ユイトは深閑としたスオウの暗い街並を見た。
瞬きをした瞬間のそれは、すぐに正常の姿に戻り、繁華街のネオンビジョンが輝いた。降り続いた雨で路面は濡れ、極彩色の喧騒の風景を映している。上を見ればビジョン、下を見ればビジョン。だが、それもいま一度、瞬きをすると跡形もなく消え去り、黒と白のつまらない道を歩き行く人々や車だけがあった。
「今夜は少し冷えたな」
ゲンマが隣で肩をすくめて言った。ユイトはもう二度三度、瞬きをして照明のノイズを確認し異常が無いことを改めた。黙った様子のユイトを見たゲンマは少しだけ背を丸め、顔を覗き込んだ。
「どうかしたか」
「あ、いや、悪い。たまにあるんだよ、ビジョンが見えなくなることがさ」
ゲンマは脳力の衰えの話だと察した。ゲンマにも多少の覚えがあった。ユイトがベルペッパーに戻る日も、ゲンマ自身が退役する日も遠くは無いのだと感じていた。
「俺もたまに起こる。不安になるな」
「ゲンマも不安になるのか。そっか…、確かに怪異と戦う恐怖よりも、日常が変わってしまうことの方が、怖いものなのかな」
「言い方は悪いが、お前はまだいい。俺は何十年もこの生活だ。当たり前が失われるのを何回も見てきたし、何回も感じてきた」
ユイトの頭にはゲンマの友の話や、脳力の減衰などが浮かんでは沈んで行った。怪伐軍という命を賭けた兵士であり、民衆の憧れの英雄だが、それぞれは何も変わらない一個の人間だと、透明な細い糸がそれら全てを繋いで縫って行った。裁縫をする時に、針が指の腹に当たる感覚を思い出した。
指先で提げていた缶コーヒーが冷めた刺激だった。人差し指の腹に食い込むアルミ缶が、歩道橋の振動に合わせて震えた。
「ゲンマ、これ。冷めちゃったけど」
「ああ、忘れていた。すまんな、頂こう」
わざわざホットコーヒーを買ったはずなのに、と思ったが、それだけゲンマと過ごした時間が長い証左だった。