!?」
びっ、くりした。いつの間に背後にいたんだコイツ。相変わらず気配消すのうめぇ…じゃなくて!実家でそういうのやめろ!不意に背後に立つな!
と言ってやりたいが歯を磨いてるので睨みつけるだけにしてやった。
それから、ペッと兄貴への恨みを込めて歯磨き粉を吐き出す。水を流して、コップで口をゆすいで、はいスッキリ。
「タオルどうぞ」
「…おう」
良いタイミングでタオルを渡されて思わず受け取ってしまう。口を拭って、タオルを洗濯カゴへ投げ入れると兄貴がそれを拾い上げた。不審に思い見つめていると兄貴はタオルを片手に爽やかに微笑む。
「いや、これ俺の私物だから」
「?別に一緒に洗ってもらえばいいだろ」
「だめだめ。このタオルは持って帰るんだ」
「なんでだよ。今日戻るわけじゃないんだろ?綺麗にして持って帰れば…」
いいだろ?そう言いかけてハッとなる。
まさかコイツ、俺にわざと使わせて…
ゾワッ。全身に鳥肌が立った。
「最低か?!」
「え?なに想像してんの?」
ニタニタ笑われてカッと頬が熱くなる。
「そのタオル返せ!滅してやる〜!」
「こら。人のもん勝手に滅さない」
飄々と俺の攻撃を交わして、兄貴はさっさと退出していった。俺は息を荒らげてその場で地団駄を踏む。
「変態!」
叫んだ瞬間、兄貴がひょいっと入口に顔だけ出してこう言った。
「許せ、これも愛だ」
「なにがじゃ!!」
拳を振り上げてクリティカルヒット、だが兄貴はボワンと煙を立てて紙切れになった。
腸が煮えくり返る。
「バカ兄貴!」
このあと兄貴の隣で朝飯を食わなきゃいけないのかと思うと、とても気が滅入った。
「…あいつ、本気で何しに来たんだ。嫌がらせか?嫌がらせなのか!?」
俺の受難は続く。