燃える惑星は追跡不可能「れおくん！ねえ聴いてよ今日のランチでペペロンチーノを頼んだらさ〜、唐辛子が出てきたの。信じられる？もうすっごい恥ずかしくて、でも間違えたって言うのはもっと恥ずかしかったから俺なりの完璧な無表情でまるまる一本食べ切ったわけ。ちょ〜、えらくない？」

ただいまもなしに始まった怒涛のおしゃべりに、思わず今まさに飲もうとしていたコーヒーのカップをテーブルに置き直して声のする方を向く。まるで最大の理解者であるかのように「うんうん、えらいえらい。」と親しみを込めた笑顔で頷きながら、玄関に向かうためにゆっくりと腰をあげた。それにしたって、今日のお話はなかなかインパクトのあるものだった。お皿の真ん中にぽつんと置かれたたった一本の唐辛子を黙々と食べるセナを想像してみる。うん、最高に面白い……。

「おかえり〜、セナってばインスピレーションの玉手箱！次の新曲は〜、真っ赤なセナ！とかどう？」

「ただいま。それって完全に唐辛子に引っ張られてるよね？どうせ俺の名前を使うなら麗しくも高貴なセナ、とかにしてくれないかなあ。」

うるわしくもこうきなせな…、それもあり。
でもセナが美人さんなことなんて世界中のみんなが知ってる当たり前なことだし、何より24時間365日ひと時も欠かさずにいつも俺が思ってることだし、セナの魅力が宇宙にまで広まっちゃったら火星人がセナのこと攫いにくるかもしれないし。

「うあああ、海を越えるのはいいけど星を越えるのはやだあああ！どこにも行っちゃわないでっここにいて！」

「えぇ、なんなのいきなり。情緒無事？」

嗚呼、怪訝な顔したセナも魅力的！

「とにかく、怪しいものに声をかけられても付いていっちゃだめだからな。」

俺の心配を露ほども知らないセナは「怪しいものって……、ふふっ。」などとかわいく笑いながらバスルームまで行ってしまった。


・


急に視界が暗転したかと思えば、見渡す限り朱赤の草原に立ち尽くしていた。

事務所に向かう途中でどこか見知らぬ自然公園に迷い込んでしまったのだろうか。そもそも、道に迷ってた記憶もないんだけどなあ。トスカーナに来てまだ一年ほどしか経っていないが、フィレンツェであればおおよその土地勘がつくほどには網羅していた。今日は再来月に発売される女性向けファッション雑誌に向けてのインタビューがあり、事務所まで向かっていたのだ。信号待ちをしているときに教会への道を聞かれて答えたことまでは覚えている。聞き慣れた言葉ではなかったので十中八九観光客だろう。それで、そのあとはどうしたんだっけ。あれ。

まあいい、歩けば街も人も見つかるでしょ。

「ちょ〜、暑い。」

歩いても歩いても視界に映るのは赤や黄色など燃える色をした草と枯れ木ばかり。先ほどしゃがみこんだとき気付いたのだが、これらは燃えるような色なのではなく実際に燃えていた。ただ寝そべっても服に火が移りはしなかったので、正確には植物の内部で薄らと発光しているみたいだ。なのでIHと名付けた。服が燃えることはないが熱は感じるため体感温度は非常に高い気がする。実際に汗もかいているし、そのせいで朝セットした前髪がおでこにぴったりと張り付いている。

なんとなく分かってはいたのだが、草の色が赤の時点でもうここはイタリアでも日本ではないのだろう。昨日、怪しいものには付いていくなとれおくんに言われたことをふと思い出した。でも誰かに付いていった記憶はない、道案内はしたけれど。まさかあの観光客が……？いやそんなわけないよねぇ……。

なんにしろ、ここがどこか分からない以上は二人の住処に戻りようもない。会いたいなあ、などと身も蓋もないことを一人心地に思った。その日は月が沈むまで歩いたあと、割と寝心地の良い草花を枕にして眠りについた。


ビチャという音がして目を覚ます。途端に水だ！と思ったので反射的に舌を出して吸い込むように飲み込んだ。ペロッ、これはバナジウム水。それにしてもどこから水が…？仰向けのまま恐る恐る目を開けると緑色の瞳と視線がかち合った。

「うっちゅ〜☆」

「れ、れ、れ、おくん」