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    meepoJlo

    @meepoJlo

    呪術の狗🍙棘 夢小説をこそこそ書いています。

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    meepoJlo

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    もうすぐ死んでしまう私と君の話 16 君の時※死ネタを含むオリジナルです。
     自己責任でご覧下さい。

     何でも許せる方向け。






    ***


    伸ばしたその手が届く事はもうないと。

    ……わかっていた。



    瞼がとても重くて。
    しばらく開きそうにない。

    でも、握ったその手の温かさは、いつもと変わらないの棘くんのもので。


    近くに彼が居てくれて。抱き締めてくれて。
    ただそれだけで、何だか嬉しかったから。




    『 唯 』




    呼ばれたその声は、聞き慣れた彼の声だった。

    酷く悲しいような冷たい声。
    でもたぶん、冷たくて世界で一番優しい声。

    それは溢れて落ちて。
    空っぽの胸に広がるように染み渡っていく気がした。



    私は何度かそれを聞いたような気はしていたけれど。
    たぶん、初めて聞いた声だった。


    それはきっと、棘くんの呪いこえ



    優しい言霊。









    **


    ぼんやりとした視界が次第にハッキリしていく。



    目の前に映るのは見覚えのある無機質な白の天井。
    横たわる身体の隣には医療ドラマでよく見るような計測機器がいつくかあって、規則的に機会音が鳴っている。目線を動かせば、反対側には点滴があり袋に詰められた薬が一滴ずつ静かに落ちて行くのが確認出来た。その管は、自分の腕に繋がっている。



    ーー俺は、何をしているんだろう。



    立ちあがろうと身体に力を入れて、初めてその違和感に気が付く。

    身体が異様に重たい。

    全てが固まって張り付いたように、指一本動かす事すら上手くいかない。意識して力を入れてみると、震えながら僅かに指先が動いた。そのまま酷く重たい腕を持ち上げようとすれば、繋がれた点滴の管が小さく動く。
    上手く力が入らない。まるで自分の身体ではない感覚があった。
    そのまま棘は目を閉じる。


    ーー俺は、何をしていたんだろう。





    真っ暗な瞼の裏側。
    思い出すようにゆっくりと思考を巡らせるが、頭が上手く働かない。
    ぼんやりとした記憶を探っていけば、



    思い出すのは無垢な彼女の笑顔だった。



    全てが吹っ切れたように笑う、
    柔らかな、朗らかな、

    初めて出会った時のような綺麗な笑顔と。


    ゆっくりと瞳を閉じた彼女の顔。


    ーー何を……、




    コンコンっとノックが聞こえた後、引き戸の扉が開く音が聞こえて目を開く。
    いつの間にか握っていた拳が痛い。無意識に重たい指先に力を入れていたようだ。


    「…………っ?!」


    入って来たふたつの見慣れた影が、棘を見て息を呑む。
    黒い制服にすらりとした長身の眼鏡の女性と、パンダ。恐らく病室であろうこの部屋には似つかわしくはない長物を背に、大きな瞳を見開いていた。同級生のふたり。

    「……と、げ?!棘、お前っ!!」
    「おー、起きたのか!棘」

    パンダは安堵して笑ったように見えた。
    真希の黒い瞳は僅かに揺れている。あまり見た事のない彼女の反応に、ここに至るまでに何かがあった事は理解出来た。

    「家入さんに報告して…、
    「否、とりあえずナースコールだろ。押せばすぐに誰か来るし、家入さんに連絡も行く」

    寝起きの棘をこのまま放置は出来んしな、と真希を遮るようにパンダは言って、ああそうか…なんて、普段は冷静な真希が慌てて棘の頭上にあったナースコールを引っ張る。

    「馬鹿、棘っ!あんま心配させんじゃねェ」

    溜息混じりに悪態を吐く真希。揺れた瞳は僅かに濡れているようにも見えた。不機嫌そうに目を逸らしたが、口元は笑っている。
    棘はやはり重たい首を動かしてそちらに目線を送る。

    「わかるか?棘」

    今度は隣のパンダに言われて、棘は小さく頷いた。口を開いたが上手く声が出ない。

    「ここは高専と連携してる病院だ。お前は1ヶ月間、目を覚まさなかった。呪力の使い過ぎだって」

    ーー1ヶ月?

    言われて棘は目を瞬いた。
    呪力の使い過ぎ。そう告げられても、棘には身に覚えがない。
    ただ、重たい身体だけはそれを真実として物語っていた。

    ーー何があったんだろう。

    まだぼんやりして靄のかかったように薄い記憶。


    霞の中に浮かぶのは、暖かな人の肌だった。
    唯に触れたあの時の感触。
    抱き止めた身体は力無く重たい。そのままゆっくりと瞳を閉じた彼女。


    “ し な な い で ”


    唇を震わせて呟いた記憶と。
    消えていく小さなぬくもりと。



    『   』




    ーー唯が、いない。


    「………唯、」

    声にならない声が空気となって、棘の口元がただ静かに動く。

    同級生は、4人いる。
    憂太はたぶんまだ海外だ。
    なら、この場にいるはずの同級生は本来なら3人。


    ……唯は?


    瞬間、喉の奥が大きくズキンと痛む。
    ツナと、そう言葉に出そうとしても上手く声が出ない。

    重たい腕を持ち上げて、真希の袖を掴んだ。縋るように真希の顔を見れば、彼女はその黒い瞳を伏せて目を逸らす。
    真希らしくないその態度に不安が過った。

    精一杯の力で、黒の制服の袖を掴み引っ張る。自分の身体なのに、上手く力の調節が出来ない。指先が微かに震えていた。
    パンダは大きな指先で真希の肩にそっと触れた。真希は唇をぎゅっと結ぶ。

    それがふたりの答えだったんだと思う。











    **



    「付き合って貰って悪いね」


    画一的に並ぶ無機質な白の扉。
    口では謝罪を述べるが、彼は悪びれた様子を全く見せない。
    棘の居る病室から1階下、距離としては然程離れていない一室の扉の前で、その人は足を止める。






    軽い口調の教師が尋ねて来たのは、棘の意識が戻って少し経った頃だった。
    自分では自覚が未だに全く無いが、あの日あの洞窟で棘の呪力はかなり消耗していたらしい。喉からの出血も多かったと聞いたが、それもあまり記憶には無かった。
    ひと月も動かす事のなかった身体は、ようやく立ち上がる事が出来るまでに回復していた。おそらくだが、ここまで棘の身体が動くようになるのを待って見舞いに来たのだろう。
    それでも今日も、僅かに喉が痛む。

    この人ーー五条悟が、教え子である唯や俺たち、同じ特級術師の憂太を気に掛けてくれているのは知っていた。でも、本来ならもう担任でもなく、任務で普段の授業にすら穴を開ける事も多いこの人が、わざわざ一生徒を見舞いに来る必要もない。


    それはつまり、そう言う事なのだろうと思った。

    五条は言葉少なに棘を病室から連れ出した。
    前を行く教師の背中を見上げ、その一歩後ろを静かに歩く。
    道すがら、「元気?」なんてやっぱり軽く聞かれて、棘はとりあえず「しゃけ」とだけ応えた。
    勿論元気な訳ではないけれど。説明も面倒だと思ったし、それ以上何も言わない五条は案外察してくれているようだった。






    コンコン、とその扉をノックする。
    五条の背中越しに白の扉を見上げるが、名前は書かれておらずそこには白紙のネームプレートがあるだけだった。そう言えば、棘の病室にもネームプレートはなかった気がする。高専の関係者だからだろうか。

    中から返事はない。けれど、五条はそれを気にも止めず無遠慮に扉を開いた。

    「お邪魔するね」

    五条は誰に言うでもなく、呟くように声を掛ける。
    棘は無言でその後に続いた。






    ーー 唯は、生きている。






    そう告げたのは、同級生の後から来た家入だった。

    瞬間、棘は息を呑む。心臓がぎゅっと握り潰されたように苦しくなって。

    ーーでも、そんな気はしていた。
    嬉しいとも少し違う小さな違和感。


     死なないで


    あの日確かに、そう願った。
    彼女の、唯の死を意識したはずなのに。

    ーー自分は唯が生きている事を、当たり前のように知っている気がした。


    言葉に詰まった棘に、家入はそれ以上何も告げる事はなかった。






    棘のいた病室に似た作りの小さな個室。
    シンとして音の無い部屋には、機械音が規則的に響いていた。薄暗いのはおそらく、遮光カーテンで陽の光が遮られているからだろう。

    どくどくと、耳に響くくらい五月蝿く、苦しい程に心臓が鳴っていた。


    ーー唯に早く逢いたい。





    でも、怖い。





    踏み出す足に躊躇した。扉を潜って、立ち止まったまま次の足が出ない。



    「久しぶりだね。棘を連れて来たよ」

    五条の声が機械音を遮るように辺りに響く。でも返事はおろか、物音ひとつ返っては来ない。
    そこは静かなままの部屋だった。
    まるで誰もいない、でも中には僅かに感じる人の気配が確かにある。

    五条はゆっくりと前に進み、然程大きくはない部屋の中央ですぐに立ち止まった。背後の棘を振り返り、何の表情もなく一歩壁際に引いて棘の行く先を示す。


    そこには、ひとつのベッドがあった。

    おそらく足元であろう、ベッドに白い布団が膨らんでいる。



    「…………」




    棘は重たい一歩を踏み出す。

    会いたい。唯に、会いたい。

    反面、逃げ出したい気持ちも少しあった。

    五条の横を追い越せば、きっとそこに居るのは、恐らく、……彼女だ。



    薄暗い室内、それは予想通りカーテンが整えられているからだった。


    踏み出す一歩がこれ以上にない程重い。

    胸が苦しくて。
    小さく息を吐いた。

    一歩、また一歩と確実に前に進む。

    五条は隠した瞳で静かに棘を見ていた。棘にそんな五条を見る余裕はなく、真っ直ぐに見たベッドの白だけで視界が埋まる。
    耳にはやけに大きく、機械音が響いて聞こえていた。

    カーテンで陽光が避けられたそこには、大小の機械がいくつか見える。そこから延びて繋がれた管や点滴は、棘の部屋のものに少し似ていた。その管の先は、白く細い綺麗な腕があった。

    大好きだった。
    大切にしたかった。
    愛していたんだ。君を。
    死なないで欲しかった。
    生きて欲しかった。


    ーー…… 唯 。



    そこには、静かに眠る唯がいた。


    今にも目を開いて起き上がりそうな彼女。
    唯はあの日棘が最後に見た時と同じ、消え入りそうな小さな息遣いで、力無く横たわっていた。



    「…ツナ……」

    無意識に棘の唇が動いた。
    声にすらならない掠れた小さな息が漏れる音。

    「…………」

    五条を振り返り、棘はぐっと拳を握る。
    目隠しで表情まではよくわからないが、口元にいつもの軽い笑みはない。
    棘は小さな病室内を駆け出す。小走りにベッドの傍へ駆け寄り、彼女の横で立ち止まった。

    「……高菜?」

    もう会えないかもしれないと覚悟した。でも、今目の前にいる唯の、変わらず紅みの差すその頬に手を伸ばして。

    「ツナ?」

    いつも通りに、声を掛ける。
    いつもと変わらない綺麗な顔で眠る唯。
    でも、彼女はぴくりとも動かない。いつもなら、「棘くん」と返ってくるはずの彼女の笑顔は無かった。

    唇を震わせて奥歯を噛む。伏せた紫の瞳が揺らいだ。

    指先で唯の頬に触れれば、普段と違わない温かなぬくもりがそこにあった。掌でそっと撫でると、柔らかな肌の感触。

    「…………っ?」

    そんな唯に、小さな違和感を感じて棘は動きを止めた。

    ーー何で?


    ぬくもりと共に触れた指先から伝わるのは、唯のそれではなくて。

    それは棘自身が一番よく知っている感覚だった。
    足が震えてすくむ。

    僅かに喉が鈍く痛んだ、気がした。



    「気付いたみたいだね?
     棘。君の残穢だよ」





    唯に触れていた手を離し、自分の喉元を抑える。
    五条に言われるまでもなかった。それは、自分が一番よく知っていた。

    「…何、で……?」

    残った残穢に、思わず声が漏れる。震えた棘の小さな声。

    「……何で、か」

    五条が顔を上げて変わらず眠る唯を見た。いつの間にか見慣れた黒の目隠しを少しだけずらす。

    「それはたぶん、君が一番よく知ってるんじゃないかな?」

    綺麗なアクアマリンの瞳は静かに眠る唯を映していた。彼の目には今、唯はどのように映っているのだろう。

    「唯の心臓は微かに動いてるし、呼吸もある。…まぁ、死なない程度にね」

    言って五条は再びその瞳を隠す。

    「唯は生きてる」

    五条は口を閉じ、再び病室が静かになった。規則的な機械音が唯の心音を静かに告げている。

    否、と五条は伏せた棘に声を掛けた。

    「それも違うかな」

    棘は顔を上げて五条を見る。


    「…唯は、“死なない”」





    五条の言葉に棘はただ目を見開く。
    瞳を閉じて動かない彼女を振り返った。


    ーー “ 死なない ”


    そう言い換えられた言葉の意味が上手く飲み込めずに、胸の中で反芻する。


    ーー ” 唯は、死なない ”



    「……こんぶ」

    「ん?んー…そうだなぁ。“死なない”は、ただ死なないだけ。”生きている”とは、たぶん違う」

    五条の声からはいつも感情が上手く読み取れない。
    まるでそれは言葉遊びのようにも聞こえたけれど。


    棘は瞳を閉じて眠る唯を見る。
    やっぱり、あの日と変わらないように見える唯。でも、唯の呪力の、その間を縫うように身体に刻まれた棘の残穢。それは確実に棘の言霊だった。

    「高菜…」

    唯に語り掛ける棘の声と共に、雫が零れ落ちそうになる。


    「棘はさ、」

    言って、五条は足を踏み出した。長い足の大きな歩幅で唯の足元に立つ。棘からは少し距離を置いて並び立ち止まった。

    「棘は、唯に何をしたの?…棘の事だから。何も分からない憂太みたいに、直接的に呪言を使った訳ではないよね」

    五条の視線が棘を刺すように見た。

    「それでも結果がこれだ。やっぱり呪言師の能力はすごいよ。それを扱う術師も」

    責めているような口調ではないが、事実を淡々と確認して行く彼の言葉。
    気まずくなって、棘は視線を逸らした。


    ーー死なないで。

    そう何度も願ったけれど、それを告げた事は確かになかった。

    なかったはずだった。
    でも。

    「…でも。じゃあ君は唯を、何と言って呪ったのかな」



    その質問には、意味はあまりないようにも聞こえる。

    「……………」

    棘は唯のまだ温かみのある顔を見た。
    やっぱり、とても綺麗で。
    あの日の事が嘘のようにも思える。


    ーー唯。

    胸の内でそっと呟く。
    何度も、何度も繰り返した事のあるその名前。

    実際に呼んだ事は一度もなかった。






    「唯の生存は今、秘匿になっている。呪力で生き存えているだけの彼女の存在は、公になれば勿論呪術規定に基いて死刑の対象となるだろう」

    わかるよね、と告げた五条の言葉に棘は頷く。

    「…それは、呪った棘自身も同じだよ」

    やんわりと告げられた言葉には、否定も肯定も感じない。それはただの事実。
    つまり、棘自身も唯の存在が公になれば死刑の対象だと言う事。

    呪術師になると決意した時から、死を意識しない術師はいない。

    けれど、静かに眠る大切な人を見ていると、不思議と死ぬ事への恐怖は薄れて行った。

    「ツナマヨ」


    一層、彼女の元に行けるのなら。
    彼女が望むのなら。

    「しゃけ…」

    それでも構わない、と棘は告げる。



    五条は棘の返答に首を小さく傾け、わざとらしく溜息を吐いて見せる。複雑そうに、その口元が僅かに動いた気がした。

    「そこは“しゃけ”じゃ駄目でしょ」

    ねぇ、唯?と、唯にも語りかけるように彼は続けた。


    「呪術師に、悔いのない死なんて存在しないよ。きっと唯も、棘もね」






    目線は唯の顔を見ていた。
    けれど、五条は棘の反応を見るように口を閉じる。

    とても、静かな部屋だった。


    「ねぇ、棘。これは調書であり、僕の純粋な興味でもあるんだけど。棘は、何と言って、唯を呪ったの?」

    繰り返された質問に、棘はまだハッキリしない薄い記憶を辿る。
    倒れていた棘の呪力は、殆ど残っていなかったと聞いていた。最後に使ったのはおそらくはかなり強い言霊。唯の死を否定するもの。
    でも、直接その言葉を告げた記憶はない。

    告げる訳がない。
    大切なその人を、呪いたくはないから。


     まだ、一緒に居たい。


    と、そう願っただけだった。


     死なないで。


    この腕の中のぬくもりを、失いたくなくて。


     “ し な な い で ”


    そう繰り返して。

    何度も。
    何度も、願って。

    無我夢中だった。



    『 唯 』



    初めて呼んだ、一番大切な言葉のろい







    棘が大きく目を見開く。


    あれは、自分の声だっただろうか。
    呼んでしまった。

    君の事を。




    伏せた棘の瞳に長い睫毛が影を作る。

    死なないで欲しかった。
    一緒に居たかった。

    ただ、それだけなのに。



    幼い頃から告げた言葉が全て呪いへと転じた。意図せず他人を傷つけて。そんな自分の存在を呪っていた。



    そんな自分に、

    「優しいね、棘くん」

    と彼女は言った。


    俺は優しくなんかない。
    今日此処に至るまでに、何人も何十人も何百人も、数え切れない程の人を無意識に呪って生きて来た。
    それは、家族にすら疎まれて当然の事。

    言葉呪い喋って吐いてはいけない。



    おにぎりの具で会話をするのも人を呪わない為じゃなくて、保身の為でしかない。

    そんな自分は、何も出来なくて。
    ただ泣いていた君の隣にいただけの同級生。
    彼女を救ったのは俺じゃない。

    彼女の笑顔に救われたのは、たぶん俺の方。



    こんな俺でも、君を助けたいと願った。
    救い出したかった。

    それなのに。
    好きだと告げる事はおろか、大切な人の名前すら呼んであげられない自分が悔しくて。


    ーー結局、

    君を呪う事しか出来なかったんだ。







    手を伸ばし、もう一度触れた唯の手はやはり温かい。震えながら、触れた自分の指先の方が冷たいくらいに感じた。


    「……唯、」


    喉がズキと痛んだ。僅かに金気臭い鉄の味が口に広がっていく。触れた指先から感じ取った唯の呪力が、棘の呪力でほんの少し薄くなったように感じた。




    五条は変わらず唯と棘を見守っていた。

    「そう。……成程ね」

    何かに納得したように彼は薄く笑みを浮かべた。

    名前は一個人を表す呼称。
    言わば身体の一部のようなもの。古来より術師ではない非術師同士の呪殺や呪詛においては特に大きな意味を持つものとされていた。

    それを呪言師である自分が使えば、どうなるだろう。


    「身体、結構辛いんじゃない?本当は喉も完治してないでしょ?」

    しゃけ、と答える代わりに、棘はただ静かに俯いた。

    言う程辛い訳でもない。
    ただ、無意識に流れ出ていく何かに引かれるような感覚があった。身体が少し重くて、以前のように上手く動かす事が出来ない。

    喉がほんの僅か、忘れた頃にふと痛む。
    鈍い痛みだった。

    「君は絶対に、『死ね』と言う呪言だけは使わない。反対もそう。…何故なら、人の生死に関わる重い呪言は呪力を一番使うからだ」

    五条の言葉に、俯いたままの棘は動かない。ただ唯の顔を見て、その手を握るだけだった。

    「死にゆく唯に『生』と言う呪いをかけたまま生きていける程、棘の呪力量は多くはないよ。近いうちに、必ず身体に限界が来る」

    限界とは唯の死か。
    もしくは、棘の死か。


    どちらにしろーー。




    「唯の為にも棘の為にもさ。今自分がどうすべきか、何が最善か。この世界で長く生きて来た棘なら…分かるよね?」


    棘は小さく頷いた。









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