おにはそとできみはうち! 冬の寒さが随分と和らいだ二月の上旬。
ささやかな風が、喫茶ハルハルの扉に下げられた「準備中」の札を揺らす。店内に灯りはついていない。ただガラス窓をすりぬけた昼の陽光が、誰もいない空間に満ちていた。まどろむような静寂のなかに、入口に吊るされたベルの音がささやかに響いて――
「今日は節分やでェ!!」
程なくして、過剰なまでの大声に搔き消された。言うまでもないが関西訛りであった。
――壁一枚隔てて。それでも明瞭なその声に、奥の部屋でソファーに腰掛けながらうたた寝をしていた六平千鉱は、ゆるりと頭を持ち上げた。昼の二時だった。
こちらも柴の大声に眠りを妨げられたのか、勝手に枕として使っていた千鉱の膝が突然動いたのが宜しくなかったのか。ぐうすかと大口を開けて眠っていたシャルが、喉から「ンガッ」とたくましい音を上げて小さな眉をしかめた。千鉱はこの幼女らしからぬ目覚め方を見るたびに、大仕事を終わらせた翌朝の父親の顔が頭を過ぎる。失礼と言えなくもない情緒に浸っていると、ドアの向こうにいる柴の呟き声が聞こえた。
「……アレッおらん。奥か」
大方、ガラス越しに店内の確認もせずにいきなり飛び込んで拍子抜けしたのだろう。くぐもった足音がどかどかと近付いて、そう間を置かずこちらの部屋につながるドアが開いた。
「今日は節分やでェ!!」
「はい」
「うん」
先の失敗なぞ無かったかのような声量で、一言一句同じセリフを叫んだ父の友人――柴登吾に、律儀な青年は会釈をしてみせた。起き抜けのシャルが眠気の滲む声で雑に相槌を打ちながら、すぐ隣でもぞもぞと起き上がる。
まだ眠たそうな二人の仕草に目を眇めつつ、柴が頭を掻いた。
「なんや、二人揃って昼寝してたんか? 悪いことしたなあ」
「いえ……俺は寝るつもりありませんでしたし。むしろ起こしてもらえて助かりました」
眠気で浮つく瞼を擦りながら、千鉱がそう返す。昼飯を食べたそばからソファーで寝落ちたシャルを見守っていたはずが、いつのまにか自分まで寝てしまっていたようだった。
「すこやかだねチヒロ。感心感心」
腕を組んだシャルがうんうんと頷く。視界の下で上下に揺れる三角形のアホ毛に「寝たのお前だよ」と言い返してやろうかと思ったが、これ以上話が逸れるのも申し訳ないので内心に留めた。
「そんな健やかな二人にプレゼントがあるで。煎り大豆や!!!」
寝起きには少々きついテンションで叫んだ柴が、背中に隠していたものを取り出す。これ見よがしに突き出されたのは、「福豆」とプリントされた透明な食品袋。大豆が数十個ほど封入された小袋がたくさん入っていて、それなりに大容量だ。なるほど、だからあの挨拶か──と、千鉱は内心納得する。それにしても消費しきれるだろうか。
「何かえらい安くて、さっきそこの売店で買うてきた」
まだ話が終わっていない気配を察し、千鉱はこくりと頷いて続きを促す。
「五袋」
言うが早いが、死角から全く同じパッケージの商品がもう四つ現れた。
無駄なものをほいほいと買ってくる悪癖はどちら譲りなんだ? と真顔で考えつつも、貰い物に文句を言うのは気が引けて「ありがとうございます」と端的に礼を言う。国重が買ってきた夥しい量のお好み焼き粉をどうにかこうにか消費した日の胃痛で眠れなかった夜のことをぼんやりと思い出した。いつかシャルにも袋の半分だけでお好み焼き四枚は作れることを教え込まないといけない。
傍らのシャルが「どっさり!」と叫ぶ。眠気は食い気の前に吹き飛ばされたらしい。
「お皿出したるから食べや。この豆を歳の数だけ食べるとな、その一年健康に過ごせるんやで」
どこかで聞いたことがあるような話を語りながら、柴は部屋の隅にある食器棚を開いた。千鉱の脇腹にもたれかかるシャルにとっては初めて聞く話だったのか、ほー、と気の抜けた声を出していた。
こういう願掛けも馬鹿にならんねん、と呟いた言葉には含蓄があって、素直に従っておこうと頷く。軽薄な振る舞いや父に似た自由さからは想像しづらいが、千鉱より多くの修羅場を潜り抜けてきていることを彼は知っていた。……年齢分だけ食べたら、あとは鶏肉にでも添えて、明日明後日使っていこう。
「はいよ。チヒロくんまだ十八やったよな」
「……そ、う、ですね。……大丈夫です、自分で出します」
「あ、そう?」
少し逡巡したのち、肯定する。自らの齢を確認する過程で三年前の惨劇から指折り数えたことを気取らせないような動作で、千鉱は袋を受け取った。小分けされたものを二つ取り出し、封を切ってひとりひとつ摘み上げていると、
「私豆まきやりたい!! チヒロは福!!」
「……豆撒きって鬼チームと福チームに分かれて戦うわけじゃないからな。――それとここはヒナオさんの店ですからね、柴さん」
話の途中から矛先がやる気まんまんだった大人へ切り替わる。チヒロがツッコミを入れなければ「お!! やろか!!」などと肯定するつもりだった柴はぎくりと肩を跳ねさせた。
「……あ、後片付けするし」
「豆って変なところに転がるから見つけにくいんですよ。大量に撒くなら尚更です」
「……ハイ」
「はぁい……」
見てきたような千鉱の語調に、おそらく大量に撒いた誰かがおるんやろうな、と柴は思った。誰かとはいいつつ柴の脳内では一個歳上で短髪の男がデカい笑い声を上げていた。
「いらっしゃーい。柴さん達何してんのー?」
間延びした声と一緒に扉の向こうから現れたのは、ヒナオだった。買い出しに行ったのか、両腕に大きな買い物袋を提げている。
「手伝います」
立とうと机に手を置くも、掌を上下に振りつついーよいーよと制された。挨拶された柴が質問に答える。
「チヒロくん達に豆をたんまりと食わせてんねん。ほら、今日節分やろ?」
「え?」
冷蔵庫の前で身を屈めていたヒナオの動きが止まった。
「ん?」
予想外のところで会話を止められた柴が、唸り声だけで聞き返す。ヒナオは珍しく眉をひそめて、パーカーのポケットからガラパゴス携帯を取り出した。片手で開き、なんとも言えない微妙な表情で画面を見つめる。
「………………節分、昨日だよ?」
柴達に見せるように向けられたケータイ電話のディスプレイ。現在時刻を指す時計の上には、「ニ月四日」の文字が鎮座していた。
少しの間、沈黙が過ぎ。シャルの指から零れ落ちた大豆が机を叩く音が静寂を破った。
「マジか!!!!!!」
静寂は儚くもビリビリになった。
「ほんと何してんのお!?」
柴が頭を抱えてしゃがみ込むと同時に、ヒナオの悲鳴じみた声が飛ぶ。
「だから割引されてたんですね」
表情を変えず、いつもの恬淡とした声色で千鉱が言った。
「うわあ俺やった!?!?」
「やりましたね」
実行した、の「やった」ではなくやらかした、の「やった」である。関西訛りもあってどちらの意味か理解しづらい一言だったが、たったいま弁解の余地なくやらかした人間が言ったので誰も誤解しなかった。
一応相槌を打ったものの、当の柴は肯定を求めているわけではなかったらしく、食い気味に叫び声が連ねられていく。
「えっ俺見切り品の大豆五袋買ったん!?」
「優良客っ!」
千鉱はああだこうだ、やんややんやと騒ぎ立てる二人から視線を逸らし、何の気なしに隣に座るシャルへ目をやった。
今まさにニ袋分の大豆を食べ終え、三袋目の封を開けたところだった。……袋というのは小分けされたビニール袋のことではなく、それが数十個詰まった大袋の話である。
…………ひとまず見なかったことにして視線を正面へと戻し、ゆっくりと目を瞑って数分前の情景を再生する。
――この豆を歳の数だけ食べるとな、その一年健康に過ごせるんやで。
あまりの堂々ったる食いっぷりに自分の常識と記憶を疑ってしまった千鉱だったが、なんとか自信を取り戻した。瞑っていた瞼を開き、隣で暴食の限りを尽くす生き物に向き合う。机に散乱した空袋を一瞥し、持ち前の冷静さでシャルの腹に収まった豆の数を概算し始めた。世界最高齢は確定した。干支数回り上ではすまなくなってきたあたりで考えるのをやめた。このお転婆娘の代名詞のような生物が年上とは信じたくない。
「シャル」
「なんだね」
「話聞いてたか」
「もちろんだとも」
フ、と不敵に笑ってみせながら九袋目の封を開けるシャル。たったいま口へ掻きこまれた一口分だけでも実年齢をゆうに超えている。そもそも福豆はそんなハムスターのような食べ方をするものではない。
「お前幾つだ」
「へひぃにほしをひふのはしつれいというものだよ」
「それは悪かった。ちゃんと噛め」
……これだけの量があって十個そこらしか食べるなという方が無理があるか、と千鉱は自分を納得させる。父親ですら年齢の数食べた後は豆まきに回していたからその日のうちに食べきってしまうという発想が無かった。
「ウワー! シャルちゃん! めちゃくちゃ食うとるやん!!」
ヒナオの追及から話を逸らしたいのか、柴がわざとらしく声を張り上げる。自分の向かいに置かれた椅子に腰を落ち着けた柴に、千鉱がぼそりと言う。
「……とりあえず今日は満足するだけ食べさせて、あとは追々食材にして使い切ろうと思います」
「さすが賢いなチヒロくん。大豆に致死量があるかとかも知っとったりする?」
「…………無い、とは、思いますが」
苦々しげに目を細めた。
「分かるで。命に別状ありそうな食い方しとる」
「元気だねえ。私実家で飼ってたハムちゃんこんな感じだったな~」
どこか遠い目をしたヒナオが柴に続いて椅子に座り、机越しに座るシャルのちいさな頭を撫でた。しょうがないから私も手伝いますかぁ、と間延びした声で呟いて、パーカーの袖から除いた細い指で小袋を引き寄せた。
「なんでやろな、ガキの頃は『もっといっぱい食べたいわー大人になるの楽しみやわぁー』思てたんに、今はそうでもないねんな。ちょーっと食べたらもうええってなる」
眉を曇らせたしみじみと柴が呟く。
「食べてるじゃん」
「食べてるじゃないですか」
早くも三つ目の小袋の封を切る太い指を見咎めながら、二人が突っ込んだ。右頬に福豆を寄せた柴が弁明する。
「それはそれ、これはこれよ」
旗色が悪くなってくるや否や、狡猾さを兼ね備えた最年長は唯一反論してこないシャルに視線を向けた。肘をついて笑いかける。
「シャルちゃんも大人になったら、『こんなにいらんー』って思うかもしれんで」
途切れたように静寂が落ちた。なんの変哲もない言葉で、俄かにシャルの表情が凍り付く。いつもきらきらしたものだけを映している大きな瞳に、なにか暗澹としたものが滲んだ。彼女が泣き出すところを見たことがある千鉱だけがそれに気付く。
鏡凪シャルは、日常が壊れる瞬間を知っている。明日も明後日もこうして過ごせるはずという希望的観測がいかに脆いかを知っている。彼女が唯一の肉親を喪ってから、四ヶ月余りの時間が経った。目まぐるしい日々の中に過去を顧みる暇は少なく、鉄格子の生活を夢に見ることも減った。
それでも、ときどき思い出すことがある。潰えた日常の残骸は決まって食べ物の形をとっていた。母親と過ごした最後の誕生日にどちらか好きな方を、と問われて選ばなかったほうのケーキ。チラシの写真を指差して喚くシャルに「旬が来たらお店まで食べに行こう」と言ってくれたかぼちゃのキッシュ。大人になったらね〜、と笑う母親がひとりじめしたウイスキー入りのお菓子。
あの日インターホンが鳴らなければ、食べるはずだったサンドイッチ。さくさく小気味良い音を立てるパンにはバターが塗りこめられていて、シャルが喜ぶからか、食卓に出るたび具の量が増えていくのが嬉しかった。母が作ってくれる料理の中でもシャルはそれがいっとう好きで、匂いがするといつもキッチンまで飛んでいく。
――こら! 味見なし! もー、危ないからそこで飛び跳ねちゃダメだってば!
――サンドイッチは逃げたりしないから、座って待ってて!
――……あっ。シャルがそんな怖い顔で睨んだら逃げちゃうかもね〜。
背後から聞こえたいたずらっぽい声色や、ぎょっとして振り向いた娘の頬をぐにぐにと持ち上げる掌の温度や、笑顔で食べてくれたほうが嬉しいなあ、と語調だけ冗談めかした祈りの言葉。なにもかも鮮明に覚えていた。残酷なほど鮮明だった。怒られたっていいから、たったのひとくちでも食べておきたかった、と悔いる。きっともう腐ってしまったから。
食べることは好きだ。母親がそうであったように。なのに、あの日からいつも急かされてるような気分になる。食卓に並んだあれもこれもいつ潰えてしまうかわからない。いつか逃げ切れなくなったら、もう一度インターホンが鳴ったら、その瞬間に全部ぜんぶつぶれて腐って壊れて消えて割れて思い出すのもつらくなって――、
「シャル」
その一声で、意識が現在に戻る。何度も繰り返した追憶を打ち切ったのは、落ち着いた彼の声だった。軽く息を吸い直して、千鉱は続ける。
「……もし、たった今、あのドアから悪党が入ってきたとして」
言葉をひとつひとつ慎重に選び取っていくようにしながら、千鉱は入口へ視線をやった。年端も行かぬ少女に伝わるよう精一杯考えながら、ともすればじれったく感じるほど丁寧に、それでいて迷いなく。彼の父親が真剣な話をするときのそれによく似ているとは露も知らないが、それでもシャルはその真っ直ぐな声を好ましく思っていた。
「お前や他の誰かが危ない目に遭うより先に、俺が必ず倒してやる。指一本だって触れさせないし、そもそも近付けないよう――シャルが怖い思いをしないよう、全力を尽くす」
大人になるまで生き延びられるか、なんて考えなくていいように。そう言外に含ませていた。
六平千鉱もまた、日常が壊れる瞬間を見たことがある。毎朝そのことを思い出しながら、必死で刃を研いできた。悪を滅し、弱者を救う。何度も言い聞かせられてきた一言を守れるほどの力を得ていた。真っ直ぐシャルを見据えて、静かに言い結んだ。
「約束する。信じてくれるか」
ど、と肋骨のあたりにぶつかった何かを受け止める。返事代わりに半ば突進するような勢いで抱き着いたシャルが、千鉱の胸板にず、と額を擦りつけた。鼻をすする音がした。飛び付いた衝撃で前のめりに倒れかけた彼女の椅子を千鉱の手が慌てて掴んで、手のかかるやつ、と息をつく。
程なくして、シャルはやりきれない想いがそのまま溢れだしたように泣き始めた。怒っているような唸っているような声だった。千鉱の背中に回されたシャルの手がシワが出来そうなくらい強くコートを握りしめたが、彼は咎めなかった。頷くように何度も押し付けられる頭を、泣き止むまで撫でていた。
「チヒロくんもりっぱになっ゙たなあ゙……」
「うわどしたのおじさん」
大きな掌で顔を抑えながら俯く柴に、ヒナオがうっすらと引き気味の声で問う。泣き疲れて眠りに落ちたシャルをソファーに移した数十分後、いきなり時間差で感極まり始めた隣のおじさんは、最近元気に走り回る子犬を見るだけで泣くようになったらしい。
「咽んでいるんや。感涙に」
「それ倒置法する人始めて見たぁ」
そうこうしていると、キッチンの前で屈んで調理器具の片付けをしていた千鉱が、カウンターの向こうから顔を出した。
「すみませんヒナオさん。少しだけ冷蔵庫借ります」
「はいほーい。チヒロくんさっきからキッチンでなんかしてたけど……何作ってたの?」
覗き込むように首を傾げたヒナオが訊くと、千鉱は冷蔵庫をすっと指差す。
「プリンです。……あいつ腹空いてたみたいだし、大豆を馬鹿食いするよりかはちゃんとしたお菓子食べてくれた方がいいかなと」
「わあダメだよチヒロくん!! そんな健気さを見せたらおじさんが泣いちゃう」
「ゥオォホン…………」
「あぁっ遅かったか……」
母音のどれともつかない不明瞭な呻きを上げた柴がより深く顔を抑え込む。中年男性の奇行に慣れてしまっている青年はさらりとスルーして、エプロンを外しながら呟いた。
「あともう一袋でも多かったら、流石に豆まきして使い切ろうかと思ってましたけどね」
「豆まき!!?!?」
「うおっ速っ」
ソファーで眠っていたシャルが飛び起きた。おそらく「プリンです」という言葉を聞いた時点で意識は八割方覚醒していたのだろう。あまりの反応速度にずり落ちた布団代わりのロングコートを慌てて掴み直す。上機嫌なようで、ばさりと翻して覆いかぶさせる。おそらくナマハゲか何かをイメージしているのだろうが誰にも伝わらない。
「ダメだ。閉めてもらってるとはいえ、ここはヒナオさんの店なんだからな」
「え~全然いいよ?」
「いえ。さすがに申し訳ないです」
そう断じる千鉱の耳に、少しくぐもったベルの音が届いた。今度はすたたたと軽快な足音が響いて、ドアが開け放たれる。横髪を紐で括って垂らした同い年の友人――漣伯理が、満面の笑みを浮かべて立っていた。
「チヒロォー! ヒナオさァん!! 節分マメ買ってきたんで節分しましょ節分!」
絶句。
「こないだ柴さんに教えてもらったそこの売店覗いてみたらマッジで超安かったんだよ! でさ、せっかくだから恵方巻も買ってこようと思ったんだけど、どこにも置いてないの。変だよなー今日は節分だってのに……どした?」
ほくほくと早口気味に語っていた伯理だったが、反応の悪さに気付いてようやく口を止める。何だかんだノッてくれるものだと信じていた相棒は、やや上の虚空を眺めつつ「節分する」という動詞の意味について考えていた。
「……豆まきしましょうか」
そして考えるのをやめた。
「やったーーー!!!!!」
シャルがソファーから飛び上がる。袖がぺしぺし当たるのも無視して遠くを見ている千鉱と伯理の間に、柴が滑り込むように割って入った。
「俺や俺や俺!!! 俺が鬼役やるからハクリくんはどうか勘弁したって!!!」
「エッ何すか!?」
突如親友との間にカットインしてきた柴に目を剥く伯理。視界の白シャツで覆われた背中に占拠されているのとは別に、この場で一番話が見えていなかった。
「黙っとき! いまハクリくんを豆の制裁から守らんとしてんねん」
「アザッス!! なんの話ですか!?」
気軽に感謝の気持ちを伝えられるところは伯理のよいところだ。たとえ話が見えていなくとも。
「今更一袋ぐらいどうってことないけどね〜。五袋買ってきたおじさんがいるから」
「…………ハクリの行動を予想できなかった俺の責任です」
「……そんな気負わなくていいよぉ……?」
沈痛な面持ちで眉を寄せる千鉱に、ヒナオがフォローを入れた。これまでの人生で俗に言うアホの子――及びアホの人――の面倒は全て自分が見なければならないという責任感が根付いているようだ。土台無理な話なので引っこ抜いてやりたい。
「よく分かんないですけど俺も鬼やりますよ! チーム鬼組みましょう!」
「ハクリくんなんてええ子なんや……!! 泣けてきたわ……!!」
いよいよ収集がつかなくなってきて目頭を押さえる千鉱の前に、ロングコートを被ったシャルが躍り出た。
「チヒロは福ね!!」
満面の笑みを浮かべて、ちいさな人差し指が千鉱を指す。
千鉱はそれさっきも聞いたぞ、と返して、笑みをこぼした。