獅音飴夢 獅音はトラブルメーカーというか喧嘩メーカーで、売られることも売ることもすごく多い。今日は仲良しのお友達と焼肉に行ってきたはずだけど、やっぱり色々とぼこぼこになって帰ってきた。殴られてもいたし、殴り返してもいたようで、それは腫れた頬や血に塗れた拳が教えてくれた。
「ばか」
「ばかじゃーねーーーよ」
「ううん、ばかだよ」
なんで人を殴ったり蹴ったりできるんだろう? わたしには不良の魂というものがないから、傷だらけで焼肉の香りを放つすきな人を抱きしめてもわからない。
拳でしか分かり合えないこともあると、獅音のお友達(でいいのかな)の鶴蝶くんが言っていた。そんな人たちとわたしは分かり合える気がしないよ、心の中でちいさくちいさく呟いたのも思い出した。
獅音が靴を脱ぎ散らかして部屋に上がる。
頬などの傷を舐めた(これは手当をする前に獅音が舐めてほしいというからだ。なんでなの? これもわからない。でも、獅音のいとしい七不思議のひとつ)。飴でも食べているのか、獅音は口の中でなにかを転がしていた。獅音の赤い舌でころころしている飴を思う。いいなぁ……飴になっちゃいたい。
手当をする。また絆創膏がなくなりそうだ。消毒液もそろそろ買っておいたほうがいいかもしれない。
「獅音がもっと強かったら救急箱代が安く済むんですけど」
「ンだとゴラ」
「いたたたた!」
おでこにおでこをぐりぐりされる。痛い痛い。頭突きとかを平気でする人なのでやっぱりおでこも硬く発達している。痛いよう。
「獅音きらい」
「知ってる」
気のない感じで獅音が言った。絶対適当に言ってる。嘘つきだ。だってわたし獅音のことだいすきだもん。
「あ」
応急処置を終えて救急箱をしまおうと立ちあがろうとしたわたしの服の裾を獅音が引っ張った。
「なに?」
「これやるよ。飽きたんだわ。来い」
「あっ、」
不意に乱暴に抱き寄せられて前のめりになりかけたわたしの唇を獅音の唇が塞ぐ。お酒を飲んだらしく、アルコールの独特な味、いつもの煙草の味、口内が切れているのか血液の味、あとはやっぱり、あまいあまい飴の味。
「んっ、ぅ、しおん、」
「喋んな」
ころり、と心地よい音がした。獅音の舌がわたしの口内に溶けて小さくなった飴を運んでくれる。何味なのかわからない。よくある普通の味なのはたしかだ。味がわからないのはさまざまな味のする獅音のお口のせいであるし、なによりも、獅音にキスされているという事実でいっぱいのわたしの恋する脳味噌が働かないためだった。
飴を譲ってくれたにも関わらず、獅音はわたしの口の中で転がっている飴を舐めようとした。だからディープキスになる。
初めて獅音とキスしたときのことを思い出す。あれは付き合う前だった。
中学を卒業するという日、ごった返す校舎の片隅でただのクラスメイトで話したこともなかった不良のおっかない男の子に、「おい」と呼び止められて胸ぐらを掴まれて不意にされたのだった。ファーストキスは煙草の味で、今獅音が好んでいるものとは別のものだった。
あとから聞くと獅音もどうしてキスをしたのかはわからなかったらしい。わたしのことすきだったんじゃないの、と笑って聞いてみたところ「あ"?」と適当に流されてしまった。ばかゆえか裏表がない人で、わかりやすく照れるとかわかりやすくあしらうとかいうタチではないので本当に「あ"?」といった感じなのだろう。本能的に生きているのだ。
あれから何年も経つ。お互いの友人に「まだ別れてないんだ!?」とびっくりされるくらいにはわたしたちは一緒にいる。
これが何千回目のキスなのかもうわからないのに、わたしはずぅっとどきどきする。獅音のおちんちんが入ってくるしゅんかんなども、わたしは未だに嬉しくて張り裂けて死にそうになる。
わたしという人間は、斑目獅音に溶かされている、犯されている。
しおん、しおん、キス、すき、すき、キス。
獅音の舌が嘲笑うようにわたしの舌をつつく。飴寄越せよ、と笑っている。
飴、あげてもいい。
でも獅音、わたしの舌ともっともっと遊んでよ。
「ん、う……ふ、ぅ……っ、!」
「はは、お前えろすぎ……泣くなよ」
あまくて掠れた、獅音の低い声——。
「あっ……! ぃく……っ、」
キスだけで達してしまった。腰を中心にがくがくがくっ、と痙攣する。全身に獅音がくれた快楽が駆けていく。きもちいい、きもちいい、獅音すき、すき、もういやってくらい、すき……。
「キスでイくとか、お前仕上がってきてんなぁ……あー、いってぇ」
「……うん? 痛い?」
「ぶん殴られて口ン中切れてんのにえろいキスしたんだ。いてぇっての」
えろいキス——。
お前のせいだぞ、と獅音がへらへらと軽薄に笑って小突く。知らないもん、といつものように笑ってぽかぽかやり返せばいいのに、わたしはまたこんな些細なことで獅音への気持ちが深まってしまったのですきな人の、筋肉のたしかに潜むうすい胸にぺたりと身体を預けることしかできなくなってしまった。
その頼りないおばかさんなわたしのからだを、獅音の長い腕が包んで抱きしめてくれる。
「お前さ、オレに惚れっぽすぎね?」
だいすきな楽しそうな獅音の声が降ってきて、わたし、わたしは、