明日の朝は目玉焼きが無い「ありがとう、買っていくよ」
天気に恵まれた夏の午前、私は紙袋に入ったフランスパンを抱えて上機嫌なチェンバーの後をついていく。市場の暖かな賑わいは、暑いほどだった。
店主の小気味いい商品解説を聞いていた彼はとくに悩みもせず、しっかりと質の良いものだけを選別して購入リストに加える。そういう所は抜け目がない。無駄使いは窘めないとな、と頭で考えるばかりで実行に移す事はしない。日々を営む彼の横顔を、出来るだけ長く眺めていたい。私だけの愛おしい景色だった。
また買い物袋がひとつ増える。勿論、荷物持ちは私。このくらいしか仕事がないから、わざわざ強請って得た役割。
「きみは気前がいいな」
水を撒いた後の、石畳の土やコケが焼ける独特なにおいにセンサーが反応する。嫌いじゃない。
「ふむ……?」
「特に必要のない物だっただろう、今の」
「良い接客には報いるべきだろう?あの店は僕も気に入っている」
「そうか」
「……ただ機嫌が良かっただけなのもあるかな」
そんなものか。
だが、誰にでも気前よく好意的な彼の態度は好ましいと思っている。私が優しくされたわけではないが、自分の事ように心地よく感じるのだ。
「ならきみはずっとご機嫌だな、今月でいくら無駄使いをした?」
「はは!さあね、考えた事もない」
「まあ、別に咎めはしないさ、楽しそうなきみを見ているのは楽しい」
戦場で見せていた鋭い表情からは想像もできないほど、柔らかく笑む。
「僕はいつだってご機嫌だよ、愛するKAY/Oと一緒に居るんだ、当然の事さ」
彼の愛の言葉は、いつだってストレートだ。
くだらない駆け引きを諦めたあの時から、ずっと。鈍い私でもわかりやすいように、私を真っ直ぐ見据えて、甘い声で。
嬉しく思う反面、少し恥ずかしいと思うようになってきた。
人間と長く暮らすうち、少しだけ人間の感性に歩み寄った今なら理解できる、彼は直球過ぎるのだ。いや、それともチェンバーが私と関わるうちにそうなったのか?
「……それは、結構」
表情を隠すのが得意なチェンバーと違って、私は感情を隠せない。それは最近ますますひどくなっていて、周りにはまだたくさんの人間が往来しているというのに、モニターにハートマークを出力するのが止められない。いくら声音を取り繕っても、彼の眼鏡に反射する桃色のハートマークが全てを物語っている。モニターを手のひらで覆ってしまいたい気持ちだが、手に持った荷物のせいでそれも叶わない。
チェンバーはというと、嬉しそうににやにやとだらしない笑顔でこちらをみつめている。
「見るな」
「きみはかわいいなあ」
どうしようもなく口付けて欲しくなった私は、「はやく帰ろう」と強請る。察しの良いチェンバーも、笑いながら「はやく帰ろう」と歩を速めた。
いくつか買い忘れがあるのも忘れて。
また明日、ご機嫌なきみと買い物に出かけよう。